第十話 妹、ネットには危険が一杯だと知る
優美が掲示板に書き込みをしたら、酷い目に会ってしまったらしいと知り、愕然として俺は携帯電話の画面を凝視した。優美の様子を見に行くにしても、とりあえず何が起きているのかを確認しないことには……ということで、加奈ちゃんのメールの本文をチェックする。メールは結構な量があって、優美が何を言われたのが、大方書き写してくれたみたいだ。
女性プレイヤー用掲示板に立っているのは、男性用の物とは違って、そのまま『阿倍留寛被害者の会スレ2』というらしい。昨日まで大してスレは進んでいなかったのが、今日は自分のカレが俺を決闘で倒してきたという報告などで大いに盛り上がって、次スレが立ったりしていたようだ。
『地面にひっくり返るヒロシみっともなくてワロス』
『最後、ヘロヘロで単なるサンドバッグ~』
『ダウンの度にスカッとしたというか、悪が滅びつつある感じ?』
『ヤメときゃ良いのに、負けても負けても「当然だ!受諾する(キリッ)」とか自分を何かと勘違いしてんじゃないの?』
予想通りとは言え、自分の人気の無さに俺ガックリ……なのは横に置いておくとして、どうやら、このスレの流れを見ていた優美が我慢できずに反論の書き込みをしてしまったらしい。
『何、さっきから変な書き込みして、アンタもしかして「阿倍留寛」のペアの「仲町由紀恵」とかいうセンス0の名前付けてる馬鹿オンナ?』
『アンタのカレのせいでこんな目に会ってるんだから、ここで謝罪と賠償というか、少なくともお詫びの一つくらいは言って貰えるよね』
『そうそう、「皆様にご迷惑をおかけして申し訳ありません」言えるでしょ』
優美、そんなスレにノコノコと出かけて行ったら碌な目に会わないのは判りきってるぞ。一応、最初は注意していたみたいで、第三者を装っていたようだが、途中から駄目駄目になってしまったみたいで、ペア告白か……そりゃ、袋叩きだろ。
『なんだ、ヒロシってあんたのカレじゃなくてお兄ちゃんなの?』
『お兄ちゃんがバカにされてるから、怒ってるって何それ?』
『要はバカ兄貴にバカ妹のペアが私たちに迷惑かけてたってこと?』
『なに、厨房なの。背伸びしてこんな大人向けのゲームしてるから、他の人に迷惑かけることになんのよ』
『お兄ちゃんの後ろで自転車通学って、どこの田舎県の住人? バスも電車も通ってないの?』
こら優美。名前と住所以外は何だって喋っちゃってないか? 根掘り葉掘り聞き出すのが、ネット住民の習性なんだからまともに相手しちゃ駄目だって。
『あんたにはとっても大切なお兄ちゃんでも、残念、私らにとっては単にしつけの悪いクソガキですから』
『中学3年にもなって、お兄ちゃん、お兄ちゃんって。何、アンタ気持ち悪すぎて見てられないわよ』
『人生一度リセットして、やり直した方が良いんじゃない』
一通りメールを読み直して、俺は嘆息して天井を仰いだ。間違いなく大泣きしてるぞ。優美、人の悪意に弱いからなあ……
「おーい、優美生きてるか?」
一応のエチケットということで、優美の部屋の扉をどんどん叩いてから、ノブに手をかける。良し、鍵はかかってないみたいだから入れるな。
部屋に入るとベッドの上にHMDを被ったまま、放心状態といった感じで座り込んでいる優美の姿。静かだし、エグエグしてないから今は一応泣いて無いってことか?
「ほら、優美!」
俺もベッドに腰かけて、優美を正面に見て肩を揺すって呼びかけてから、HMDを上に外した。両目には涙の跡。瞼は腫れぼったくなってていつものハムスター顔から、今日は信楽焼のたぬき顔にグレードアップしてるな。それでも、一応、泣き止んでるみたいだし、そんな悲壮な雰囲気ではないか。優美研究の第一人者の俺の判断からすると、これは何だか大丈夫そうだぞ。
「お兄ちゃん」
「優美、掲示板で苛められたって聞いたけど、大丈夫か?」
泣いてはいないけど、心ここにあらずの雰囲気だな、逆に大丈夫か? という気分になってきた。
「お兄ちゃん」
「うん、どうした?」
お兄ちゃんだけじゃ、流石の俺も何もわからないって。
「優美、里香ちゃんに助けて貰っちゃった」
里香ちゃんに助けて貰ったか、それは良かった。里香ちゃんか……里香ちゃん?
ええっ、田伏里香!?
「え、優美それ本当か?」
「本当だよ。一杯書き込みされてたせいで、たまたまスレを見つけたんだって。みんなの前で『私はこの子の味方になります』って言ってくれて優美、とっても嬉しかった」
いや、『阿倍留寛被害者の会スレ』覗いてるなんて普通の人はないと思うぞ。田伏里香、好奇心旺盛過ぎないか?
「最初のうち、匿名で書き込みして優美を庇ってくれてたんだけど、途中で『なんでこんな子を庇うの。アンタも関係者なの?』と言われて、ID欄を公開したんだけど、そうしたら里香ちゃんで、優美びっくりしちゃった」
「そんなこと、あるんだなあ」
「それまで言いたい放題だったスレの人も、里香ちゃん相手だとわかった途端に、みんな静かになっちゃったよ」
そりゃ、怖いもの無しの婚活女性軍団も現役人気アイドルを本人を前にして悪し様に貶すのはできないよな。ばれたらファンに報復されること請け合いだもんな。
「里香ちゃんね、『この子の何がいけないと言うんです。家族が大好きで何が悪いんですか? 私だってそうですよ』って言ってたよ」
おーい、田伏里香。心の中はそうでも、あんまりそういうことは公言しない方が良いと思うぞ。優美とはまた違った意味で怖い物知らずだな。
「あとね。優美に『ここはもう良いから、貴方は戻りなさい』って言った後に、『これも何かの縁だからお友達になりましょう』って。優美、里香ちゃんにフレンド申請されちゃった」
そ、それはびっくり。確かに俄かには信じられない事態だよな。優美の魂が抜けちゃってたわけだ。
「勿論、『お手紙とか貰っても多分なかなか返事出来ないと思うけど許してね』って言ってたけど」
そう言いながらも優美の顔は満更でもなさそうで、アイスクリームのように溶けかかっててるな。
「良かったな、優美」
えへへという感じで笑う優美を見ながら俺は安堵していた。これまでかなり力を入れて頑張ってきたこのゲームだが、優美に嫌な思いをさせる奴ばっかりだったら、一思いに止めてやろうかとまで思ってたんだが、その必要も無くなったみたいだ。田伏里香には、感謝しても感謝しきれないな。部屋に帰ったら他のアイドルのポスターは全部処分して、アンタのファンだけになることにするから俺の感謝を受け取ってくれよ。
後は、もう特に書くべきことも無いような気がする。
『阿倍留寛被害者の会スレ』のメンバーがひるんでるうちに、再訓練で溜まってる連中を引き離してしまうことに俺はした。前回までに秘密装備を充実させた俺にとって、残りの剣技レベル3、弓技レベル2は敵では無かった。最後の『害獣退治レベル3~すいか畑を守りぬけ~』でも割と簡単にいのしし10匹を十字に斬って捨てることで、俺は無事、一度も再訓練に回ることなく訓練課程を修了したのだった。
「お兄ちゃん。郵便屋さん、来たよ」
優美の声がリビングに響く。訓練課程を無事終了したということは、ペアの男性が頑張ったということで、ペアの女性にご褒美が出るのが、このゲームの慣わしだ。今回の場合、登録時に『ホーム』として割り当てられた、いかにも、急ごしらえと言った雰囲気の復興住宅が一般向けの建売り住宅に進化することがその報酬だ。勿論、ペアの2人が仲良くゲームをやっていた証拠のLQポイントがある程度溜まっていることが基本条件になるけれど、暇さえあれば『ホーム』のリビングに入りびたっていた優美と俺に、そんな条件がネックになるわけが無い。
優美が持ってきた、俺の『正規兵』への昇格と、それに伴う褒賞が書かれているはずの通知書を俺たちはわくわくしながら開けたのだった。
『重要:王国政府からのお知らせ』
ハートランド王国軍兵士きりさかたくみは、*の月*の日付けで『正規兵』に昇格したことを通知致します。それに伴い、ハートランド王国エバーグリーン25世国王陛下より、きりさかたくみ、きりさかゆうみペアに新たな住居が下賜されました。
「たくみとゆうみのおうち」を改築しますか? YES
YESボタンの押下後、1分後に住居の建て替えが開始されます。
「優美、良いか?」
「うん。昨日、思い出作りで一杯写真撮っておいたし、優美は準備OKだよ」
こういうのは、やっぱり形式が大事だよなと思いながら、俺は優美が見えるようにしながら、通知書についてきたYESボタンを押し込んで、優美の手を引いて玄関を出た。
最初見た時には、何だこりゃと思った復興住宅型の我が家も、結構な時間を過ごすと愛着が沸くもんだよなと門を出た所で優美と2人振り返って、かりそめだった我が家を眺めた。一分の時間はあっという間に過ぎ去って、ログイン初日に見たのと同じ光景が俺の目の前で再現される。地鳴りと破砕音の中、俺と優美の家は消滅し、輝く魔方陣の中、拡張された敷地に新しい一般家庭向けの戸建て住宅が地中から建ち上がった。
「いこ、お兄ちゃん」
優美は俺の方を見て微笑むと、新しい俺たちの『ホーム』に向かって駆け出していった。とりあえず、このゲームをやりたいと言い出した優美に対する最低限の責任は果たすことができたのかな? と思いながら、俺も後を追って新たな我が家に向かったのだった。
<<次回、「月刊パセリクラブ7月号 インタビュー記事」に続く>>
次回のおまけ記事がありますが、内容的には今回で第一章は終わりです。次章からはようやく学園のタグが嘘にならない話も描けるようになる予定です。ここまで読んで頂いた読者の皆様、どうもありがとうございました。




