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妹オンライン  作者: 寝たきり勇者
第一部
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第九話 妹、兄の初デュエルに衝撃を受ける

『高さは自在に調節可能。ステンレス製なので丈夫で長持ち。場所も取らないスリムなスタイル、更にストッパー付きで固定も安心。この部屋置き衣類ハンガー「たっぷりかけて君」、これだけの機能がついてなんと4980円。それだけではありません。このTVを見ている視聴者の皆様への特別ご奉仕。なんと、今日はこの「たっぷりかけて君」をもう一本おまけして、お値段据え置き4980円、4980円です!』


 司会のTVタレントの言葉と共に、見ている聴衆から「おおっー」と予定調和のどよめきがあがる。間髪を入れずに連絡先を読み上げているのは、俺は気に入っているのだが、近頃どうも名前を見かけない中堅どころの美人声優だ。「たっぷりかけて…」と喋る姿が妙に艶かしいのは俺の気にし過ぎなのか。情感のある声は声優としては美点なのだろうけど、使い所を間違ってるような気がしないでもない。


「優美、使ってみたけど良い感じだよ」

「そりゃ、良かった」


 家のリビングで優美と見ている通販番組で紹介中の衣類ハンガー、別に今から買おうというわけではない。実はもう既に購入済だ。無論、今の声優の応援目的と言うわけではない。母さんにねだって優美と俺に一つずつという名目で入手したこのハンガーは、俺の相棒『鉄パイプ』に続く第二の戦友なのである。


「どうしていつも、もう一本おまけになっちゃうのかな?」

「それはだな……社会の仕組みって奴じゃないか」


 誰でも一度は思うに違いない優美の質問に、俺は適当に相手をしておく。正解を知りたいのは俺も同じだが、いかんせん社会は謎に満ち溢れている。


 さて、前にも書いた気がするが、俺の今の職業は『ハートランド王国軍兵士』になっている。但し、毎日王宮でやっていることを考えれば判って貰える通り、兵士とは言っても兵士の中の『訓練兵』に過ぎなかったりする。剣技の訓練を3つと槍と弓の訓練を2つ、そして害獣退治を3つこなせば、目出度く『正規兵』に昇格できる。剣技の訓練よりも槍と弓の訓練が少ないのは訓練内容が思いつかなかったか、マンネリ化を避ける意図なのか、微妙に判らないところではあるが、俺は多分面白い訓練内容が思いつかなかったせいに違いないと確信している。


 剣技で絶大な威力を発揮した俺の鉄パイプも、続く弓技訓練レベル1では精彩を欠くはめになった。獲物を射抜くはずの弓を固定する右手が震えて位置が定まらないということで、弓を引くポーズをしても失敗判定が続出した。残り5分というところで、右手を部屋の柱に押さえつけるという方法を思いつかなければ、恐怖の再訓練行きになるところで、本当に紙一重のところだった。


 手の先が定まらないと駄目なのは前回苦戦した槍の訓練でも同じこと。前後に動かさなければいけないので、弓技で使った右手を固定という方法も使えない。ほぼ丸一日悩み抜いた末に、固定された棒を掴んで右手や左手を動かせば良いんじゃないか? という答えに辿り着いた。その結果が、優美と俺の部屋に鎮座しているステンレス製衣類ハンガー『たっぷりかけて君』である。これで、次回の訓練への備えも大丈夫だ。


「でも、優美のハンガーちょっと寂しい感じだから、もっと服がある方が嬉しいな」

「優美、それは母さんに……」


 いかん、気を抜いてたら優美が目をきらきらさせて俺の方を見てるぞ。


「今度、またお買い物行こうよ」

「……考えとく」


 やっぱりこうなるか……




「こんなので、人を逆恨みするなよな!」


 半分やけになりながら、目の前にいる後ろ姿の野猿を俺は後方から斬り付けた。あまり早く手を振り下ろすとまた剣を落としてしまうので、よっこらせという斧でも振っているような雰囲気だ。野猿の方は斬られる瞬間まで俺に気付くことは無く、「うぎゃ」という声を上げながら、さつまいもを握り締めた姿のままポリゴン片になって消滅した。


 因縁の『害獣退治レベル2~さつまいも畑を守りぬけ~』。だが、うさぎが実は正面から剣を素直に振りさえすれば良かったという話を聞いた後の俺にとっては、この訓練は別に恐れるに足りなかった。剣技の復習ということで、殺り方は脳天からの一撃に決定だし、後は猿への近付きかただけということで調べてみたら、慎重に5m以上の真後ろから近付きさえば良いとだけと判明した。


「糞、うさぎの時に考え過ぎた」


 いや、多分あれはあれで製作者のひっかけだったに違いない。うさぎの大きさが倍あったなら、俺も剣を普通に振っていたはずで、そうで無ければ、参加者の7割が再訓練という数字には絶対ならないはずだ。優美に見せて貰った女性向けドキュメントを見ても判るとおり、製作者は間違いなく俺たちを変に試す方へとこのゲームを作りこんでいる。


 結局、どうということも無く野猿を30匹斬りつけて、今日の害獣退治は終了した。だが、俺の心は晴れなかった。今日はこれからが本番だ。『ホーム』に戻ったら、真っ先に『王宮掲示板』を確認するという作業が俺には待っていたのだった。


 男性プレイヤー用掲示板にアクセスして真っ先に検索するのは、加奈ちゃんから名前を聞いた『そんなヒロシに騙されてスレ』。前後についてる言葉はスレ毎に変わる場合があるから、検索のときにはコアになる文字列だけを調べる必要がある。簡単に見つけることが出来たスレの名は『【会う時が】そんなヒロシに騙されてスレ3【命日だ】』って、何だかタイトルが更に物騒になってないか。それに3て何だよ。次スレどころの騒ぎじゃないぞ。嫌な予感を全開にさせながら俺はスレを開いてみた。


 加奈ちゃんが続出という言葉を使ってた時点で、2人や3人じゃないかも知れないと思ってたがこれは酷い。『阿倍留寛被害者の会』Noという、野猿に噛まれて再訓練送りになったことを自己申告した奴らがつけてる番号があるようで、スレの書き込みだと27番までは確認できた。どうやら猿に噛まれると身体に電気ショックみたいなのが流されると同時に、一撃で再訓練送りになるようだ。何故、そんなことにと思ったら、俺も存在を忘れていた女神様から与えられた『輝石』が傷つけられたからという設定らしい。いや、あれって手袋にしかセンサーがないから手についてるんだろ。普通に考えて。


 うーん、掲示板の被害者の会、加害者の俺が言うのもなんだが格好良くないぞ。あの写真を見なければ、俺は普通にやれていたって言われても困るって。実際、書き込まれてるレスの2/3は、猿に噛まれた後、どんな感じでペアの彼女に罵倒されたかばっかりじゃんかよ。「素手で猿に触りに行く馬鹿がどこにいるのよ」「猿にも勝てない脳みそしか持ってないの?」とかはまだしも、中には「貴方と別れて猿とペアを組んだ方がましみたいね」とか言われてる奴もいるし。ペアの彼女をサルに寝取られる展開なんて、高度過ぎて俺にもついて行けないぞ。いかん、変なスレを覗いてしまった。




「1人でスライムも倒せない実力の貴様たちは、単なる糞だ!」


 槍技訓練レベル2。今日はハンガーのデビュー日だ。いつもならうっとおしく感じるゴッサムの声も今日は何故だか気にならない。これが心の余裕という奴かもしれないな。


「スライムを倒すには急所への槍の一撃だ。一度に何匹も相手に出来ない兵士に用はない。貴様らには、これから俺が満足するまで槍の素振りをして貰う」


 心配するな、ゴッサム。今日はすぐに満足させてやるよ。


『表示される輝点に向かって槍を突くポーズをしてください』


 ハンガーが固定されているのを確認してから、輝点がハンガーの先にくるように身体を少しずらしてから右手と左手をハンガーに添えて滑らせる。おお、今日は一度目から成功の音が出てるぞ。予想はしていたけれど、この調子なら楽勝だ。ターゲット変更で輝点の場所が変わっても、俺の身体の方を調整して位置合わせをすれば何ともないぜ。


 あまり目立つとまたいけないだろうということで、俺はたまに失敗を意図的に取り混ぜながら、適当に頃あいを見て3番目の合格者としてこの槍技訓練レベル2をクリアした。



「訓練はここまでだが、今日は貴様らに面白い見世物がある!」


 あとは『ホーム』に戻って、優美に新しく導入したハンガーの威力をちゃんと説明したやろうかな、などと考えていた俺に降ってきたのは、予想もしないゴッサムの一言だった。いや、実は予想はしていたんだが、来ないと良いなあと俺が一人で思ってただけだ。ゴッサムが登場してから、ずっと空元気出してたのに、やっぱり上手くいかないもんだ。


「阿倍留寛に決闘の申し込み者があった。そいつの名はトランザムだ。阿倍留寛が受ければ決闘は成立する。まさか、敵に背を向けて逃げるような真似はしないだろうな、阿倍留寛!」


 微妙に変なイントネーションでゴッサムが叫ぶ。ユーザー名もちゃんと喋ってるのは偉いが繋がりが良くないぞ。データベースの上からイントネーションを変えて、何種類か分の個人の名前の呼び方を全部登録しておいて必要な時に使用してる雰囲気だ。中の人ごくろうさんとしか言い様が無い。


 話しがそれたが、決闘だ。昨日、『そんなヒロシに騙されてスレ』を読んだ時点で決闘でぶん殴ると息巻いてレスしてた奴が何人かいたのでこの流れはまあ必然だったに違いない。残念ながら、この決闘逃げるわけにはいかない。逃げたら敢闘精神無し判定で、即再訓練送りになってしまうからだ。せっかく近頃順調なのに、こんなところで遠回りしている訳にはいかない。負けたらペアの女性に充分無様なところを見せることになるからか、負けて失うものは特に無く、またあまり頻繁に起きて貰っても困るのか、勝ったところで得るものも無い。要は、決闘を行う個人間のお遊び扱いされているということだ。


「当然だ。決闘を受諾する!」


 この言い方で正しいはずだよな。


「良い覚悟だ。それでは、今より阿倍留寛とトランザムの決闘を開始する」


 決闘は簡単に言えば、ゲームセンターで見かけるボクシングゲームだ。HMDの画面に映る少し影のありそうなイケメンの兄ちゃん、こいつの名前がトランザムだな、を相手にシャドーボクシングをすれば良い。後は、勝手にサーバー側がパンチが当たったかどうかの判定をしてくれて、体力ゲージがなくなった側が負けになる。良く見れば、トランザム結構体力あるな。俺は、いつも終わったら王宮をすぐに出て『ホーム』に戻って優美を相手をしてるから、錬兵場の自主訓練メニューとかしてなくて、体力、初期状態と殆ど変わらないんだよな、困ったことに。まあ、やれるところまでやってみるか。


「あかん、これ無理ゲーだ」


 糞、トランザム良い動きだ。決闘に最初に手を挙げるだけのことはあるな。振った拳がまるで当たらん。俺の目の前を残像を引いて、右へ左へと動いてるぞ。と思うと、何秒かに一度は迫る拳の後で俺の視界がぐるっと回って変なとこ映しているし。始まってすぐなのに、もう結構パンチ貰ってる。げ、一度目のダウン判定だ。


 アバターが立ち上がって、視界が元に戻るまでの少しの間に耳を澄ませてみれば「ヒロシざまあ!」「トランザム、やっちまえ!」「阿倍留逝ってよし!」とか声が聞こえてくる。完全にアウェーだな、こりゃ。


 優美も見てるだろうし、何とか勝てないものかと思ったが人生そうはうまくいかない。疲れて中々手が出なくなってきたところで、トランザムのゲージはまだ半分以上も残っているのに、俺の阿倍留寛の体力ゲージは0になり、視界が反転してHMDに「YOU LOSE」の表示が出てしまった。


「やっぱ、駄目か」


 さて、出来ればこれでお開きに……


「阿倍留寛に決闘の申し込み者があった。そいつの名はガンダールヴだ」


 まあ、こうなるわな。

 俺は悟りを開いた感じで、このなんだか強そうな名前のガンダールヴの兄ちゃん相手に、再度の戦いを挑むのだった。



「もう、限界ぽ……」


 思わず変な言葉が口から出てるが、要はそれくらい駄目状態ということで。一戦目で、大方の体力を使い果たしていた俺にとって、それからの試合は当然ながら望み無しで、多分、優美はずっと見てるに違いないということで頑張ってはみたものの、結局、KO負けの記録を更新し続けるだけで終わってしまった。


 6回目の戦いが終わって7人目の挑戦者が現れなかったときには、流石に俺もほっとしたのだった。30人ちょっとの訓練兵のうちで6人も猿に噛まれてるって、何か間違ってるぞ明らかに……との俺の思いも、今日は単なる負け犬の遠吠えに過ぎないか。何にしても、今日の騒ぎで沈静化してくれると有難いよな。


 疲れた身体を引きずって『ホーム』に戻ると珍しく優美がいなかった。


「お兄ちゃん!」


 今日はもう終わりと思ってHMDを外して部屋を出ると、待ち構えていたかのように優美が俺に詰め寄ってきた。仮想空間じゃなくて、こっちの方で待ってたってことか。それにしても、なんだか酷い顔色だぞ。まあ、さっきの決闘騒ぎを見てたからに決まってるよな。


「どうしたんだ、優美」

「どうしたじゃないもん。酷いよ、あの人たち。大勢でお兄ちゃん1人を苛めて!」

「別に大したことじゃないって。俺は大丈夫だから」


 大したこと無いと繰り返しながら、優美の頭をポンポンと叩いて階段を下りる。この時、優美の様子を見てフォローをもう少ししておけば良かったんだが、さすがに何人もの相手をした後だったので、疲れてて俺もそこまで気が回らなかった。


 ああ、今日は大変だったよなと思いながら、風呂に入っていつに無く酷使気味だった身体をほぐした。さっぱりして他愛の無いTVなど見てリビングでだらだらしてから部屋に戻った俺は、点滅する携帯電話を見て何か着信があったことに気付いたのだった。


 それは、加奈ちゃんから届いた一通のメール。


『優美が、女性プレイヤー用の掲示板で書き込みをしたら、色んな人に酷く言われてしまったみたいです。お兄さんも疲れていると思いますが、できれば気遣ってあげてください』



<<次回、『妹、ネットには危険が一杯だと知る』に続く>>

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