7.向き合う~その1~
本編では、灯の家族の事は一切触れていませんでしたが、ここで改めて灯の家族が出てきます。
灯の両親の名前も、弟の名前も本編を書いているときに、すでにできていました。
今回、初めて名前を出させていただきます。
灯と、琴は佐山の表札がかかった家の前に立っていた。
ここは、灯の実家なのである。
この前まで、灯が幾度となくここに立ち、チャイムが押せないまま引き返したところ。
「この前まで、何回かここに来たけど、チャイムが押せなくて帰っていたんだ・・・」
琴にそう告げると、琴は穏やかな笑みを浮かべる。
「なかなか、チャイムも押せないわよね?」
そういって、琴が佐山家のチャイムを押す。
すると、中から元気な護の声がする。
「は~い。あっ!お姉ちゃんだ。お母さん!お父さん!お姉ちゃんが本当に帰ってきたよ。」
中に居るであろう、両親に声を掛けると、バタバタと玄関まで走る音がして灯の目の前に現れる両親の姿。
「灯・・・本当に灯・・・。」
母望美が涙を瞳に湛えながら、呟く。
望美の後ろでは、父修平がその姿をただじっと、見つめていた。
「こんなに大きくなっていたのね……。」
「ほらほら、いつまでも玄関先に立たせないで。家に入れてちょうだい。」
琴が、声を掛けると 望美は我に返る。
「すいません。お義母さん。」
そういって、リビングに案内された灯と琴。
リビングに入って灯は、ダイニングテーブルに手を置く。
「何年たっても、変わってないのね?」
「当たり前じゃん!いつでも お姉ちゃんの帰りを待っていたんだから。
いつお姉ちゃんが帰ってきても、過ごしやすいように。」
護の言葉に、灯は驚く。 護の顔を見ながら灯は呟く。
「私はこの家で、歓迎させているの?
私は、この家に帰ってきてもよかったの?」
すると、灯の後ろに居た修平が灯の姿を見つめたまま口を開く。
「当たり前じゃないか!
お前はこの家の娘じゃないか?!
お前は、お母さんにも俺にも歓迎されて生まれて来たんだからな?
……いつでも、帰ってきてよかったんだよ?
こんなに長い間、おまえに会えない日々が続くとは思わなかった。」
一度言葉を区切り、呟かれる言葉。それは・・・
「……お前は俺に似て、頑固なところがあるからな?」
小さく笑う修平。
「…だから お姉ちゃん、みんな待っていたんだって。
父さんも母さんも、お姉ちゃんに長い間会えなかったのに、いつでも会いに行きたいのに、お姉ちゃんになにを言われるか怖くて会いに行けないって言ってたんだから。
いつでも、みんなお姉ちゃんのことを思っていたんだよ?
今日も、必ずおばあちゃんがお姉ちゃんを連れてくるからって言ってくれて、お姉ちゃんが好きだったものを思い出しながら作ったんだよ?
……お姉ちゃん座って?
自分の席覚えているでしょ?」
そういって護に椅子に座るように促された灯。
夢をみているような話にまだ 頭がついていけない。
家を出るときには、まだまだ元気だった修平も、望美もこの7年半という年月に少しずつ年老いたようだ。
黒い髪には白髪がちらほら見える。望美は、まだかわいらしさが残る顔立ちをしているが、修平は顔にしわが刻みこまれていた。
「護…。
自分の席ぐらい覚えているよ。私は、護の向かいの席だった。
そして、私の隣はお母さん。斜め前にはお父さん。たまに来るおばあちゃんは、誕生席だった。」
「さすが、お姉ちゃん!忘れてなかったんだ?」
「当たり前でしょ?
……いつも、口にはできなかったけど、いつもこの風景を思い浮かべていたもの。
私が、この家を出るときのあの一瞬のことは、絶対に忘れられない。
お父さんとお母さんと交わした最後の言葉。忘れたことはなかった。」
「…灯…。」
「お姉ちゃん、でもお姉ちゃんの記憶の父さんや母さんはもっと若かったでしょ?」
「あはは。護…。それ言ったら、失礼だよ。」
護の言葉に、灯の調子も戻ってきた。護の顔に自分の顔を近づけるとニヤリと笑う。
「実はね、老けたなぁとちょっと思っていたところ。」
小さな声で護に、笑いながら話すと護もケタケタと笑い声をあげる。
「……昔のお姉ちゃんに会ったみたいだ。」
その様子を見ていた、両親。
「あの時は、全然見えていなかったけど、灯も普通の女の子なのよね?
たまたま、変な能力を持ってしまっただけなのね?
辛かっただろうに。
1人にしてしまってごめんなさい。」
「……お母さん…」
その場の空気が湿っぽくなった頃、琴の手を叩く音が聞こえる。
「さあさあ!湿っぽい話は、後にしなさいな?
私は、おなかが空いたわ。灯が好きだったというそのご飯を、私にも食べさせて?」
「そうだったわ。お義母さん、今用意しますから。
護!手伝ってちょうだい!」
そこへ、灯の声が届く。
「お母さん!今日は、私だっているんだよ?私も手伝うよ!」
「今日は、灯はお客様なのよ。今は、黙ってその席で待っててほしいわ。」
振り向き際に、灯に伝える望美。
その元気な声が、大好きだったなと灯は改めて母を思う。
その姿を、修平も琴も楽しみながら見つめる。
少しづつ、少しづつ、灯もこの家族の一員だという自覚が芽生えればいいと願う修平。
必ず、この家に灯が戻ってくることを夢見てしまう修平だった。
天井を見て、小さな小さな呟きを落とす。
「灯と、向き合う時がやっと訪れた。
今日は、記念日になるかな。」