6.心のままに
美華に抱きしめられ、しばらく泣いていた灯だったが、そっと離れる。
「すいません。美華さん・・・。
なんだか、ホッとしてしまって。甘えても大丈夫かなと思い、ずいぶん甘えさせていただいちゃいました。
・・・・人に抱きしめられると、こんなにもあたたかいんですね?
少しだけ、親の愛情というものが分かった気がします。」
「そうよ?親というものはあたたかいものなのよ・・・・・。
どんなときも、子供にかける愛情は大きいものなのよ?
・・・・・・・・・灯ちゃんは・・・」
言葉に詰まった美華の後を、灯が引き継ぐ。
「私は、小さな頃から色んなものが見えてしまっていたから、両親が気味悪がって・・・。
こうして、抱いてもらった記憶もないんです。
気がついたときは、両親は私と距離を置いていましたから。」
「気味悪がってって・・・・。
そんなことはないわ。いろいろ戸惑っていたんじゃないかしら?
そんなご両親を見て灯ちゃんは、甘えるということをどこかに忘れてきちゃったのね?
灯ちゃんが、そんなご両親に甘えなかったからなのか・・・ご両親も、甘えさせてあげるということをさせなかったのね?
ご両親も、色々悩んでいたと思うのよ。
・・・・・私が、斗哉にしてあげれなかったことは、ずっと心の奥にあって、ずっと忘れることはなかったの。灯ちゃんのご両親も多分同じ思いだと思うわ。
自分の子に愛情がない親なんていないのよ?」
美華に、両親というものを諭されているうちに灯の心に少しずつ優しさがあふれ出す。
「灯ちゃんは、確か、ご両親とは一緒に住んでないのよね?
よく1人で頑張ってきたわ。・・・でも、これからは無理しないでね。こうやって辛い時はここに来ていいのよ?灯ちゃんがこうして、私の事を頼ってくれるのがうれしいわ。
私で、どこまで役立つか分からないけれど、斗哉を助けてくれた灯ちゃんのために力になってあげたいから。
・・・・・でもね・・・
灯ちゃんのご両親の住む家にも行ったほうがいいと思うわ。
すぐには無理でも、時間がかかっても、いつか必ず行ってあげてね。
約束よ・・・」
「・・・・・ありがとう・・・美華さん・・」
とても小さな呟きを美華に告げる。
いつものクールな灯が消え、優しい穏やかな顔の灯が、笑顔を見せる。
そして、数日後・・・・
灯は、久しぶりに近くの森林公園のベンチに座っていた。
なにも考えず、ただ座っていた。
そこへ、祖母、琴が姿を見せる。
「何、ぼーっとしてるの灯??」
「あっっ!・・・おばあちゃん・・・」
琴は、灯の隣に腰を下ろす。
「悩んでいるようね?まだ、心の整理がつかないのかしらね?」
「うん・・・」
そういって、しばらく無言で過ごす2人。
静かな空気が二人の間に、流れる。
「・・・灯・・・分かっているわよ?
灯は、帰りたくても怖くて帰れないんでしょ?
どう接したらいいのかわからないのよね?もうあれから、7年半という長い年月が経ったのね。
あれから、ずっと帰ってないのだもの。灯の思いも分かるわ。
・・・・でもね、灯がそんなに心配するものでもないわよ。
親子だもの、必ず分かり合えるものだから。
それが、親子というものよ。」
そういうと、琴はベンチから突然立ち上がる。そして、灯の目の前に立つと灯の手を取る。
「・・・・というわけでね、これから私と一緒に灯の実家に帰るのよ。」
「・・・おばあちゃん・・・」
「あなたが、ここに来ているのは分かっていたし。
私の息子たちは、なかなか帰ってこない灯に会いたくてとうとう我慢できなくなったらしいわ。
私に、ずーっとSOSが出ていてね。
あの子たちも、自分で迎えに来ればいいのに、それもできなくて。
接し方が分からないのは、灯の親も同じなのよ。
・・・今日、連れて行かなかったらどうなることか」
笑いながら話す琴に、灯も気持ちが軽くなる。
「そうだね?おばあちゃん・・・
今を逃したら、余計に帰れなくなってしまうかもしれない。
わかったよ。一緒に行くから。」
そういうと、琴の手を握り締めベンチから立ち上がる。
「おばあちゃんには、かなわないよ。
なんでも、私のこと分かってる。
私に何かあるときに、何も言わないのに必ず目の前に現れるんだから。」
琴が、灯の顔を覗き込む。
いつもより柔らくなった灯の笑顔・・・。
その笑顔を見て、琴はちょっとだけ驚く。
“灯にも、手助けしてくれる人が現れた様ね”そっと、心の中で呟く琴。
「でも、灯・・・
少しは気持ちに整理がついているじゃない?
私の出る幕じゃないのかもね?」
「うふふ。美華さんに、会ってきたの。
そしたら、ちょっとだけ気持ちがあたたかくなったの。」
「灯も、いい仲間を見つけたってことかしら?
だんだん、あなたも私の元から離れていくのね?
いままで、灯の事を気にかけて過ごしてきたけど、いい仲間ができたのなら私の役目も、もう少しでおしまいになるのね。
寂しいけど、嬉しい。」
2人で顔を見合わせて笑いあい、心地よい風を受けながら灯の実家に向けて歩き出した。