2.優しい笑顔
カランコロンとドアの開く音がして、お客さんが入ってきた。
今日は、日曜日。大学もない日なので、灯は凪と共に【ikoi】のアルバイトに来ていた。
この前のゴールデン・ウィークとは違い、お客さんの出入りも激しくなっている。
行きつく暇もない忙しさだ。
ランチのメニューもあまりないのに、そのランチの注文も絶え間なく入る。
拓斗が、アルバイトを募集していたのも頷ける。
この忙しさでは、拓斗自身にも時間がなく、アルバイトの面接をするのも無理な環境である。
今日も、ランチが終了し午後の営業が始まるまでの時間まで“準備中”の札をドアに下げる。
そうして、みんなで一息つきながら昼ご飯を食べる。
「こうして、ここで三人で食べる食事も懐かしいよね?」
凪が、拓斗と灯に話す。
「そうだよね?あの時から4か月しか過ぎてないのに・・・。
その間に、いろいろありすぎたからかな??」
あの、4か月の間の出来事・・・・トーヤを中心に動いた日々の事を振り返りながら食事をする。
「・・・ところで、灯!
あのあと、トーヤはみえなくなちゃったの?」
「いるよ?ここじゃなく、城山さんのうちに・・・。
でも、呼べばいつでもここにも来るはずだよ。」
「お母さんのところにいるんだ。」
「そうだね。精霊になっているよ。
トーヤのお母さん・・・美華さんっておちょこちょいだから、見守ってあげるトーヤがいて助かるかも。」
灯が優しく笑う。
その姿をみた凪。どことなくとげとげしさが取れた灯をみて、驚く。
「灯・・・。なんか、表情が優しくなったよね?
心境の変化でもあった?」
「うーん。特にはないと思うけど。
でも、今回のトーヤのことで色々考えさせられたよ?
家族・・・・・。
わたしも、向き合わなければならない時期に来ているのかもしれない・・・。」
しんみりと灯が言葉を口にすれば、凪が心配をする。
「灯・・・。大丈夫??
トーヤの事で、辛くなった??」
「反対だよ。家族の事、何年も放置していたから。
家族の大切さを考えさせられたよ。
・・・おばぁちゃんにも、家族に会うように勧められたしね?
・・・・・・・。
なんか、家族に会うのが怖いという気持ちもあって。
家族と離れて、8年でしょ?
こんなに長い時間を離れて暮らしていて、家族に会っても大丈夫かな??」
「灯・・・・・。
力になるよ?友達じゃない?」
凪が、沈んだ声を出すと灯は元気を取り戻したように声音を変えて話す。
「うん!ありがとう。凪。
私には、凪がいるから大丈夫だね?」
すると、凪が首を振る。
「違うよ?凪には精霊もいるし、トーヤを通じて知り合った友達がたくさんいるじゃない?
その人たちを頼ってもいいと思うの。
みんなが、応援してるんだから。
灯には、たくさんの友人がいるんだから、私一人だけを頼るものじゃないでしょ?」
「凪・・・・。」
そんな話をしていると、あっという間に休憩時間は終わる。
“準備中”の札を外し、午後の営業時間に入る。
カラン、コロン♪
また、お客さんが来たようだ。
灯は、持ち場のキッチンに戻る。すると、間もなくしてパフェの注文が入る。
チョコパフェと、フルーツパフェの注文だ。
さっき、家族の話をしていたからかなぁと思いつつ、弟の護がチョコパフェが好きだったことを思い出す。
たまに、自宅のキッチンで作ってあげると、満面の笑顔で喜んで食べていた護。
可愛かった笑顔を思い出し、1人でクスクス笑いだす。
すると、拓斗が顔を出す。
「楽しそうですね?
灯さん、何を1人で笑っているんですか?」
拓斗に不味いところを見られて慌てる灯。
それを見つめながら、拓斗が言う。
「灯さんに会いたいと来ているお客さんがいるんですが・・・。
今作ったパフェを持って、そこのテーブルにいってもらえますか?」
拓斗が指示したテーブルには、若い男性とお年寄りの姿が・・・。
よく見ると、灯の祖母・・佐山 琴だった。祖母の目の前には、懐かしい顔が・・・。
今の今、思い出していた弟の護だったのである。
灯が、テーブルに近づくと護が顔を上げる。
「おねぇちゃん!久しぶり。元気にしてた?」
あの時の面影はそのままに、満面の笑みの護。
パフェをテーブルに置くと、すぐにスプーンを取り食べ始める護。
「う~ん!美味しい!!
おねぇちゃん、この味はあの頃と変わらないね?
懐かしい・・・」
うっすらと涙を浮かべて話す護。
「大きくなったね?護・・・。
あんなに小さかったのに。今では、おねぇちゃんよりも大きくなったみたい。」
「当たり前じゃん!
俺だって、もう中学なんだ!いつまでも小さいままじゃない!」
そのやり取りを見ていた、祖母、琴。
「灯・・。突然ごめんなさいね?
ずーっと、ずーっと、護に言われていたのよ?
おねぇちゃんに会わせろって。断っていたんだけど、もうあなたも家族に会っていい頃よね?
今日はね。覚えてる??
護の誕生日なのよ?誕生日プレゼントはいらないから、おねぇちゃんと会いたいというものだから。」
護は、無言でパフェを食べている。
その姿をちらりと見てから、灯はまた、琴に視線を戻す。
「そうだね?家族に会うべきだと私も考えていたところ。
私が行動起こすより、護のほうが早かったのね?」
その会話を遠くから見つめる2人の姿。
言わずと知れた、凪と拓斗だ。
「灯さん。今日は帰ってもいいよ?」
「いえ。少しだけ時間をもらえれば・・・」
そういって、護と琴に視線を戻す灯。
「じゃぁ、時間あげるから座って話して?」
拓斗に勧められ、椅子に座る灯。
「護・・・。
おねぇちゃんの事、忘れないでいてくれてありがとう。
おねぇちゃんも、護に会いたかったよ?
近いうちに必ず、家に戻るから。
その時に、ゆっくり護と話したいと思うの。」
「もちろんそれでいいよ。
今日は、会えるとも思ってなかったし。
会えただけ嬉しかった。親父やおふくろも会いたがっているから必ず帰ってこいよ?
待ってる・・・。」
にっこり笑って護を見つめる灯。それを見つめる護。その2人を見つめる琴。
言葉はなくても、きちんと思いは通じているようだ。
灯が頷けば、護が頷く。護が頷けば、琴が笑顔を返す。
これで、約束が成立したようだ。
がたっと音を立てて、灯が席を立つ。
「店長。ありがとうございました。今日はこれで十分です。
実家には後日帰りますから。」
優しいほほえみと共に、凪と拓斗に返す笑顔を返す灯であった。