10.自覚
【ikoi】に着くと、拓斗は涼しい顔でコーヒーを飲んで休憩をしていた。
「いつも、ご苦労様。」
ねぎらいの言葉を拓斗が掛けると、灯はキッチンで仕事ができるように荷物を置き着替えに向かう。
それを見届けてから、凪が拓斗に小さな声で伝える。
「どうだった?」
「驚いていたけどな。
でも、灯ちゃんが好きなのは蒼人だろ?」
「でも灯ったら、自分の気持ちに気がつかないのよ?
ほんとに、鈍いんだから。」
「あたたかく、見てやれよ?」
「もちろんよ。」
「蒼人には、焦って行動は起こさないほうがいいと話してあるからな。
灯ちゃんのスローペースに合わせないとな。
灯ちゃんが、自分の気持ちに気がつく日まで。」
「そうね!さて、私も準備してくるわ。」
そういって、話を終わらせた凪。その凪を笑顔で見つめる拓斗。凪が拓斗の側を離れると、またコーヒーに口をつけた。
アルバイトが、終了間際の時間になった頃蒼人が来店した。
「あれっ?蒼人さんこんばんは。」
凪が、声をかけると蒼人は笑顔で返す。
「こんばんは。情報もありがとう。」
小さな声で、凪に伝えると凪は微笑んだ。
「蒼人!今日の仕事は終わったのか?」
「終わったから、コーヒー飲みに来たんです。」
「違うだろ?」
そういって、拓斗はキッチンに居るはずの灯の方を親指で指す。
「まぁ、顔を見てみたいなぁとは確かに思いましたよ?
今日は、仕事も朝から上手くいかなくて困っていたので。
好きな子の顔を見ると、元気が出るでしょう?拓斗さん。」
「・・・まぁ、そうだな・・・。」
凪の顔を見ると、凪は頬を染めて俯いてしまっている。
「凪が、照れるからあまり言ってほしくない言葉だな…。
蒼人、いつものか?」
「はい。いつもので。ついでに、甘いものも一緒にお願いします。」
「了解。灯ちゃん特製のものを作ってもらうから。」
数分後、蒼人の前には灯特製のチョコパフェが置かれていた。
「灯ちゃん、ありがとう。美味しいよ。
もう、今日のアルバイトは終わり?」
エプロン姿ではなく、普段着の灯を見て蒼人が声を掛ける。
「そうです。今日はおしまいです。」
「じゃぁ、灯ちゃんが迷惑じゃなければ少し話がしたいのだけど。
…ダメかな?」
「いえ。じゃぁ、拓斗さん、私にエスプレッソお願いします。」
そういって、蒼人の隣に座ろうとした灯に拓斗が声を掛ける。
「テーブル席が空いているんだから、そこへどうぞ?
蒼人も、そっちの方がいいだろ?」
蒼人が頷くのを見ると、拓斗は蒼人の前に置かれたものをお盆に乗せ、テーブル席まで持って行った。
「こっちで、大丈夫だった?」
「はい。
いつも蒼人さんと話す会話は、楽しいから時間を共有できるのは嬉しいです。」
そういって、テーブル席に座る。
それから、2人はトーヤの話から始まってお互いの家族の事を話し始めた。
蒼人には2人の姉がいて、もうすでに結婚していることを知った。
「…だからさ、両親はお前も早く結婚しろってうるさくて。
そのうち、追い出されるんじゃないかと思うよ。
俺の周りにいる同僚だって、誰一人結婚なんてしてないんだ。俺も含め、彼女がいない奴だっている。」
「えっ?蒼人さんって彼女がいないんですか?」
「うん、いないよ。」
笑顔で灯にこたえる蒼人。
その蒼人を見つめながら、灯は胸のドキドキが止まらない。
“私、どうしちゃったんだろう?”
凪との会話を思い出す。
『灯は、鈍いから』
“あれは、どういう意味?
もしかして、私蒼人さんの事が好き…?”
自分に問いかけてみても、答えは出ない。
「灯ちゃんは、彼氏がいるの?」
「いません。…いままで、誰も好きになったことがないから。」
「そう。なんだか、灯ちゃん気まずい?大丈夫?話題変えようか?」
何気なく、灯を気遣う優しさにドキンとする灯。
「蒼人さんは、優しいんですね?」
『当たり前だ。蒼人は俺の友達だからな?
灯は、蒼人が好きなんだろう?応援するぞ!付き合ってしまえよ?』
突然、聞こえたトーヤの言葉に驚く。
『トーヤは、まだここに居たの?』
『ちがうぞ。蒼人が心配で出てきただけだ。』
心に伝えてくるとトーヤは、蒼人の隣に立つ。
「蒼人さん、トーヤが蒼人さんの事を心配しています。
珍しく、私たちの前に現れましたよ?
何か、心配事でもあったんですか?」
「ちょっと…ね!
でも、もう解決したから大丈夫。」
灯に笑顔を向けた蒼人。
『・・・と蒼人さんは言っているけど?』
『蒼人がそういうなら、もう安心だ。
おれは、母さんのところに戻るよ。元気でな?灯。
また、近いうちに会うことになるかもな?』
その声が聞こえたかと思うと突然、トーヤの姿が消えた。
「トーヤ、消えちゃいました。
また、近いうちに会うことになるかもって言ってましたけど?」
「…そうなるのかな?」
そういって、会話が途切れると時間を気にする蒼人。
「いけない!灯ちゃん、時間大丈夫?」
時計をみれば、あれから1時間も時間が過ぎている。
「ほんとだ。帰ります。」
「送っていこうか?もう、外は真っ暗だし。」
「…じゃぁ、お願いします。」
蒼人に頭を下げる灯。
樹生には送らせなかった灯だが、蒼人の『送ってあげる』の言葉には、素直に送ってもらう灯。
樹生とは対照的だ。
外に出ると、空を見上げる灯。今夜は星が出ていた。
“私は、蒼人さんが好きなのかもしれない”
灯の気持ちを自覚させられた記念日になりそうだ。




