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芸能タレント

二人羽織~本音と建前な芸能界

作者: カルネアデスの舟板

テレビ局の控え室にきらびやかな衣装をつけたかわいこちゃん歌手が座る。スタジオに詰めかけた観客の暖かい拍手はまだ鳴りやまない。


「ふぅ~やっと歌謡番組を撮り終えたわ。この番組はなま中継で長い拘束なの。私は好きじゃあないなあ」


"あの娘に代わってもらいたいなあ"


控えに座るかわいこちゃん。おいしそうにオレンジジュースを飲むとスタイリストが衣装を丁寧に脱がしていく。


「あみちゃんご苦労様でした。新しい曲もヒットチャート上昇中ですわね。今人気絶頂のカワイコチャン歌手あみちゃんだもの。さすがですわ」


スタイリストは手際よく歌手あみを脱がし続いてドラマ出演の時代劇町娘役に仕上げていく。


売れっ子タレントあみの横からマネージャーが台本を手渡してみる。


「あみのセリフは簡単なものにしてあるよ。時間がないから悪徳代官に捕らえられ主人公に助けてもらう役回りだよ」


イヤッ


やめてください


私知りません


何かの間違いです


マネージャーが時代劇のストーリーを説明しセリフを伝える。


悪徳代官に手込めにされる町娘は今からピンチ!


すんでのところで主人公に助けてもらう勧善懲悪捕物帖であった。


町娘あみは助けを貰うセリフをアドリブ込みで喋ったら収録はOKとなる。


「この時代劇を撮り終えたら事務所に一旦戻ります。社長があみに会いたいそうです。"もうひとり"も帰ってくることになっているからよろしくお願いします」

マネージャーはあみにこっそり小声で耳打ちをする。

"もうひとり"も事務所にやってくる。


あみはこっくりと頷きセリフを復唱した。セリフさえ万全に話せば録画収録スタジオはただちに解放される

あみにカツラをつけるスタイリストは"もうひとり"とはなんだろうかと疑問に思いながら髪を結うのである。


「あみさま!まもなく本番入ります。五分前でスタンバイお願いします」


アシスタントディレクターがせわしなくあみに時間を告げる。収録スタジオは売れっ子タレントあみのために時間が押していた。


カワイコチャン歌手タレントのあみは東京の一等地にある大手プロダクションに所属している。


テレビに映る歌手に憧れ女子高2年生の時にタレント発掘オーディションに公募する。これがきっかけとなり念願の芸能界入りを果たす。


現在のプロダクション社長に白羽の矢を射られスカウトをされている。


「あらっ久しぶりに事務所ね。社長さんは元気にしているかなあ。この2~3ヶ月忙しくしていたから懐かしいなあ」


片親育ちのあみ。タレントに仕立ててくれた社長は父親のような存在であった。

「へぇ~あみは変わってんなあ。前々から変な女の子だとは思いながらマネージメントをしていたアッハハ」


マネージャーは収録時間に目星をつけ時計をにらみながらテレビスタジオにクルマを手配する。


「タレントさんのマネージメントはあみ以外にもいろいろ手掛けたよ。マネージャーの俺なんか会社員だからな。社長の存在は絶対的なんだ。いいように安月給でコキ使われているからな。社長が好きなタレントなんていなかったぞ。できたら一生会わないまま暮らしたいくらいだ。どうもあの手のうるさ型は苦手だよアッハハ」


あみは化粧も仕上がり町娘姿となる。テレビ番組収録はある程度照明やカメラアングルで化粧や衣装のまずさが解消をされる。


スタイリストは簡易な化粧しかできないことにフラストレーションが溜まる。まだまだメイクをしたいが時間いっぱいと言われては立つ瀬がない。仕方なくあみを送り出す。


控えの前に陣取るADが出迎えた。あみを足早にさせ収録スタジオへ消えていく。売れっ子は多忙であり収録延長は時間のロスであった。

「あみさま入ります。テイク4スタンバイします」


スタジオに頭をさげながらあみが入る。時代劇の役者連中はニコリともせず所定の位置につき演技を取る。

スタッフはあみの登場により収録本番を迎え一瞬にしてスタジオは江戸時代にタイムスリップしてみせる。

あみは緊張しながらアドリブでセリフを言う。時代劇の収録もスタジオレンタルも時間が押すため役者連中は一発撮りに集中をする。ミスがあれば売れっ子あみは二度撮りにはいてはくれない。


「はいっカット!あみちゃんご苦労様でした」


テレビディレクターが収録OKのサインを出す。あみのぎこちないセリフには不満もあるが売れっ子には敵わない。


「ありがとうございます」

江戸の町娘姿のあみはお礼を一言告げるとマネージャーに手を引かれる。早めに着物とかつらを脱いでもらいたい。


収録スタジオではドラマの編集作業が始まる。売れっ子あみが町娘のゲスト出演が唯一の売りになる一話。主人公も時代劇ベテラン俳優らも敵わないあみの人気である。


「あみ収録終了だ。さて事務所に帰るよ。久しぶりに社長に逢えるんだね。たんまり可愛がってもらえよ」

メイクは完全に洗顔で落とすかどうかの慌ただしさである。時間どおりにクルマにあみとマネージャーは飛び乗った。


車中の人となるとあみもマネージャーもスヤスヤ寝息を立ててしまう。売れっ子は安らかに休める時間が最高に嬉しいかった。


眠るマネージャーの携帯にはひっきりなしに電話とメールが入ってくる。マナーモードはバイブレータでぶるぶるする。


「あらっあみちゃんいらっしゃい。事務所に来るのは久しぶりですわね。社長は先ほど成田空港に無事に到着をしたと連絡がありました」


売れっ子あみは忙しい毎日である。プロダクション社長も輪をかけての多忙さである。


「社長はグアム帰りですの。まあスケジュールとしてはうちのタレントがグラビア撮影となっていますけど」

長年勤めるベテラン女子事務員は社長の管理スケジュール本当はどうか怪しいわねとソッポをプイッ。


グラビア程度ならタレントとマネージャーだけで用は足りるのである。


「アハハ疑っているのか。まだまだ社長も元気じゃあないか。もうすぐ還暦(60歳)なんだ。やりたいようにやらせたらいいじゃあないか。奥さんに死なれて淋しいんだよ。ただし無理はいけないけどさ」


約10年前に妻を癌で失いひとり娘とふたり暮らし。(やもめ)の身分だから女癖が云々は当たらないのではないかとマネージャーは笑い飛ばした。


「社長からの伝言ですけど。あみちゃんのお母さんを田舎から呼んではどうですかということです」


社長の住むマンションが古くなったため六本木ヒルズに近々引っ越す。


「なるほどね。旧マンションが空き家になるからあみと田舎の母親が仲良く住んではどうかというわけか」

社長のマンションはあみには思い出のある棲み家である。田舎の女子高生時代には住み込みで歌手タレントのイロハを学んでいた。


「えっ社長さんのマンションにですか。お母さんと住めるなんて夢のようだわ」

あみは目を輝かせた。


リーンリーン


事務所の電話が鳴る。成田空港到着の社長である。


「やあ帰国の手続きに手間取ってしまったよ。あみはいるかい」


ひとり?


ふたり?


「あっ"田舎のあみ"ひとりかい」


あみが事務所に来たとわかり安心をする。携帯を胸にしまいこむと社長は連れの女性と仲良く成田空港を後にした。


売れっ子アイドルあみ。出身地は日本海に面した北陸(公表)である。


交通事故で亡くなった父親は江戸時代から続く庄屋の次男で先祖代々続く名家である。あみが言うには遠縁に歴代総理大臣の名前もあるらしい。


母親は隣街の商家の娘。女学校を経て短大を卒業する際に縁談写真を親が配るとすぐさま嫁入りの話が舞い込む。娘時代の姿はアイドルあみによく似て美形であった。


縁談を取りまとめたい仲人さんは乗り気になる。名家の次男だからゆくゆくは商家の婿養子となっても構わないではないか。ひとりほくそ笑み話を進める。

お見合いの席では色白な加賀美人さんである。短大在籍の妙齢さは日本人形のような容姿に映る。


「どうですか。こんな綺麗な娘さんは滅多に御目にかからないですね。あなたは幸せな男さんですなあ」


仲人はにっこり笑い盛んにハッパをかけた。


見合いの席についたあみの父親は一目惚れをした。


あみの可愛らしさは母親譲りだけでもない。いやいや名家の次男の父親もハンサムである。


背が高く鼻筋がキリリっと通る美男子。高校時代からテニス部に所属しそれなりの戦績を残すプレーヤー。

進学先の金沢大はテニス部は弱くインカレや国体など全国的な試合には無縁ではあった。


しかし北陸や中部の地方大会では名の通った存在であった。


美男美女の結婚は狭い街の噂となり多くの祝福を受けた。


「あんな立派なご夫婦だからさぞかし産まれるお子さんも素晴らしいだろうね」

そして誕生したのがアイドルあみである。


北陸の街に生まれたあみは名家のお嬢様としてなに不自由なく育つ。よく働く父親と愛情いっぱいの母親からの愛。まるで幸せを絵に描いたような幸せな家庭であった。


あみの父親次男の家から数メートルの離れに名家の本家お屋敷があり祖父母と長男夫婦が住んでいた。(数年前まで曾祖父も生前であった)


本家は長男が直系の長子として嗣いでいた。そのため次男の父親は気楽な身分で隣街の娘と一緒になったのだが。


結婚当初から病弱な長男の嫁。30歳を前に健康面の不安から入退院を繰り返した。


祖父母は嫁の弱さを見てこのままでは世嗣ぎが産まれぬのではないかと心配する。


結婚後にメデタク妊娠をするも体調が万全とならず早流産を見てしまう。


この流産は嫁自身に多大なストレスを与えてしまう。それ以後は情緒不安定となり安定剤の飲用を余儀なくされる。


「おじいさん。嫁には困りますわ」


嫁姑の関係になるおばあさん。嫁の目の前で子供ができないことを揶揄してしまう。


嫁は発作的に自殺をしようとし一命を取り止める。この騒動があってから祖父母も長男も子供のことを話題にすることはなかった。


長男の嫁の騒動が収まり名家に平穏無事な生活が来たかと思った矢先であった。

「おとうさぁ~ん!死んじゃあいやぁ」


救急車で病院に運び込まれた父親は夜の交差点で赤信号無視のトラックと接触事故を起こす。運転席は大破し父親は内臓破裂の重体であった。


名家に警察から連絡が入り祖父母から家族全員が病院へ向かう。


「おとうさん死んじゃあ嫌っ~あみの大切なおとうさんは死んじゃあいやなの」

小学生のあみは母親と大声で泣きはらす。なんら落ち度もない父親がこんな姿に変わり果てるなんて。


事故を起こしたトラック運転手はどっこも怪我などせずピンピンであった。


緊急手術は長々と続くが外科医は内臓機能破壊の現状を診て嘆いた。いかな外科医でも手の施しがないと匙を投げるクランケ。


翌朝父親の死亡は悲しみに暮れた家族に告げられる。息子を失う祖父は天を仰ぎ泣き崩れて気を失った。


幼いあみは夜に泣き疲れすやすやと待合室で眠っていた。


名家の祖父母は絶望的であった。丈夫な息子をふたり育てたというのに。


なぜこのような仕打ちに遭わねばならないか。


世嗣ぎの長男は嫁に子供が産まれない。


次男は他界し天国に召してしまう。


気がついたら名家の祖父母に残った孫はあみだけとなった。


「孫娘あみだけがワシら年寄りの生き甲斐だ。あみがいるから生きる喜びがある」


子供のできない長男の嫁は蔑ろ。姑などは露骨に態度に現し敢然と嫁の無視を決め込む。


祖父母は自分らの血の繋がる孫に愛情を感じ可愛がることになる。


「おじいさん(次男の)嫁さんですが。名家の分家にしておくことはいかなものでしょうか」


次男の命日が訪れた一年後姑はとんでもないことを言い出した。


若い身空(みそら)で未亡人となったあみの母親。名家とは縁切りとして"自由の身"にさせてはどうか。


「あの嫁は長男とは違い器量もいいからね。ひとり身となれば再婚相手もすぐに見つかります」


名家とは離縁させ他人となる。孫娘あみを残して女の身ひとつで出ていけと言うわけである。


「娘あみは再婚相手にはめんどくさい"瘤ツキ"ですのよ。あみがついていなければ綺麗な身になりますわ。新しい殿方と落ち着いて新婚家庭が持てますわ」


姑は決め込む。孫のあみは私たち祖父母が育ての親になります。貴女は若いのだから違うパートナーを探し新たな人生で幸せをつかみなさい。


あみを名家に残してくれたのなら"それ相当の手切れ金"を小切手で支払いましょう。


さらに再婚した場合。男性から見た他人の子供あみは不幸なことになる。北陸の身近で実際に起こった事件や噂話をわざわざ誇張して嫁に告げた。


嫁は姑に萎縮する。長年に渡り先代の姑(明治時代の女)にさんざん苛められ鍛えあげた世代の言葉は迫力があり威圧的である。


姑に言わせれば逆らう嫁などこの先祖代々の名家に必要はない。


だからこそ名家の嫁を解雇してやる。自由の身にさせてやる。


出ていけ!


この家から出ていけ


孫あみを置いてきぼりにしてさっさと出ていけ


姑はあみが小学校に通う昼間に本家の使用人と上がり込んでは名家からの離縁を迫るのである。


「御母様。私は未亡人ですから名家に居る資格などございません。主人の年季もあけたことですから離縁も受け入れたく思います」


姑はにっこりし使用人に手切れ金の金額を提示させる。


「息子とは短い結婚生活だったねぇ。あの子も素敵な貴女と一緒になれて喜んでいますよ」


姑はさらさらっと手書きされた小切手を嫁に見せる。

「うちの主人と話し合った結果ですから。名家として充分な誠意を見せたつもりですから」


小切手の金額を確かめたら離縁に同意しなさい。


「ですが義理母(おかあ)さん。あみと離れて暮らしたくはございません。あの子は私の生き甲斐そのものでございます」


手切れ金など要らない。あみとふたりで名家を離縁してください。


「なんっ仰いましたか」


孫娘あみを連れていく


手切れ金は不服で受け取りはしない


「はいっ私は再婚などいたしません。あみと一緒に暮らしたく思います。あみは私の娘ですから」


孫は渡すわけにいかない。姑はムカムカとして嫁に威圧感を与える。


「なんど来られても。義理母さまの仰いますことは不承ですから」


あみの小学校が終わりかけると姑はしぶしぶ帰っていく。


「アンタって女は強情だね。あみが幸せになるのは名家にいることだよ。未亡人の身空で何ができるというのかい」


捨てセリフを吐いて姑は怒り肩でいつも帰ってしまう。


使用人のクルマで帰ると同時にあみは小学校より元気に帰ってくる。


「お母さんただいま。あれっお母さんどうして泣いているの。またお父さんの夢を見たんでしょ。お母さんはお父さんが好きだね。」


なにも知らぬあみ。母親が姑から嫌がらせを受けていることはつゆ知らず。


ランドセルを部屋に置くと机の上に祖母からのプレゼントがこれ見よがしにある。


あみはまたおばあちゃんからかとうんざりである。幼心に祖母からのプレゼントを受け取ると不幸なことになるのではないかと察知していた。


あみは手を洗うと仏壇に手を合わせる。毎日の日課である。


「お父さん今日あみはクラスのみんなに褒めてもらったの。あみちゃんは歌がうまいって言われちゃった」

幼いあみは学校であった楽しいことをひとつひとつ仏前に報告する。この時間があみと母親の至福でもある。


あみの話を台所で聞きながら母親は夕飯の準備をする。学校での微笑ましいエピソードはどんなテレビ番組より聞いて楽しい。


「あみちゃんはクラスの人気者ね。ホントにお歌がうまいの?お母さんだってお歌と踊りはクラスでもじょうずだと言われたわ」


母親は包丁をトントンさせ娘あみの学校生活を思い浮かべる。明るくてクラスの人気者があみ。ますます自慢にしたいひとり娘である。


クラスメイトから歌がうまいと褒められた。マイク片手にみんなの前で歌謡曲を披露したらしい。


音楽の才能があるのだろうか。あみにピアノを習わせたいと思う。幼少の頃からの習い事は将来役に立つ。


「お母さんにあみちゃんのお歌を聴いてもらいましょうか。お母さん拍手してくださいね。かわいいあみちゃんのお歌が聴かれますよ」


お母さんの好きな歌謡曲は何でしょうか。


あみはリクエストに応えましょう。


仏前のあみはすっかりスター気取りである。姑に離ればなれになれと言われた娘あみ。母親はなおさら娘がいとおしく思う。


母親はパンパンと拍手をしてみる。あみはにっこりして左手をマイクに見立てる。


「わかったわ。お母さんの聴きたいお歌はわかったもん」


あみはオサゲ髪をひょいっとかきあげ得意げに唄いだす。


母親が洗濯や部屋掃除をする際についつい出る陽気な鼻唄である。


娘のあみは母親の十八番を何気なく聴いていた。


「あらっあみちゃん!お母さん驚いちゃったじゃあない」


母親の好きなグループのヒット曲。曲調(テンポ)は早く幼少のあみにかなり難しい曲に思われた。


細い黄色いあみの歌声である。母親はついつい聴き惚れてしまう。


「あみちゃんはうまいわね」


呼吸の継ぎ足しや節回しは不安定でどうにも心もとない。


しかし幼少の女の子の歌謡としてはかなりじょうずな部類になる。母親はあみの歌唱力は間違いがないと思う。


「あみちゃんうまいわねぇ。じょうずなお歌が聴かれたからお母さん腕にヨリをつけて夕飯を作ります」


あみは唄いながらエッ?エッ?と目を白黒させた。


母親はかわいい盛りの娘あみに元気づけられる。姑の名家から離脱せよという嫌がらせをしばし忘れる。


あみがいるから未亡人として生きていく自信を持つことになる。


夕飯はトントンとリズミカルに仕上がりキャベツの千切りなどかなり細くなっていた。


そんな微笑ましい母娘に"運命の日"が訪れてしまう。


あみが小学校に通う時間を見はかりいきなり大の男らが無礼に家に押し掛けてきた。


「何をするんですか。やめてください。警察を呼びますよ」


姑の身の回りを世話する使用人がドッとである。


「さあさあアンタ!サッサと荷物纏めて出て行っておくれ。これが手切れ金だよ。金額はアンタには過分にして大金だよ」


金さえ支払ったらもう嫁でも姑でもないさ。


姑は最後の通牒を強引に突きつける。


「家財道具一式はアンタの実家にそっくり送りつけてやるよ。さあさあみんな。手早くトラックに積み込んでちょうだい。ウチの嫁の引っ越し荷物だからね。手際よく積んでおくれ」


母親は姑に睨みつけられオロオロである。


「荷は積み込んだかい。塵ひとつ残っておくれるな」

広い部屋は瞬く間に空間となる。後に残るは仏壇一式だけとなった。


「息子は名家のものだね。息子とあみは我が家のもの」


使用人はトラックの荷を確認し姑に告げる。命じられたすべてを積み込んだと。

「手早く済んだね。後はこの嫁をトラックに乗せてくれたらおしまいさ」


母親は泣く泣くトラックに乗る。いかつい使用人に背中を押されては抵抗できない。


「小学校にはおばあさんの私から連絡しておくよ。あみは名家本家の住所に変更いたします。保護者はおじいさんになりますとさ」


トラックに乗り込むと姑はバックから小切手を取り出す。


「長い付き合いだったね。達者で暮らすんだよ。早くいい男を見つけて幸せにおなり。多少の乱暴な非礼は容赦だよ」


姑は涙目になる。鬼の形相から一変し泣き声である。

「長い目でみたらアンタはひとり身が一番なんだ」


姑とて子供を持つ母親である。自分の産んだ子供と離ればなれになることは辛いに決まっている。


だがこれからの長い人生を娘あみとふたりの母子家庭で暮らすことはふたりとも不幸である。


「あたしゃあ心を鬼にしてアンタと孫を引き離すんだよ。わかっておくれ。あみがいてはアンタの人生滅茶苦茶になる」


若くて綺麗な今ならいくらでも再婚はできる。息子との見合いの日。なんと色白で美人な娘さんなんだろうかと感嘆をしたことを思い出す。


だが美形であろうと再婚で子供がいるとなれば良縁の相手も嫌がる。


「私たちはあみをアンタから隔離したいというのじゃあない。アンタの将来に足手まといになるからなんだよ」


わかっておくれ


かわいい孫を不幸な目に遭わせたくはないんだ。


わかっておくれ


片親で育てあげる孫は幸せにはならない。名家本家には祖父母も長男夫婦もいる。あみからみたら身内ばかりである。


子供をふたり大学まで出した祖母はまだまだ若い。あみが成人式を迎える日までは呆けもせずに生きていたい。


メソメソと泣き顔の嫁の胸に小切手を無理やりグイグイ押し込む。金額はろくろく調べはしないが女ひとり充分食べていける多額である。


「アンタの気持ちの整理がついたらあみに合わせあげるよ。だが一年はダメだ。里心親心は簡単になくなりはしないからね」


姑は使用人にトラックを出しなさいと命じた。隣近所にあまり知られたくはない。


「女将さん出発します。お嫁さんもよいでございますね」


トラックはゆっくりゆっくり動き始める。嫁は助手席で泣き崩れ前後見境がなくなるほどである。


運転手はしくしく泣かれるお嫁さんになんと声を掛けたらと悩む。


嫁の実家は隣町である。渋滞がなければ小一時間も走ればついてしまう。


「お嫁さんお嫁さん。さあ泣かないでください。ワシら使用人はお嫁さんの味方ですぜ。なあみんな!」


荷台にいる大男らがその通りと同調をした。


「女将さんの話はよくわかりますよ。そりゃあねお嫁さんは若くて綺麗ですよ。男が黙って未亡人なんかにさせはしませんや」


運転手は赤信号でトラックを止める。この信号機を左折すると実家へ。真っ直ぐ走るとあみの通う小学校である。


「お嫁さん聞いてくださいな。ワシらはバカばかりでしてね。そのぉ~」


使用人は頭が悪いので赤信号の後は直進(小学校)か左折(実家)か判断力がない。

「曲がるのはめんどくさいですなあ。真っ直ぐ真っ直ぐ参ります。あっそうだあの小学校の近くで一旦止まってみます」


使用人らは荷物を急いで担ぎ上げたため喉がカラカラに渇いた。


「お嫁さんに申し訳ないがワシら休憩させてくださいや。お嫁さんは小学校へ行かれてもよいし」小学校に行かれても"よい"ですよ。お嫁さんはお母さんではないですか。


小学校にはあみお嬢さんがいらしゃいます。


助手席でサメザメと泣く顔がパッと晴れた。


あみを連れて来て


あみと一緒に行きたい


母親は気が動転している。名家から叩き出された屈辱とあみとの強引な離別の悲しみ。


ふらつきながらトラックから降りた母親。頭ではあみを連れて来たいと思うが踏ん切りがつかない。


「お嫁さんちょっと聞いてください」


荷台から男連中が降りた。足許がふらつく様子はどうにも見ていて不安である。

「女将さんは用意のよいことに小学校に連絡してあるはずです。名家本家で家庭の事情というやつがありました。で、なにかとゴタゴタしていますから学童あみを早退させて欲しいと」


使用人たちは頷く。


「女将さんが学校に連絡入れているはずです。もう少し後に本家から若いもんがあみお嬢さんを迎えるはずです」


迎える前にあみを連れ出しましょう。ワシらはお嫁さんの味方でございます。


運転手みんなを代表して母親の手を取り職員室へ向かう。時計を見たら本家から若いもんが来そうである。

「お嫁さん。申し訳ないがワシはちょっと人相が悪いもんで」


堂々と職員室に行けば誘拐犯人と間違えられてしまう。運転手は二の足を踏む。

職員室に行くとランドセルを背負うあみがいた。に涙が光る。


「アッ!お母さん。あみはお母さんと離れたくない」

母親の姿を見るとあみは泣きじゃくる。学校側からは教頭が対応をする。


「お母さん大変なことになりましたね。実はね」


名家本家からあみ早退の連絡は確かに学校はもらった。


早速あみの担任を呼びあみを職員室へ連れ出した。


「おばあちゃんからの電話でしたので学校としましてはそのまま学童を早退させようかと思いました」


だが当のあみは嫌がる。


「おばあちゃんはあみとお母さんと離ればなれにしたいの。私がおばあちゃんのお家に行くとお母さんに会えなくなる」


学校は困惑である。実の母親と祖母の学童を巡る親権争い綱引きがあるようだと察する。


「学童の意志を重んじれば母親に渡すのがベストだと思いました」


教頭は頭をかきながら母親にあみを渡す。


「家庭の事情がどうしたこうしたは学校としましては理解ができません。とりあえずは学童の一番安全な場所に返すのがよいかと思います」


教頭はあみを校門にまで見送ることにする。


「お母さんも大変でございますね。旦那さんに先立たれ一年でございますか。嫁ぎ先からの嫌がらせなど日常茶飯事でございますからね。学校としましては家庭の中まで詮索するつもりはありません」


あみと母親が出てくるとトラックの使用人は拍手で出迎えた。


「良かった良かった。さああみお嬢さん早くトラックにお乗りなさい。なに隣街までのドライブだもの楽なもんだ」


運転手はあみが乗り掛かるとエンジンを吹かす。


「早く小学校を出ないとあのうるさい女将さんとバッタリなんてことになりかねない」


ブゥーン


ブゥーン


トラックは調子よく発車した。


助手席であみと母親がしっかり抱きしめ合い泣き崩れる。離ればなれにはならないわと手を握りしめる。


※この日を境にあみはこの小学校に通うことはなかった。


成田空港から社長はプロダクションへ向かう。久しぶりにあみに会えるのかと思うと胸が高まる。


「社長はん。なんやワクワクしてはりますなあ。なんでしゃろ私とのアバンチュールより楽しいどすか」


海外のグラビア撮影に同行をした京都の芸妓(げいこ)もクルマにいた。


毎日せせこましく東京の大都会で仕事をする社長。妻に先立たれひとり娘も近く大学を降り独り立ちをする頃である。


「社長業に熱心もよいけどな」


事務所に出入りの芸能雑誌記者から京都のお茶屋遊びを紹介される。


「気に入った芸者や舞妓がいたら"ひいて"やっても構わないぜ」


事務所の月間スケジュールを調整し記者と揃って京都へ行く。表向きは所属タレントのスカウトと芸能雑誌のインタビューを京都の庭を観ながらという企画である。


社長の個人スケジュール管理は女子事務員である。東京近辺の仕事にポッツンと関西が入って不自然と疑念を持つ。


雑誌記者の肝煎りで京の綺麗処お茶屋を2~3紹介される。


古都ののんびりした雰囲気。お茶屋遊びの贅沢さ。生き馬の目を抜く芸能界の喧騒を避け社長はしばしの息抜きを楽しむ。


「おいどうだ。お気に入りはいないか。めぼしいのを選べよ。遠慮するタマではないだろうアッハハ」


お座敷で可愛い芸妓を前にこっそり耳打ちをされた。社長は目を皿にして積極的に芸妓を物色してみる。


「驚いたね。いずこの座敷も可愛い女の子ばかりじゃあないか。選べよと言われても目移りしてしまうよ」

お座敷遊びは東京の赤坂神楽坂で楽しんでいた。だが歴史と伝統の京は異次元の世界だった。


すっかり京の芸妓に魅了された社長である。タレントをスカウトする気分でお気に入りを射止める。


雑誌記者が奨めてくれたこの芸妓は器量がよくお座敷が掛かる。


若さと美貌。お茶屋の女将の芸の躾や尽力から社長や教授といった有識者がお客につくことは珍しくない。

その証拠に襟替えの旦那衆は京大教授の名があるともっぱらの噂である。


「社長に最高級な芸妓をあてがいたい。どうだ気に入っただろう」


三味線と踊りのお座敷がひけると"誘惑のお声"が掛かる。芸妓にして見たら一種の儀式のようなものである。


売れっ子芸妓は座敷を2~3回りお茶屋に戻る。三味線方と一緒に御祝儀や一夜のねぎらいを女将さんに報告をする。


お座敷は上客ばかりであるがなかには非礼な殿方もいる。女ばかりのお茶屋の夜はお客の愚痴や噂話で憂さ晴らしである。


「おかあはん。あんなぁ~ウチいけず(悪さ)されてんぇ」


座敷の芸妓の顔は従順でおとなしいイメージである。だがひとたび男の視線が無くなると"女の本性"である。


「社長はんはホンにお仕事がお好きどすなあ」


社長にお声を掛けられた芸妓。芸能プロダクションの肩書きに興味津々である。

「あのなっウチのお茶屋が長年贔屓してはる雑誌屋はんからお話があるんぇ。少しの間暇あげるさかい付き合っておくれやす」


女将から命である。若い芸妓に雑誌記者の指定したマンションへ私服で行きなさいである。


「旦那はんはどなたどすか。あのお座敷の社長はんどすか」


芸妓の座敷は毎夜毎夜かなりこなしている。芸能プロダクション社長はあの方ですと女将に言われても記憶がなかった。


「あんさん(芸妓)によい休日になるさかい。案じょ楽しんでいらっしゃいな。せやなっ早めに先方さんに連絡しておくさかい」


芸妓はやれやれとおもう。また年寄りのボランティアかいなっとため息がひとつ洩れた。


「買い物もハンドバッグや宝石は見飽きたさかい」


日本海に面した北陸の海岸である。


磯のかおりが漂う浜辺。映画ロケ隊が数日前からカメラを回していた。


「太陽が出ましたらテイク4いきます。皆さんよろしくお願いいたします」


アシスタントディレクターが撮影現場を進行させる。

日本海独特の鈍よりとした曇り空。陰気な雰囲気を醸し出すには絶好なもの。


「まあ太陽がこんなにも待ち遠しいとは思わなかったよ。天候に左右されては撮影進行に差し支えもある。スタジオ撮影に切り替えたいくらいだ」


主人公は人生に絶望し不幸のドン底に叩き落とされる。苦難や不幸を避けて安易に現実逃避を繰り返し北陸まで逃げてくる。


その逃避の過程に北陸で恋愛し華やかな幸せをつかむシーンが訪れる。


脚本は観客を魅了するハラハラドキドキのサクセスストーリー仕立てになる。


だからラストシーンに撮影したい北陸海岸である。


バチッとクライマックスを決めたい。晴れやかな青空を背景に日本海の荒波を撮り納めたい。


「天気待ちか」


ロケの日程では曇り空しか望めない北陸だった。東京育ちの監督はいい加減に嫌気が差していた。


天候回復待ちの時間はいつまでも待ちである。


出演する役者たちは予期せぬ休息となる。長いセリフを準備する者はいかにして緊張感を持続するかと問題となり役作りに専念をする。プロはプロである。


主役に対し端役の役者は気楽となる。天候回復まで軽くメイクを治して暇を潰す程度である。


「amiさんメイクどうしましょうか。ロケバスまで参りましょう」


"ami"と呼ばれた女の子はハイッと小さく答えた。


かわいいamiは小刻みに砂浜をちょこちょこと駈け出す。売れっ子のタレントamiである。僅かなしぐさもスターの要素があり光り輝く。


ロケ隊の背後に見物客が大挙してamiの姿を捉え見つめる。


「あっあみちゃんが来たぞ」


フアンのひとりがロケ隊の中にamiの姿を見る。連鎖的に次々声をあげた。


あみちゃん!


amiに手を振る。


あみちゃ~ん


amiが声援に顔をあげる。

あみちゃ~ん


見学する北陸のあみちゃんフアンはカワイコちゃんのあみに興奮してしまう。


「俺嬉しいよ。初めてあみちゃん見た。ホンモノはかわいいなあ。あれだけのカワイコちゃんだから東京で人気は当然だよ」


小走りにamiはロケバスに入っていく。バスのタラップをタッタとあがるとタイトなスカートから形のよい足が魅力的に見えた。


「かわいいなあ。僕は今からあみちゃんの写真集買うぞ」


声援は大きなうねりとなりamiの背中にこだました。

バスに乗り込むと窓越しにamiのメイクする様子は見えた。


「へぇ~あの女の子が北陸出身なのか。こんな片田舎から有名人が出たなんて誇りだよ」


映画ロケにたまたま遭遇した観衆はamiに驚きである。


「あの女の子はオラが故郷(くに)の総理大臣さまのご子息様だと評判さね」


映画の北陸ロケは約2週間の長期間である。メガホンを取る映画監督や脚本家は当代の売れっ子さん。


配給元として映画はヒットして当然と見込む。スポンサーのご厚意もあり莫大な予算を計上していた。


番宣は前もって盛大に流され出演キャストもそれなりに豪勢である。


「ねぇねぇ主人公の俳優さんて有名人だけどさ」


北陸ロケを眺める地元民には映画俳優として有名な主人公よりカワイコちゃんあみに注目がいく。


若者はアイドルあみをよく知り熱烈に応援をしてくれる。


だが"ami"をよく知らない年輩の北陸の人々も広く喧伝されて地元出身のタレントあみを知るようになる。

映画ロケ隊の北陸入りは大々的にメディアに宣伝をされる。有名な俳優や女優がキャストされ当然ながら地元で熱烈な歓迎を受ける。

「こんな片田舎に東京から有名な監督さんがいらっしゃいます。北陸のイメージが明るくなりますね」


県の広報は映画撮影に全面的バックアップをすることを議会で決める。


「嬉しいことに北陸出身のカワイコちゃん歌手タレントあみちゃんが出演しています。我が北陸の期待の星です。県の広報としましてはあみちゃんのタレント性を尊重したいです」


県知事を交えたロケ隊歓迎会に主役俳優を差し置いてあみが話題の中心になってしまう。


「いやあっ参ったなあ」


有名映画俳優の主役はないがしろにされ迷惑そうな顔。つくり笑顔で県知事と握手である。


したずみの長い俳優生活は常に日の当たる主役を張るプライドがある。


「昨日今日にポッとでたタレントと比較されては(迷惑千万なものだ)」


三十路に手が届こうかの名俳優はあみを敵対視してしまう。順列を重視する芸能界それもムベならぬことだった。


司会進行役が映画の詳細を説明する。県庁に押し掛けた映画フアンはどんな名作がクランクアップされるのか多大な期待を抱く。


長らく司会者が内容を説明すると舞台に出演者一同が登場する。主役から顔を出し拍手で迎え入れられた。

司会者は主役から順次インタビュー。2~3人の有名俳優が健気にマイクに向かうと県知事が登場をしてくる。主役の俳優がキィッと顔つきを変える。


「皆さん長らくお待たせしました。こちらにいるカワイコちゃんが我が郷土北陸が産んだ将来の名女優あみさんでございます」


ご満悦な県知事は司会者からマイクを強引にもらい受ける。


「あみちゃん前に出てくださいな。さあさあ遠慮なさらず。我が郷里が産んだ将来の大スターなんだから」

マイク片手の県知事の紹介でamiの雛壇ができる。主役やその他の配役の皆さんは薄い印象に成り下がる。

県知事に促され前にamiははにかみながら前に進む。

ピンスポットが当たる。この演出は県知事自らがamiに申し出たことである。


「ようこそあみちゃん。久し振りの北陸はいかように思われますか」


県の観光案内をamiの口から聞きたい。


「確かあみちゃんは高校までこちらでお育ちになられたのでしたね。生まれたのは県の西で静かな街ですね」


県知事の頭にはあみの遠縁にあたる総理大臣の名前すら浮かんでくる。


「あの方は戦後の昭和のことでしたね。あみちゃんはおじいさんやおばあさんから総理大臣についてどう聞いていますか」


北陸から最初に総理大臣になった偉人である。あみと関係があると北陸も映画の配給元も潤うのではないかと県知事は踏む。


スポットライトを浴びたami。長い髪に赤い大きなリボン。長い髪によくマッチした大きな飾りである。


いかようにもかわいい女の子を演じている。映画配役のイメージを重視してイブニングドレスで清楚なお嬢さんを見せていた。


県知事はニコニコしてamiにマイクを向ける。映画のためのインタビューを聞くことはしだいに薄れはしゃぎである。


ステージに立つamiは若者に人気の売れっ子アイドル。北陸地方を全国的に有名にする数少ないスターである。


県知事は主役やその他ベテラン俳優を差し置いてしまいamiを重宝した。


司会者はやれやれと閉口をして立つ瀬がないと諦めた。


県知事の名前で県庁に映画ロケ隊が招待される。映画監督は若手のホープ。原作者・脚本は芥川賞作家。


場末のような北陸の寒村地に降ってわいた映画ロケであった。


「マネージャーさん。私どうしても県知事さんにお会いしなくてはなりませんか」


控えに入りマネージャーにamiは暗い顔をした。


「ああっそうだったな。"あみ"と"ami"は似ているけど他人だった。うーん社長に頼んであみと交代してもらうか」


マネージャーは北陸育ちのあみと東京育ちのamiを使い分けている。


「正直に申しまして北陸で映画と聞いて嫌だなあっと悪い予感がしましたの。あみちゃんと替わってくれないかなっと思いますわ」


東京世田谷区生まれのamiは北陸にまったく縁がない。両親も祖父母も親戚も。

「社長さんに私がamiですとバレたらどうしますかと聞いています」


売れっ子タレントあみを社長はうまく使い分けていた。


テレビ中心の芸能は"あみ"をあみとしてプロデュースする。


映画や海外CMと比較的長い拘束を伴う芸能は"ami"゛があみとしてプロデュースされた。


違いは歌がうまいあみと英語が堪能で演技力抜群なamiである。


amiはマネージャーにどうしますかと目で助けを求めた。


「あみちゃんは北陸出身になっているもんなあ。これはフアンには有名なこと」

あみのデビュー曲が売れ出したのは北陸金沢である。

売れっ子あみが現在あるのは金沢から火がついたおかげである。


「もしも県庁やロケ地にあみちゃんの親戚のおばちゃんだとかが張り切ってやってきたりしたら困るなあ」

おばちゃん!


うるさ型の中年


北陸には粘っこい県民性がある。あみちゃんあみちゃんと我こそは親戚よっと親しげに来たらか弱いamiは降参である。


「わあっ私どうしますか」

地元の言葉でガンガン話し掛けられたら一発で偽物はバレてしまう。


「親戚だとか同級生とか来たらマネージャーの僕がうまくあしらうよ」


タレントを守る使命がマネージャーである。amiは有能なマネージャーだとして期待をせざるを得ない。


「怪しい人物は近くに寄せないよ。売れっ子あみちゃんは忙しいです。役に入りますからナーバスなんですよと追い返すから」


この映画ロケに長くいるとあみちゃんはamiであり本物でないとバレてしまいそうだ。


「マネージャーさん私県知事さんが苦手だなあ」


県知事のプロフィールにはあみの生まれ育った街が燦然と刷り込まれている。


県知事さんって同郷人!


あらやだぁ~


あみのいた小学校も中学校も教員として赴任している。在任年数が古いのであみの在籍はしらない。


「県知事さんこそ煩い型のオッチャンだわ」


amiはあみでなくなる絶対絶命のピンチである。


「まあ心配するなというのが無理かな。今の時間はどうだ」


マネージャーが時計を見る。"あみ"のスケジュールが今はどうなっているかと思案をしてみる。


「あみに連絡をしてみるよ。運よくスタジオで待機をしていたら北陸の話を聞けるかもしれない」


マネージャーは泥縄式で取りつけ刃をしでかそうかとする。


「そんなあ~あみちゃんに電話で聞いて解決する問題ですか」


有能なマネージャーではないなあこの人は!


リーンリーン


"あみ"のマネージャーの携帯が鳴る。運のよいことに出待ちのあみが横にいてくれた。


「ああっamiか。今はロケに入ったんだな。どうしたトラブルがあったのか」


マネージャー同士で手短かに互いのタレントの様子を打ち合わせしてみる。


「amiは映画だろ。うん?北陸ロケ?北陸がどうかしたのか。あみの出身は北陸である。そうだぜそれがどうかしたのか」


横に疲れてぐったり眠るタレントあみがいた。今からクルマで千葉マリンスタジアムまで移動である。あみには貴重な睡眠時間であった。


「あみは起こせないなあ。くだらんこと電話してくれるなよ。北陸がなんたら知りたければそちらの現地人を紹介してやるよ」


所属するプロダクションにはタレントとそれをマネジメントする社員がいた。


「事務所を呼び出してくれ。この時間なら女子事務員に北陸出身の奴がいたぜっと聞いてくれ。うろ覚えで申し訳ないが元ウチのタレントで今は故郷に帰った女がいたはずだ。2~3年前の話だな」


そのタレントは歌がうまいからとスカウトするも芽が出ない。グラビアで売れる時を待つもアイドル適齢期が過ぎてしまいとデパート屋上のアトラクション程度の活動だけでポシャっていた。


「へぇそんなのがウチの事務所にいたのか。お前さん詳しいなあ。まあ大学時代はカワイコちゃんタレントおたくNo.1だったからな。わかったよ。さっそく事務員に聞いてみる」


もし元タレントが郷里に帰っていたのなら事務所の人間となってもらいたい。映画ロケの間だけ北陸に不案内なamiをサポートしてもらいたい。


世田谷生まれのamiに心強い味方ができた


折り返し事務所から返事が来る。元タレントさんは金沢で結婚している。連絡がつき県庁の会場へ向かわせる。結婚をしてもまだまだ芸能界に未練がましいようで事務所の力になりたいと返事をしてきた。


「ami喜べ。強力な味方がいた」


県庁の窓口に元タレントの彼女は現れた。


「東京からの映画ロケに用事です。ご苦労様でございます。私はタレントあみのプロダクションから参りました」


夢破れ芸能界を引退し数年が経つが華やかな雰囲気は兼ね備える。


あわよくばこのロケを機会に再度芸能界へ復帰したいと100%下心で県庁にやって来た。


「初めましてあみちゃん。お声を掛けていただきありがとうございます。北陸は金沢生まれ金沢育ちでございます。事務所からはあみちゃんのサポートをしっかりして欲しいとのことでした」


マネージャーは考えた。ハキハキとしたモノの言い方や元所属したタレントだからとamiの従姉妹になってもらう。


「北陸ロケは長いだよ。どこでamiがあみではないかボロが出るかヒヤヒヤさ」

マネージャーはあみが二役で活動していることを説明する。


「エッ!あみちゃんがふたりもいるのかぇ(驚き!)」

俄か従姉妹はあんぐり口を開けて事実が把握できていない。


「私は芸能界を引退しなさいと社長に言われ辞めてしまいました。そんな凄い世界だったんですねぇ」


ひとりではダメ。ふたりで一役でなくてはならない。生き馬の目を抜く芸能界はこうまでして生きていくものなのか。


マネージャーは今後を説明する。時間がないからとせっかちになる。


「まあねっ種明かしをするとあみとamiと御二人さんさ。詳しく言えば社長のアイデアでこうなってしまったんだ。さて県知事さんの対策を練るよ」


まもなく始まるロケ隊歓迎会である。県知事はいたくアイドルあみにご忠心である。


「あみを贔屓は嬉しいんだけど」


県知事と北陸の郷里が同じである。あみをamiと勘繰られないように歓迎会の間をクリアしたい。


「金沢では気さくな県知事さんで有名なんですよ。気さくなだけにひとおじしないで世間話や要らぬ下世話なことまで聞いてきそうですね」


田舎のオジサンは話好きである。ますますあみの化けの皮が剥がれそう。


「同じ北陸人ですから容易に県知事の性格が想像できますわ。わかりました。金沢生まれ金沢育ち元アイドルの私に任せてください」

気持ちの中でドラマの配役になり切り芸能界の気分に浸る。


ロケ隊歓迎会は盛大に行われる。主賓の県知事は小中学校教諭あがり。


ロケ隊の出演者やスタッフひとりひとりに気軽にこんにちはっと声をかけていく。


「やあご苦労様ですね。北陸は初めてですか。金沢はいかがですか」


金沢は初めてというとニヤリである。


「海の幸や山の幸が豊富なんですよ。加賀100万石の城下町は捨てたものではありません。加賀友禅染は知ってますか。輪島塗はいかがでしょう」


歓迎会のパーティー会場に北陸特産品展示会も用意され県知事が商工会議所の職員に宣伝を命じた。


映画など無関係に北陸物産展がそこにあった。


amiとマネージャーはヒヤリである。


「根掘り葉掘り聞かれそうだ。北陸はどうだと尋ねられたらなあ。俄か従姉妹さんの防波堤が効果ありかどうかだな」


来賓の順番に県知事はニコニコしてamiのテーブルにやってくる。マネージャーはamiを守ろうと立ち上がる。


「初めまして県知事さん」

間髪入れず名刺を差し出す。話題をamiに仕向けぬようにマネージャーだけの会話で切り抜けたい。


俄か従姉妹も緊張する。なんとか県知事の独断専行的な歓迎会進行を阻止したい。


「ホォッ~あみちゃんのマネージャーさんですか。いかがでございますか金沢の印象は?我が郷土はあみちゃんが自慢でございます。あみちゃんこんにちは。県知事でございます」


ところ構わず進め中年オヤジ。にたりっと笑いマネージャーの陰にかくれんぼするamiの前に立つ。


狙った獲物は逃がしはしない。北陸のアイドルは日本のアイドルだとばかりに親しみを持って近くにすりよる。


あみちゃ~ん


背筋の凍るような嫌ァ~な猫なで声である。


「アッアノォ~」


来た!


来た!


郷土愛の塊が県知事のオッチャン。amiは逃げようかと身構える。


amiと視線が合うや否や矢継ぎ早に北陸を金沢を喋りまくる。


「あみちゃんは高校まで北陸でしたね。実はあみちゃんが卒業をされた小学校と中学校は」


そらきた!


元教諭の肩書きはダテではない。県知事という地方自治体の要職にあることはすっかり忘れ中年オヤジは迫る。


「学校の担任はどなたでしたか」


初っぱなから地元ネタである。amiの隣でスタンバイする俄か従姉妹はギャフン!


たっ担任の名前!


金沢育ちも北陸もすっ飛ぶよぉ~


「県知事さま。お初でございます。私はあみちゃんの従姉妹でございます」(加賀弁の訳)


地元の親しみの言葉に県知事はハッとする。


「従姉妹さん?おおっこれはこれはっあみちゃんの」

俄か従姉妹をツラツラ見つめる。元タレントで目一杯に化粧して"女キツネ"である。加賀の女はうまく化け県知事を騙す。

「この度は従姉妹のあみちゃんの映画ロケ撮影を快く受け入れていただきありがとうございます。あみちゃんも久しぶりに北陸に金沢に帰って地元はいいなあって喜んでいますわ。ねぇあみちゃん」(加賀弁の訳)


ツラツラと飛び出す加賀弁は淀みなく続いた。県知事とは何事か談笑をまじえて喋ってはいるがわからない。


あみのテーブル周りは異次元の世界にどっぷり浸かりここはどこ?私は誰かな?意味がわからないまま時間は過ぎる。


マネージャーもamiも"まるで外国語を聞くような"気持ち。テーブルに置かれた料理を不味そうにパクンとした。


「おいおい通訳が要るぜ」

県知事はなにやら大笑いを繰り返し上機嫌でテーブルを離れた。


「何を話したんだい。さっぱりわからない。君がいてくれて助かったは助かったんだが」


金沢弁通訳はニッコリした。


「心配しないで。単に次期県知事選挙に知り合いの商工会議所会頭を紹介しましょうかって言っただけ」


最初あみの北陸出身をしつこく聞いて来たがなんとか防御できた。あみは高校から東京に転出したから北陸の思い出は食べ物と自然ぐらい。


「あみちゃんに教えた加賀の特産品が好きでございますと教えたの。県知事さん喜んでいましたわ」


なんとか危機は脱したなっとマネージャーはホッとする。


「これでamiは素性がバレることはないな。歓迎会は監督さんと主役の俳優が主賓だから。間違っても配役のamiになんか来ないだろう」


安心をしたマネージャーだったが。


カワイコちゃんあみに県知事はご忠心となった。歓迎会のパーティー最中にメモがまわる。


「県知事さまからあみさまにとのことでございます」

県庁職員が恭しくテーブルに来る。


「なんと書いてあるんだ。なになに?歓迎会後クルマが用意されているから"お忍びで県知事と会いましょう"」


マネージャーは紙切れのメモをぐしゃぐしゃに丸めポイと赤い絨毯に捨ててしまう。県庁職員はあっけに取られた。


北陸ロケは天候に悩まされながらクランクアップを迎える。長い日程の拘束は出演者もスタッフも疲れはてていた。


「県庁や商工会議所の協力があって映画撮影は順調にいけたな」


配役のあみは演技もまずまず。監督にも共演役者さんにも好感の持てるものだった。


「しかしなあっ県知事さんが撮影の間ずっとついていたのは驚きだけどな。知事さんはあんなに暇なんだろうか」


県知事はamiの大フアンを公言し映画の撮影中を公務だと言い張り毎日ロケ地に顔を見せていた。


極力マネージャーはamiに合わせないように注意である。


「やあやあマネージャーさん。今日のあみちゃんはいかがでございますか。脚本を読ませていただいています。あみちゃんの配役は少し控えめでございますね」

せっかくの北陸出身の女優なんだから出番を増やしてもらいたい。


「もらった脚本ですと端役ばかりですね。エキストラとかわりませんね」


県知事は怒りを露にする。

「あみちゃんはかわいいから主役で。いやいやそこまでやれとは申しませんが。準主役ぐらいには抜擢してもらいたいですなあ」


マネージャーにぶつぶつ言うと足早に監督控えに向かう。県知事の肩書きで脚本を台本を書き換えてしまいそうである。


amiもマネージャーも早くこのロケが終わりにならないかと祈ってしまう。


リーンリーン


東京の事務所に電話が入る。女子事務員が受ける。


「あっ社長さんですか。ハイハイ成田空港を出たばかり。高速に乗ったわけですね」

首都高は比較的空いているようだ。事務所までいつもの時間に到着する。


「ああっ空港のイミグレーションが手間取りで遅くなってしまった。待たせて申し訳ない」


芸妓を横に乗せる社長。この事務所までの首都高が最後のアバンチュールとなる。


「旦那はんいよいよお別れどすなっ。ワガママ言わせてもらいます。クルマは新幹線で降ろしておくれやす」


芸妓はやっと中年デブから解放されウキウキしハシャギであった。社長から手を握られ虫酸が走ってしまう。


北陸ロケからamiとマネージャーは東京へ向かう。映画ロケは順調でそれはそれで良かった。


問題はamiにご忠心となる県知事である。ロケ隊打ち上げの席には呼ばれないのに顔を出してしまう。監督以下スタッフに顰蹙を買う。


「ロケはクランクアップしてしまいましたなあ。北陸の撮影はこれっきり。誠に残念です。私は郷里の星あみちゃんとお別れで泣けそうでございます」


県知事は名残惜しい顔をする。どうしてもあみを手放したくないとショボンとする。


「あみちゃんに頼みたいことがございます。北陸の出身でございますから」


北陸親善大使を勝手に作り申込んでいた。


「北陸唯一の女優さんがあみちゃん。是非とも親善大使になって県庁と東京の架け橋に。可愛い子ちゃんに北陸の顔になってもらいたいですね」


タレントのマネジメントはすべてマネージャーの請け負いである。


マネージャーはなにかとあみにしつこい県知事を疎ましい。しぶしぶ承諾をするも後日返事とした。


「事務所やプロダクションを通して快諾でございますか。ならば近く私は東京へ参ります。直に交渉をさせてもらいたいですね」


優柔不断な態度のマネージャーはロケの最中あみに小判鮫のごとくつきまとう県知事にいい加減うんざりであった。


「プロダクションの名刺をいただけますか」


本気に東京へ進出するつもりらしい。


北陸からの帰り途。amiは憂鬱である。ついついマネージャーに愚痴ってしまう。


「私思うんですけど」


二人一役の"あみちゃん劇場"はamiから率先して降ろさせていただけますか。


「えっ何を藪から棒なっ。唐突なことを言われてもなあ。降りたいのか?アイドルの舞台からいなくなりたいのか」


amiは差し出された名古屋のひつまぶし(鰻)弁当に手をつけず。ポロポロ涙がこぼれ落ちる。県知事にさんざん"あみちゃん"扱いをされ気持ちが張りつめていた。


「ちょっと待ってくれ。あみをやめたいんだな。俺の一存では決めかねる問題だぜ。二人一役は社長の決めたシークレットだぜ。芸能界のマル秘だからな」


アイドルあみちゃんを演じるamiは疲れたと溜め息をつくと箸を置く。


新幹線の移動の窓から外を眺めたまま涙が止まらない。


「私だって芸能界は好きよ。フリルのついた華やかな衣装を着たアイドルは憧れだわ」


育った家庭は複雑で母親は未婚でamiを授かり日陰の女となっていた。


「お母さん教えて。私ね学校で言われたわ。私のお父さんって本当のお父さんじゃあないって」


amiが低学年の時に泣きながら母親に訴えた。


学校のみんなにはお父さんやお母さんがいる。私にもお母さんやお父さんがいるわ。


「だけどどうしてお父さんはいつもお家にいないの」

二号宅には本宅の本妻から逃げようにして来るだけのことである。


amiの血縁上の父親はなんと俳優であった。俳優は大作映画には無くてはならぬベテランであった。


「お父さんが映画に出演しても私やお母さんの話はしないわ」


お母さんはおメカケさん。

お母さんは二号さん。


日陰の女は存在感を漂わせてはいけない。


amiが成長をするに従い母親の社会的地位を薄々感じていく。


「amiちゃんのお父さんは忙しいのよ。サラリーマンのように毎日お家にいることはできないなあ。でも寂しくはないでしょ。テレビにも出て元気ですから」


母親は苦しい嘘を年端のいかぬ幼児についてしまう。

あなたは日陰の女の子供なの。華やかな場所にいてはならないの。


俳優のお父さんに迷惑にならないように芸能週刊誌にバレないようこっそり生きていかなくちゃいけない。

ひっそりと黙って生きていく。社会的地位のある父親に迷惑は掛けないようにしたい。


母は日陰モノとして世田谷区のマンションで生活をする覚悟をしていた。


「おい芸能記者が来なかったか。成長した娘は俺に似てきたな」


俳優が家に来ると必ず母親に聞くセリフである。


amiには映画やホームドラマの中で俳優が演じる父親は他人にしか見えない。


たまに家にやって来ると演技もなく威厳もなくごく普通の男にしか見えない。


映画の父親役では威厳と風格があり日本の理想の父親No.1の人気を見事に演じている。


家に来たら母親に甘えるだけのだらしない男にしか見えない。


「ちくしょうめ!秋の封切り映画が不興なんだ。興行収益があがらず赤字決算らしい」


母親に向かって怒りをぶちまける。


「配給元は俺の主役映画だからコケたといやがる。俺はロートル俳優だから若者に人気がないとイチャモンをつけてきやがった」


映画の中では厳格で威厳のある父親役である。いかなることにも動じず泰然自若な父親がハマリ役で大河ドラマやスペシャルものには欠かせぬ俳優である。


「あれだけ苦労をし役作りをしてやったのだ。俺の責任なんか微塵もありはしない」


配給元がまともな宣伝をしないからいけない。だから映画フアンが魅力的と思い食いつかない。


俳優は見た目と裏腹に母子家庭で貧困であった。子供時代から働きろくな教育を受けず成人し映画デビューをする。


子供の時からハンサムでニヒルな面立ち。銀座で新聞配達をしてたまたま映画会社にいく。


会社には新聞配達と月の集金でちょくちょく顔を出した。


「あらっちょっとアナタ!」


たちどころに目鼻立ちの端正な新聞少年はスカウトであった。


威厳と存在感のある大物俳優。その見かけと実像にかなりギャップがあった。


娘amiの前で立派な父親を見せない。映画の主役は異次元の存在となる。


「悔しい悔しい。俺くらいの大物俳優に売れない責任を転嫁するとは。なんと無礼な」


amiや母親の前でグダグダ愚痴ってばかりで大物俳優はまったくの他人かと思われた。


そんな二重人格に転機が訪れる。


バシャッ


銀座六本木の豪遊を写真週刊誌に狙い打ちをされスキャンダルを撮られてしまう。


撮られたのは本妻以外の"スリムな女性"との密会だった。


「なんだ!君は。いきなり写真を撮るなんて失礼ではないか」


映画の主人公ばりに勢いよく怒鳴ってはみたが。


週刊誌の記事によれば前々からこの俳優はオンナの影があったという。当時人気絶頂の若き女優と共演を縁に結婚をする。恋愛中は銀幕のロマンスと騒がれフアンは恋の行方に憧れを抱いた。


だが恋多き俳優の女癖の悪さは治らずじまい。新婚当初より常にオンナの影はあった。


スキャンダルは御法度の芸能界。人一倍芸能記者には気をつけシッポを出さぬように密会をする。


週刊誌が我慢強く内偵を続けスキャンダル証拠をつかんだというしだいである。

この動かぬ証拠のスキャンダル写真一枚。厳格で人のよい俳優のイメージはがた落ちとなる。


「写真週刊誌ぐらい事務所は押さえつけられないのか」


芸能界という人気商売稼業はダーティなイメージを忌み嫌う。ダーティさが露見してしまってはなす(すべ)もない。


「ちくしょうめ!写真さえなければ知らぬ存ぜぬでこのスキャンダルを切り抜けれるんだ」


俳優は息巻き知人友人を頼りにスキャンダル"揉み消し"に躍起になる。


自ら撒いた種をなんとかしたいとヤキモキである。


その火種がなんと妻に飛び火してしまう。


「長年我慢をして参りましたが私はもう限界でございます」


女優の妻から離婚を告げられた。


泣きっ面に蜂


身から出た錆


テレビの芸能ワイドショーはかっこうの餌を得て連日俳優の離婚を報じていく。

俳優夫婦は結婚当初から不仲説が流れる。ワイドショーでは芸能評論家が得意げに半年ぐらいで喧嘩し別居。1年ももたないのではないか。


まさに半年で別居は芸能スズメたちの言う通りとなる。


なにかとプライドの高い人気女優は名家の出身である。幼稚園からのお嬢様学園出身の才媛。一方俳優は幼い時から新聞を配りながらの定時制高校。


芸能界のキャリアは遜色はないが身分の差はありありである。生活をするとなれば釣り合いが取れない。


「さっさと離婚届けに判をくださいな。慰謝料は判をいただける際に弁護士を通じて請求いたします」


気がついたらあれこれと根回しのよいことである。まるで離婚のチャンスを今か今かと伺っていたフシもある。


「参りました。今回ばかりは妻に矛先を納めてもらいます」


俳優はワイドショーのテレビカメラが向いていれば健気に大物俳優を演じる。


ひたすら頭をさげて妻に謝罪をするポーズを見せる。役者は素直で実直な夫を演じたかった。


お茶の間に俳優に同情と声援を得ようと計算をした。

「奥様は離婚しますとワイドショーで公言していますよ。謝罪をされても手遅れではないですか」


スキャンダル写真は最後の切り札となりもはや崖っぷちから飛び降りるしか方法はない。


「アハハって笑ってばかりもいられない。妻に限って離婚などアハハ」


ワイドショーでは気丈に妻からの離婚を一笑に伏してしまおうとする。


だが奥さんが数段上手(ウワテ)であった。離婚問題はゴタゴタとしてしまい民事調停に至る。


「あなたはどこまで私を愚弄すれば。大スターだ大物俳優だからと言って家庭を台無しにして気が済みますの」


妻は民訴専門の弁護士を同席させ息巻く。結婚以来いかに忍耐強く辛抱したかを力説してみる。


「まあまあそんなに大きな声を張り上げないでおくれ。浮気をしたのは僕の落ち度だった。申し訳ない」


気を取り直して夫婦ふたりこれからは仲良くやっていこう。


夫は日本を代表する父親役者。妻は妻で女優である。映画のワンシーンを回想するような調停風景であった。


夫は世間体を考えひたすら謝るのみ。この場さえ丸く収まれば後は夫婦の時間が解決してくれる。


短期な怒りは早々に鎮めてもらいたい。なにか妻にダイヤモンドか毛皮をあてがえば済みそうだ。


「嫌でございます。もう私はあなたという人についていく意志はございません」

夫の甘い考えをピシャッと高飛車に言い返す妻。


「あなたっという人にアイソがつきましてよ。私は断固離婚をしていただきます。新たな人生をやり直したいでございます」


アイソがついた。


世間の見方と異なる夫に。

浮気ばかりして妻を顧みない夫は要らない


どうしても別れたい


妻からの離婚は強い意志でマスコミに伝えてある。傷がついた妻は世間の同情を買い悲劇のヒロインになれるのである。


「おいおいなにもそこまで強情にならなくても」


いつもの妻と様子が違うと膝を立て直す。


「お取り込み中申し訳ありませんが」


夫婦の調停の席に弁護士が割って入る。


「奥様からの調停申し立てに関してでございますが」

弁護士は手元の鞄を取り小さな書類袋を見せる。


「旦那さんこちらを御覧になってくださいな」


妻は書類袋をキイッと睨みつけると目から涙がハラハラと流れる。


「あなたって人にアイソがつきましたのよ。もう私の人生は滅茶苦茶になってしまいました」


なんのことだ。泣けるようなこと?


この期に及んで泣けることとはなんだ。


スキャンダルならもう世間にばら蒔かれワイドショーの餌食になっている。今更ながらハラハラ涙する問題じゃあない。


弁護士は恭しく書類を手にしてみる。首を傾げ中身の写真類を確認した。


「なんだ」


映画のためのスチール写真なのか


弁護士の手のひらでチラッと覗くのは女の子だった。

「旦那さん御覧になりますか」


女の子の写真がどうかしたのか。映画かドラマの子役でも見せつけてどうする気だ。


ムッとして書類を受け取る。手にした書類一式は弁護士が依頼した探偵事務所の撮影したものだった。


あっ!これは!


妻はその場に泣き崩れていく。夫は写真を手にガタガタ震えてしまい前後の見境がつかなくなり顔面蒼白になる。


調停の場が凍りつき時間が一瞬止まってしまう。


ゆっくりと間を置いて弁護士は口を開く。


「旦那さんの娘さんでございますね」


写真の娘は小学校の帰り道で盗み撮りをされていた。

「もう一枚御覧になってくれますか」


写真を見ろと言われても。頭が真っ白となり手はぶるぶる震えている。


写真をめくり飛ばせばさらに嫌なことが起こりそうと胸騒ぎである。


あなたって人は!


私の知らぬ他所の女を囲うなんて。


罪の意識もなく子供を産ませて


畜生にも劣る(やから)


結婚生活10年を越える本妻に子供はいない。子供を産まない女ゆえに夫の囲う日陰の女は許せない。


プライドの高い妻はよりいっそう嫉妬である。


「旦那さんお認めになられますか。お子さまはamiちゃんと言いますね」


弁護士は非嫡出子は民法上問題がありますと冷静沈着に答弁をする。


「婚姻外の関係もたぶんに問題ではございますね」


夫は観念した。慰謝料の金額がツラツラ書き込まれた契約書にサインをさせられ離婚届けに判を押した。


弁護士は後は事務的手続きをするだけでございますと閉廷を宣言し調停が済む。

離婚の判を押したとわかると法廷から退出する俳優と女優をマスコミは今か今かと待ち構えていた。


「(離婚は)成立しましたか」


カメラがバシャッバシャッ撮される。ワイドショーのレポーターはマイク片手に俳優に女優に容赦なく話しかけてくる。


「調停離婚でよろしいのですね。慰謝料はお支払いになられるのですか」


離婚の原因は写真雑誌でございますね。


写真雑誌スキャンダルの"ガールフレンド"は離婚をどうお考えになられていますか。


ガールフレンドとの再婚の意思はございますか


マスコミが山のように押し掛けた。芸能人はマスコミの適当なオモチャと化してお茶の間に伝わった。


翌日のワイドショーは俳優の離婚で持ちきりである。美男美女のおしどり夫婦がまさかの離婚劇場。視聴率は軒並みアップした。


悪人扱いされて俳優はもみくちゃな顔。凶悪な犯罪を犯した犯人と同様。


一方の美しき女優は悲劇のヒロインとして扱われる。ハンカチ一枚顔にあてがい涙ぐましき姿が映像として流された。


「お母さんお母さん」


娘のamiも母親もテレビのワイドショーに釘付けである。


スキャンダルに巻き込まれた当たりから俳優の動向は雲行き怪しくである。


「お父さんは離婚したの」

amiが何気なくポツリと言う。日陰の女は本妻があればこその存在である。


"妾あがり"


日陰の女・二号が陽の目を浴びて晴れて本妻になる日。


ピンポ~ン


世田谷のamiのマンションを誰か知らぬ女性が訪問をする。出で立ちは中年である。


amiの母親は社交性のない女。隣近所に親しくする友人知人などひとりとしていない。


「誰かしら」


ドア越しにどなたですかと尋ねる。女は小さな声でぼそぼそと答えてくる。


機械のインターホン越しでは聞き取れないほどの小声である。


聞き取れないなあっ。仕方ないかドアを開けてみたらわかるかもしれない。


チェーンロックを外してチラッと玄関から眺める。


バシャッ!


(フラッシュが焚かれた)


中年の女はそこにいたにはいたが背後にカメラマンもいた。


「何ですか。いきなり撮影して」


失礼な無礼な!


母親は憤慨してドアを閉めようとする。


「待ってくださいませんか」


女は写真雑誌の記者だと名乗った。俳優のスキャンダル写真を数ページに渡り掲載した雑誌名だった。


「離婚された俳優さんはご存知でございますね。お宅さまはただならぬ関係の方と聞いております」


女はインターホンと違いクリアなハスキーな声を出した。


面と向かって威圧的な態度を取り"俳優の囲い"であることを認めるように促した。


「何ですか!いきなり失礼ではありませんか。そんな俳優さんは知りません。知らないものは知りません。失礼な方はお引き取りください」


こんな非常識極まりない雑誌記者に俳優との関係を認めたら大問題である。


知らないわからないとひたすら返事である。


「お認めにはならないのでしょうか」


女は詰問してくる。言葉の節々に刺々しいものがある。


俳優の囲いは自明の事実である。


「証拠はあるの。まだお認めにならないのでしょうか」


囲いの女であることはこの世で俳優だけが知っている。世の中に存在がバレたら俳優が窮地に追い込まてしまう。


下世話なマスコミ雑誌にあえて告白する筋合いなど微塵もない。


女の質問が生温いとカメラマンがしゃしゃり出る。


「奥さんそんな態度で我々を邪険に扱ってもいいのかなあ。あなたがここで娘さんとふたり暮らしをしていることを週刊誌の読者に教えてあげても構わないんだけどなあ」


背後のカメラマンは俳優の囲いである日陰の身分を認め我々の取材に協力して欲しい。


心よく話してくれたら暗にギャラを支払うと下交渉をする。


「いくら言われても困ります。私が知らないものは知らないではありませんか」

なんとかこの場をすり抜けたい。相手が芸能マスコミと思えば思うほど強情さを増した。


これが不審な訪問者なら警察に連絡し引き取ってもらえる。いかんせんこちらの素性は知られたくはない。

日陰の女が世間にバレたらどうしよう。


「いかがされましたか。取材協力を願いませんか。奥さまの対応如何によっては謝礼金のハズミも一桁違ってきます」


今離婚したばかりの大物俳優である。お茶の間の話題には事欠かないゴシップである。


この場で旦那さんである俳優の素性を暴露してくれたら。

「協力すると約束したらお名前は秘匿しましょうか。お写真は掲載いたしませんよ」


つまりどこの誰がマスコミにしゃしゃり出たかわからない。


俳優の裏の素性を覆面ライターが暴露しているかのごとくで煙に巻いてやる。


ただならぬ気配はこの手の(やから)たち。取材に嫌がり強情さのまま協力をしないとなれば。


土足のまま部屋にあがりこみ不法侵入・強制取材を平気でやりかねない。


「奥さん見たいな美人が強情さでは可愛くないですよ。我々はあなたが俳優のセコンドだと裁判所から聞いているんですから」


国の機関が日陰の存在を認めている。


婚姻外結婚。


内縁関係。


本人が頑なに否定しても焼け石に水である。


「そんなことを言われても」


母親はおろおろするばかりである。そのうち部屋にいたamiが玄関の騒ぎに気がつく。


「お母さんは何をしているの。大きな声が聞こえるもん」


amiはとんとんと廊下をすり抜け顔を出してしまう。

ああっまずい!


飛んで火にいる夏の虫


バシャッ!


amiが玄関先に顔を出すやいなやである。


「こりゃあスクープだ」


amiを撮りあげたカメラマンははしゃぎ出した。娘の顔さえ押さえておけば俳優の息の根を止めたも同然である。


「やっやめてください。娘は娘は主人と関係はないじゃあないですか」


このamiが写真週刊誌に掲載されたらどれだけ旦那さまから叱責を受けるかわからない。


「奥さんよろしいですね。取引しましょう。我々に取材協力をお願いします。謝礼は言いなりに支払いますからアッハハッ」


今をときめく大物俳優のゴシップである。様々なマスコミ媒体に高値で売れるのである。


「わかりました。お話しましょう。その代わり娘の写真はやめてください」


雑誌記者は失礼しますと挨拶をしてマンションにあがりこんだ。


連日ワイドショーを賑やかす俳優は離婚を契機に人気急降下である。


誰もが羨む素敵な女優を妻にしながら浮気をして。厳格で真面目な父親像のイメージは音を立てて崩れていく。


さらに…。『スクープ!あの離婚大物俳優にとんでもない事実。隠し子が発覚した』


写真週刊誌発売日にデカデカと俳優のゴシップ記事が踊る。


「ヒェ~そっそんなあ。プライバシーの侵害じゃあないか」


隠し子まで白日に叩きつけられアタフタとする。弱り目に祟り目で俳優は心底衰弱してしまう。離婚だけで世間は許さないようである。


「参った。いよいよ俺の役者人生は終わってしまうのか」


精神を病み医者に安定剤や睡眠薬を処方してもらうまで衰弱する。


威厳ある父親役者は単なるオンナ好きオヤジとダメージされる。芸能ワイドショーは転落する俳優の憐れさをちょくちょく伝えた。


映画の主役は以後抜擢されずじまい。家庭的な温かい父親を演じたコマーシャルはさっそくに打ちきりである。


収入は撃滅し家政婦を雇うような贅沢な生活は維持できなくなる。


俳優しか知らない男。役者の他に能がない。


「映画主役や父親役にこだわりはない。来る仕事はなんでも引き受けなくてはならない」


背に腹はかえられない。二流三流のホームドラマや小バカにしていたバラエティ番組にも出演者として名を(つら)ねてしまう。


プライドをかなぐり捨て芸能界にしがみつく元大物俳優である。


威張って座る役しか経験していないのである。バラエティ番組では大上段に構え司会者や出演者を見下す態度が見受けられた。


「なにっ。次週からバラエティに出演するなっだと!」


笑いの欲しいバラエティに仏頂面はいらない。俳優はいよいよ窮地に陥り収入の道は絶たれる。


贅沢しか味わって来ない生活は明日にもやめなくてはならない。高級マンションの家賃は離婚以来滞納されていく。


「俺はどうなるんだ。誰も助けてくれないのか」


絶望的な思いは日増しに強くなる。


離婚した妻に電話をしてみる。今の寂しさは妻に埋めてもらいたい。


だが通話した電話番号は通じなくなる。自宅も携帯も。


「そこまで俺は疎ましいのか」


俳優としての道に暗雲がたちこめさらに人生に嫌気がさしてしまう。


マンションで大量の睡眠薬を買い込む。


「これを煽れば楽になる」

遺書を後世に書いて置きたい。役者人生に絶望をしたと伝えておきたい。


母ひとり子ひとりの家庭環境が思い浮かぶ。母親は可哀想な思いをするだろう。

「お袋さんよ許してくれ」

今まさにクスリを煽ろうかとする時である。


リーンリーン


電話は憎んでも憎み切れない写真週刊誌からである。

「もしもしお久しぶりでございます」


皮肉か。お前らがスキャンダルを暴露したことが俺の転落が始まったんだ。


「先生のお姿がテレビから消えたのは残念ですね。たぶん先生のフアンの方もがっかりされているでしょう」


なんだコイツは!


週刊誌記者はだんだん横柄な言葉となり俳優を挑発してくる。


「ところで話しはかわりますが。"先生の娘さん"結構かわいいじゃあありませんか。父親がハンサムでございますから娘もかわいいんでしょうね」


悪いことは言いません。


父親と娘が共演はいかがですか。


テレビのホームドラマなりサスペンスなり。


親子の共演話に乗りませんか。


隠し子をテレビやメディアに登場させて新たなるイメージを発掘して稼がないか。


「先生のスキャンダルも離婚ネタも一段落ですしね」

離婚や隠し子はお茶の間の視聴者に見飽きられてしまった。


「今さらながらでございます。あんな可愛らしい娘さんを隠す必要はないではありませんか」


写真週刊誌の母体は大手出版社である。娘との共演をドラマチックに売り出すことはやぶさかではない。


「ついては先生のギャラでございますが」


俳優ひとりの通り相場をまず試算して教える。落ちぶれた今の待遇としては大きなことは言えない。


記者はもったいをつけずズバリと破格な値段を告げた。


「先生お願いいたします。お返事はよいものを待っております」


俳優は電話を切るとフッとため息が出た。契約金が頭から離れそうにない。


「amiと共演か」


囲いのオンナに産ませた娘である。amiができた当時を回想した。


妊娠をしたことはまったく知らなかったことを思い出す。俳優に黙って娘が産まれたと知り母親を(ののし)り怒鳴り付けたことを思い出す。


罵倒して産まれたことを恨む。そんな顔も見たくない娘amiを芸能界にデビューさせる話がある。


俳優の娘として。


隠し子は世間からひっそり生きていくはず。芸能界の誰にも見つからぬように生きて欲しいと身勝手な有名俳優の父親は思っていた。

「娘は俺の子であることは間違いない。父親であることもだ」


電話口で言われた契約の金額が頭に浮かぶ。金に困るのは現実である。


先付けとして数割をもらえば当座の生活はしのげる。

「バンス(前金)をもらえばマンションの家賃も滞納せずに済むわけか」


まずは机の睡眠薬をザアッ~と片付ける。


もう少し生きていよう


翌週発売の写真週刊誌のグラビアは俳優の笑顔があった。


スキャンダルで落ちぶれた俳優がにっこり笑いかわいい盛りの女の子を膝に抱き上げる。いかにも幸せな家庭のお父さんと幼女がいる微笑ましい写真があった。

グラビアの記事本体には幼女amiに関する記述はまったくなかった。


あれだけのスキャンダルにまみれた俳優の今を見てもらう。写真をページをめくる読者があれこれと想像を逞しくしてくれたらという趣旨である。


このグラビアが人気となり写真雑誌は売れていた。


幼女の正体は?


俳優の娘


かわいい子役


隠し子騒動の男。スキャンダルを逆手に取り娘を出した


あえて俳優に似た子役を起用した


幼女は目元が俳優にそっくり


横を向いたり首を傾げたり。ちょっとしたしぐさはそっくり


俳優は父親のイメージである。あえてスキャンダルの後に再び父親のイメージを復活したい。幼女は単なる子役さん


ワイドショーは幼女と俳優で持ちきりになる。


些細なことでもお茶の間に俳優の姿があれば人気商売は成功であった。


子役の正体は?


ワイドショーでは明かされずじまい。次の芸能ニュースに移っていった。


どうしても素性が知りたい俳優のフアンの皆様は週刊誌を買い求めて記事を読んでください。


俳優の掲載される芸能週刊誌は結構な売り上げを記録してくれたのである。


「お客様にご連絡いたします。(新幹線は)東京駅に五分ほどで到着いたします。お忘れモノないようお願いいたします」


北陸から戻るamiとマネージャー。長い旅となりふたりともすやすや眠っていた。


「あ~あよく寝たなあ。ami起きようか。東京に到着するぞ」


のんびりした時間だけが過ぎた北陸・金沢の生活は一変する。


東京~


東京~


ひとたび新幹線ホームに降り立つ。乗降客がわあっと押し寄せ大都会東京を実感してしまう。


「やあ参ったな。いきなり人の波が押し寄せてくる。これを見ると金沢は長閑かな田舎でのんびりだったなあ」


マネージャーはプラットホームに先に降りる。すぐに携帯を取り出した。悲しいかなビジネスマンの習性である。


「もしもし。ただいま金沢から東京駅に到着しました。事務所には予定通りです」


隣にいるami。


芸能界をやめたい。二人一役は嫌だ。マネージャーに愚痴をこぼしたら子供のような駄々をこねている暇などなくなっていた。


「ami。社長は成田から事務所に向かう最中だそうだ。"あみ"もらしいが」


携帯を切ると時計をチラッと気にする。これから地下鉄にするかクルマを拾うか。


「正直になっ言うが。シークレットな"ふたり"が揃うことは良いことはない気がする。そりゃあ向こうさまのマネージャーとは綿密にマネジメントを取らないとフアンやマスコミにシークレットはバレてしまうから」


互いのマネージャーはその日の芸能活動を報告する。アイドルあみの芸能活動に矛盾や不信感を抱かれないように細心の注意を払っている。


「カワイコチャンあみをふたり作ればそれだけ芸能の域が広がる。プロダクションもタレントあみの芸域が幅広。芸能マネジメントがやりやすい。あの社長の安易な考えから始まったんだけどな」


ひとりより二人がアイドルを演じたら。


社長の妙案に疑いつつも当初芸能マネジメントはうまくいく。あみひとりのスケジュール管理は限界があった。


風をひいた。疲労がたまった。喉が痛くて歌えない。医者に行きたいと休みも取れない売れっ子アイドルである。


ダブルプレーとなれば代打の登板も可能である程度休みも与えられる。


あみは歌とバラエティを担当しテレビ映りに実力を発揮する。


amiは映画や海外のロケである。英語が堪能でありカトリック系大学英文科を卒業している。


東京赤坂一等地にあみの芸能プロダクションは位置をする。先代の社長の資産で小さいながらも五階立ての自社ビルだった。


「いつもいつもご苦労様です。あれっあみちゃん元気していましたか。久しぶりに本社に来る感じだね」


地下駐車場からプロダクションへ向かう。人のよい警備員がアイドルあみに挨拶をする。


定年間近の警備員とは女子高時代にスカウトされて以来親しくしていた。


「あらっおじさん。お久しぶりです。最近は忙しくなっちゃったから(本社に来れない)。社長さんに呼ばれてちょっと来たのよ」


還暦近い警備員は自分の娘さんとアイドルあみが歳が近いなと見ていた。


「そうかいそうかい。社長に呼ばれているのかい。せいぜい甘えてたくさん給料をもらっておくれ」


駐車場からあみを笑顔で送り出す。背後から見るとあみもずいぶんと成長したなあっと思う。


あみが本社ビルへ消えるとクルマは頻繁に出入りを繰り返す。警備員の忙しい時間帯である。


プップー


キュキキュ~


車が忙しなく出入りする。

その中にある一台のタクシーが正面玄関に到達をする。amiが到着をしたのである。


警備員は乗客の身元確認をする。


「通行許可証/身分証明書を提示してください」


タクシー後部席からamiとマネージャーが降りる。


「お疲れ様でございます」

かわいい女の子はタレントの"あみ"だとわかる。


あれっ?


あみちゃん?


マネージャーは警備に身分証明書を差し出す。


あれ?あれ?と首をひねる警備員。


「ご苦労様です」


マネージャーはサッと踵を返す。バッグからIDカードを取り出した。amiの身分証明書も携帯し同時に提示した。


あれっ?あみちゃんだ。そんなバカなことあるか。あみちゃんは先ほど到着して本社ビルにいる。


このかわいい女の子はあみちゃんなのか?


還暦近い警備員は我が目を疑い天を仰いだ。


なぜあみちゃんがふたり?

マネージャーはポンと肩を叩く。


深刻に考えなさんな


amiと一緒に何事もなきように本社ビルに消えていく。


「俺は夢を見ているのだろうか」


警備員の記憶が正しければあみはふたり目の前を通過したことになる。


「いよいよ還暦の俺はお払い箱にされてしまうのか」

そんなバカな!


プロダクションの一室。


事務員らはパソコンの前に座り忙しくしている。到着したamiが来ても別に気にすることもない。


マネージャーは社長の未到着を知り控えで待つことにする。


「amiこちらにおいで。長く新幹線に乗ったから疲れただろう」


社長室の横にタレント控えがある。タレントのためのスタジオでかなりの広さがあった。


「社長は今しがた首都高に乗られましたわ」


対応した女子事務員が到着時刻を告げる。


社長のおでまし時間まで待ちましょうである。


トントン


控えのドアをノックする。

「やあ久しぶりだな。いつも連絡は取り合うんだが顔を見合せるのはなかなかだからな」


あみのマネージャーである。


amiは招かれ控えに入る。

もうひとりのアイドルあみがいることは知っている。

「amiとあみの再会か」


この芸能プロダクションにはかなりの事務員が働き所属タレントもそれなりにある。


だがあみとamiのふたり一役は社長以下数人程度しか知らぬシークレットだった。


あみはドアを見た。マネージャーの背後に隠れるようにして『あみの分身』はそこにいた。


「こんにちはお久しぶりです」


互いに互いは瓜二つの背丈で容姿。顔をみるにつけ気まずいこともたぶんにある。


「お待たせしました。まもなく社長が到着されます」

首都高のランプを出て本社ビル正面に来ていた。


「二人は?そうか来ていたか。申し訳ないな。私が一番最後になってしまったか」


携帯を掛けながらビル玄関を入る。警備員が立ち合い社長とわかっていても身分照合する。


「社長お疲れさまでございます」


プロダクション最高責任者に最敬礼である。


社長室にいくと女子事務員(秘書兼務)が手短かに業務事項を伝える。約1週間の海外主張は業務の停滞をたぶんに招いている。


「ああっわかった。留守中は大したこともなかったんだな。それは幸いだ」


連絡ファイルをパソコンで確認し目を通す。


「それと社長さま」


病院の人間ドック受診結果が封書で送られていた。


「ああっ」


社長には持病があった。成人病のそれであり高血圧症・糖尿病である。


ドックのデータを見る必要もなく自覚はたぶんにあるようだった。


「社長さま。ご自分ひとりのからだではございません。数百いる社員はもしものことがあれば困ってしまいます」


女子事務員とは長年の付き合いになる。先代が生きていた若い頃はからだに無理が効き不摂生の賜物を繰り返した。


高血圧症の自覚としては飛行機搭乗で頭がぼぉ~と逆上せ気を失うこともある。

気を取り直して控えにいく。社長としては久しぶりにお目にかかる"あみとami"である。手塩に掛けて育てたタレントはみんな可愛いくてたまらない。


「よおっ~久しぶりだなあ。元気にしていたかい」


ふたりのかわいこチャンを目にした社長。大袈裟に両手を高く挙げた。


この時である。鷲が大きく羽ばたき包容力を見せつけようかとする瞬間。


海外出張の疲れ。長い時間の搭乗は気圧の変化が体調を崩していた。


ウグッ


社長は白眼を剥いてバタンと倒れてしまった。


社長~


社長~


控えにいるマネージャーはあわてて気絶した社長を揺り動かす。


※脳卒中などの場合頭を動かしてはならない


直ちに救急車が呼ばれ病院に搬送をされる。


「大変なことになったぞ」

担ぎ込まれた救急医は顔つきと倒れた状況から脳内出血ではないかと診る。


「高血圧と糖尿が持病ですね。MRIを掛けて診断しますが」


脳内に異常があると一大事である。高血圧で高齢者は生存率がグッと低い。


"くも膜下出血"


救急医は外科医を呼ぶ。病名がわかれば一刻を争う手術である。


「えっ手術ですか。脳内出血して危篤ですね」


社長が倒れことはすぐにテレビ画面にテロップが流された。芸能界でも有名な社長である。お茶の間の反応も相当なものであった。


プロダクションは蜂の巣をつっいた騒ぎである。


ワンマン経営者の典型がここにある。芸能マネージメントだけでなく経理や経営も社長が牛耳り他人任せはなかった。

「社長にもしものことがあれば」


プロダクションの取締役は鳩首会議を開く。先代から続く同族会社のアキレス腱はいかにケアすべきか。


女子事務員は取締役らに人間ドックの受診結果を見せた。いずれの数値も芳しくなかった。


"データ結果から入院をお勧めいたします"


高血圧や糖尿以外にも内臓にも疾患がある。


「僕ら取締の知らないことだが社長の疾患は慢性化していたな」


手術は深夜にまで及びひとり娘が付き添う。可哀想に目を真っ赤に腫らし父親の手術室からの無事な生還を願っていく。


「会社の方はいらっしゃいますか」


外科医が尋ねる。社長の親族はひとり娘さんだけと聞き気を使ったようだ。


個室に呼ばれた重役は神妙な顔をする。


「脳内手術は成功したのです。我々医師は全力を尽くしました」


くも膜下出血は収まり一命をとりとめた。このことはベテラン外科医の手腕を高く評価をしてもらいたい。

しかし若干の肥満と高血圧は寿命を縮るに不足のない成人病である。


「麻酔が切れたら意識は戻ります。今後も危篤は続きます。もしものことがあります。最悪の事態の可能性は高くなっていますから覚悟してください」


取締役は騒いだ。医師の宣告は最悪の事態が近いことを意味する。


「社長は危ない。明日にも臨終を迎えるかもしれない」


病院ロビーにたむろする芸能記者たちも社長の容態を察知である。


「危ないんですか。ヤマはまだ越えていないんですか」


取締役は医師から聞いた話しを素直に伝えた。社長のひとり娘も廊下の片隅で聞いてしまった。


「我々は社長にもしものことがあれば」


早めに重役取締役会を開き次期社長を選出せねばならない。当座は専務取締役に社長代行を兼務である。


次期社長。先代から同族で固めたプロダクション。先代では個人経営に毛の生えた程度のもの。


「現社長が手広く芸能ビジネスをしてくれた。大功労という話しだ。ならば後継者は娘さんになるのか」


なにも芸能界を知らぬ娘がポッと社長業ができるほど生易しいものではない。


さっそくに社内派閥が競い"ポスト社長"となる。社長派と反・社長派の専務という図式になる。


もしも反社長派が牛耳る刷新人事があればあみちゃんの二人一役はお払い箱になる。


タレントあみへの支払いギャラはひとり分のはずである。だが社長の裁量で高額ギャラ×2倍である。


マネジメントやあみとamiの存在を隠すために要らぬ人件費と諸経費が嵩む。


社長に近い女子事務員はこの二重に経費がかかるあみちゃんにはほとほと参っていた。


あみの存在はシークレット。しかし二重の経費は隠して隠せるものではない。


試算をしてみるとタレント二人を雇用ではなく三人にも四人にも支払う計算となりプロダクションの経常利益を圧迫していた。


経費からマネジメントまで実権をすべて握る社長だからこそできた芸当である。

そして翌週になると危篤の社長は帰らぬ人となる。


プロダクションは悲しみに暮れている暇はなかった。

「社長の葬儀が済めばただちに人事に入らないといけない。ウチは同族だから先代の血筋の娘さんが後継者に。いやいやそんな悠長なことしていたら同業者に乗っ取りをされてしまうぞ」

生き馬の目を抜くのが芸能界である。タレントの売り出しやその人気を維持するために最大の努力をしなければならない。


「葬儀委員長は専務さんがやってくれる。社内No.2の位置にある取締役だからな」


専務は期待され葬儀の大役を無難に務めそのまま社長代行に収まる。ワンマンな社長の後釜は難しく他にやり手がいなかった。


「株主総会で取締役社長に選出されるまで専務には代行をしてもらいたい」


こうして専務は社員全員から社運の不安な昨今を委託された。


「専務が次期社長になるのか」


あみとamiの両マネージャーは新しい人事を聞いてギクッとする。


「おい専務はあみのダブルプレーは知らないんだろ」

シークレットなダブルあみは専務にそのまま受け入れられるかどうか。


「専務は財界からスカウトされて来た人材らしい。金に関してシビアな男らしいぜ」


ふたりで"あみ役"のダブルアウトカム(二重支払い)のタレント雇用はまず気に入らないであろう。


「ああったぶんな。あみもamiも一生懸命に働いているんだ。俺らマネージャーは今のまま芸能活動をと願うばかりだ。俺らマネージャーもひとりいらなくなるぜ」


専務は言いそうである。


"君っ困るなあ。ダブルプレー?ふたりのあみがいてフアンを騙したのか。純粋にアイドルあみを応援する中高生になんと申し開きをするつもりだね"


「あの神経質な性格からしたら諸経費が異様にかかることは看過しない」


…となると


両マネージャーは顔を見合せる。


なにかと経費の掛かるアイドルあみはひとりに統一されてしまう


ふたりはいらない。


不必要となる方。


アイドルを続けない方はお払い箱である。


社長就任の専務は切り捨てを断行するだろうか。


プロダクションは社葬を終える。その日のうちに臨時株主総会の日程を決め社長以下の人事を取り決める。

あみとamiは多忙なアイドルを理由に社葬には現れない。


「高校生の時から社長さんに可愛がってもらったから」


amiはともかくあみは最後のお別れがしたく涙がこぼれた。


歌番組収録のアイドルあみはマイク片手に泣きながら歌い上げた。


あみちゃん頑張って


社長さんの分まで頑張って歌ってちょうだい


あみが歌い終えると司会者がしんみりと社葬の話を視聴者に伝えた。


amiも同様に悲しみを堪えて海外ロケに旅たっていた。


ふたりの"アイドルあみちゃん"はダブルプレーに精を出すのである。


「新しい社長さんになったらどうなるの」


株主総会は近日に開かれ社長人事としては専務の内部昇格が大半を占めるかと思われた。


「現在の専務さんは人望がありません。故人となられた社長に信頼感がなかったと印象があります」


反社長派閥の舌鋒が専務であった。独断専行でマネージメントを取り仕切る場面がなくもなかった。


専務派閥がダメとなると社長のひとり娘さんを推薦である。先代からの同族でひとまずは対外的に面目を保ちたい。


アイドルあみとしてはひとり娘さんの社長就任が願いである。


会社経理も芸能界の荒波もなにも知らない娘さん。経理の不正処理もどんぶり勘定な必要経費計上もわかりはしない。


「株主総会で専務が却下されることを祈りたいぜ」


両マネージャーは総会の朝からハラハラして気がきではない。 


夕刻迫る頃。両マネージャーを含む全社員にメールが届く。


「来たか(社長人事は)決まったか」


心臓をときめかせ携帯メールをクリックしてみる。


【社員の皆様へ】


この度のこと。取締役最高責任者の訃報に伴い…新規に人事考課を…取締役会議におき推薦を…。


長い文面がつらつらと続く。


クリックして早く社長名を見たい


クリックしながら余計な文面は省きたい


取締新・社長を発表します

クリック


クリック



…(氏名の明記を見つける)

「あっ!」


マネージャーや社員は腰が抜けそうに驚いた。


見てはいけない名前が燦然と輝いている。


「嘘だろう。そんなバカなことがあるか」


新社長は人望のない専務でもなくひとり娘でもなかった。


株主総会では専務は専務のまま留任である。人望のなさが響いたか。


ひとり娘さんは代表権のない取締役に就任し名前だけの重役止まりである。


新しく職務についた社長は誰か。


その社長は当社とほぼ互角規模のプロダクションの人物だった。芸能界は事務所同士敵対心を持ちタレントを切磋琢磨して売り出そうとしている。


互いに互いをライバル視をして巨人vs阪神のような意地でも負けぬ対立関係がある。


「なんだっこれは」


新社長はズバリ骨肉の争いをしかねない対立するプロダクションの社長が就任しているではないか。


社長の弔い合戦となった株主総会。ひとり娘を推す社長派閥と反社長派の専務が強硬に対立をし意見にまとまりがつかなかった。


代表権のある株主の一声にややこしい内紛は御免だっが挙がる。


「こうした御家騒動は芸能界というショービジネスにはご法度である」


ちゃんとしたプロダクションの舵取りをしてもらわなくてはならない。


そこで出た裏技が"長いものには巻かれてしまえ"という流動的な意見に落ち着きである。


「ライバルのプロダクションから社長を迎え入れたのか。この人事は吉なのか凶なのか」


マネージャーも社員も不安だらけの新社長誕生である。


「マネージャーさん。私はどうなってしまうの。アイドルは二人も要らないと言われたらどうなるの」


あみもamiも明日の我が身が心配でならない。


「あみ。正直に言えばだが」


諸経費はひとりのタレントマネージメントより膨大にかかっていまい三倍にもなる。


経費節減のために真っ先にやめさせたい"愚策"であることは自明の理となる。


「ひとりのあみだけで充分なんだ。夏から秋にかけて歌の売れ行きが落ち着きスケジュールも楽に組めるようになる」


二人一役ダブルプレーは要らない。あみとamiとアイドルは二人いても営業は倍にならない。


「マネージャーさん私たちどうなるの。首になるの」

ふたりは同じ心配で胸が張り裂けそうである。


歌が得意なあみは番組で歌詞や舞台の立ち位置を間違えた。


「あみちゃんどうしたんだ。ここのところおかしいよ。そりゃあ社長さんがお亡くなり気の毒だとは思うが」

ベテラン司会者はお悔やみはお悔やみでわかる。しかしプロ歌手としての自覚を持ちなさいと励ました。


映画担当の女優amiはセリフと演技にミスが出ていた。


「おいっあみちゃんしっかりしてくれないか。セリフもあやふやだし演技はぎこちない」


監督からクレームである。セリフなど滅多に間違えたりしないamiはひたすら謝るばかりである。


「演技に集中できないわ。このドラマだって途中で私はいらなくなるかもしれない」


マネージャーをつかまえては泣き顔である。


「来週早々に事務所に僕ら呼ばれている。社長就任の挨拶がある。現場に駆り出されている僕らマネージャーの声を伝えておきたい」


ふたり一役のダブルプレーも教えなければならない。

あみもamiも今の芸能(歌・ドラマ)に全力投球である。


デビューしたあみの歌唱力は安定感がなくヘタであった。だがたゆまぬ努力と楽曲に恵まれなんとか聴ける歌手の仲間入りをしている。


映画ドラマのami。頭がよい彼女はセリフ覚えも演技力も抜群。いつ主役キャストが巡ってもちゃんとこなせる実力を兼ね備えていた。


「マネージャーからすれば歌手も女優もの両方を独立させてやりたい。つまりダブルプレーは公表してしまってやるんだ」


アイドルあみちゃんのフアンの皆様ご免なさい。今まで皆さんを騙していました。


皆様に愛されるアイドルはふたりいます。


歌手と女優のダブルプレーでございました。


「マネージャーの僕の意見だが。ダブルプレーを暴露しても大丈夫な気がするんだ」


公表してしまえば芸能界のこと。あれこれスキャンダルだろう。


「だがすっきりとして歌手のあみちゃんと女優のamiちゃんになれる。正真正銘のアイドルとしてお茶の間にいられる」


両マネージャーは公表に踏み込みたいと意見の一致が見られた。


「今までだってフアンからあみはふたりいるのかと勘繰られたしね」


ダブルプレーを見破られないようにマネージャーは細心の気配りをした。


歌手あみは収録番組を優先して出演させている。あみのフアンにはオタクっぽい男が多くスケジュールを管理してあみに逢いにくる者もいた。


「なま中継は最高に気を使ったなあ。なぜ映画ロケにいるあみちゃんが参加しているの?あれっおかしいなあ。どうして歌番組にいるんですか?コアなフアンは敏感に反応をしてさ。困った困った」


マネージャーは冷や汗たらたら。その場しのぎをしオタクの疑惑を掻き消す努力をする。


「告白したらそんな苦労も笑い話になるんだろうな」

両マネージャーはしめし合わせて本社ビルに行く。


新社長は社員を一同に集める。ライバルのプロダクションの人間も数人列席をさせ就任挨拶をする。


「なんかなあっ。スタジオやロケ地でよくいがみ合った仲の奴らが事務所にいるとはね」


マネージャー同士のビジネスシーンは昨日の敵は今日の友の世界である。


「まあ同じ会社の人間になったことは真実なんだしな。昔の話は目をつぶるさ」

タレントを売り出したいだかめのいがみ合い。マネージャー同士のいさかいはタレントを守りたいための必要悪な面もある。


まず手始めに敵は敵として過去とすることから始まった。


「やあお久しぶりですね。なんか妙なことから同じプロダクションでお世話になることになったんだ」


あみの売り出しにライバルタレントとして骨肉の争いを繰り広げたマネージャーであった。


顔を見たら殴り付けてやりたい。そんな憎しみのNo.1男であった。


「(タレントの)マネジメント紛争は昔のことにしましょう。今日からは互いに水に流して仲良くしていこうじゃあないか」


ニヤリっと笑い握手を求めてきた。憎みに憎んだライバルのマネージャーにあみが駆け出しの頃どれだけ邪魔をされたことか。


歌手あみをなにかと難癖をつけ表舞台から引きずり降ろしライバルのかわい子ちゃんを売り出しに躍起となっていた。


マネージャーは苦虫を噛み殺す。手元にナイフがあれば刺し殺してやりたい。


嫌々ながら手を出した。握手をしたらそのまま力強く握り潰してやりたい衝動に駆られる。


「皆さまお集まりでしょうか。お時間が参りました」

司会役の女子事務員がマイクを握ると社長を含む新しい取締役の就任式が始まる。


前の社長の弔いを短めに語ると新社長が雛壇にあがる。


「皆さん忙しい中お集まりになりご苦労様でございます」


ライバルプロダクションからやってきた新社長に対する憎さはメラメラと沸き上がり極限に至る。


昨日までライバル社の人物であった。それが目の前にあるのは何を隠そう新社長である。


マネージャーを含む年配の社員は社が乗っ取られたと涙ぐむ。


「株主総会がすべてだった。ウチの専務と娘さんが力を合わせてくれたら良かったのだ」


出るのは取締役人事の愚痴ばかりである。


「あのぉマネージャー担当さま。社長からお話があるそうでございます。就任式が終わりましたら控えの間に来て頂けますか」


そらっおいでなすった!


個々のタレント管理はマネージャーがやっている。マネージャーだけ呼び出せばわざわざ忙しいタレントに声をかけるに至らない。


「いよいよダブルプレーが終わるのか」


互いのマネージャーは覚悟を決めとぼとぼと控えにいく。


「やあっ辣腕マネージャーさん。まさかこんな形で顔を見合せるとはねアッハハ」


新社長はライバルであったよく知るマネージャーを見ながらニソニソと笑う。睨み合いと憎しみ合いは過日の話しにしたいようだ。


「さて。わが社の有能なマネージャー諸君。順番に担当タレント名を読み上げるから返事をしてくれたまえ」


二十歳そこそこの社長秘書が社長の横に立つ。可愛い顔立ちの見慣れぬ女だった。


ファイルを開きひとりひとり担当マネージャーを呼び出す。アイドル顔の女に呼ばれるとマネージャーは芸能人の気分になる。


「あみさま担当マネージャーさまいらっしゃいますか」


いの一番に呼ばれる。このプロダクション一番の売れっ子タレントがあみである。


「あみのマネジメントは大変だね。時にマネージャーの君に聞きたいが」


キラリっ


社長の眼孔が鋭く光る。


狙った獲物は必ず一撃で仕留める猛獣の所作であった。


「このプロダクションの稼ぎ頭がタレントのあみちゃんなんだね。社長に就任をし真っ先に財務諸表を見せてもらったよ。公認会計士からの子細な報告とともに」


マネージャーはキイッと顔がひきつる。


就任早々から会計士に接触しやがるのか。


チィ。あみのダブルプレーは早々と見破られていやがるぜ。


まあ話しは早くなるけどな。


「えっと。あみさま担当さまともうひとり。うん?あれっもうひとり?社長もうひとりって」


ami担当のマネージャー名がファイルに明記されていた。


控えの間はざわめきがあがる。事情を知らない社員はなにがなんだかと首を傾げるばかり。


アイドルあみのマネージャーだけではない。同じあみの名前で"ami"のマネージャーが存在する。


「まあまあご静粛に。皆さんお静かに願います」


社長は手を開き今から詳しい説明をいましますと一言付け加えた。


秘密であるはずのダブルプレーがプロダクションに知れ渡った瞬間であった。


あみとami。ふたりのマネージャーが社長の前に出る。社員の間ではマネージャー担当は知らない者はないふたりである。


あえてamiと二重に区別され前に出されてしまう。必然的に訝しげな存在となってしまう。


「今までご苦労様でしたね」


新社長はオーバーアクションで両手を広げた。その場に似つかわしくない違和感のある光景だった。


ふたりのアイドルあみを知る社長はどんな腹積もりであろうか。


「皆さんはご存じなかったですか。こちらにいらっしゃる"ふたり"のマネージャーさん」


ダブルプレーは崩壊を見てガタガタと崩れていく。


「まったく(前の)社長と来たらこんなお遊びが好きだったんですね」


売れるタレントはとことん働かせたい。ひとりで営業がこなせなければふたりのタレントを作り二倍に働かせた。「その背景に。高給取りな有能マネージャーをつけて全面バックアップですか」

社長の手元にはダブルプレーの収支決算報告があった。顧問の会計士にあわてて作成させたデータである。

「有能なマネージャーさんにお聞きしたい。なぜこのような莫大な経費が常に掛かるのですか」


まずは金から攻めてくる。難癖をつけるのは動かぬ証拠数値からである。


「社長さんの趣味ダブルプレーの成果はともかく諸経費が膨大なものですね」


タレントひとりに掛かる経費コストはある程度把握している。だから余計に苦情を言いたい。


「あみとamiの二役を隠す必要がありました。鉢合わせをしないスケジュール調整には思いもよらぬ出費でございます」


フアンを欺くため二役の整合性を完備しなくてはならない。


あみとamiの化粧品やヘアーメイクは揃えなくてはならない。スタジオや映画専属のスタッフには人一倍気をつけていた。


「ほほっ。それが規程の料金の三倍でございますか。世に言う口止め料というものですね」


新社長はジロッと互いのマネージャーを睨む。突然大声を張り上げた。


「いい加減にしろ!寝言の御託はそれまでだ。なにが口止め料に高額支払いだ」

調べはちゃんとついている。おまえらマネージャーが諸経費だとちょろまかせてポケットに入れたことぐらいお見通しだ。


「なかなか君たちはやりますなあ。まあっ大胆と言うか身の程知らずと言うか。これは立派な横領でございます。搾取した金額の調べがついたら刑事告発を辞さないでございますからね」

売れっ子アイドルあみである。黙って座って微笑めばプロダクションに金は無尽蔵に落ちてしまう。


両マネージャーはしめし合わせてアイドルあみを利用しサイドビジネスも展開していた。


「社長お言葉ですよ。なんでございますか。横領ですか?なんのことを言われていますか?私には身に覚えのないことでございます」

マネージャーは身に覚えがないと言う。横領をしているという自覚がないと言う。


「ほほぉ~君たちは知らぬ存じ上げぬとシラを切るつもりでございますか」


これは参ったと大袈裟に目を覆う。社長は天を見上げ口を大きく開いた。


いくら芸能マネージャーだとしてもテレビドラマの俳優気取りでいられては立ち行かない。


「今この場で大人しく罪を認めたまえ。素直に悪の仕業を白状されたらいかがですか」


人間往生際が大切である。社長は動かぬ証拠を会社の帳簿と会計士からつかみ出している。自信を持ってマネージャーを吊し上げている。


「横領の金額が金額でございましょうに。あなたに返しなさいと命じても無理なわけでございます」


搾取した金はサイドビジネスに流れ消えていた。素人考えで始めたビジネスは軌道に乗らず失敗を繰り返し逆に赤字を累積である。


「私としましては簡単に情状酌量はしませんよ。しかし強情を言い出してはいけませんなあ。あなたは痛い目に遭いたいのですかな」

アイドルあみを呼び餌にして好きなだけポケットに入れる。総額横領金額は億を越え数十億に届こうかとしている。堅実な社長はシッポをしっかり押さえつけている。


「仕方がないですね。始末書を書かせ穏便に返済計画を相談しましょうと思っていたんですがね。会計士さんに後を委ねましょう」


指を立て秘書にパチンと合図を出した。


すぐに顧問会計士に連絡をしてくれ


「社長さま。会計士さんは明日の午後にお会いできるそうでございます」


両マネージャーは顔面蒼白となった。


翌日に会計士は現れる。小脇に財務諸表のそれを携え忙しそうである。


「今回の新・人事。代表取締役就任おめでとうございます」


社長に小さな封筒を手渡し握手を求めた。受け取る社長はなにかねっこれはっと怪訝である。


「こちらのような優良プロダクションは健全な経営者の匙加減ひとつですからね」


会計士は顧問契約の打ち切りの可能性があった。なんとか新社長に取り入り再契約を取りつけたいのである。


さっそく財務諸表データをノートパソコンに開示する。


「マネージャーさんの諸経費はこちらの赤線で逐次表記されていきます」


会計士はダブルプレーのふたりのあみとamiの金銭収支をわかりやすくグラフに表示してみる。


「ふたり一役は分かりにくいですね。いっそのこと一番歌手あみと二番女優あみで区分してしまいます」


ひとりひとりの諸経費グラフ線はたいした曲線を描かず低値で安定である。


「マネージャーさんの形状された経費は初年度こそ低いところでしたが」


歌手あみが一躍売れっ子になりお茶の間に名が知れわたると一変をする。


「見事ですね。テレビ出演料やコマーシャル契約金はすべて二重帳簿に成り代わりですね」


会計士は気持ちよさそうに財務諸表をクリック。出るわ出るわ不正経理の実態である。


「これは立派ですね。マネージャーさんの手腕ここにありというわけですね。アイドルを売り出すにはこれくらいの裏技を使わずして成功はないですよ。うまいなあこの裏金作りのテクニック」


会計士は帳簿を誤魔化す手口として褒めあげる。会計のプロとして見抜くのにかなり時間が掛かったことを思い出す。


「ただね。ご苦労様なことでしたがこの二重帳簿は古典的な手口です。怪しいぞっと睨みをきかされたら見破りはいとも簡単なことでございます」


カチャン


パッ


パソコンの画面は一瞬消え新しい画像が現れる。


会計士の試算された横領金額が提示される。


ふたり合わせて20億を軽く越えた。ひとつの横領事件としては度を越えたものである。


「やりましたなあ。お見事なことでございます。20億パクりですよ。いやあ尊敬します。長年この世界を見て来ましたが。数年でこの金額は見上げますアッハハ」


会計士が高笑いをする。どうせ捕まるのならこれぐらいパクれば気も済むであろう。返金を敢行するにも可処分利益はたかが知れている。


横にいる社長も腕組みをし笑い声をあげる。


横領をした当人マネージャーは苦笑いである。莫大な金がポケットに入ったことは紛れもない事実である。

「これだけ派手にやればねぇ。この世に思い残すことないじゃあないですか」


社長は警察に自首をしなさいと促す。


「自首すれば多少なりとも刑は軽くなりましょう」


さてっ


社長は返金を促す。莫大な損金を計上をしたプロダクションの経理を少しでも埋め合わせをして欲しい。


「あなた方が好き勝手にしでかしたことでございます。我が社にまったく関係のないこと。社長の私が知らぬうちに元に戻っていなくてはいけません」


横領した金が戻りさえしたらマネージャーなどいらない。例え明日以降に富士山の樹海に紛れ込み行方不明であろうとも痛くも痒くもない。


「生命保険は加入されていますか。会社としましては取締役は強制加入が義務でございますけどね」


生命保険?


マネージャーは保険金殺人の対象にされるのか。


「こちらの会社では現場の最前線マネージャーらの対応はどうなっていますか」

多忙を極めるタレントのケアをする身である。もしものことがあればいけない。

マネージャーに生命保険を掛ける理由はあるという。

その保険金を霞み取れば多少の穴埋めになる。1/10ぐらいの補填にはなるかもしれない。


「社長悪い冗談はやめましょう」


冗談か


新社長はジロッとマネージャーを睨み付けた。


「それはそうと。君たちは少し顔色が悪くはないかな。健康の面で不安がありそうですね。どうだろうか社長命令を出すから健康診断を受けてもらえないか」


生命保険加入には健康診断がつきものである。不思議なことはない。


その日から両マネージャーはプロダクションから姿を消すことになる。


健康面で赤信号が灯り入院をしたと噂を言われていた。


あみとamiは新しいマネージャーに担当が変わった。

ダブルプレーのふたりはマネージャー更迭を身震いして聞き入れる。突如姿を消したことは紛れもない事実である。


「新しい社長さんはやり手。アイドルあみのふたり一役はナンセンスと思っている。私たちもどちらか消されるに違いない」


あみもamiも危機感を持つ。いずれ近日中にアイドルあみはひとりに絞られていくはずである。


「アイドルあみはひとりにしなくちゃ。歌手あみを取るか。女優amiに絞るか」

心労が激しいあみは歌番組に出演して精彩がなかった。笑顔が魅力的なアイドルあみはスタッフやスタジオの観客にぎこちない作り笑顔を見せてしまう。


「あみちゃんどうかしちゃったのかな。元気がないし歌だってハツラツさがみられない」


社長の追悼が影響しなければよいがと心配された。


歌を終えて控えにいくあみ。カワイコちゃんの衣装のまま沈痛な面持ちになる。

「新しい社長はやり手だというわ。堅実な会社経営を標榜する辣腕ぶりは噂で聞いているもの」


歌手あみか女優amiか。


ひとりに決める!


歌手をビジネス稼業とみたら経費は衣装代と作詞作曲家への謝礼金。その他新曲キャンペーンはスポンサーとタイアップがなければプロダクションの持ち出しである。


対して女優稼業はどうか。

女優の出演衣装は映画やドラマは用意してくれる。主役となればスポンサーが提供するケースが多く経費は皆無に等しい。


クランクインする地方ロケも海外ロケもプロダクションとしての負担金は高くはない。


「アイドル歌手は手取り足取りと手間がかかるわ。そうねプロダクションにお荷物となるわ」


歌手あみは心労から憔悴をしてしまう。控えで倒れてしまい緊急入院をして点滴のお世話を受けてしまう。

これがまずかった。


入院の事実はマスコミに隠さねばならぬ。歌番組のひとつやふたつは録画収録である。グラフィックや画像修正で過去映像を加工してテレビに流してもらう。


約1週間の歌手あみは安泰である。


「役に立たたないのは歌手のあみか」


あみの病棟に社長秘書を送り込み病状を知る。


「診察された医師によりますとストレスから来た心労が蓄積したのではないかと仰いますわ」


ストレス?


心労の蓄積?


報告を受けた社長は不機嫌である。生き馬の目を抜く芸能界。ちょっとスケジュールが過密で過労ダウン。心労が溜まりで倒れていては営業になりはしない。


「健康面に不安か。まったく厄介なタレントだ」


社長はにこりともせず秘書に呟いた。


歌手あみは一晩の入院を経て翌朝からスケジュールの通りテレビ番組に出演である。


青ざめた顔色はメイクで誤魔化していく。ハツラツとした健康美はアイドルの必要条件。マイク片手に元気さをことさら見せる。


朝のワイドショーの司会者があみに問い掛ける。


「あみちゃんはいつも元気いっぱいだね。若さっていいなあ」


あみは笑顔を振り撒きにっこりとする。テレビカメラはアイドルあみを遠近法を使いナメテ(映して)いく。

あみのバックは副都心の新宿ビル街。カメラマンの意図は朝方のビジネスマンの人混みを映してアイドルあみを一輪咲くかわいい可憐な華として見せたい。


カメラが遠方よりズームしていく。ビルがどんどん拡大され米粒サイズのあみが大きく映し出された。


司会者の問い掛けにアイドルあみはマイクに向かい応える。アイドルの笑顔はお茶の間を癒す。


「ハイッおはようございます。私の元気の秘訣ですか」


あみは返事に困ったなあっとかわいいしぐさを繰り返した。


ビル街を忙しなく行き交うビジネスマンからあみちゃんと声援をされ手を振る。

「皆さんがあみを応援してくださるからあみは元気です」


カメラはあみをアップする。カメラの前に笑顔を振り撒き日本でトップクラスのアイドルがいる。


いやっ!


アイドルあみがテレビの画像にあるはずである。


「どうかしたのか。女の子の様子がおかしいぜ」


バックミュージックが鳴り響きあみは持ち歌を披露する。だが異変である。


足がふらつき始めて顔はテレビ画面より右へ左へと揺れている。


ドタドタッ


あっ!


マイクを持ったままアイドルは倒れた。


番組プロデューサーはあわてふためきカメラ映像を止めよとキューを出す。


「あみはどうしたんだ。ワケわからない。とりあえずコマーシャルだ。映像はあみを映すな。原因がわかるまであみはNGにしておけ」


新宿ビル街は人の輪が出来上がる。


「おい見たか。倒れた女の子はアイドルだってさ。人気アイドルのあみらしいぜ」


人混みが人の山となり交通渋滞を招いてしまう。


朝のワイドショーはてんやわんやである。司会者はどうしたんだと倒れたあみに駆け寄る。


「あみちゃん大丈夫かっ。しっかりしろよ。気分がすぐれないのかい。朝ごはん食べてなかったのかい。いずれにしても過密スケジュールが祟りだな」


プロデューサーにマネージャーが呼ばれる。


「君はマネージャーなんだろ。タレントの健康面もしっかり管理してくれなくちゃ困る」


朝の番組は晴れやかで爽快である。マイク片手に倒れてしまう病的タレントは不要である。


「いくら飛ぶ鳥を落とす勢いだからって。売れっ子アイドルだからダクションは不摂生を許しているわけでもあるまい」


マネージャーに皮肉をネチネチと浴びせる。あみの担当になったばかりの新人マネージャーは膨れっ面をして不満を表した。


健康診断管理など知ったことじゃあない。ただスケジュールに穴をあけずタレント活動さえしてくれたらいいんだ。


ビルの谷間に倒れたままのあみは血の気が失せていく。過労から来る軽い貧血で気を失いつつあった。


プロデューサーは救急車を呼んだ。アイドルあみが倒れ騒ぎが大きくなるがいたしかたがないのである。


テレビ局に電話が殺到する。倒れたあみを映さないためお茶の間はイライラとしていた。


「あみちゃんはどうしたの。倒れた原因はなんですか。なま番組なんでしょ?詳しくあみちゃんのこと報せてくれなくちゃ。お天気やニュースなんて要らない」

倒れたあみはどうなった。実況放送して欲しい。


人気アイドルが番組中にバタンしたんだ。


番組のニュースやスポーツなんかキャンセルしてアイドルあみを教えてくれ


電話回線は鳴りパンク寸前である。


「なんだ!この庶民の異様なムーブメントは」


プロデューサーはあみが歌う枠いっぱいにコマーシャルをぶちこみ次のコーナーへ移りたい。


なにもなかった。アイドル歌手は倒れない。倒れた事実はないと知らぬ存ぜぬを通してみせる気概である。


お茶の間には平常心の司会者がにっこり朝のニュースを伝えていく。


ビルの谷間特設ステージは倒れたあみが救急車で運ばれて大騒動である。


朝のワイドショーは司会者が汗だくとなり番組を終える。


司会歴30年を越えるベテランであったため事故の処理は事なきを得るものであった。


番組の最後にあみは大したことはありませんとテロップが流れ司会者は追随をして頭をさげた。


朝ワイドのなま放送で歌手あみが倒れたことは波紋を呼ぶ。


「おい朝のワイドショーってなま放送なのか。あみちゃんがバタンと倒れたらしいぜ」


あみがふらつき倒れた映像はインターネットにアップされた。あみのフアンは心配そうに倒れる瞬間を眺めてみる。


「あみちゃんってそんなにか弱い女の子だったのかな。売れっ子だから忙しいのかなあ」


アイドルあみは細くてヒョロヒョロした体型である。病的に蒼白く思わず抱きしめてやりたいタイプではある。


「あの細い体で頑張ったんだなあ。歌や映画コマーシャルにアイドルあみちゃん出ているんだから。そりゃあなあっ。いつかは無理が来るよ」


朝から鳴り出したテレビ局の電話は夕方まで続く。アイドルあみの影響力の大きさの証拠である。


「ホホッ~たまたま倒れただけでニュースか。まったく芸能界とは摩訶不思議なものだ」

社長はテレビ芸能ニュースを斜に構えニヤニヤである。


「失礼いたします。各社の芸能記者さまがタレントあみについて社長さまのコメントが欲しいと電話でございます」


社長の意見が聞きたい。あみの病状が悪化した理由はなにかと聞きたい。


テレビクルーを同席させるからあみを記者会見会場に引っ張り出して欲しい。


「芸能記者か。秘書の君が適当に対応をしてくれたまえ。記者会見?なんと大袈裟な話をするんだ」


芸能ニュースのキャスターはプロダクションの体質に問題があるのではないかと好き勝手なコメントを並べ立てる。


「こいつは取材もなしでピーチクパーチク言いやがる。なにも過労で倒れました。プロダクションが過密スケジュールをこなさせたことが原因ですから。などと社長の口から言わせたいのだろう」


テレビを見て賢明な秘書は承知いたしましたと社長室を出る。


「もしもし社長は多忙のためお話は私がお伺いいたします」


秘書が電話口に出ると立て板に水である。すらすらと当たり障りのない芸能ネタを話し出す。


「わが社にタレントはあみだけではございませんわ」

売れないタレントを雑誌やテレビに起用してくれましたらあみの病状などを教えますわ。


「ヒェ~司法取引ならぬ芸能取引を仕掛けてくるのかい。秘書さんはいいから新しい社長さんとやらを出してくれよ」


のらりくらり堂々巡りを繰り返すだけである。


いずれ記者は秘書は取り次ぐ意思はないと判断し諦めるしだいである。


「マスコミは簡単に操作できるんだが」


社長としての悩みは二人羽織りダブルプレーである。諸経費の高騰はいかに押さえ女の子の処遇を整えるべきか。


「二人が二人今のままでいける保証はない。さらに稼ぎ手であるアイドルのままではいられない」


二十歳を越えてアイドル路線を踏襲することは危険だった。


「いずれの日にかマスコミに二人羽織りは嗅ぎつかれスキャンダルになる」


バレた際にマスコミやあみのフアンはどう反応を示すか。


ヤングアイドル路線に見切りをつけなければならない。


妖艶な雰囲気で売り出さなければフアンは離れてしまう。


「歌手が歳を喰いアイドルの転換期が迫ったという話さ」


長年流動激しい芸能界に身を置く男である。全盛期を過ぎパタッと売れなくなるタレントの末路をいくつも見てきた。


アイドルあみの売り路線は今がピーク。最盛期の峠をそろそろ越えていくのではないかと嗅覚が働く。


「全盛期のアイドルから大人の女に脱皮する時期が来ている。うまくプロダクションがバックアップしプロデュースできれば彼女の芸能生命は伸びる。二十歳から三十路辺りまで場末の演歌歌手にならず辿り着けそうだ」


漠然としたアイデアが浮かぶと社長は内線で秘書を呼び出す。


自分の中で意見が統一を見た。専門家にアドバイスを聞いてみたい。


「申し訳ないが連絡が取りたい。急がないから。先方も忙しい身だから午後になっても構わない」


コーヒーを頼む。受けた秘書はかしこまりましたと返事をする。


「ご用件はわかりました。社長さま。コーヒー豆は昨日海外駐留の特派員が持参されましたわ。私もどんなふくよかな味か楽しみでございます」


秘書はコーヒーの話しかしない。賢明な女は社長のプロダクションのショービジネスにタッチはしないのである。


救急車で搬送されたアイドルあみ。二度も倒れたことから精密検査を受診してみる。


「健康面に不安のある娘さんだったら既往症でさして気にならないが」


マネージャーから提出をされたあみの健康データはこれといってNG項目はなかった。


「貧血症が疑わしいが数値は許容範囲にある。となると肉体的な疲労と精神的ストレスだな」


救急医はさらさらとカルテを書く。あみの点滴が終われば内科に委ねるだけである。


「売れっ子アイドルは大変だな」


売れっ子さん


アイドルさん


うん?


救急医は貧血の原因として"妊娠"を疑ってしまう。


「まさかっ(妊娠とは)思うが」


妊娠判定薬をナースに命じてみた。


ベッドに横たわるあみ。ぼんやり天井を眺めてしまう。


「まだ頭がフラフラしてしまうわ」


細い腕につながる点滴は静かに落ちていく。


精神的に落ち込むあみを元気づけるのがマネージャーの責務である。


新しくついたマネージャーはあみに感情移入することもなくドライなものであった。


「担当の医師が仰るには2~3日の安静で大丈夫だそうです。ベッドで点滴を受けていたら快復に向かうとのことです。2~3日ですか。困りましたね」


スケジュールにドカッと穴が開くのである。マネージャーはベッドに横たわるあみを疎ましく感じるだけである。


アイドルあみがダウンし入院をしている。


ならばダブルプレーの女優amiは元気にドラマ撮影に出演していてはならなくなる。


東京近郊でドラマロケの女優amiは急遽"病気療養"をせざるをえなくなる。ふたり一役は運命共同体である。


「まったく困ったことだぜ。これだから隠し事は困るんだよ」


ami担当のマネージャーは舌打ちである。ドラマクルーには病気療養を名目にして謝りである。


「あみちゃんって朝のワイドショーで倒れたんだろ。何だか変じゃあないか」


朝に倒れたはずのあみ。それが元気な姿でロケ現場にいたのである。


「ワイドショーで倒れたのは何らかの演出なのか」


amiをロケに出さないマネージャーにドラマクルーのスタッフは詰め寄る。


「はあっあみは芯の強い女の子でして。スタッフの皆様には迷惑をお掛けできないと(から)元気を見せてしまいました」


ダブルプレーを見破られぬため嘘をつくマネージャーである。


「まったく嫌な役回りだ。こんなタレントのために僕が頭をさげなければならないとは(情けない)」


大学を出て華やかな芸能界に憧れてプロダクションに就職をした若いマネージャー。さして賢くもないタレントのためにそこらここらで頭をさげ謝って歩く。


プライドが許さないとはこのことであった。


「どうやらこのタレントのマネージメントはやりたい仕事とはかけ離れているようだ。華やかな芸能界を夢見る立場としては関わりを持たないに越したことはない」


女優amiをロケ地にひとり置き去りにしたままマネージャーは東京へ帰ってしまう。


歌手あみの都合から仮病を決め込みなさいとマネージャーから指示を受けたami。ホテルの一室で他のスタッフに見つからないようひっそり隠れていた。


「朝の生中継であみちゃんが倒れたんだ。病状はどうなんだろう」


携帯サイトを開き芸能ニュースを見てみる。でかでかとアイドルあみの記事が載る。ニュース・アクセス・ランキングNo.1であった。

「やだぁ~アイドルあみちゃんは倒れて入院していますって」


歌手あみが病気療養のためフアンの前に姿を表さないとなると。


「私は当分姿を表せないじゃあないの。えっ~やだぁ」


今収録しているサスペンスドラマはamiのシーン撮影前でロケ進行ストップである。


「ダブルプレーの片割れが病気だから。私も病気にならなくてはならないわ。元気な姿を見せることができないなんてつまらないなあ」


amiとしてはこれからの身の振りをマネージャーに相談したくなる。


「あみちゃんがいつ復帰をするのか知りたいわ。それまで私はどうしたらいいの。テレビプロデューサーに迷惑を掛けたくないなあ」

ホテルの一室で療養していることになっているアイドルあみ。amiは手持ち無沙汰から電話をしてみる。


ツーッツーッ


マネージャーの携帯を呼んぶ。


アレッ?出ないなあ


amiがマネージャーを呼び出し電話に出なかったことは一度もなかった。


タレントのマネージメントが仕事である。タレントと連絡が取れないなどあってはならないことである。


「メモリーがおかしいのかな。違う番号につながったのかな。変だわ」


ツーッツーッ


呼び出しは大丈夫。発信音は鳴っている。


ツーッツーッ


マネージャーの胸で携帯は鳴り響く。なんだいっと面倒くさそうに取り出しディスプレイを確認する。


「なんだっ誰かと思ったら」


発信は頭の悪いジャリタレじゃあないか。ふたり一役の間抜けな芸当をしでかしているちゃちなタレントだ。


ツーッツーッ


「やかましいなあ。いくら鳴らしても無駄だ。早く切れろ。しつこいガキだなあ。出るつもりなんかないんだ」


何度もしつこく鳴る携帯。ガバッと床に叩きつけたくなる。


「だからオマエなんかの子守りは嫌なんだよ」


鳴っても出ない携帯に女優amiはすがる思いである。

仮病で一室に閉じ籠ることはよいがいつまでここにいるべきなのか。ドラマロケ班のスタッフにどう対処したらよいのか。


すべからくマネージャーの指示を煽らなくてはにっちもさっちも立ち行かない。

リーンリーン


ホテルの内線が鳴る。


amiはひょっとしたらマネージャーからかもしれないと思う。


「ハイッあみです」


内線はホテルフロントクラーク(予約係)であった。


「お客さまに申し上げます。ご準備はよろしいでしょうか。お車は必要ございませんか」


準備?車?


クラークは事務的にいい続ける。


「宿泊のご予約は昨夜まででございます。まもなくチェックアウトの時間が参ります。お荷物などございましたらエントランスにハイヤーをお呼びいたします」

チェックアウトをして欲しい。


今の部屋は予約済みであるから早めに明け渡してもらいたい。


「ちょっと待ってください。ホテルの滞在は番組ロケが終了までですわ。今から出なさいなんて。おかしいではございませんか。なにかの間違いではございませんか」


クラークが予約ミスをしているのではないか。


「予約にミスでございますね。いいえっ。間違いございません。その証拠に」


amiのマネージャーがじきじきにフロントに現れていた。


「お客さまの宿泊代金をキャンセルしていらっしゃいます。ホテルといたしましてはお預り金をすべて現金返済をさせてもらっております」


マネージャーが予約を取り消している。


「そんな!おかしいですわ。なぜキャンセルをしなくてはならないの」


クラークは金を支払うのなら連泊を考慮すると付け加える。だがamiは現金はおろかクレジットも手元になかった。


「マネージャーさんはどこにいらっしゃいますか。私ではお金の話はわかりません」


わかりませんと言われても

「お客さま。申し訳ございませんが一旦チェックアウトさせてもらいます。幸いに部屋は他にございますから」


再度チェックインをされたら問題はありません。


お客さまはアイドルタレントのあみさまでございますから。


スイートルームは明け渡して欲しい。いくらタレントであろうが金を支払わない者には退去をして欲しい。

上客のためにスイートはある。早めにクリーニングに取り掛かりたい。


「そっそんな!私は病人なんですよ」


今のこのことロビーに出ていったらロケスタッフやフアンになんと申し開きを言えばいいのか。


途方に暮れたamiはベッドにうつ伏せ泣けてしまう。

可愛いいアイドルになりたくて芸能界に入ったのに。今の体たらくさは情けない。


アイドルあみのダブルプレーヤーではいつまで経っても浮かばれない。


「先代の社長さんは私たちをちゃんとしたタレントとして扱ってくれたわ」


有能なマネージャーをamiにつけ女優稼業に打ち込めた。


それが社長の交代劇をみた瞬間から酷い仕打ちばかりである。


もう辞めたいなあ


「アイドルあみはふたりいるの。だからamiが辞めてもなんらトラブルはないはずよ」


中高生の熱烈な支持を受けスターダムにのしあがっていくアイドル。


アイドルを演じている女優amiは悔し涙を流しだんだんと度胸が決まってくる。

お世話になるテレビ局のデレクター。amiのことをなにかと気に掛ける心優しい中年男である。


アイドルあみのダブルプレーのからくりを告白したくなる。


「デレクターさんに相談したらいいかな。親身になってくれそう。話してしまえば楽になれるかな」


amiは泣き腫らした顔をメイクし携帯を取り出してみる。


「おおっ誰かと思ったら」

電話口のデレクターは柔らかな物腰でamiを受け入れた。


「からだはもう大丈夫かい。朝のワイドショーで倒れたことを僕は知らなかったんだ」


歌手あみが朝に倒れロケに加わったと思っている。


「そんなことを知らなかったとは言え無理をさせてしまった」


今の体調は?


ベッドに寝ているだけで大丈夫か


医者を呼ばなければいけないのではないか


優しいデレクターはなにかと気遣うのである。


「ありがとうございます」

amiははらはらと涙がこぼれ落ちる。


「うんうん早く元気にならなくちゃね。ドラマロケはあみちゃんのテイク(撮影)を飛ばして進行させることにする。ちょっと脚本を書き直せば済む話さ」


amiに気を使わないようにと配慮である。


「あのぉ~デレクターさん。折り入ってお話があります」


私っデレクターさんにどうしてもお話したいことが…

消え入りそうなか細い声。デレクターは最後まで聞き取れなかった。


「うん?なんだろ」


電話を終えるとデレクターは心配になりamiの部屋をノックした。


タレントあみの所属するプロダクション。


歌手あみが生中継で倒れたことが尾を引きフアンから苦情の電話である。


アイドルあみちゃんにもしものことがあったらどうするんだ


「おまえのプロダクションはかわいこちゃんをコキ使うのか。本人がからだが疲れたとか言っても休ませないのか」


社長を出せ!あみちゃんに温情のない社長なんか首にしろ


「聞けば新しい社長だそうじゃあないか。あみちゃんが可愛くないそうだな。なんか恨みがあるのか」


歌に女優にと働かせ過ぎだぞ


「生中継で倒れたのにテレビドラマに出演させるのか。休ませてやれよ」


会社の電話はひっきりなしに鳴り響く。事務員は全員対応にぼわれ通常の業務がまったくできない。


「社長に頼んでなんとかしてもらいたいなあ。これでは他のタレントさんにも迷惑が掛かる」


プロダクションの中はてんやわんやのパニックである。


社長を出せという苦情電話を察知した当の本人。早々と避難である。


君子危うきに近寄らず


「いやあ参ったよ。タレントが倒れたぐらいでギャアギャア騒ぎ立てるなんて」


社長は後を秘書に託し会社からすたこらさっさ。旧社のプロダクションに逃げ込んでしまう。


「あれもこれも諸悪の根源はタレントのあみだ。あの厄介千万な(やから)がいるからトラブルになる」


嗅覚鋭いマスコミならば二人羽織りのカラクリを見つけるに違いない。


「二人のあみがばれたところで問題になどなりはしない」


社長は鼻息荒く断言をするが。


リーンリーン


社長の携帯が鳴る。携帯番号は秘書を含むごく少数人しか知らせていない。


ディスプレイを見たら知らぬ電話番号である。良からぬ胸騒ぎがする。とりあえずは黙って出ることにする。


「バカヤロー社長!テメェ~なに考えていやがるんだ」


出ると同時に罵声を浴びてしまう。一般人がどうしたわけか電話番号を知ってしまった。


あみのフアンが怒りから非公開の携帯まで来てしまった。


「もう嫌だ。我慢ならぬぞ。経費は掛かるわっ機密事項だわっと神経がすり減るタレントだ。僕は堪忍袋のなんたらが切れてしまったぞ」


怒った社長はアイドルあみのからくり二人羽織の秘密を暴露して楽になってしまえと自棄(やけ)になる。


「歌手あみ。女優ami。あんな芸能に毛の生えたようなタレントに尻尾を振るなんて。ついたフアンなんか一過性のことだ。あみが歳を取れば自然とファンなんか離れてしまう」


今が筍でありアイドルのピークだ。これから歌手あみはよほどうまい楽曲に恵まれない限り売れなくなる。

「騙されているアイドルあみのファンよ。二人のあみの好きな方を勝手に選んでくれ」


その点女優amiは芸能的にも価値があるような気がする。


歌手は時代の流れにうまく乗るならば流行歌になれるがCDを出してみなければわからない。かなり博打的な面がある。


「女優amiは映画ファンの雑誌『キネマ新報』で常に安定した人気を誇っている。第六感的な発想だが三十路に向かって女っぽさを醸し出していけば大女優になれるかもしれない」


女優amiは"金の成る木"であり"金の卵を産み続ける"良質なニワトリである。


怒りにまかせた社長のハラは決まっていく。


"価値があやふやな歌手あみはいらない"


"二人羽織の茶番劇はいよいよ幕を降ろしてもらう"

秘密はマスコミにバラシてしまえ。アイドルあみは歌手あみと女優amiは完全分業でテレビに映画に現れているんだぞ。


「さっそくマスコミを呼んで発表してしまえ。もうこんな茶番(劇)に付き合ってなんかいられるか!バカバカしい」


プロダクションのオフィスは煩雑である。机の上のパソコンを操作しようかと書類をごそごそ片してみる。

ハンディ型マウスを見つけると画面をプロダクション業界のサイトにクリックをする。


「マスコミ各位さまへ」


勢いである。怒りの勢いだけである。芸能ネタをスキャンダルが好きな記者らに暴露しようかとする。


二人羽織のダブルプレーはいよいよ白日の許に晒されてしまうのである。


クリック


クリック


カチャカチャとキーボードを叩く音だけが響いている。


「マスコミの皆様。我がプロダクションから重要なお知らせがございます」


社長の名前を明記しプロダクション主催者の会見を開く用意があるとした。


「後はe-mailでフアックスで雑誌記者らに流してやるだけさ」


非公開な話を記者らに教えることは快感である。後先を考えず怒りをもってはたぶんな後悔も含まれる。


社長は仕上げた文章を読み返す。目でゆっくりと一文ずつ追いかけてみる。


「アイドルあみは二人いる。ひとりは歌手あみ。ひとりは女優ami。ファンは騙されているんです。先代の社長の考えたカラクリのひとつ。茶番劇なものさ」


再度読み返す社長。これだけ暴露してしまえばアイドルあみは人気急降下間違いないところである。


うん?


待てよ


アイドルあみはあみで良いんだが。


歌手だけ失脚して欲しいんだ


歌手あみは消えてくれ


女優amiは存続しよう


時間の経過とともに冷静沈着さを取り戻していく。社長はカッとなった自分を恥じていく。


「考えたらマスコミに開けっ広げな暴露はまずいな。片方だけ(ないがし)ろにするだけで充分な話だ。これだけあからさまにひけらかせて最悪なやり方だ」


暴露の文面をつらつら眺め腕組みをする。メール&フアックスを流したら取り返しのつかない事態に陥る可能性がある。


「カッとなったことがいけないな」


大人げない自分を知り画面をスクリーンセーバで隠す。


※暴露をする文面は一旦パソコンから消え失せデスクトップメモリーの中に保存をされた。メール送信をクリックひとつでマスコミにぶちまけられる状態であった。


数日後のことである。


プロダクションに一本の電話が入る。女優amiについて折り入った話がしたいと丁寧な口調である。著名なテレビドラマのディレクターの名を告げた。


「はいタレントのあみでございますね。(女優のamiだわ)」


歌手のあみも女優のamiも事務員の立場ではどのようなスケジュールで動かしてあるかわからない。


「申し訳ございません。スケジュール管理はマネージャーに直接聞かれませんと。コンタクトを取っていただけませんか」


プロダクションは大雑把なスケジュールは把握しているが明日や昨日のタレントはマネージャー任せである。


「アハハッ事務員さん冗談がキツいなあ。いつも対応してくれる女子事務員じゃあないね。そりゃあ愉快だアハハッ」


ディレクターは高笑いをしてしまう。


笑われた事務員は不満げであった。常識的な答えをしたまでである。


女優amiは担当のマネージャーに見捨てられたのである。amiの投宿するホテルの宿泊代は猫ババされamiのために使うクレジットは枠いっぱいに現金は引き出されていた。


「そのマネージャーとやらを出してくださいよ。お逢いしたいなあ」


ディレクターはピシッと語気を強めた。


「奴の携帯は通じないですよ。試しに掛けてごらんなさい。行方がわからなくなって数日ということかな」

amiのマネージャーが行方不明になりプロダクションに不利は被られてはいないか。


事務員はどぎまぎするばかり。社員の一人が行方不明は会社自体が知るよしもなし。


「よく調べてくださいよ。金庫の中身だとか有価証券の束だとか」


マネージャーは失踪の際に手癖の悪いことをしていた。


女優amiのロケ宿泊のホテルは日程いっぱい先払いである。それがいつの間にかキャンセルされ現金化である。ホテルのスィートは高額である。


amiの芸能活動のため諸経費支払いのクレジットカード。化粧品や役作りのための小道具はその場その場でマネージャーが調達しなくてはならない。


「クレジットは3~5枚やられていませんか。限度枠いっぱいに引っ張り出されたらかなりのまとまった金額になります」


ディレクターは取引先でクレジットや寸先詐欺をやられた経験がある。古典的な手口は今の時代も充分に有効であるらしい。


まったく暢気なプロダクションだぜっと舌打ちをしたくなった。


「一介のテレビディレクターだが社長さんにお逢いしたいですよ。アイドルあみちゃんのプロダクションだから折り入ってお話がしたいんですよ」

ディレクターがあみを口にする。事務員はそういえばとスケジュールを画面でクリックしてみる。


女優ami…テレビドラマ・ロケ収録。月末まで地方滞在。他のスケジュールは歌手あみに回すこと


子細な日々の業務連絡は空欄である。日報の形でamiのマネージャーから近況報告をもらうことになっている。


「あらっなにも書いてないわ。連絡がないのはおかしいわ」


事務員はディレクターを社長秘書に回すことにする。なんとなく胸騒ぎがしてしまった。


「やあ誰かと思えばディレクターじゃあないか。久しぶりだな。君の辣腕ぶりは重々承知しているよ。ウチのamiに適役をあてがってもらえて嬉しく思う」


有能なディレクターの才覚をまずは褒めあげる。だが穏やかな社長の声と裏腹に心中は疑心暗鬼である。


一介のテレビ局のディレクターごときが勢いのあるプロダクションの社長にあれこれ言うとは。


格の違いである。ディレクターならば会社の部課長クラスが対応で充分である。ましてや女優amiの処遇の話というではないか。


多忙を極めるプロダクションの社長である。所属タレントのひとりひとりいちいち耳に入れていては身が持たない。


「ああっamiのことなら宣伝部長が適任だろう。そちらに(電話を)回すから」


杓子定規で電話を切りたい。


「おっと社長さん。そいつはまずいな」


切るのは話を切り出してからにして欲しい。


「うーんそれだったら(折れて)手短かに頼む」


一分一秒が惜しい社長業である。


ディレクターは番組編成企画書のごとくつらつらと話し始める。他人を説得して説き伏せることは得意中の得意である。


「社長さん知ってますよ。いやあっお見事なことだ」

ディレクターの真意が計りかねない。なにが言いたいのか。


「二人羽織とはねぇ。カラクリ人形という話ですよね。よく考えつきましたね。最初聞いた時はビックリしましたけど」


ドキッ


二人羽織(ににんばおり)


カラクリ


女優amiについて話がある

「なっなんだ君っ」


この若造のディレクターはアイドルあみを知っていると言うのか。


と言うと…


マスコミに暴露するぞっと脅しをかけてくるのか


「まあまあ社長さん。お気楽にしてくださいな。聞いておいて損失を被ることはないですから」


気楽に?


損失しない?


こいつ金を請求するつもりなのか。アイドルあみを餌にユスリを働くつもりか。

社長は背筋がゾォ~と凍りつく。いくら請求するつもりなんだ。


「……」


社長は目の前が真っ暗となる。なにかとトラブルメーカーあみとamiだった。


「まあ社長さん。気を確かにされて聞いてください」

女優amiはホテル代金未納となり困ってディレクターを頼ってきた。


「そちらのマネージャーが猫ババを決め込みましたね。大変有能な方でしたらしくきれいにやられてしまいました。事実を把握されたら早めに警視庁に通報を願いますよ」


マネージャーが猫ババ?


初耳である。社長は失踪を把握していなかった。


「女優amiちゃんからすべて聞きましたよ。いやぁ~長年このテレビ業界にいる僕ですがアイドルあみちゃんのカラクリは気がつかなかったなあ」


女優amiはいつもセリフを丸暗記し演技力に申し分はない。テレビディレクターから見ても将来の大物女優の片鱗が見て取れた。


社長はあんぐりと口を開けて驚くばかり。恐喝をされてしまうのかと金計算をすぐさましてもいた。


数百万円なら社長決済で自由にはなる


「アハハッなにやら余計な心配をさせてしまったかな。ご安心してくださいな」

ユスリではありませんよ


「ついては社長さんの意向をつぶさに知りたいんですよ。僕の担当するサスペンスドラマの枠にアイドルあみちゃんを出演させたいと思いまして」


二人羽織のダブルプレーをドラマで演じさせてやる。

「主演はアイドルあみちゃんですよ。出演者には歌手あみちゃんと女優amiちゃん」


うん?


主演する


アイドルあみ


歌手あみ


女優ami


社内でもマル秘事項で隠しているあみのカラクリ。ズバズバと社内秘密を他人から言われているとはいかなことか。


「社長さん潮時ではないでしょうか。暴露してしまいましょうよ。アイドルあみちゃんも二十歳を越え大人の雰囲気を売りにしていかなくてはね」


今のあみの人気を保つには売れ残り作戦を講じなければならない。


かわいいだけのアイドルから大人の実力派へ脱皮する成長過程にある。


この手のモデルチェンジをプロデュースすることは得意であると強調した。


「僕個人の意見としては。まあ社長の意向に添うかどうか」


ディレクターの昵懇とする売れっ子作家に脚本を書かる。


「あみとamiのダブルキャストを具現化しお茶の間に提供をしてしまうんです」

ディレクターは止まらない。このアイデアのドラマはかなり自信があった。


「売れっ子作家から本が仕上がり次第ただちに収録ロケに移ります」


マスコミがダブルあみの存在に気がつくのは時間の問題だ。一刻も早くクランクインをしてロケをスタートさせたい。


「社長さんどうですか。ひとつ乗りませんか。聞けば悪い話ではないでしょう」

ダブルキャストと銘打って二人羽織はテレビドラマに主人公として仕立てあげる。


「つまりこのドラマによってあみの本当の正体を世間様に知らせてしまえっという魂胆だな」


しっかりした脚本キャストであればテレビドラマはスポンサーがつき視聴率も稼ぎ出せる。


「長年この世界にいる僕が高視聴率間違いないと太鼓判を押します」


このドラマがヒットすればふたりのあみはそれぞれお茶の間に市民権を得て個々のタレントとして活動の道が拓かれるかもしれない。

この一本の電話がきっかけとなりドラマの話は実現性を帯びてくる。著名なシナリオライターに脚本を依頼をし受理をされていた。


ディレクターの許に身を寄せる女優amiはドラマ化の話しに複雑な思いである。

「私がアイドルあみの一人と名乗り出るわけですね」

ディレクターに説得されるまでは女優amiはアイドルあみを辞めるつもりであった。


芸能人として映画やドラマの女優は大好きなami。しかし私はアイドルあみであって女優amiは世を欺く姿。


ディレクターはamiを慰めてみる。才能ある女優amiが芸能人であるために最大の努力を取り持ちたいのである。


「amiちゃんよく聞いて欲しい。このドラマはアイドルあみの身の丈そのままを具現化したいんだ。視聴者がドラマのあみちゃんに感情導入をして同情的になってくれる」


ディレクターはテレビ局が最も力を入れるゴールデンタイムにあみ主役のドラマを持ち込みたい。


「アイドルあみのストーリーは脚本の仕上がりしだいだが」


嘘っぽい創作モノと違いノンフィクションはお茶の間に説得力があり感銘を与えてくれる。


ドラマが会心のヒットをした暁はアイドルあみのダブルプレーは大手を振って街を歩ける。


「僕の楽観的予測だが。ドラマの視聴率アップとなればダブルプレーの先行きが気になるわけだ」


好視聴率を叩き出したノンフィクションドラマの続きをずっと見ていたいのがアイドルあみのフアンである。


「嘘か現実かと見間違えて欲しいんだ。テレビマンとしては常にお茶の間に流れる様々なメディア帯の中にアイドルあみちゃんのノンフィクションな何気なく然り気無くあることが重要なんだ」


女優amiはそのままアイドルあみとして主演で登場をしていく。


「アイドルあみとして精一杯の努力を頼む。君は将来は大物女優になる期待がかかるんだ。このドラマをステップとしてどんどんアカデミー賞に近づいていけ」


ディレクターは女優amiに相談を受け感情移入が著しいようである。


ダブルプレーの歌手あみはどうしていたか。


こちらはこちらで新社長の腹づもりがわからない。不安な顔をして歌を唄い出演者に要らぬ心配をかけた。

お笑いが必要なバラエティ番組では作り笑顔を振りまいた。


お茶の間のフアンには異様な雰囲気はつぶさに伝わってしまう。いよいよカワイコチャン歌手の年貢の納め時が近い予感である。


ディレクターはそんなあみを理解し連絡を取る。


「ダブルプレーのあみはあみとしてドラマに仕立てるんだ。君が二人羽織りの歌手あみであることをストーリー展開の中で告白してしまうんだ」


ドラマはディレクターとテレビ局の全面バックアップで必ずロングヒットにさせる自信がある。


女優amiは女優の道をamiとして進めるように。


「君は歌手で芸能界をまっとうしたいんだね。その願望を夢を叶えあげようかと言うんだ」


ディレクターはドラマに気乗りしない歌手あみを説得する。


「私がドラマ出演ですか。歌を披露でしたら構わないんですけど」


演技はセリフ覚えは未経験である。


フリフリ衣装で着飾りカワイコチャン歌手を演じるのはあみとして喜びでありプロフェッショナルだった。

女優amiとは異なる女優あみを演じて欲しい。ドラマという虚構の世界で与えられた脚本台本のセリフを覚えて欲しい。


「うーん演技ですか。ディレクターさん私困ってしまいます。私も女優さんにならなくてはいけないのですか」


歌手だけでいく。歌が唯一の取り柄と先代社長から言われていた。


ドラマや映画など端から興味のないことだった。


ディレクターはあみの拒絶に悩みである。不得意な分野を強制してもドラマはうまく収録はできない。


「すると歌手あみちゃんは歌があればOKですか」


歌が主となると…


ディレクターが主導するドラマはテレビ局編成会議に掛けられる。


「私はディレクターとして脚本を見た際にピンっと来ました。今宵のトレンディはこれだっとね」


議決権を持つ編成局長には多大な自信があると力説をした。


「うーんダブルプレーか。ストーリーとしては取り替えばや話やひとりふた役という古典的なやつだな」


だから目新しいことは何一つないじゃあないか。


局長としてはごちゃごちゃした伏線だらけの推理小説は見たくない。


若い女の子が憧れを抱くトレンディな恋愛ドラマをやりたかった。


「局長のおっしゃるとおり古典的な面もございます」

ディレクターはこの編成会議で議決を得ねばドラマ収録に至らない。なんとかして局長を説得せねばならない。


「折り入って局長に提案がございます。局長にはアイドルあみはどのような女の子に見えていらっしゃいますか」


歌にドラマに八面六臂の活躍をするカワイコチャンアイドル。


「まあ今の時流に乗っかったタレントさんかな。歌がさしてうまいとは思えんが」


局長としてはあみクラスのタレントを主役に使いたくないのである。ゴールデンタイムのドラマ主役としては線が細く荷が思いのではないか。


「僕としては一流どころを起用しトレンディなものを提供したいんだ。ひとりが歌手だひとりが女優だとごちゃごちゃしたのは見ているだけで疲れる」


編成会議はディレクターの意見とそれを受け入れない局長が対立をしてお開きを見る。


「困ったな。局長が反対を言うとは思わなかった」


この会議で議決ゴーサインを出さねば番組はできない。ディレクターは直に掛け合い承諾を得ることにする。


「局長に話がございます。若造の私はこのドラマは是が非でも制作をしたいのでございます。お願いいたします。承諾のサインを出してください」


アイドルの秘密を耳打ちした。


「なっなんだと。アイドルあみに密室の秘匿事項があるというのか」


長年テレビ業界にある重鎮。興味のアンテナがピクンと動く。


「君っそれは確かなんだろうね。ガセや風評ではないんだろうね」


秘匿事項はこのディレクターしか知らないと強調。


「直に女優amiが告白しています。今はわけあって私が匿っております」


局長は腕を組み考えてしまう。


「君だけが知っているわけか。秘匿の裏は取れてはいないわけだな」


ガセの可能性ガセ高いぞ


安易にディレクターの口車には乗れぬ


「君の意見はよくわかった。さすがに売れっ子は違うと思う」


だがね。局長の顔は曇りがちになる。


「テレビマンとしてはゴールデンタイムに推理小説はいただけないんだ。二時間枠のサスペンスならいざ知らずだがな」


トレンディに憧れる若い女性はややこしい人間関係については来ない。


ましてやアイドルあみが主人公ドラマ。アイドルに憧れる対象がピントハズレである。


「あみというのは中高生がフアンだろっ。ゴールデンタイムに我が局のドラマを見る可能性は薄いぜ」


同じ時間帯にお笑い番組が裏として燦然と光り輝いてしまう。


「アイドルは歌でみたいわなっ」


局長はポンポンと肩を叩く。視聴率の取れないドラマはゴーサインに値しない。

「だがそれでは君は不満であろうな。ゴールデンのドラマが収録できぬとならば」


局長は日を改めて部屋に来いと命じた。あみが二人三脚で存在をする裏づけが取れてから再度番組編成のテーブルにつこうじゃあないか。


「君のアイデアは尊重をする。ただなあっ」


ドキュメンタリーをトレンディドラマ仕立ては無理がある。すべては真実かどうかの確証を得てからの話にしたい。


「私もテレビマンの端くれだ。お茶の間に親しんでもらえる番組を提供したい」

局長としては冷静に考えてみると二人一役でアイドルとは面白い。しかも演じているアイドルは今をときめく売れっ子である。


「秘匿をドラマで暴露か。いかにも若いディレクターが考えつきそうなシナリオだ」


ディレクターとしては高視聴率を想定し人気番組のシリーズ化を考えているという。


「シリーズにするのか。毎回毎回秘密を隠したアイドルがチャラチャラ出演するドラマ。ストーリー展開が読めてしまえば視聴率はガクンとダウンする」


秘密の暴露は情報社会の発展した現代人にそぐわないと局長は見てしまう。


「裏が取れガセにあらずとなればディレクターに教えてやろう」


局長は携帯を取り出しアドレスを見る。腹心の探偵を選び出す。芸能界に精通し的確な情報をゲットしてくれる老舗である。


リーンリーン


数日後ディレクターの携帯が鳴る。発信者は嬉しいことに局長(の番号)である。

「こんにちはディレクターさまでございますか。私は局長の秘書でございます。局長からの言付けがございます」


局長の話を聞きディレクターは大喜びである。


「本当ですか!僕のプロデュースで。いやあっ光栄の至りです。喜んで受けさせていただきます」


局長は若きディレクターに番組編成を許可した。


「ああっゆっくり聞きたまえ。局長の僕としてはドラマなんたらは不服極まりないんだ」


推理小説並みのトリック仕立てはゴールデンタイムにそぐわない。


「ドラマでは率が取れない。長年の勘というやつさ。その代わりにドキュメンタリーにさせてやろう」


テレビ局が力を入れている日曜夕方放映番組がそれである。


娯楽性のあるドラマとは異なり硬派な番組。日曜のお茶の間はしっかりした知識人も正座をして見てくれる。


「ドキュメンタリー番組は我が局の看板だ。ベテランのプロデューサーが回りもちで番組編成に当たるが」

若いディレクターにもチャンスをひとつあげよう。


「君の追い掛けたいアイドルあみがわかったからな。なんというかな」


動かぬ証拠さえつかめばテレビとしては怖いものなし。


「ドラマはキャンセルにしたまえ。確かに君はドラマ制作が得意だな。だが局長の命令を受けて新たにドキュメンタリーの企画にタッチするんだ」


今からディレクターが案を練りあげる。局長の主導権がある編成会議に掛ければただちに番組制作に取りかかれる。


「年末特別番組に嵌め込みたいんだ。それまでアイドルあみの"身柄"は我がテレビ局が取り込む(撮影に使う)」


年末枠に抜擢される!


テレビマンとして最高の栄誉をもらった。


「局長!ありがとうございます」


ディレクターは深々と頭をさげ局長の真意を知る。また追って局長の秘書から子細な情報をもらう。


「局長さまの申すには」


ダブルのあみは探偵から裏が取れた。歌手あみと女優amiのそれぞれの生い立ちも入手できた。


「我が社の人気ドキュメンタリー番組は人生をいかに生きるべきか。重要なコンセプトになっています」


アイドルになることはなったがフアンに本身を晒せない悩みと葛藤。


「人生訓に近いものがドキュメンタリー番組で出せばと局長は申しております」

秘書から様々な資料を提供もされる。ディレクターにはすべからく宝の山が目の前に出された格好になった。


企画書はノンフィクションであるドキュメンタリーに変更されただちに編成会議の承諾を得た。


「ドキュメンタリーになれば歌手あみは自分の言葉で出演がされる。本人もリラックスしていける」


ディレクターの頭にあるダブルプレーのアイデアはすらすらと文章化され番組の骨子になる。


「よし満足だ」


ディレクターの構想アウトラインを若手サブに手渡し脚本家に校閲を頼む。


後はテレビ番組収録へと流れ作業である。


「さあ脚本台本が仕上がればドキュメンタリーなどできたも同然だ」


テレビカメラが回り出せばこちらの得意分野。腹心amiと歌手あみと素顔のままカメラに収まってもらう。

「局長の御墨付きは緊張をする。だがテレビマンとして満足のいく番組が仕上がればこれ以上の喜びはない」


数日後脚本が仕上がる。


ディレクターは寝食を忘れてカメラを回し編集作業に打ち込む。


主役のamiとあみも同様だった。この番組が放映をされた暁にはダブルプレーあみの呪縛からスッキリ開放をされるのだから。


番組収録は順調だった。番組クルーや出演タレント関係はふたりのあみがいることに戸惑いである。


「まるで双子みたいね。どうかしら。番組で2人のあみちゃんを発表をしたらそのまま"あみペア"で売り出したら」

双子のザ・ピーナッツの再来が理想像。


ディレクターの尽力と番組スタッフの力量でドキュメンタリーは収録をされた。

歌手あみと女優amiの生い立ちから現在までをカメラは冷静に追い掛けていた。

「うんうん確かに力作になる。君の理想は充分に盛り込まれているな。合格点を与えるよ。視聴率も期待できる。年末に向けて番組コマーシャルを打ってやろうじゃあないか」


試写での局長の感想は絶賛である。


テレビ業界は年末年始に向けクリスマスだ正月だと師走の慌ただしさがあった。

その合間を縫ってドキュメンタリーのスポットが流された。


お茶の間の反応は上々である。視聴者は年末ドキュメンタリーを楽しみに待ちわびる。


後はダブルプレーのあみ本人がばれないように予防線を張るのみである。


リーンリーン


あみ所属プロダクションの電話が鳴る。事務員が受けると社長への要件だった。

「ただちに秘書に回します。お待ちください」


電話をかけたディレクターは待たされる。事務員から秘書に繋がり社長である。

「やあっ若手有望株なディレクターじゃあないか。久しぶりだな。どうした?番組は順調か」


社長に番組収録の完成を見たと報告する。


ついては出演者や番組そのもののクレジットに御社のロゴや宣伝用ビデオを附随したい。


「完成したのか。いよいよ年末に放映される。うーん」


あみの真実などプロダクションとしてはどうでもよいことである。社長の意見としては歌手あみが消えてくれ女優amiが残ってくれたらよいのである。


「もうひとつ社長さんにお願いがあります」


ダブルプレーの秘密は年末まで暴露しないように。


ディレクターの電話は切れた。


「年末まで黙っていろか。黙っているもなにも。先代社長から社内だって知る者が少ないシークレットなんだぞ。敢えて話すこともないじゃあないか」


若いなあっディレクターは。


社長は内線で秘書を呼ぶ。ちょっと一服したくなりコーヒーを頼むつもりである。


「はいっかしこまりました」


コーヒー通の社長のために秘書は専門店より豆を買い入れていた。


「社長さま。キリマンジャロの新種でございます」


運ばれたコーヒーは薫り高く味わい深い気がした。


「ほほっ新種か。君の情報収集能力には畏れ入るアッハハ」


普段社長は執務席を離れてコーヒーなどを楽しむ。


「どれどれ。君の自信作はどんな味わいなのかな」


秘書を手招きしながら執務席へ運ばせた。早くコーヒーを飲みたい一心である。

執務席の書類は片手で退かせスペースを作る。秘書にはパソコンのキーボード脇にコーヒーを運ばせた。


「失礼致します。お気に召すかしら。私の自慢種でございます」


カチャン


カタン


書類の山に気を取られた秘書。


あっ!


ガターン


コーヒーカップをキーボードにこぼしてしまう。


「すいません。申し訳ございません」


謝りながらフキンを探していく。


キーボードにこぼしたコーヒーは?


パソコン本体に指令がカチャンと入ってしまう。


社長が送信保留としたメールボックス。


一瞬にして全メールが送信されていく。


あみとamiの秘密の暴露メール。


きれいに芸能関係者マスコミに送られてしまった。


秘書はコーヒーを炒れ直す。社長に熱くて薫り高いキリマンジャロ新種を楽しんでもらいたい。


「うーん薫りがいいね。この豆は直輸入なのか」


社長はお気に召すようである。美味しそうにカップを傾けた。


しばらくしてプロダクションの電話とファックスが唸り出す。


マスコミ各社は社長に真実を確かめたく連絡を入れてくる。


「うまいね君っ。済まないがその豆を少しわけてくれないか。家内にも飲ませてやりたくなったよ」


社長はカップを持ち笑った。褒められた秘書も微笑んだ。


このプロダクションにやがて火の手があがり左前に傾く直前の光景であった。


―完―

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― 新着の感想 ―
[一言] アイドル転落や女神は同じ系統の作品なのでしょうか? とにかく偽と本物の逆転劇は面白いですね! 他の方も言っておられるように逆転後の二人がもっと見たいです! あみが偽扱いされる様やあんなが華々…
[一言] 逆転した二人はそのあとどうなったのか?とても興味があります。ぜひ続編がみたいです。いい作品を読ましていただきありがとうございます。
[一言] その後の二人の生き方がやたら気になる。シリーズ化すればいかがですか?いや、するべきだ
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