無駄遣い
「おや? 今帰ったのは、ご近所の奥さんじゃないか?」
「ええ、そうですよ」
「へぇ、見違えたね。パリッとした服を着て。仕事かい? 保険の販売か何かだったかな?」
「ええ、保険の販売ですわ。最近はどうにも、ノルマがきついらしいんですって」
「ノルマ? きつい? なんだいお前。まさか契約したんじゃないだろうな」
「いえ……あの、ねぇ……」
「したんだな? 情にほだされたな?」
「いいじゃないですか、別に。この年になるまで、一つも入ってなかったんですもの。一つぐらい入っても、バチは当たりませんよ」
「いやまあ、そうだがね。でもお前は、日頃から無駄遣いが過ぎるからな。ちゃんと契約内容は確かめたんだろうな? 無駄なところに払うお金なんて、我が家には一銭もないぞ」
「我が家に無駄なお金が一銭もないのは、いったい誰の稼ぎのせいですかね」
「何か言ったかい? お前」
「何も言ってませんわ。あなた」
「そうかい。ああ、そうだ。無駄遣いと言えばこれだ。また通販で買ったな? この眼鏡?」
「あっ、それは。まぁ、人のものを勝手に持ち出して。親しき仲にも礼儀ありですよ」
「持ち出すも何も、そこらへんに放り出してあったじゃないか。飽きたんだろ? どうにもまた、無駄遣いをしたんだな?」
「その眼鏡は、その……ねぇ……飽きたと言うか、飽き飽きしたと言うか……」
「なんだい、お前? 歯切れが悪いな」
「いえね。掛けたお金に対して、買ったものが、どれほど役に立つか、それか役に立ったかを、判別してくれる眼鏡なんですけどね」
「何だって?」
「ですから。払ったお金分の価値が、それにあるのかどうか、分かる眼鏡なんですって」
「何? 無駄遣いが分かるって言うのかい?」
「簡単に言うと、そうですわね」
「信じられんな。どうやって分かるんだい?」
「その眼鏡で見ると、買って良かったもの程、光り輝いて見えて、無駄遣いしたもの程、暗く見えるんだそうですけど……」
「どうした? 急に押し黙ったりして」
「それが、家中の商品を見て回ったら、みんな真っ黒。嫌になったって言うか、こっちが暗くなったって言うか……それはもう、飽き飽きしましたわ」
「そりゃお前の買い物はな。無駄遣いだらけだろうさ」
「失礼ね。まあ、違いませんけどね」
「だが面白そうだ。どれどれ、俺も試してみるか……おっ、通販で買った健康器具が、一際真っ黒に見えるぞ」
「どれもこれも、三日で投げ出しますしね」
「伊達にホコリはかぶってないか。おっ!」
「どうしました? 嬉しそうな顔して。何かありましたか、無駄遣いじゃないものが?」
「いや、何。この眼鏡そのものが、無駄遣いだろうと思ってね。鏡を見てやったら、案の定真っ暗だ。はは。無駄遣いを見抜く眼鏡が、一番の無駄遣いかも知れんな、これは」
「あなた……それ――」
「あはは。皮肉なもんだね」
「あなた、それ。あなた自身が暗いんじゃないんですの?」
「なっ! 失礼な! ん?」
「どうしました?」
「いや、思わず振り向いたら、お前も真っ暗だ」
「なっ! 失礼な!」
「おっ、でもあれだな。これで宝くじの当たりが分かるかもしれんな。先日買っておいたのがあったな。今度、抽選があるやつ」
「まぁ、宝くじを買ったなんて、聞いてませんわよ」
「無駄遣いだ、何だと言われるのが、嫌だったんでね。どれどれ、おっ、これか……」
「どうです?」
「だめだな、まるで光らない。連番で十枚買ったから、必ず一枚は、下一桁の一番下の等が当たるはずなんだが……」
「まだ発表されてませんしね。そんなにうまい話はないってことでしょう」
「おっ? でも物凄く、輝いてるのがあるぞ」
「何ですか?」
「いやはや、無駄遣いだ、何だと言って悪かった。何だろうね? この輝きようは? 凄い光だ。見直したぞ、お前。さぞかし割りの良い買い物をしたんだろう。眩しいぐらいだ。元手の何十倍も価値があるんじゃないのか、これ? お前にしてはよくやった」
「あなた……これは――」
「おい何だよ。隠すなよ。それだよ。お前が今手に持ってる、その背中に隠した、それだよ。いったい何だい、それ?」
「これは……さっき契約した――あなたの生命保険よ……」