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化け物と少女

作者: 紅依雛
掲載日:2026/04/19

 わたしはある日、生け贄として化け物に捧げられた。


「生け贄とは言うが別に食べようと思っているわけじゃない。話し相手が欲しかったんだ」


 初めて会った化け物に、不味かったらごめんなさい、と言うとそんな答えが返ってきた。


 ◆◇◆


 わたしが生まれてすぐにお母さんは死んでしまったらしい。

 それからお父さんは一人でわたしを育ててくれようとしたが、お母さんが死んで程なく運悪く頭のおかしいやつに殺されてしまったらしい。


 それらはわたしを引き取った人たちに「他人の子を引き取ることになり厄介である苦労」とともに聞かされたことだ。

 人たち、というのは引き取ったのが夫婦であったからではなく、わたしを置く家が頻繁に変わったからだ。

 みんな他人の子を家に置くことを嫌がっているのが子どものわたしにもよくわかった。


 十歳の時にいた家のある町には近くの館にいる化け物に捧げ物をするしきたりがあった。

 捧げ物をする代わりに町には近づかず危害を加えないということらしい。

 今は人を生け贄として捧げていること、次の捧げ物の時期がもうすぐだということ、今回の捧げ物には子どもが化け物から指定されていること、それがわたしを最後に引き取った家の人が教えてくれたことだった。

 その家の人はそれまでのどの家よりもよくしてくれた。

 といってもわたしが引き取られてから生け贄として捧げられるまでの数日のことだけれど。


 館は町から少し歩いたところにある荒れ野にぽつんと建っていた。

 荒れ野は小さな丘になっていてそこからは町が見えた。

 その館の前まで町長と数人の人に連れてこられた。

 町長たちは生け贄が逃げないようにと、足にはめた鎖を杭で地面に打ち付けると逃げるように帰っていった。

 こんなことをしなくてもわたしは逃げないのだけれど。


 町長たちが帰ってから数分経つと、館のドアが開いた。

 出てきたのは頭が骨の化け物だった。

 近づいてきた化け物にわたしは最初に言った。


「不味かったらごめんなさい」


 ◇◆◇


 話し相手が欲しかったと言った化け物はいくつかの部分を除いては人の形をしていた。

 大きな狼とか竜とか魚とかなら食べられる時もひと飲みだろうからあまり痛くないかな、と思っていたので小さかったのは意外だった。


 でも中途半端に人の形をしている分、そうでない部分が余計にそれを化け物として感じさせた。

 まず手。右と左で大きさが違う。右手は普通の人の手だが、それに比べて左手はかなり大きくわたしの頭くらいなら握りつぶせそうだ。色は黒く、質感は見たところつるつるとして無機質な感じがする。

 ただ、大体の形や指の数は人と同じ、また大きいのは手首から先のようで、白いシャツを通した腕は普通の大きさだ。

 次に違うのが、というより人にない部分がある。尻尾だ。わたしの腕くらいの太さの尻尾が生えている。表面は爬虫類のような硬質な感じに見える。

 綿パンツの上の方に穴を開けて履いているみたいだ。


 そして何よりも目を引くのが頭。犬の骨に山羊か羊の角をつけたような形の骨が首の上に乗っかっている。

 シャツから伸びる首は途中まで人間の首だがその一番上が皮膚から骨でできた肉になっていて、そこに骨の頭が付いている。

 隙間から見える骨の中は暗くてよく見えない、ように思っていたがたまにその暗闇が揺らいでいるので黒い霧みたいなものがあるようだ。


「とりあえずその鎖は邪魔だね」


 化け物はその骨頭をぼうっと見ているわたしの足元にしゃがみ込むと、大きな左手の指先で鎖に触れた。

 すると鎖はまるで木くずのように崩れた。


「立てるかな」


 そう聞く化け物にわたしは頷く。

 立って化け物に続いて館の中へと歩いていると化け物が話し出した。


「あの捧げ物も最初は僕が要求したわけじゃなかったんだよ」


 ドアを開けた化け物と一緒に中へ入る。


「かなり昔に僕に対して色々と酷いことをしてきたやつらがいてね。あの町の人間が一緒になってやっていたんだが」


 中は人の住む館と変わらないように見える。

 ただかなり大きな館だ、こんな大きな家に入ったことはないのでもしかしたら金持ちの人が住む館とはすごく違うのかもしれないが。


「ずっと我慢していたんだがどんどん酷くなってね。さすがに怒って一度暴れたことがある」


 化け物に案内された部屋に入ると机と椅子があり、机の上には食事の準備がされていた。

 どうやらここは食事をするところらしい。この大きな館なら食堂ということかもしれない。


「それから町の奴ら、食べ物やら色々と捧げ物を持ってくるようになってね。僕は一度暴れただけで落ち着いていたんだがそれを捧げ物のおかげだと思ったらしい。こちらも欲しいものが手に入るからそのままにしているというわけだ」


 勧められた椅子に座る。

 今用意されたばかりのようでスープも美味しそうな湯気を立てている。


「さあ、食べるといい。それで今回は話し相手として身寄りのない子どもがいれば寄越してくれと要求したんだ。そして君が寄越された。食べながらでいい、君のことを教えてくれるかな」


 わたしはパンやスープを口に運びながらも自分のことを話す。

 目の前では化け物がパンをちぎって骨の口に運んでいる。普通の食事をするのかと少し驚く。


「ふむ、それだと身寄りがないわけではないね。まったく、いなければ今回はいいと言っていたのに。大方捧げなければ子どもを攫われるとでも思ったんだろうが」


 食事を終えると化け物は館の中を簡単に案内してくれた。

 風呂、台所、便所、なんとわたしの部屋まであるという。自分の部屋なんて生まれて初めてだ。


「家のことは僕がするが君も少しは覚えてくれると助かるな。勉強も君が望むなら教えよう。その代わりに君が嫌になるまででいい、僕の話し相手になってほしい」


 わたしは頷いた。


「そうか、ありがとう。では君の名前を教えてくれるかな」

 わたしは自分の名前がないと言った。


 置かれた家ごとに色々な呼び方はされたが親に付けてもらった名前は知らない。もしかしたらないのかもしれない。


「名前がないのは不便だな。では僕は君をゼルベラと呼ぼう。僕の好きな花の名前だ、どうかな」

 わたしはそれでいいと頷いた。名前はないよりはあるほうがいい。

「よし決まりだ。ではゼルベラ、これから君が嫌になるまでよろしく。僕はフロスと言う」


 そして、わたしと化け物――フロスの暮らしが始まった。




 フロスは家事をしっかりしているようだった、化け物が家事をするというのも変な話だと思ったのでそう言った。


「何も変なことはないさ。きっちり管理しているからこそこの館に長く住んでいられるんだよ。手入れしなければ物はすぐに駄目になる」

 そういうものなのか。わたしは家事をよくさせられたが知らなかったと言った。

「なるほど、君が十歳かそこらの割に優秀だとおもったが色々働いてきたのだね。ではこれからは今までと違うことを知るといい」


 それから家事は分担することになった。

 フロスは家事をするかたまに買い物に行く以外は本を読んだりしているようだった。

 わたしが来てからはわたしにたまに勉強を教えてくれたり話すことができて楽しいとフロスは言った。


 館は荒れ野に建っていたがその裏手にはひとつの綺麗な湖があった。

 夜はそこで横になり星空を見るのがフロスのお気に入りのようだった。

 季節によって見える星座が違うのが面白いんだとフロスはよく口にした。

 わたしも一緒に横になって星空を眺めていた。するとフロスが星の話や星座について色々と話し始めるのだ。毎日、色んな話を聞いた。

 この日もフロスと横になり、わたしは星座について話す声を聞いていた。


「ししのおおがまは分かったかい? そう。ならその一番下にあるのがレグルスという星だ。小さな王という意味だよ」


 フロスはいつも楽しげに話をする。


「大三角は昨日話したね、一番右の星がデネボラ、獅子の尾という意味だ。さっきのおおがまと繋げてこう見ると……」


 フロスの大きな左手がわたしの視界に合わせて星をなぞる。


「これがしし座だ。神話に出てくる獅子だよ。十二の試練を果たした勇者、その最初の試練で戦った相手だ」


 星座の話をするときは神話の話がよく出てくる。

 わたしは神話はあまり知らなかったがフロスはひとつひとつわかりやすく話してくれた。


「弓が効かない獅子に勇者はこん棒でなぐりつけ、最後には倒したんだそうだよ」


 そしてわたしが眠ってしまうとフロスは館までわたしを運び、部屋のベッドに寝かせて毛布をかけてくれるのだ。

 わたしは館に来てから多くの夜を星空の下で眠った。


 フロスは星空をはじめとする自然がとても好きらしかった。

 星以外にも花や木、動物たちについてもフロスは色々と話した。

 自然以外にも人のつくる物、文化とフロスは言ったが、それもまた良い物だと話した。

 フロスはこの館が好きでずっと住んでいるがたくさんの本や新聞で世界のことを知っているらしい。

 何年かに一度は世界を巡って自分の足で旅をするともいう。

 星座の由来である神話、動物の暮らし、花につけられた言葉、遠く離れた国の料理、様々な話をするフロスは世界を愛していた。


 館に来てどれくらいたった頃だろう、いつものようにフロスと湖のほとりで横になり星空を眺めているときにふと彼が言った。


「僕はこの世界が大好きで人も人の作る文化も好きだ。だから色々なことを知って、君に話している」


 星空を眺めながら、耳に彼の言葉だけが届いていた。


「君はとても聞き上手だから好きなものの話をするのはとても楽しい。でもたまにはゼルベラの話を僕が聞くというのもしてみたいんだ」


 わたしは彼の声を静かに聞いていた。


「君の好きなものはなんだい、よかったら聞かせてくれないか、ゼルベラ」

 わたしは、少し黙って、それから話した。好きなものの話を。

 人が嫌い、人のまちも嫌い、人のつくるものも嫌い、人のつくったものであふれた世界も嫌い。


 そう言ったわたしを見て、空を見て、彼はしばらく押し黙った。

 そして彼は表情の変わらない骨の頭で微笑んだ。わたしはその頃には骨の表情を読み取ることができるようになっていた。


「そうか」




 それから数日後の夜、彼はまた世界を巡る旅に出ると言った。


「だけれど僕の旅はこの化け物の体に任せた無茶な旅ばかりでね、君にはとても同行できるようなものではないんだ」


 小さなトランクに服と本だけを詰めながら彼は話した。


「君はここを出てどこへ行ってもいい、自由だ。待ってくれるというのなら僕は嬉しいけどね」

 わたしはここを出るつもりはない、待っているがその間が暇だと言った。


「そうか、いや嬉しいよ。でも暇か、そうだね」


 そして彼は一つの提案をした。


「僕の魔法で君を眠りにつかせよう。君の時を止めた眠りだ。何年眠ろうと歳は取らず体は朽ちない。そして君は眠っているわけだから暇にもならない」

 それはいいとわたしは言った。


「ただし、この魔法は何年で解けるかわからないんだ。少なくとも一年は解けないが五年かもしれないし十年かもしれない、もしかすると百年なんてことあるかもしれない」


 それは少し困るとわたしは思った。

 起きたときにフロスがいればいいがいなければ暇だしあまりに時が経っていると彼が死んでいなくなっているかもしれない。

 わたしがそれを言うと彼は笑った。


「それは大丈夫だ、魔法は何年かがちょうど経った時にしか解けないし、僕は不老不死の化け物だからね。一年ごとに戻ってきて君が目覚めるのを待っているよ」

 それなら安心だ。ぜひその魔法をかけてほしい。わたしはそう言った。


「わかった。ならば君の寝床を決めよう」


 そして彼とわたしは館を出た。

 歩きながらわたしは彼が魔法を使えるなんて今まで知らなかったと言った。


「ああ、普段は使わないんだ。僕は不老不死だが魔法とは命を削るものでね、大きすぎる魔法を使ったり、そうでなくても使いすぎると不老不死の僕でも死んでしまうんだ」

 わたしはフロスの命を削るなら魔法はいらない、暇でも一人で待つと言った。


「心配してくれているのかな、でも大丈夫だよ。これくらいの魔法なら人間だと寿命が短くなるだろうが不老不死の僕には影響はないよ」

 本当かとわたしはきいた。


「本当さ、今まで僕が嘘をついたことがあったかい」

 彼は一度も嘘をついたことがなかった。

 わたしはそれならいいと頷いた。


 外はとても晴れていて、星がよく見える夜だった。


「ここならどうかな」


 彼が言ったのはいつも星空を見た湖の前だった。

 いつものように二人横になりながらの話だった。


「この湖のほとりに君を魔法で眠りにつかせる。そして僕は一年ごとにここへ戻ってきて君の横で待っていよう」

 わたしはここなら星空を眺めながら眠りにつけていいと頷いた。


「では、行ってきます、おやすみゼルベラ」


 彼がそう言ってわたしを横たえると星空を眺めながらわたしは眠りに落ちていった。



 ◇◆◇



 目が覚めると眠りに落ちる前と変わらぬ星空があった。

 ちょうど一年というのは本当だったようで星空からわかる季節は眠るまえと同じだった。

 起き上がると湖のほとりから見えるあたり一面の景色が変わっていた。


 黄色の花、花、花。

 一面が黄色の花で埋まっていた。

 わたしはその黄色の花畑の中で眠っていたらしい。

 彼に教わった中にこの花もあった。確かガーベラという花だ。

 わたしにつけてくれたゼルベラというのは彼が好きだと言ったこの花を他の国の言葉で言ったものらしい。


 そうだ、彼は。

 わたしは周りを見渡した。

 彼がいない。

 わたしが目覚めるときには横にいると言ったのに。

 わたしは立ち上がり辺りを歩き始めた。


 館の前まで来ると町が見えた。

 いや、町があった場所が、だ。

 そこに町はなかった。

 あったのは大きな嵐か何かで壊されたような町の跡だった。

 館の中にわたしは入った。

 フロスはどこだろう。

 今はどれくらいの時間が経ったのだろう。


 館の中をわたしは探した。

 そして、彼はいた。

 この館に初めて来た時に最初に入った部屋だ。

 食堂、皿などを並べて食事の準備がされていた。

 ドアに近い側がわたしの席、そして向かい側にフロスの席があった。


 そこに、死んだ彼が座っていた。

 声をかけても体を揺すっても起きなかった。

 そしていつも表情のない彼の表情を表していた骨頭の中にあの黒い霧はなく、ただのからっぽの骨だった。


 彼の横には旅立つときに持っていたのと同じ形のトランクが転がっていた。

 中を漁ると分厚い本があった。彼の日記のようだ。

 日記とはいっても一行しか書いていない日もあれば数ページにわたって書いている日もある。かと思えば何日も書き込みがなかったりする。

 その日記はこの一文から始まっていた。


『彼女を愛するから、世界を壊そう。まずはあの町からだ。』


 彼は人と人が作り出したもののあふれる世界が嫌いだと言ったわたしのためにそのすべてを壊す旅をしていたらしい。

 そして一年ごとにここに戻ってきてはわたしを迎える準備をして待っていた。

 わたしが目覚めないことがわかるとまた人の世界を壊す旅を繰り返した。

 町を壊すために魔法を繰り返し使っていたようだ。

 そんな旅を繰り返し、ある日ついに彼は人の世界を壊しきった。

 そして自分の命も使い切ってしまったのだ。

 最後の力をふりしぼってここに戻ってきてわたしを迎える準備をして、湖に向かう前に自分の死を悟ったのだろう。

 日記の最後には力のない筆跡でこう書かれていた。


『おはようゼルベラ、きみをあいしている』


 わたしは日記を閉じて彼の首にそっと腕を回して耳元で言った。


「おはよう。フロス」


 ふと彼の声が聞こえた気がした。


『黄色のガーベラの花言葉は……』

「究極の愛、だよね」


 わたしの髪に引っかかっていたガーベラの花びらがひらりと舞い彼の胸元に落ちた。

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