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異世界帰りの勇者ですが、現代日本で会社はじめました。ブラックな業界を物理でホワイトにします  作者: 黒崎隼人


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第1話「終焉と始まりの空」

【登場人物紹介】

獅子堂ししどう 玲音れおん

異世界「アルカディア」を救った元勇者。向こうの世界での名はレオンハート。魔王との決戦後、次元の歪みに巻き込まれ現代日本へ。見た目は20代前半の精悍な青年。最強の戦闘能力を持つが、本人は平和なスローライフと安定した経営を望んでいる。現代の常識には疎いが、学習能力は高い。


◆一ノいちのせ まい

大手ダンジョン管理会社で働いていたが、過酷な労働環境に摩耗していた24歳の女性。レオンに窮地を救われ、彼の非常識な能力と純粋な人柄に惹かれ、新会社「ブレイブ・ソリューション」の最初の社員(兼・実質的な社長のお守り役)となる。

 空が割れていた。


 視界を埋め尽くすのは、毒々しい紫色の雷光と、燃え盛る紅蓮の炎だ。轟音が鼓膜を叩き続け、肌を焼く熱風が絶え間なく吹き付けてくる。ここは異世界アルカディアの最深部、魔王城の玉座の間――だった場所だ。今はもう、瓦礫の山と化している。


 俺、レオンハートは、砕け散った魔剣の柄を握りしめたまま、荒い息を吐き出していた。全身の筋肉が悲鳴を上げ、魔力回路は焼き切れる寸前だ。視線の先には、黒い霧となって消滅しつつある魔王の姿があった。


『見事だ、勇者よ……』


 魔王の最期の言葉が、頭の中に直接響く。恨み言ではない。どこか満足げですらあるその声に、俺は顔をしかめた。


「満足してんじゃねえよ。こっちはヘトヘトなんだ」


 俺は地面に唾を吐き捨てるように言った。強がりではない。本当に限界だった。15歳で聖剣に選ばれ、泥臭い修行と終わりのない戦いの日々。仲間との別れ、裏切り、理不尽な要求。それら全てを飲み込んで、俺はようやくここまで辿り着いたのだ。


『だが、貴様の物語もここで終わる』


 魔王の残滓が、不吉な笑いを含んだ波動を放つ。


『我を滅ぼしたエネルギーは、世界のことわりを歪める。貴様という異物は、この世界から弾き出されるのだ』


「……は?」


 俺が眉間のしわを深くした瞬間、魔王の消滅した地点を中心に、空間がガラスのようにひび割れ始めた。


 ピキキ、パリン。


 乾いた音が響き渡り、そこから覗いたのは、暗黒の虚無ではない。見たこともない、しかしどこか懐かしい色彩の渦だった。強烈な吸引力が俺の体を引っ張る。


「おい、冗談だろ!? 俺はまだ報酬も貰ってないんだぞ! 王女との約束も、宴の予約も残ってるんだ!」


 俺は足に魔力を込め、瓦礫にしがみつこうとした。だが、指先が触れた石柱は、触れた端から砂のように崩れ去っていく。世界の拒絶。魔王の言った通りだ。役割を終えた勇者は、この世界にとってただの強すぎるバグでしかないのか。


「クソッ、ふざけんな!」


 叫びは虚しく吸い込まれ、俺の体は重力から解き放たれたように宙へ浮いた。視界の端で、遅れて到着した騎士団の連中が何かを叫んでいるのが見えた。彼らの顔にあるのは、感謝か、それとも畏怖か。あるいは、厄介払いができて安堵しているのか。


 そんなことを考える余裕すら奪い取られ、俺は光の渦へと飲み込まれていった。


 ***


 感覚が裏返るような強烈な吐き気。

 上も下も、右も左もわからない。時間の感覚すら曖昧な中で、俺はただ自分の存在を保つことだけに集中していた。魂が削り取られるような負荷。だが、俺は勇者だ。この程度の圧力で消滅してやるつもりはない。


『身体強化・最大出力』

『精神防壁・展開』


 無意識のうちにスキルを発動させ、俺は嵐のようなエネルギーの奔流に耐えた。どれくらいの時間が経ったのか。一瞬のようにも、永遠のようにも感じられたその旅路の果てに、唐突に「出口」が開いた。


 ドォォォォン!!


 背中を強打する衝撃。コンクリートの硬い感触。

 鼻をつくのは、腐った土と血の匂いではなく、排気ガスとアスファルト、そして微かな湿気を含んだ匂いだった。


「……っつぅ……」


 俺は呻き声を上げながら、ゆっくりと身を起こした。全身が軋むが、骨は折れていない。回復魔法をかけるまでもない程度の打撲だ。


 視界を確保するために、俺は埃を払って顔を上げた。


 そこは、路地裏だった。

 湿ったゴミ捨て場。乱雑に置かれたポリバケツ。壁には読めない文字のスプレー落書き。そして、路地の隙間から見える、天を突くような高い建物と、夜空を焦がすようなネオンの光。


「ここは……」


 俺は立ち上がり、路地を抜けて大通りに出た。

 途端に、洪水のような音と光が俺を襲う。

 車の走行音。大型ビジョンから流れる軽快な音楽。行き交う人々の話し声。


 誰も剣を持っていない。鎧も着ていない。

 その代わり、誰もが小さな板のようなものを覗き込み、耳に奇妙な詰め物をして歩いている。


「日本……?」


 その単語が、記憶の底から浮かび上がった。

 そうだ、俺はかつてここにいた。トラックに撥ねられそうになった子供を助けて、代わりに死んだはずの高校生。その記憶がおぼろげながら蘇ってくる。


「戻って、きたのか?」


 俺は自分の手を見た。ゴツゴツとした、剣ダコだらけの手。身につけているのは、異世界の素材で作られた漆黒のコートと、腰に差したままの聖剣(今はただのボロボロの剣に見えるよう偽装魔法がかかっているが)。


 体は勇者レオンハートのままだ。ステータスを確認しようと念じると、視界の端にお馴染みの半透明なウィンドウが浮かんだ。


【名前:レオンハート(獅子堂 玲音)】

【職業:勇者(元)】

【レベル:99】

【状態:疲労、空腹、所持金ゼロ】


「……マジかよ」


 思わずつぶやいた声は、周囲の喧騒にかき消された。

 俺は異世界を救い、そして無一文の不審者として、かつての故郷・日本に帰還したのだ。


 腹の虫が、間の抜けた音を立てた。魔王との戦いで全エネルギーを使い果たした体は、猛烈にカロリーを求めている。だが、ポケットを探っても出てくるのは異世界の硬貨だけ。これではコンビニのおにぎり一つ買えやしない。


「とりあえず、現状把握が先決か……」


 俺は重たい足取りで歩き出した。

 すれ違う人々が、奇異な目で俺を見る。ボロボロのコートに、腰に下げた剣。コスプレか何かだと思われているのだろう。


 その時だった。

 街の空気が、ピリリと変わった。


 この感覚は知っている。魔力の澱み。空間の歪み。

 俺が足を止めた直後、すぐ近くのビルから悲鳴が上がった。


「ダンジョン・ブレイクだ!!」

「逃げろ! モンスターが出てきたぞ!」


 人々がパニックになり、逃げ惑う。

 ビルのエントランスガラスが砕け散り、そこから飛び出してきたのは、全長2メートルほどの巨大なトカゲ――リザードマンだった。


「……は?」


 俺は呆然とした。

 ここって、魔法のない平和な日本じゃなかったのか?

 リザードマンは逃げ遅れた女性に狙いを定め、その鋭い爪を振り上げた。


 体が勝手に動いた。

 思考するよりも速く、俺は地面を蹴っていた。

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