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Fランク料理人のダンジョンキッチン~災害級の魔物が、俺の飯を求めて行列を作ってるんですが~  作者: いつさときりな


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第7話 得意と不得意

 今日は『洋食イチノセ』の定休日だ。 普段なら仕込みに追われている時間だが、今日は少しだけ余裕があるため、俺は昼間の街を出歩いていた。


 莉緒は店で留守番だ。  昨日の今日だ、いくら満腹になったとはいえ、まだ魔力回路が安定していない。  「私も行く!」と駄々をこねていたが、昼飯(特製オムライス)を食わせたら、泥のように眠ってしまった。  まったく、寝る子は育つというか、手のかかる新人だ。


 俺の足元には、ポチがついてきている。  こいつは元気すぎて留守番させると店を壊しそうだったので、散歩がてら連れてきた。 散歩に連れていく条件として放電禁止を言い聞かせてあるので、見ただけでは銀色毛並みの犬にしか見えない。


「……うえ、今日も混んでやがるな」


 俺は探索者ギルド『W.E.U 日本支部』のロビーに来ていた。  整理券を取り、窓口から声がかかるのを待つ。


「134番の整理券をお持ちの方ー」


 気だるげな声を上げたのは、派手なネイルをした受付の女性職員だった。  俺がカウンターにFランクのカードを置くと、彼女は露骨に眉をひそめ小声で「またFランかよ」とこぼした。


「はいはい、Fランクの一ノ瀬さんですね。……本日の用件は? 薬草かなんかの納品ですか?」


 彼女は鼻で笑った。  俺の格好――軽装にエプロン姿――を見て、完全に馬鹿にしている目だ。


「素材の換金だ。量は少ないが、デカいから『裏』に回してもいいか?」

「はぁ?」


 職員は呆れたようにため息をついた。


「一ノ瀬さん、規定をご存知ですか? 大型搬入口はCランク以上の獲物や、大量納品の場合のみ使用可能です。身の程をわきまえてください」

「いや、モノがでかいんだよ。ここじゃ出せない」

「ですからぁ、見栄を張らないでくださいよ。後ろがつかえてるんです。ゴミみたいな素材なら、そこの焼却炉へどうぞー」


 彼女はシッシッ、と手を振った。  ……これだから受付の連中は嫌いなんだ。探索者のランクでした物事を判断できない節穴ばかりだ。


「おい、そこの素人」


 その時、凛とした、だが棘のある声が横から響いた。


「え?」


 受付嬢が振り返ると、そこには白衣を着た、分厚い眼鏡の女性が立っていた。  ボサボサの髪を適当に束ね、目の下のクマが濃い。  素材管理部の研究員、**しの**さんだ。


「し、篠主任……? なにか?」

「うるさいのよ、あんたのキンキンした声。奥まで聞こえるわ」


 篠さんは眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、冷ややかな視線を受付嬢に向けた。


「一ノ瀬さんが『デカい』って言ってるなら、それは間違いなく一級品よ。あんたみたいな受付の素人が、プロの素材ネタをゴミ呼ばわりしてんじゃないわよ」

「し、素人って……私はマニュアル通りに……」

「マニュアルしか読めないから素人なの。あんたは愛想笑いだけ売ってなさい」


 篠さんは受付嬢を一蹴すると、俺の方を向き、一転して頬を紅潮させた。  眼鏡の奥の瞳が、獲物を狙う肉食獣のようにギラついている。


「で、カイ君! 今日は何!? 『裏』に通すってことは、また私が興奮するような変態的な解体(処理)をしたネタを持ってきたんでしょ!?」

「……まあ、自信作ではあるけど」

「ハァハァ……たまんないわね! さあ早く行きましょ! 課長も待ってるわ!」


 俺は篠さんに腕を引かれ、呆然とする受付嬢を尻目に、関係者以外立入禁止の『素材管理部入口』へと足を踏み入れた。


 耐衝撃対魔術加工のされた扉の向こう側。  そこは表の賑やかさとは無縁の、薬品と血の臭いが漂う鑑定及び研究解体解剖フロアだった。


「課長ー! カイ君が極上のネタ持ってきましたよー!」


 篠さんが叫ぶと、フロアの手前にあるデスクから、一人の女性が音もなく立ち上がった。


 小柄で、華奢な体躯。  色素の薄い銀髪をショートカットにしており、表情の変化が乏しい。  年齢不詳のクールビューティー。  この支部の素材管理を一手に担う天才鑑定士、エルザ課長だ。


「……騒がしいわね、篠」


 エルザは淡々とした口調で、手元の魔導書を閉じた。


「で、一ノ瀬。今日は何を持ってきたの」

「こいつです」


 俺は背負っていた、薄汚れたズタ袋を下ろした。  オヤジの遺品である『拡張収納鞄マジックバッグ』だ。  見た目はただの古びたリュックだが、中は四次元的に拡張されており、生きているもの以外ならたいていの巨大生物は丸ごと収納できる優れものだ。


 俺は鞄の口を広げ、中から巨大な肉塊を取り出した。  ドスンッ! と作業台が揺れる。  昨日仕留めた、Eランクレア種『マッド・カイザーボア』の頭蓋、胴体、四肢、皮の4部位だ。


「ひゃああああっ!!」


 篠さんが奇声を上げた。


「す、凄い! カイザーボア!? しかも何これ……皮と肉の間に、カミソリ一枚分の隙間もない!」


 篠さんは顔を近づけ、肉の表面を舐めるように観察する。


「見てください課長! 皮を剥いだ痕跡が全くない! まるで最初から皮なんて無かったみたいに、ツルツルですよ! 皮側にも肉側にも、傷ひとつついてない……こんなの、どうやって刃を入れたんですか!?」

「……篠、ヨダレ垂らさないで。汚いわよ」


 エルザ課長は冷静に近づき、その細い指で肉の断面をなぞった。  冷徹な瞳が、わずかに揺れる。


「……完璧ね。刃の入れ方だけでなく、部位ごとに丁寧な魔力処理がされ、素材への損傷はゼロ。……相変わらず、気味が悪いくらい見事な手際ね」

「よしてくれ。俺はただ、肉を不味くしたくないだけだ」

「あらそう。……でも」


 エルザ課長は、鋭い視線を俺に向けた。  その指先が、ボアの首の切断面を指し示す。


「――仕留めたのは、あんたじゃないわね」

「……っ」


 俺の心臓が少し跳ねた。


「この首の切断痕。皮と肉の処理はあんたの繊細な包丁仕事だけど、その奥……頸椎を粉砕している衝撃は別物よ。これは、もっと重量のある、大型の武器による一撃。それも、一撃必殺の破壊力を持った手練れが、完璧な指示のもとに急所を突いて即死させた痕ね」


 彼女は淡々と、しかし的確に事実を言い当てた。


「あんたのこれまでの仕留め方とは全く異なる狩りの仕方。……いい『相棒』を見つけたようね」

「……ああ。まあな」


 さすがは天才鑑定士。誤魔化しは効かないか。  俺が曖昧に頷くと、彼女はそれ以上追求せず、端末を操作し始めた。


「品質はSね。文句なしの最高品質よ。……ただ」


 エルザ課長は端末の画面を俺に向けた。


「いくら状態と処理が完璧でも、素材自体のランクは所詮は『E』。ギルドの規定と世の需要を鑑みれば支払える上限額はここまでよ」


 提示された金額は、受付嬢が見たら卒倒しそうな額だが、Sランク素材の天井知らずな価格に比べれば現実的な数字だった。  俺の技術料としては安いかもしれない。だが、俺は納得して頷いた。


「十分だ。これだけありゃ、当面の借金の利息も払えるし、あの大食らい(莉緒)の食費も賄える」 「そう。なら契約成立ね」


 エルザは手早く送金手続きを済ませた。


「助かるよ、エルザさん。篠さんも受付の対応ありがとう」

「いいのよカイ君! また変態的な肉持ってきてね!」

「さっさと支払いは済んだわ、さっさと帰りなさい。あと、篠は切断面に頬擦りするの癖を直しなさい」


 呆れながら篠さんを叱咤するエルザさんを後に、フロアを出ようとした。


「おっと、そうだ」


 帰り際、エルザが足元のポチに視線を落とした。


「……その魔獣」

「ワフッ!」


 ポチが愛想よく鳴く。  エルザは目を細め、底知れない瞳でポチを見つめた。


「随分と……高密度な魔力を持った魔獣ね。ただのペットじゃないでしょ」

「まあ、賢い番犬だよ」

「ふーん。……で?」


 彼女は首を傾げた。


「ちゃんと『従魔登録』は済ませてあるんでしょうね? 首輪に管理タグの掲示がないようだけど」


 ――ピタリ。  俺の足が止まった。


「……あ」


 その瞬間、記憶の引き出しが開いた。  そうだ。  魔物を街中で連れ歩くには、ギルドへの登録と『管理タグ』の発行が義務付けられている。  知っていた。知識としては知っていたんだ。  でも、莉緒が押しかけてきてバタバタしすぎていて……。


「……すっかり、忘れてた」

「はぁ……」


 エルザが、この世の終わりのような深い溜息をついた。


「あんたねぇ……。神業みたいな解体ができるくせに、なんでこういう事務手続きが抜けてるのよ。馬鹿なの?」

「いや、その、忙しくて……」

「言い訳しない。篠、登録用紙持ってきて。今すぐ書かせるわよ」

「はーい! わんこ君、肉球スタンプ押しましょうねー!」

「ワオン!」


 結局、俺はエルザ課長の冷たい視線と、篠さんの過剰なスキンシップに挟まれながら、書類の山と格闘することになった。  魔物を料理するのは得意だが、お役所仕事だけはどうにも苦手だ。

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