第5話 その戦場は、仕込み(キル)の時間だ
翌日。 俺たちは、店の近所にあるEランクダンジョン『深緑の森』へと来ていた。
「いいか、莉緒。今日の目的はあくまで『食材調達』だ。無茶はするなよ」
「分かってるわよ、シェフ。私の実力、とくとご覧あれ」
莉緒は真紅のドレスアーマーに身を包み、身の丈ほどある巨大な戦斧を軽々と肩に担いでいた。 昨日までの死にかけ状態が嘘のように、今の彼女からは覇気が立ち上っている。 足元では、ポチも「散歩か?」くらいの軽いノリで尻尾を振っていた。
今回の狙いは、この階層の主食である『フォレスト・ボア』。 豚肉の代用として最適で、脂の甘味が強いのが特徴だ。
「グルルッ!」
ポチが鼻を鳴らし、茂みの奥を睨んだ。 ガサガサ、という音と共に現れたのは、群れを成した6頭のボアだった。 体重300キロの突進戦車。Fランク冒険者なら、1頭相手でも逃げ出す相手だ。
「来たわね……!」
莉緒の碧眼が鋭く細められる。 彼女がハルバードを構えた瞬間、空気が変わった。 凛とした殺気。 それが、ボアたちの野生の勘を刺激したのか、群れが一斉に彼女へ向かって突進を開始した。
「ブモオオオオオッ!!」 「ふん、遅いッ!」
衝突の瞬間。 莉緒の姿がブレた。 ――轟音。
彼女が振るったハルバードの一撃は、先頭のボアを真正面から叩き潰し、その衝撃波だけで後続の2頭を吹き飛ばした。 まさに『紅蓮の戦姫』。 その戦いぶりは、舞のように美しく、そして災害のように暴力的だ。
「はあっ!」
返しの刃で、横合いから迫るボアを両断。 さらに石突で背後の1頭の頭蓋骨を粉砕。 Sランク候補の実力は伊達じゃない。Eランクの魔物など、彼女にとっては赤子同然だ。
「どう!? 見たかしらカイ! これが私の……」
あっという間に群れを全滅させ、ドヤ顔で振り返る莉緒。 しかし。 俺は頭を抱えて叫んでいた。
「馬鹿野郎ォォォッ!!」
「えっ!?」
「お前! 肉をミンチにしてどうすんだ! 内臓が破裂して臭みが肉に移っちまうだろうが!」
俺はボアの死骸を指差した。 莉緒の剛力で叩き潰されたボアは、骨も肉もグシャグシャ。 内臓が破けて消化液が漏れ出し、これでは売り物にならないどころか、賄いにもできない。
「え、ええ……? で、でも、倒したわよ?」
「倒すだけなら三流だ! 俺たちが求めてるのは『死体』じゃなくて『食材』なんだよ!」
俺は彼女に詰め寄り、料理人としての鉄則を叩き込む。
「いいか莉緒。狩りってのは『下処理』の第一段階だ。苦しませずに一撃で血管を断ち、血抜きをし、肉にストレスを与えない。それが出来て初めて『プロの仕事』だ!」
「り、料理人の要求レベルが高すぎる……っ!」
莉緒は涙目で反論しようとするが、俺の剣幕に押されて口をつぐんだ。 その時だ。 地面がドスン、と大きく揺れた。
「グルァッ!」 ポチが警告の声を上げる。
現れたのは、通常のボアの倍はある巨体。 全身が赤黒い剛毛に覆われ、鼻からは蒸気を噴き出している。 レア種、『マッド・カイザーボア』だ。 Eランクダンジョンに稀に出現する中ボス級。その肉質は、和牛のように柔らかいことで知られる。
「挽回のチャンスだ、莉緒!」
「っ! 任せて!」
莉緒が再びハルバードを構える。 だが今度は、力任せな構えではない。
「力で叩き潰すな! 肉の繊維をイメージしろ! 関節と筋の継ぎ目を狙うんだ!」
俺は叫びながら、スキルを発動させる。 『解体線』。 俺の視界の中で、カイザーボアの身体に赤い線が浮かび上がる。 首の動脈。腱の隙間。骨と肉の境界線。
「右だ! 首の付け根、装甲の隙間!」
俺の指示に、莉緒が即座に反応する。 ボアの突進に対し、彼女は正面から受け止めず、紙一重でサイドへ回り込んだ。
「ここねっ!」
振るわれるハルバード。 今度は「打撃」ではない。鋭利な「斬撃」。 巨大な斧刃が、俺の指定した『解体線』を正確になぞる。 鋼のように硬いボアの皮を、まるで濡れた半紙のように切り裂き、その奥にある急所を断ち切った。
ズバッ……!
鮮やかな一閃。 カイザーボアは苦しむ間もなく、声も上げずに崩れ落ちた。 傷口は一箇所のみ。 心臓のポンプ作用が止まる直前に血管を断ったことで、完璧な血抜きが行われている。
「……ふぅ」
残心を行い、莉緒がゆっくりと振り返る。 その顔は、さっきのドヤ顔とは違う。 緊張と、俺の評価を待つ不安が混じった表情だ。
「ど、どうかしら……シェフ?」
俺は倒れたボアに近づき、断面を確認した。 美しい。 肉に一切の無駄な圧力がかかっていない。これなら、最高のステーキができる。
「……合格だ」
「っ!」
「見事な『下処理』だったぞ、莉緒。これなら店のメインディッシュに出せる」
俺が親指を立てると、莉緒の顔がパァァッと輝いた。
「やった! ……へへ、どうよ! 私にかかれば料理(戦闘)なんてお茶の子さいさいよ! ポチも見たでしょ!?」
「ワフッ!(やるな!)」
ポチも「いい肉だ」と尻尾を振って近寄ってくる。 莉緒はハルバードを下ろし、満面の笑みで俺の方へ駆け寄ろうとした。
「さあ、早く帰りましょ! 私、お腹ペコペコで……」
その時だった。 莉緒の足が、不自然にもつれた。
「え……?」
彼女の顔から、一瞬にして血の気が失われていく。 膝が折れ、糸が切れた人形のように身体が傾いた。
「莉緒!?」
俺はとっさに駆け出し、地面に倒れ込む寸前の彼女の身体を受け止めた。 軽い。 さっきまであんな大斧を振るっていたとは信じられないほど、華奢な重さだ。
「……ぁ……ごめ、なさい……」
「おい、しっかりしろ! 怪我か!?」
俺は『鑑定』を使う。 表示されたステータスに、俺は舌打ちした。
【状態異常:魔力枯渇】 【残りMP:0 / 5000】
「マジかよ……」
昨日のハイオーク定食で満タンまで回復したはずだぞ? それが、たった数回の戦闘で空っぽになったというのか? 彼女の抱える『燃焼の呪い』は、戦闘時に通常では考えられないほどの魔力を浪費する燃費の悪さ(欠陥)を抱えているってことか。
「……はぁ、はぁ……お腹、すいちゃっ、た……」
俺の腕の中で、莉緒が苦しげに息をつく。 額には脂汗が浮かび、身体が冷たくなっている。 このままじゃマズい。生命力が削れ始めている。
「チッ……燃費の悪い車だ」
俺は莉緒を横抱きに抱え上げ、ポチに向かって叫んだ。
「ポチ、肉を持て! 店へ戻るぞ!」
「ワオン!」
ポチが巨大化し肉を咥えて持ち上げる。
「急げ! ランチタイムどころじゃねえ、緊急オペ(調理)だ!」
俺たちは意識を失いかけた看板娘を抱え、全力で店へと走った。




