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Fランク料理人のダンジョンキッチン~災害級の魔物が、俺の飯を求めて行列を作ってるんですが~  作者: いつさときりな


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第1話 その災害は、空腹と共にやってくる

「……やっぱり、また『硬い』な」


 俺、一ノ瀬カイは、深い溜息とともに愛用の包丁を置いた。

 薄暗い洞窟の地面に転がっているのは、このダンジョンに生息する『アイアン・ボア』の死骸だ。名前の通り鉄のように硬い皮膚を持つ魔物であり、俺が仕留めた獲物だ。


「血抜きは完璧。鮮度も悪くない。……だけど、身が強張りすぎてる。これじゃあ、日替わり定食の素材には使えないな」


 アイアン・ボアを解体しながら、肉の質を吟味する。

 モンスターの心臓部にある魔石に目もくれずだ。


 俺は探索者だが、強くなることにも、富や名声を得ることにも興味はない。


 目的はただ一つ。オヤジが倒れ急遽後を継ぐことになった『洋食イチノセ』で出す料理のため、安くて美味い食材を自力で調達すること。それだけのために、俺は今日も危険なダンジョンに潜っている。


 モンスターの皮や牙などの素材は探索者向けの装備品になるため、高額で取引されることもある。

 では、残った肉はどうなるのか?

 基本的には捨て置かれる。探索者はレーションのようなすぐに食べられる食料を携帯しており、わざわざ現地で料理をしてまでモンスターを食べることは少ない。


 そこに目を付けた若き頃のオヤジがモンスターを素材にした料理を、日替わり定食として店で出したら物珍しさと美味しさで人気を博し当時は大繁盛したそうだ。


 そう、悲しいかな"当時"はである。

 大繁盛すれば周りの店が当然真似をしだし、最終的には大手フランチャイズチェーンが参入して目新しさなどは消え去ってしまうのが世の常だ。


 その後は細々と経営されてきた『洋食イチノセ』だが、俺にとっては拾ってくれたオヤジが残した大切な店。オヤジが『日替わり定食にはモンスター使わにゃならん!』というこだわりを持っていたのだ、俺が引き継いだからと変えるわけにいかない。


 店と探索者の二足の草鞋を履いて、今日も今日とて危険を承知でダンジョンに潜っている。

 今いるのは初心者向けの『Fランクダンジョン』。本来ならそれほど危険はない狩場なのだが、最近のダンジョン事情は少し違う。


「……また、あっちの空間が歪んでるな」


 俺は視線を上げ、洞窟の奥まった闇を睨んだ。

 空気が陽炎のように揺らめいている。


 『次元断層ディメンション・フォルト』。近年世界各地のダンジョンで多発している怪奇現象の名だ。ダンジョンの魔力構造がバグを起こし、異なるダンジョン同士が一時的に繋がってしまうトラブル。

 恐ろしいのは、どこが繋がるかが完全にランダムだということだ。


 初心者向けのダンジョンが、ある日突然、Sランクの地獄のようなダンジョンと接続されることもある。Fランクダンジョンに挑んだら、Sランクダンジョンの怪物とこんにちはでは笑えない。――そんな理不尽な事象が、今の探索者たちを怯えさせていた。


 俺が挑んでいるこのダンジョンでも、次元断層ディメンション・フォルトの予兆が観測されたとスマホに警告が届いていた。俺以外の探索者は警告が届くや、そそくさとダンジョンを後にしていった。別に彼らが臆病なのではない。むしろ彼らの行動こそが正しい行動であり、残っている俺の方がおかしいのだ。


 ではなぜ残っているのかと言えば、仕入れが終わっていないからに他ならない。


 ダンジョンへ挑むには事前に入場料を国が運営する探索協会に支払う必要がある。ただでさえ店のやりくりに困っているのに、金を払って店で出す素材を仕入れに来ておいて、危険だからと何も得られず帰っていたら店が潰れてしまう。


「とはいえ、なんだか嫌な予感もするんだよな。……今日の素材は市場で買うか」


 俺はボアから魔石を取り仕舞うと、立ち上がろうとした。  その時だった。


 ――ピキッ。


 背後の空間で、硬質なガラスにヒビが入るような音がした。空気が凍りつくような、異質な魔力の気配。反射的に振り返った俺の視界が、ぐにゃりと歪む。


「なっ……!?」


 そこにあったのは、見慣れた岩壁ではなかった。漆黒の亀裂。空間そのものが裂け、その奥に広がる星のない宇宙のような「虚無」が口を開けている。


 ――次元断層ディメンション・フォルトが開いた。俺のすぐ目の前で。


 逃げなければ。

 しかし、本能が警鐘を鳴らすよりも早く、亀裂から『ソレ』は吐き出された。

 ドサリ、と重量のある音が響き、土煙が舞い上がる。


「グルルルルル……」


 重低音の唸り声。現れたのは、圧倒的な威圧感を放つ『銀色』の四足獣だった。 高さはおよそ2メートル、狼に似ているが放つ圧力の格が違う。毛並みはバチバチと紫電を帯び、その瞳は血のように赤い。


 俺の背筋に冷たい汗が伝う。Fランクの俺が遭遇していい相手じゃない。次元断層ディメンション・フォルトが遥か遠くの高難易度ダンジョンとここを繋げてしまったのだ。本能が告げている、この存在が俺の死なのだと。


 銀色の死が俺を見る。その眼光だけで、心臓が止まりそうになるほどのプレッシャー。

 だが――俺は違和感を覚えた。すぐに飛びかかってくるはずの獣が、動かない。俺は『鑑定』スキルを発動させ、その体を凝視すると言葉を失った。


「……ひどいな」


 銀色の体毛に艶はなく、所々抜け落ちている部分がある。なにより異常なのは、その体だ。2メートルある巨体は、肋骨が浮き出るほどに痩せこけ、腹は不自然に凹んでいる。四肢は小刻みに震え、立っているのがやっとの状態だ。


「お前……次元断層ディメンション・フォルトの『狭間』に落ちていたのか?」


 次元断層ディメンション・フォルトの内部は、時間の流れさえ不確かな亜空間だと言われている。水もなければ、獲物もいない。こいつは、異なるダンジョンへただ移動したわけじゃない。転移の最中に『狭間』へ落ち、何もない虚無の回廊を彷徨い続けてきたのだ。何日も。何ヶ月も。あるいは何年も。


 極限の飢餓。こいつの赤い瞳にあるのは、殺意じゃない。

 生きるための、なりふり構わない『食』への渇望だ。


「グルァッ!!」


 銀色の死が吠えた。最後の力を振り絞り、俺という『肉』を喰らうために前足を踏み出す。だが、その足取りはあまりにも脆い。


 グゥゥゥゥ……キュルルル……。


 威嚇の咆哮をかき消すように、悲痛な腹の虫が洞窟に響き渡った。その音を聞いた瞬間、俺の中で『恐怖』が消え失せ――代わりに、料理人としての『怒り』にも似た使命感が湧き上がった。


(腹が減って泣いてる奴を、見過ごせるかよ)


「待て!すぐ作る!」


 俺は武器ではなく、背中のリュックから『携帯用魔導コンロ』を取り出した。銀色の死が、予想外の行動に一瞬たじろぐ。


「動くなよ! 今すぐ極上の飯を食わせてやる!」


 俺は怒鳴りながら中華鍋をセットし、最大火力で着火した。取り出したのは、さっき解体したばかりのアイアン・ボアの肉。質が悪く硬くて人間では美味くないが、モンスターが弱った身体に活力を戻すには、これくらい野性味のある肉の方がいいだろう。


 スキル発動――『調理魔法:瞬間圧力』。魔力で中華鍋内部の気圧を操作し、数時間分の煮込み効果を一瞬で与える。さらに『高速カッティング』で生姜、ニンニク、長ネギを微塵切りにし、鍋へ投入。


 ジュワアアアアアアッ!!


 静まり返ったダンジョンに、暴力的なまでに『美味い音』が爆ぜた。醤油と砂糖が焦げる香ばしい匂い。肉の脂が溶け出し、香味野菜と絡み合う魅惑の香り。それは、無機質なダンジョンには決して存在しない、"生命"の匂いだ。


「ガ……?」


 銀色の死の鼻がヒクつく。赤い瞳孔が開き、中華鍋に釘付けになる。断層の虚無の中で、ずっと求めていた『生』の実感が、そこにある。


「仕上げだ……!」


 俺は隠し味のハチミツを回し入れ、照りを出せば完成だ。

 出来上がった『特製・魔獣角煮』を、中華鍋ごとやつの前に置いてやる。

 これだけのモンスターだ、猫舌なんて言うまい。


「ほらよ。熱いから気をつけろ!」


 警戒心と、本能的な食欲の狭間で揺れる。

 だが、我慢の限界はとっくに超えていた。


 ガツッ!銀色の死はプライドも何もかも捨てて、ボウルに顔を突っ込んだ。


「ハフッ! ガツガツガツッ! ムシャアッ!」


 凄まじい勢いだ。咀嚼するたびに、こぼれ落ちる煮汁。喉を鳴らして飲み込む音。空っぽだった胃袋に、熱い料理が満たされていく。スパークしていた紫電が消え、ボサボサだった尻尾が、いつの間にか千切れんばかりに振られている。


 今のこいつは、銀色の死じゃない。ただの、腹を空かせた一匹の犬だ。


「……どうだよ、美味いか?」


 俺がおそるおそる手を伸ばし、その頭を撫でてみる。銀色の犬は唸ることもなく、むしろ俺の掌に頭を擦り付け、もっと撫でろと催促してきた。その目には、うっすらと涙すら浮かんでいるように見える。


「クゥ~ン……」


 ……可愛いな。俺は安堵のため息をつき、その場にへたり込んだ。緊張の糸が切れ、どっと疲れが押し寄せてくる。


「食ったら行けよ。元のダンジョンに帰れるか知らんがな」


 俺は空になった中華鍋を回収し、背を向けた。だが、犬っころは動かない。俺にその巨体ですり寄ってきて、腕を甘噛みして離してくれない。どうやら、胃袋を完全に掴んでしまったらしい。


「はあ……食費どのくらい掛かるんだよ。店の前で看板犬でもさせるか?」


 協会への申請と登録は必要だが、テイムしたモンスターは連れていける。

 俺もガキの頃にオヤジに拾われた身だ、家のないやつを放ってはおけない。俺は苦笑しながら、新たな相棒を引き連れて出口へと歩き出した。


――だが、俺は気づいていなかった。このありえない光景を、暗闇の奥から見つめる『もう一つの影』があったことに。


 身の丈ほどの巨大な戦斧を持ち岩陰に潜んでいた少女は、整った顔を驚愕に染まっている。


「……嘘。あのフェンリルを、餌付けした?」


 グゥゥゥゥ……。


 不意に、彼女の腹から可愛らしいとは言い難い音が鳴った。少女は自分のお腹を押さえ、去っていく男の背中を睨みつける。


「……美味しそうな匂いさせてくれちゃって。見つけたわよ、私の『シェフ』候補」


 少女の瞳に、獲物を狙う肉食獣のような光が宿る。

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