崖の下から真実を暴露する part1
「いってぇなぁ。クソッ、あの女。」
土埃を払い、その場で立ち上がった。
確認したが、大した怪我はなかった。
上手く落ちれたらしい。
俺は崖を見上げ、溜め息をついた。
遡ること、2時間前。
いつものように、婚約者の急なわがままで、近くの山にピクニックに行くことになった。
俺の婚約者はアイスラー公爵家の一人娘、ブリトニー嬢。
対する俺は、エーデルマン男爵家の次男、スティーブ。
本来なら、こんなに身分差があれば婚約などできるはずがない。
理由はいくつかあるが、要は政略的な婚約だ。
貴族の通う学園で、優秀な成績を取っていたことに、目をつけられたらしい。
卒業後は、近衛騎士に内定されていたのも知られていた。
本当、公爵家怖い。
公爵家からの婚約に、たかが男爵家が拒否できるはずもなく、この婚約は成立した。
初めは俺も仲良くなろうと努力した。
将来夫婦になるのなら、どんな形でも愛情を持って接したかったからだ。
だがそれを思っていたのは、俺だけだった。
ブリトニー嬢は初対面で、「顔は良いわね。私の隣に並ぶのに、相応しいわ。精々私に尽くしなさい。」と言った。
それを聞いて、俺は悟った。
分かり合えないと言うことを。
ブリトニー嬢は、俺を装飾品か使用人としか思っていない。
言葉の節々に、悪意と傲慢さが滲み出ていた。
それでも公爵家。
婚約解消などできるはずもないし、彼女の後ろにいる公爵家が怖くて逆らうことなどできない。
俺自身がどうなっても良いが、家族にまで迷惑をかけられない。
俺はその時から、心を無にして婚約者を演じ続けた。
彼女が行きたいと言ったところに連れて行き、欲しいと言ったものを手に入れる。
そんな日々で、神経をすり減らしていた。
今日もいつものわがままだろうと、ピクニックに同行したのだが、こんな結果になるとは思っていなかった。
殺人未遂は、普通に犯罪だからな。
公爵家と言えども、許されるはずがないのに。
ああ、婚約者になってからの日々を思い出したら、イライラしてきた。
ここなら誰も聞かないだろうし、いいよな?
何を言っても。
俺は大きく息を吸い、心の丈を崖にぶつけた。
「この婚約が結ばれたのは、公爵家のせいだろうが!借金塗れで立ち行かなくて、うちに融資されてるのに、あのわがまま女!むしろお前が誠意を見せなきゃダメだろが!」
俺の声に驚いた鳥が、一斉に羽ばたく。
「あれが欲しいだの、これがいいだの、てめぇの借金だろ!そんなこともわからない、お花畑が!自分はホイホイ男を引っ掛けるくせに、俺が女と話しているだけで怒るとか、意味わかんねぇ!お前がやらかした、謝罪をしてるんだよ、こっちは!」
『……何か不穏な声が……?』
「お前らが違法賭博に嵌っているのも、違法魔道具を所持してんのも知ってんだぞ!言える先がないけどな!挙げ句の果てに、『私より優秀で目立つから』なんて理由で、殺そうとすんじゃねぇ!優秀だから、公爵家に目をつけられたんだよ!コンチクショー!」
力一杯叫んだ俺は、少しスッキリした。
これからどうしようかと考えていると。
「あー……さっきの不穏な声は、お前か?」
崖の上から突如降ってきた声に、飛び上がるほど驚いた。
見上げた先には、馬に乗った数名の影が見えた。
顔は遠すぎてよくわからないが、その声はよく知っている。
我が国の第一王女リズベット殿下だ。
そう言えば、王女の趣味は、女の子らしい刺繍ではなく、狩猟だと言う話を聞いたことがある。
もしかして、ここにも狩猟に来たのだろうか?
偶然にしては出来すぎているが、誰かに見つけてもらえてホッとした。
流石に縄なしでは、この崖を登るのは不可能だからだ。
「そうです。すみませんが、縄を持っていませんか?」
「少し待て。」
王女の言う通りに待っていると、崖上から縄が降りてきた。
崖の窪みを足場に、縄を使って崖を登る。
色々訓練しててよかったと、今更ながらに思った。
「おや?お前は魔性の美貌を持つと言う、エーデルマン男爵家の者か。」
魔性の美貌……
いや、今はそれどころではない。
「はい。エーデルマン男爵家スティーブと申します。リズベット殿下、助けていただき、感謝します。」
「貴族であろうと、我が民だ。それより、先ほどのセリフ。違法賭博と違法魔道具のことを、是非とも聞きたいのだが?」
王女は、圧の強い微笑みで、俺を見た。
俺が婚約者になってから知った裏情報を、王女に洗いざらいぶちまけた。
犯罪は、犯罪だからな。
今まで言える先がなかっただけで、言わないとは言ってないからな。
てか、黙っていたら俺もヤバイし。
俺の話を聞き終わった王女は、うむ、と頷くと、近衛の一人に先に帰るように伝えた。
おそらく俺の殺人未遂で捕まえて、ゆっくり調査するためだろう。
さすが、行動が早い。
「よし、では行くぞ!」
近衛の一人に相乗りさせてもらい、城まで一緒に行くことになった。
俺の証言が必要ということらしい。
―――――
呼び出されたブリトニー嬢は、俺を見て青くなっていた。
おおかた死んだとでも思っていたのだろう。
あの程度で死ぬわけないだろうに。
一緒に来た公爵は、王女と俺を交互に見て、不思議そうな顔をしている。
「さて、公爵令嬢。なぜ呼ばれたか、わかるな?」
「わ、私は何も知らないわ!」
あんなに動揺していたら、バレバレなのに。
相変わらず、感情を一切隠しもしない。
「殺人未遂は、貴族であろうと重罪。しばらく貴族牢で反省するといい。おって沙汰は出す。公爵、そなたも妙な動きをしないよう、監視をつける。以上だ。連れて行け。」
「そんな……何かの間違いでは?娘が、そんな……」
「私は悪くないわ!そいつが全部悪いのよ!ちょっと、触らないで!」
ブリトニー嬢は騎士に連行されて貴族牢に、公爵は監視の騎士と共に去っていった。
「よろしかったのですか?私の話だけで判断して。」
「あそこの公爵家は、元々黒い噂があった。ちょうど良かったのだよ。」
「そうですか。」
「ああ、それから、学園卒業を楽しみにしているぞ。」
「御意に。」
夜には解放されて、無事に男爵家に帰ることができた。
遅くなったので、家族にはすごく心配をかけた。
ただ、事件が明るみになるまで、本当のことを言えないのは心苦しい。
その一ヶ月後。
アイスラー公爵家の悪事が暴かれ、公爵家はお取り潰しとなった。
自動的に、俺の婚約も無かったことになったのだった。
 




