表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星流るるとき  作者: 七凪亜美
星見えるとき
2/2

2 4人の春

 6年生になってすぐの教室は、妙に静かだった。

 いつものことだけど、どこか、それまでと違う沈黙だった。


 同じ学年の生徒は、たった4人。

 わたし、奏斗、亜由、海翔。


 黒板の上には「6年1組」の札がぶら下がっていて、でも机の数はその文字には似つかわしくなかった。


 空いている席が、目に入る。誰かが来るわけじゃないってわかっていても、「来ないんだな」って思ってしまう。


 「うちらだけじゃん」


 亜由が背もたれに思いきり寄りかかって、うんざりした声を出した。


 窓の外では、潮風が桜の花びらをすでに散らしてしまっていた。

 代わりに、校庭の隅のつつじが色づき始めている。春の終わり、初夏の手前。


 あの卒業式から、もう1ヶ月。


 去年まで同じ校舎にいた先輩たち、レオくんと杏奈ちゃんは、ふたりとも東京へ行った。

 最後の日。海を背景に写真を撮ったとき、杏奈ちゃんは「東京、空狭そうだよね」って笑ってた。


 休み時間、いつも遊んだり勉強を教えてくれた。

 ふたりの持っているスマホで、沢山動画を撮ったり写真を撮った。

 どれも変顔や、ふざけたものばかりだけど。


 少し背の高いお兄ちゃんとお姉ちゃん。

 血は繋がってなくても、ずっと学校でお世話してくれていたから、そう感じてる。

 きっと、わたしだけじゃなくて3人もそう思ってるはず。



 「おれ、今日ちょっと船の手伝いあるから、抜けるわ」


 海翔が言って、ランドセルに教科書を突っ込んで教室から出ていった。


 「いいなー、サボれて」


 亜由がつぶやいたけど、誰も本気でうらやましがったりしない。


 わたしたちは知っている。

 彼がこれから行く海は、遊びじゃなくて、家の仕事なんだってことを。


 今年になってから、海翔は“手伝い”の回数が増えた。

 2月に、長く働いていたおじさんの近藤さんが死んじゃったから。

 今までは土日祝日の早朝にだけ参加することが多かったが、こうして平日も“手伝い”として学校を早退することが増えた。



 授業が始まると、やっぱり空気がスカスカだった。


 4人で、1クラス。むしろ“グループ”って呼ぶ方が自然かもしれない。


 それでも、こうして過ごすのが日常になっている。

 転校生が来るなんて噂もないし、このまま私たち4人で、中学、高校と進んでいくんだろうと思っていた。


 「咲ってさ、高校もこの学校?」


 亜由が急に言ってきて、私はノートに書いていた鉛筆を止めた。


 「うん……たぶん」


 「えー、つまんなーい。わたし、東京行きたいなぁ。制服かわいいし、駅ビルとかもあるし、映画館もあるし……」


 亜由は机に顔を伏せて、声だけを上に浮かせた。


 「でも、東京、星見えないんでしょ?」


 何気なく、そう返したのは私だった。


 「あ、そうじゃん! やだ、それ。なんか寂しい」


 亜由は目を閉じて、しばらく黙った。


 横で、奏斗がページをめくる音が聞こえた。


 わたしはちらりと彼の横顔を見る。

 ちょっとだけ背が伸びたような気がする。

 声も、少しだけ低くなったかもしれない。


 でも、寝ぐせでくしゃくしゃの髪と、授業中に時々こっくりする癖は、何も変わっていなかった。


 このまま、ずっと続くのかな。


 そう思った。

 でも、そうじゃないことも、もうなんとなく知っている。



 帰り道、みんなで浜辺に寄った。


 風が強くて、亜由が「もーやだ!」と笑いながら叫んだ。


 “手伝い”を終えた海翔が、ジャージ姿で近くに来た。

 海翔に気づいた亜由が、手を振りながら名前を呼ぶ。


「海翔! 今日はもう終わりなの?」

「うん、今日の分は終わり」


 海翔がビニール袋を差し出して、魚肉ソーセージを一本ずつ配ってくれた。


 お礼を言いながら、わたしはフィルムを剥がそうとする。

 ふと、フィルムに少し切り込みが入れられていた。

 わたしはその切り込みに従うように、フィルムを剥がした。


「えー、全然出来ないんだけど」


 亜由の手に持つ魚肉ソーセージにも、フィルムに少し切り込みがある。


「は? そんなわけないだろ。ほら、ここ。ちゃんと剥がしやすいように切り込み入れてる」


「え、嘘! ん? あ、ほんとだ!」


 亜由は信じられないというような顔をしながら、魚肉ソーセージを頬ばる。


「もしかして、俺らの分。最初から剥がしやすいようにしてくれたの?」


 奏斗が食べ終わったゴミを袋の中に入れる。


「は? そんなことしてねーよ!」


 海翔はそう言うけど、わたしと奏斗は気づいてると思う。

 海翔が最初から、私たちの分をそうやってしてくれたって。


 亜由は、時々「おいしい!」と頬を膨らませながら食べている。


 

 「いつかさ」


 亜由が言った。


 「みんな、バラバラになったら、どうする?」

 「どうって……?」


 私は聞き返した。


 「咲とか奏斗とか、結婚してたら面白くない?」


 ふざけたように笑って言う。


 「は?」


 奏斗が低く反応した。


 わたしは笑いながら、でも心の奥が変な風に熱くなるのを感じた。

 そんなの、考えたこともなかったのに。


「もー、冗談だよ!」

 

 亜由はいつもの調子で、それから話題を変えた。


 わたしは食べ終えた魚肉ソーセージのフィルムを、足元にあるゴミ袋に入れた。


 奏斗の顔を見ようと思ったけど、なぜか見ることにためらってしまった。



♢♢♢♢


 帰った夜、わたしはひとりで部屋の窓から空を見た。


 星は東京よりはきっと多くて、都会よりもきっと近くて、でも届かない場所にあった。


 「どうしてだろう」


 自分の口からこぼれた声に、わたし自身が驚いた。


 この町には、信号がひとつしかない。

 でも、海がある。星がある。奏斗がいる。亜由がいる。海翔がいる。


 それで、今は十分だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ