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「何でいきなり開けるのよ! 馬鹿、変態!」
服を着たエミルが、俺を罵倒してくる。
確かに裸を見たのは事実だが、別に俺が悪いわけではない。
「家の横に、いきなり不審なテントがあったら、そら気になって開けるだろ」
「うっ……で、でも見たのは事実でしょ! 男に見られたことなんてないのに! 謝んなさいよ!!」
年齢は推定十七くらいだし、おかしくはないか。
見てしまったのは事実だから、一応謝っておくか。
「悪かったよ」
「そして、忘れなさい。さっき見た光景を」
「そりゃ無理だ。インパクトあったからな。あんなデカいの中々お目にかかれんしな」
「なぁ……!」
俺の言葉を聞いたエミルは、顔を真っ赤に染める。
「忘れなさい!!」
雷撃を放ってきた。
俺に直撃する。
全くのノーダメージだ。
ピンピンしている俺を見て、エミルが驚いている。
「な、何ともないの?」
「その程度の雷撃じゃな」
「そ、そんな馬鹿な……いくら強いたって、ノーダメージなんて……」
ショックを受けたように俯いた。
エミルは実力に自信を持っているのだろう。
全くダメージを与えられなくて、落ち込むのも無理はない。
「やはり、あなたに目を付けたのは、間違いではなかったようね!」
落ち込んでなかった。むしろ元気になったくらいだ。
何で俺が強くて、そんなに嬉しそうなんだ。
「ライズ、しばらくあなたの生活を監視させてもらうわ。そして、強さの秘訣を盗み出す」
「はぁ? だからテント立てたのか?」
「当然よ」
「今すぐテントを撤去して、どっか行きやがれ」
俺は辺境でなるべく静かに暮らしていたいんだ。
こんな騒がしい奴が住み着くなんて、百害あって一理なしだ。
「いいのかしら。あなた、自分の強さを、他人に隠しておきたいんでしょ? 私をここに置いてくれるっていうのなら、話さないで置いてあげるわ」
「な、何ぃ? 脅す気かてめぇ。人の隠し事を言いふらすほど、性格は悪くないじゃなかったのか?」
「時には自分の良心を曲げても、やらないといけないことがあるってことよ」
「ちっ……」
言いふらされるのは確かに面倒だ。
そのうち、俺が狼の魔導師だと気付かれて、この湖に頻繁に人がやってくるようになるかもしれん。
そうなると、引っ越しもやむなし。
この場所は気に入っていたから、それは避けたい。
なら、拳で黙らせるか?
一応、女だし暴力はなぁ……
俺は色々悩んだ末、
「分かった。勝手にしろ」
追い出すのを諦めることにした。
「よぉし! 早速、ライズ! あなたの強さの秘訣を調べるわ!」
俺の行動を観察するつもりのようだ。
「いくら見ても無駄なのにな」
「そんなことやってみるまで分からないわ!」
ずいぶん気合を入れているようだ。
俺はいつも通り、ラジオを聴きながら、釣りを始める。
『先日からロバートルで起こっていた、連続殺人事件の犯人が、今日朝、憲兵に捕らえられた模様です。これで、ロバートル町民の皆様も以前のように、安心して暮らせるようになりますね』
そんな事件あったか。
俺は人間が起こしてる殺人事件などは、無関与だ。俺の力を貸さなくても、解決可能だからな。
あくまで俺は、魔物を倒すだけだ。
極稀に、凄まじい実力を持った人間が、殺人鬼と化すことがある。
そういう時は、人間では対処が難しいので、俺も殺人鬼を止めに行く。
釣りを続けるが、全然釣れない。
「ねー。さっきから釣りしてるけど、何の意味があるのそれ? それで強くなれるの?」
後ろから非難の声が聞こえてきた。
俺は釣りに集中したので無視する。
「そもそも魚なんか、釣りでとるの非効率でしょ。私が電気を湖に流せば、気絶した魚が浮いてくるわよ」
エミルが湖に近づいて、手を水につけようとする。
こいつまさか……!
「や、やめろ! 殺されてぇのか!」
思わず大声で止めた。
エミルはビクッと俺を見て、怯えた表情を浮かべる。
とんでもないことをしようとしてたから、思わず殺気を放ってしまったようだ。
「う……」
と言いながらエミルはゆっくりと湖から離れる。
「ふ、不覚……この私が怯んでしまうなんて……」
怯えてしまったことに関して、自分で反省しているようだった。
俺は気にせず釣りを続けるが、やはり釣れない。その間、エミルはずっと俺を観察している。
正直集中力を削がれている。
まあ、釣れないのはエミルのせいではないんだけどな。
エミルはほぼ喋らず、音も立てずに観察しているので、放っておいても害はない。
隣に住むと言い張ってきた時は、どうなることかと思ったが、これならそこまで問題はなさそうだな。
「まだ釣りをするの……? ……私も釣りをやってみようかしら」
そのエミリアの呟きを俺は聞き漏らさなかった。
「お前、釣りに興味があるのか?」
「え?」
「釣りはいいぞ。まさに人間と魚との、一騎討ち。道具とか色んな条件で、釣れる魚が変わるし、狙い通りに魚が釣れた時は何よりも気持ちいいし」
「は、はぁ」
釣りの良さを熱弁していたら、エミルは引いてしまったようだ。
しまった。語りすぎた。
興味がありそうだったので、話しすぎてしまった。
釣り同志がいたらいいかもしれないと、日頃から思っていた。
隣に住むと言うのなら、一緒に釣りをするのは歓迎ではあるが、変に語りすぎても逆効果にしかならない。
「もしかして……釣りをすると強くなれるの?」
真剣な表情でそう言ってきた。
どうやら、盛大に勘違いをしているようだ。
どうするか悩むが、隣に住む奴が釣りにハマれば、俺にメリットも多そうである。
エミルが釣りに集中してくれれば、後ろから観察をされて集中できない、なんて事もなくなる。
「強くなれるぞ。釣りをすると、精神面強化につながるからな」
俺は、大嘘をついた。
「精神面の……強化……!」
エミルは目を見開いた。衝撃を受けたようである。
「私も釣りをするわ! 教えてちょうだい!」
あっさりとエミルは騙された。こいつチョロすぎるだろ。
俺の家には、今使っている物以外にも、いくつか釣具がある。
狙う魚や、釣りをする場所によって釣具は変えるので、色んな種類の物があるのだが、同じ種類のもあった。
釣具は一度作り方を発明しさえすれば、二本目三本目は楽に作れる。
壊れても釣りを中断せずに済むよう、スペアもまとめて作っていた。
今回はそれをエミルに渡せばいい。
釣具を持ってきて、エミルに渡し、最低限の釣りの方法を教える。
「めんどうね。雷撃を使っちゃ駄目?」
「駄目だ。絶対に駄目だ」
とんでもないことを聞いてきたので、即座に否定した。
エミルは湖に釣り針を投げ、魚釣りを開始する。
まあ、最初は釣れないだろう。
と思っていたら、
「ん!?」
釣竿に反応があった。
かなり強い引きである。
大物だこれは。
「かかってるぞ! 引き上げろ!」
「分かったわ!」
エミルは釣竿を引き上げる。
雷撃を武器にしているとはいえ、上位の冒険者なので単純な力も強い。
強い引きを物ともせず、魚を釣り上げた。
1m50cmくらいはありそうな、巨大なピネールが釣れた。
平均の体長が80cmくらいなので、その倍くらいの大きさだった。
ピネールはビチビチと暴れるが、エミルはがっしりと掴んで落とさない。
「元気ねー。えい」
と雷撃を放って、魚を気絶させた。
「……あ、釣り上げた後はいいわよね?」
「まあ、問題ない」
電気で気絶させて、魚の味がどうなるかは、俺は知らない。前の世界では釣りはやったことないし、この世界でも雷撃は使ったことない。
まあ、多分そんなに不味くならないと思う。自信はないけど。
しかし、ビギナーズラックで、あんな大物を釣り上げるとは、侮れない女だ。
これ以上は釣れないだろう。
そう思っていると、
「あ、また来たわ」
俺の釣竿が全く反応しないのに、エミルの釣竿がまた反応した。
今度は大物ではなかったが、難なく釣り上げ。
もう一度、湖に釣り針を投げ込む。
今度こそ俺が釣る!
そう意気込んでいたが、かかるのはエミルの方だけ。
結局三時間ほど釣りを続け、俺はボウズ、エミルは大漁だった。
「釣りもやってみると、中々楽しいわね」
「ぐ……」
俺は全然楽しくなかった。
人が釣れてるのに、自分が釣れないのがこんな屈辱的なことだとは……
釣り仲間がいるのは、決していいことばかりじゃないんだな。
「でも、あなた全く釣れてなかったわね。もしかして、私の方が強くなったからかしら?」
忘れていたが、強くなるために釣りをしたいと言ってたなエミルは。
俺より多く魚を釣った=俺を超えたと思ってしまったのか?
「試せばわかるわ! ライズ! 私と決闘しなさい!」