3
グラーを退治した翌日の早朝、俺はベッドから起き上がり窓を開けた。
気持ちのいい日の光が体に降り注ぐ。
天気は清々しいほどの晴れだった。
そして、心地よい気温の風が吹き込んでくる。
時間を確認する。
この世界には魔法で作られた時計がある。
その時計が俺の家に置いてある。
大きく背の高い時計だ。
時間は地球と同じ。
1日が二十四時間で、1年は365日である。
時計の仕組みも、地球と同じだ。
長針が6、短針が7を指しているので、現在の時刻は7時30分である。
ちなみに月も十二ヶ月でさらに季節も春夏秋冬の4つ。
月別の気候も日本と同じなので、かなりわかりやすい。
違うのは雨季は9月にあるということだけか。
現在の日にちは、5月9日。
過ごしやすい気温の季節である。
さて、朝飯を食うか。
この世界に米はなくパンしかない。
そもそも俺はパン派だ。
元々あまり米は食わない。
なので特に不便はなかった。
今日の朝もパンにしよう。
それで、おかずは魚にするか。
俺は家にある食料庫に行き、魚を取ってくる。
食料庫には大量の食料が入っている。
かなり前から保管されている食料もあるが、腐っている食料はない。
この世界には保存魔法という、食料の腐敗を防ぐ便利な魔法がある。
結構高度な魔法なので、使えるものは限られている。
俺は十四歳くらいの時に覚えた。
魚を一匹取って来くる。
「スラズ」と呼ばれている魚で、鮭に味はよく似ている。
夏頃に釣れる魚だ。昨年の夏に自分で釣った。
包丁を手に取り、3枚に下ろす。
そして切り身に切り分けていく。
結構でかい魚なので、15切れ出来た。
朝はそれほど食べるタイプではない。
俺は一枚だけとり、残りは箱にしまう。
保存魔法の効果は切れていない。
なので、適当に保存しても腐ることはない。
俺は切り身に塩を振る。
その後、小麦粉を切り身の両面にまぶす。
そして、フライパンを取り出す。
フライパンの上にバターを適量置く。
真ん中に穴が空いている鉄の台を用意。
その上にフライパンを置く。
左手を台の下にやり、
「スモールファイア」
と言って、小さな火を起こす魔法を使用する。
火の強さを間違えて、フライパンを溶かしてしまったことが過去にあるので、魔法は慎重に使用する。魔法の調節は必死で練習して習得した。
火を起こしたあと、空いている右手で自作の菜箸を持つ。
それを使い、バターをフライパン全面に引く。
切り身をフライパンで焼く。
いい感じの火力を保ちながら、しばらく焼き続ける。
頃合いを見て、菜箸で切り身を裏返す。
おいしそうなきつね色だ。
もう片方も焼き終わったら火を止める。
フライパンから切り身を銀の皿に移す。
そして、以前苦労して作成したタルタルソースを付ける。
スラズのムニエルの完成だ。
いい匂いがする。かなり美味しそうだ。
我ながらよくできたと思う。
パンと一緒にムニエルを食べる。
うまい。
いい感じに小麦粉が魚の旨味を閉じ込めてくれている。
タルタルソースともよく合う。
完食した。美味しかった。
満腹というほど腹は膨れていないが、朝はこのくらいが丁度いい。
さて、朝食をとった後、何をしようか。
する事と言っても、釣りをするか何か作ってみるかくらいだ。
今日は天気もいい感じだし、釣りでもしよう。
俺は釣具の準備をする。
釣り竿と糸、針、魚を入れるための箱を用意する。
それと自作ルアー。
ルアーはスライムの死骸を加工して作ることが出来る。
釣り竿や糸は針、日本にあるものと遜色がない。
糸は見つかりにくく、細く、丈夫だ。
針は返しが付いており、抜けにくい。
釣り竿はよくしなり、リールまで付いている。
この釣り具を作成するのに、涙ぐましい努力があるのだが、長くなるので説明はしない。
そうだ、これも持っていかないとな。
俺が手に取ったのは、灰色の筒のような形状をしているものだ。
表面に、魔法文字がびっしりと書かれている。
これは遠くに音を届ける魔法を受信するための装置だ。
魔法で出来たラジオといえば、わかりやすいだろう。
正式名称は、音魔法受信具だが、俺は普通にラジオと呼んでいる。
ラジオには色んなチャンネルがある。
地球にあったラジオのように、周波数みたいなものがあって、それに合わせて様々な番組をやっていた。「魔物速報」という機能もある。
ラジオを聞いていなくても、近くにゲートが発生し、魔物が出現した場合、それを知らせてくれる機能だ。
町の近く以外のゲートは、速報されない。
やばそうな奴が近くに現れた時はすぐ行けるよう、常に持っておく必要がある。
もっとも、そこまで頻繁に強力な魔物は出てこない。
一ヶ月で一回あれば多い方である。
釣り道具、ラジオなどを持ち外に出た。
俺の住む家は湖の近くに建っている。
アブロ湖という名だ。大きさはそこそこ。周りは自然豊かで綺麗な湖だ。
しかし、少し標高が高い場所にあり、交通の便が悪く、魔物のゲートが比較的空きやすい場所として知られているので、人は俺以外住んでいない。
魔物が出ても倒せばいいだけなので、俺は問題ない。
俺は湖に向かって歩く。
心地の良い風が頬を撫でる。
今は5月9日、過ごしやすい季節だ。
5月9日といえば、前世ではゴールデンウィーク明けくらいだ。
いつも憂鬱になっていたが、今では心地の良い気温が気持ちいいばかりである。
湖に到着。
桟橋に向かう。自分で作った桟橋だ。
桟橋の近くには小舟が浮かんでいる。
これも自分で作った。
釣りは桟橋からか、小船に乗るかどちらかで行う。
今日は桟橋から釣るか。
狙いはピネールにしよう。
ポピュラーな淡水魚だ。
5月が旬の魚で、鯉に似ている。
意外とおいしい。
釣り具の準備を終えて、ルアーを湖に投げ入れる。
ついでにラジオにもスイッチを入れる。
ニュースをやっており、あまり関心を惹くようなことは、言っていなかった。
興味のないニュースだったので、逆に釣りに集中できる。
釣竿を揺らしたりしながら、魚がかかるのをひたすら待つ。
魚釣りは退屈な趣味だとよく言われている。
しかしこう見えて色々テクニックがいる。
嵌ったら抜け出せなくなる趣味である。
異世界独自の気を配る要素などもあるため、地球での釣りともまた違った楽しさもある。
……まあ、日本にいたころ釣りは数えるくらいしかやったことないけど。
釣り糸を垂らしながら1時間経過。
釣れないなぁ……
1時間待っても一匹もかからない。
そんなもんだ釣りは。
忍耐が大事なのである。
でも、ちょっと眠くなってきた。
ふわ~、と俺はあくびをする。
その時、
「あ?」
湖の上に黒い渦『ゲート』が出現している。
俺の視界の左側にある。結構遠くにあるようだ。
ゲートは魔物が、魔界から出現する時に開く穴である。
弱い魔物が出るときは穴が小さく、強くなればなるほど大きくなる。
あのゲートは大きい。
恐らく、『Aランク』くらいの強さの魔物が出てくるか。
魔物はSS~Gまでランク分けがされている。
Aランクは街一つ滅ぼしかねないくらいの強さを持っている魔物で、非常に危険な存在である。
それより上のSランク、SSランクは出てきたら、世界規模の危機に陥る。
まあ、俺はそのSSランクの魔物であった、魔王を一撃で倒してしまったわけだが……
Bランク以上の魔物は、人間並みの知能を持っており、さらに『存在名』を持っている。
存在名とは魔物の自身の在り方や特性を示す名前である。
俺が昨日倒したグラーの場合は『大暴食』だ。
恐らく食べることに関する技を使う奴だったのだろうが、瞬殺したため見ることは出来なかった。
ゲートは発生してから2分くらいで出てくる。
今、1分経ってるので、後1分で出てくるだろう。
ちなみにラジオは無反応。
日本の地震警報のように、揺れる前から速報が来るなんてことはない。
ゲートを探している巡回兵という者たちがいて、そいつらがゲートか魔物を発見すると、速報が流れる。
なので、辺境に発生したゲートは、速報として出ない。
街に出た場合は速報が出る。
今回は俺の目の前に出てきたので、ラジオで速報が流れることはないがな。
この湖は魔物が出ることが多いというのは事実で、何度も出て来ては俺が倒している。
出来るだけ人目に触れず、魔物を処理したいとは思っているので、そういう面から見てもこの湖は良い場所だった。
たまに悪党じゃない魔物出てくる。今回もそうかもしれな。
もしそうだった時は見逃す。
Bランク以上の魔物には割といい奴がいるからな。
そういう奴は、人間に混じって社会生活を送っていたりもする。
もうすぐ出てくるころかな。
あくまで釣りはやめず俺はゲートを眺めていた。
その時、
いきなり雷の音が鳴り響いた。
物凄く近い。
俺の真後ろくらいだ。
いきなりの轟音に心臓が飛び出すくらい驚く。
思わず釣り竿を落としてしまうところだった。
な、何だ? 今日は快晴のはずだぞ。
雷なんてなるわけが……
そう思って後ろを振り向く。
すると、そこに何者かが立っていた。
長い金髪の女だ。
「エミル・トール! 見参したわ!」
その女は持っていた剣を掲げながら、そう言い放った。