第6話 推理議論序章~トリック推理~
「ええっと……。結局どうなったの?」
アスハさんは混乱しているのか、額に汗を流している。
状況を整理すると。被害者殺害は、エルフ族にしか不可能。
でもエルフ族に、暗殺未遂事件を起こすことは不可能。
「ユウ。これって……。不可能犯罪じゃない?」
「はい。二つの事件を同時に引き起こすのは、不可能でしょうね」
同時に引き起こすのはね。でも今はハッキリさせるべきことがある。
誰なら可能かは置いて、話し合うべきことがあるんだ。
「暗殺事件を無視して、次は被害者がどうやって殺されたか。考えてみませんか?」
「無視は難しいけど……。やってみようよ!」
「……」
ツカサさん。さっき僕に打ち負かされてから。
妙に冷たい目線で僕を睨んでいるな。
あの目は対抗意識じゃないな。警戒心だ。
「被害者の殺害方法ですか……。全く見当がつきません!」
「それ! 威張って言う事じゃないでしょ!」
胸を張ったホソさんの体を、アスハさんが殴った。
だが彼は筋肉が固いため、ダメージを受けたのは殴った側だった。
「事件現場にあったものを、思い出したらどうだい?」
魔王様は現場に向かっていないが。
報告くらい聞いているだろう。僕達が丸太を見つけた事も。
「犯人が仕掛けを施したなら。その痕跡が残っているはずだ」
「ええっと、現場で私達が見つけたのは。被害者の死体と、丸太だけだね」
「湖に残留魔力はありませんでしたな」
湖で魔法は使われていないだろうから。
暗黒騎士団も、周辺は徹底的に調べただろうし。
「ユウが見つけたんだけど。丸太には空洞があったの」
「空洞? 本当かい? ルシェ」
「はい、お父様! もしかしたら犯人は。被害者を丸太の中に入れたのかも」
「僕もそう思いますよ」
丸太の中には、小柄なエルフなら入れそうな空間があった。
しかも詰め込まれたら、手足の動きを封じられる。
自力で脱出することは、不可能なはずだ。
「犯人は気絶させた被害者を、丸太の中に詰め込んだのでしょう」
「しかし……。何のためだね?」
「被害者殺害の時間を、調整するためです」
被害者が丸太の中に入れられたなら。
ツカサさんの言う通り、遠隔で殺害可能だ。
「この丸太を密閉したら、被害者が呼吸する度に酸素が減っていきますよね」
「呼吸は吐き出すとき、二酸化炭素の濃度を上げちゃうからね。あ!」
「そもそも。被害者は本当に溺死なんですか?」
溺れて死んだにしては、暴れた形跡がない。
溺死と呼ばれているのは。湖の中で発見されたからだ。
「根拠は被害者が呼吸困難で、死亡した事と。水面で見つかった事だけです」
「なるほど。丸太を川に流してしまえば。被害者の体は濡れるし……」
「あ! 水面に触れるから、入ってくる酸素も少なくなるね」
魔王一族は理解が速いな。僕の推理に納得している。
犯人は丸太を水面に付けて、被害者を溺死に見せかけたかった。
本当は丸太の中の酸素が、なくなっただけなのに。
「酸素が無くなる時間を計算すれば。ある程度なら死亡時刻を操れますよね?」
「う~ん。でもさ。その丸太が、川に流れないと溺死に見せかけられないよ?」
そうなんだ。この計画には、丸太が川に接する必要がある。
でもこの丸太は。僕達が渡るために橋代わりにしたものだ。
「わ、私じゃないよ! 確かに私は、丸太を使うように提案したけど……」
「ユウ、それに私達が丸太を使ったのは、偶然だよ?」
「確かに。橋を渡る前に雷が落ちたせいで。川を渡る必要があったからだ」
このトリックを成立させるには。僕達が丸太を橋代わりにする必要がある。
犯人が自分で川を、流れさせるわけにはいかないからね。
あくまで他人の手で、仕掛けを動かしたかったはずだ。
「橋が焼けたのは、偶然じゃなかったんですよ」
「で、でも! ユウ! あの時誰も魔法を使った形跡は……」
「はい。あの瞬間に、魔法は使われませんでした」
残留魔力がそれを証明しているし。僕達が証人だ。
橋に雷が落ちた瞬間。その場で誰も魔法を使っていない。
「でも。あの瞬間より過去なら。魔法を使えますよね?」
「ええ!? 未来に雷が落ちるように知って言うの!?」
「僕は橋の向こう側。その脇に残留魔力を見つけました。電気のね」
その濃さから考えて。雷が発生したより前の出来事だ。
だからあの場所で、僕達が来る前に魔法が使われていたのは確かなんだ。
「ふむ。でも天気を操ろうが。雷を操るのは難しいと思うけどね?」
「上から下に降るなら。難しいどころか不可能でしょうね」
「ちょっと! 話になりませんね! ユウキ! ちゃんと答えてよ!」
アスハさんが剣を突きつけてきた。
僕は対抗して人差し指を、突きつける。
「でも事前に橋に電子を帯電させて。上に真逆の特性があれば。下から上には行きますよね?」
「し、下から上だと!? そんなこと可能なのか!?」
「お父様。雷も電子の移動です。電子はマイナス特性ですから。大気がブラス帯電したら起こりえるらしいです」
簡単に説明すると。静電気と全く同じ原理なんだ。
雷は大気が引き起こす、巨大な静電気と言っても過言ではない。
電気魔法には、この電子を操る特性がある。
「つまりあの雷は落雷じゃなくて。下から上に発生したものなんです!」
「えええ!?」
「た、確かに。下から発せしたなら、確実に橋を燃やせるけど……」
魔王様は動揺しながらも、反論があるようだ。
「そんな都合よく、大気がプラス帯電するのかね?」
あの時は魔法が使われていなかった。
つまり都合よく、プラスの帯電は引き起こせなかったはずだ。
魔法を使ったならね……。
「皆さん。ペットボトルがプラスチックで。プラスチックはプラスに帯電し易いのはご存じで?」
「ペットボトルはプラゴミですから、当たり前よ!」
「犯人は帯電させた橋の上空に。ペットボトルを向かわせたんです」
電子量によっては、プラス帯電が弱くても。
橋を燃やすほどの電流が流れるはずだ。
それにペットボトルを投げるだけなら。事前にこちらの細工もできるだろうし。
「あのね! ユウ! 私達が見たのは雷だよ!」
「ユウキ君。私達は落雷と誤認したのだよ。ペットボトルをそんなに空高く、投げられるかね?」
「そうよ! 剛力自慢のドワーフだって、不可能よ!」
僕は三人の反論を、首を振って一蹴した。
「谷底からメイ液を使えば。問題なく飛ぶはずですよ?」
「ああああ! そうだよ! だって風船を空高く飛ばすんだもん!」
「そうか! ペットボトルロケットを使ったのだな!」
僕は頷いた。犯人はペットボトルロケットを使って。
橋の帯電した部分に、プラスの物質を近づけたんだ。
その際下から上に流れた電気を。僕達は落雷だと誤認していた。
「あの落雷が意図的で。犯人が丸太を使ったなら……。じゃあ……」
ルシェ様は悲しそうな目で、アスハさんを見つめた。
僕は彼女の手にそっと手を置く。
「結論を急がないで、ルシェ様。彼女には、暗殺未遂は不可能ですから」
「そ、そうだよね!」
「たぶん彼女が丸太を使うおうと言わなくても。誰かが言い出したんじゃないかな?」
もう一度整理しておこう。丸太で川を渡った時。
あの場所に居たのは。僕とルシェ様。魔王様と二人の暗黒騎士。
案内人だったアスハさんだけだ。
「でもその場にいなかったはずの人物が。丸太を運んだ時の状況を言い当てたんだよ」
「……」
「ツカサさん。貴方の事です!」