第5話 推理議論開廷~ツカサの推理~
ツカサさんに集められて、僕達は彼の推理を聞くことになった。
この場には僕とルシェ様以外に。魔王様とアスハさん。
ホソさんとツカサさん。暗黒騎士数名が参加している。
被害者、チイ・アリーノは他殺だった。
それは間違いない。問題は誰が彼を殺害したかと言う事だ。
「さて。これから被害者を殺害し。この俺に矢を放った不届きものを指名するぞ」
「人界の代表剣士殿は。随分と他殺に拘るようで」
ホソさんはまだ、殺エルフであると信じていないようだ。
ツカサさんへの反発故だろう。
「暗黒騎士とやらは。随分と頭の回転が遅いんだな」
「アドバイスとして、受け取っておきましょうか」
「反論があるなら。聞くくらいはしてやろう」
やっぱり他殺か、事故死かは議論になるよな。
まずは他殺であることをはっきりさせておこう。
「暗黒騎士がなんと言おうと。これは他殺だ」
「人界の剣士殿はロクに捜査に参加しておられないでしょ」
ツカサさんは、ホソさんと言い合っていたから。
現場の捜査はロクに行っていなハズだ。
その周辺も調べていないだろう。
「我々暗黒騎士は、被害者の事を徹底的に調べました」
「人界の聖騎士団に任せれば、とっくに真相を暴いているがな」
「被害者に誰かと争った形跡はありませんでした」
服装の乱れから、争いの形跡は分かる。
ホソさんが事故死だと思っているなら。
その乱れが『なかった』ってことだよな?
「被害者の衣服に、怪しい点はありませんでした」
僕は遺体を直接見ていないから。
ホソさんの証言から情報を得るしかないな。
「服装に乱れがない以上。他殺である可能性は、低いはずです」
「ホソさん、それは違いますよ」
僕はホソさんの発言に、矛盾を見つけた。
これが被害者が他殺だという、何よりの証拠だ。
「被害者の衣服に乱れはなかったんですよね?」
「ああ。濡れて酷くしわになっていたが。争ったような形跡は……」
「それはおかしいですね。万が一事故で溺れたなら、水面であがくはずですよ」
溺れそうになる時、知的生命はパニックになる。
その時水面で大きく暴れるはずだ。
まるで争った時の様に。
「服に乱れがないなら。被害者は溺れた時に、身動きを取っていないことになります」
「被害者は騎士だ。エルフの泳げない特性を理解して。死を覚悟したのでは?」
「ホソさん。暗黒騎士の貴方も。突然水面に落ちて、冷静にいられますか?」
僕の問いかけに、ホソさんは無言で仰け反った。
どうやら答えは出たようだな。
「溺れた時、被害者は暴れなかったんじゃない。暴れられなかったんだ」
「ふん。その程度、報告書を読めば誰でも理解できるはずだ。それでも騎士の隊長か?」
「うぎゃああああ!」
ホソさんは両手を広げながら、目を丸くした。
体を振動させて、白目になっている。
「で、でも。被害者に他の外傷はなかった。どうやって争わずに、動きを封じるのだ?」
「いや、ありましたよ。焦げ跡がね」
「確かにアレは最近出来た跡だが。関係あるのか?」
ホソさんの問いかけに、ツカサさんが鼻で笑った。
「疑わない方が、おかしいと思うが?」
「指摘したのはコイツじゃないのに。なんだ、この敗北感……」
ホソさんは悔しそうに、苦虫を嚙み潰したような表情だ。
う~ん。少し可哀そうな事、しちゃったかな?
でも真実は他殺なんだ。それを認めてもらわないと。
「しかし。そうなると、この焦げ後はなんなのでしょう?」
「恐らくこれは。電気ショックを受けた跡だろうな」
ツカサさんの意見に、僕は同意だ。
強い電気ショックを受けると、体に焦げ跡が出来る。
それともう一つ。身体にショックが走り。
「被害者は不意を突かれて、気絶させられたんだ。だから服装に一切の乱れがない」
「電気ショックでの気絶だと。水に入ったくらいじゃ、目を覚ましませんからね」
眠っているならともかく。気絶から覚醒は無理だ。
脳にダメージが入っているのだから。
「これで他殺だと、納得したか? 脳筋騎士」
「致し方ありません。ですが誰が被害者を殺害したのでしょうか?」
他殺と言う事は、被害者にトドメを刺した存在が居る。
トドメを刺すには、一度でも被害者と接触する必要がある。
「死亡推定時刻は、午後一時。その時、殆どの者が和平交渉の場に居ましたよ」
「死亡推定時刻は。死体の腐敗や体温の状態で推定できる」
へえ。そうなんだ。確かに時間がかかれば、腐るし。
死亡直後なら体温が冷たくなるまで、時間がかかるな。
「要するに。死んだ瞬間の時間しか分からんのだ」
「それがどうかしたのですか?」
「溺死と言うのはな。息が出来なくなってから、死ぬまで時間がかかる」
息止め大会とか見ていれば分かるけど。
生物は結構な時間、呼吸が出来なくても意識を保てる。
「つまり死ぬ時間を、コントロール出来るんだよ」
「ですが和平交渉の始まりから、現場まで結構な時間かかりますよ?」
「移動する必要はない。仕掛けを使えば、和平の場に居ても殺害は可能だ」
そこでツカサさんは、彼女を見つめた。
「そうだろ? アスハ」
「え?」
え?
「ええええ!?」
僕とアスハさん、ルシェ様の絶叫が重なる。
ツカサさんは、あっさりと彼女が犯人だと指摘した。
「つまりこの俺の暗殺未遂騒動は。現場を空にするのが目的ではなく。アリバイ工作だったんだよ!」
暗殺未遂事件が起きてから、会場は封鎖された。
その時刻に被害者が亡くなったなら。
会場に居た者にアリバイがある。犯人はそれを利用した。
一応筋は通っているけど……。
あの暗殺未遂、本当にアスハさんが起こしたことなのか?
「ちょっと待ってよ! アスハさんが被害者を殺すはずないよ!」
ルシェ様が、ツカサさんに食い下がる。
彼は異常なほど冷たい目線を、魔王の娘に向けた。
「だって! チイさんは! アスハさんのお師匠さんなんですよ!」
「それだけ強い繋がりがあるなら。動機になりうることは、起きそうだな」
確かに強いつながりがありながら。アスハさんは師匠が亡くなったというのに。
その死が発覚する前と、態度が変わっていない。
まるで死んだと知っていたかのように。
「犯人はアスハだ。間違いない」
「ど、どうして私が師匠を殺さないといけないんですか?」
「理由は知らん。だがお前以外ありえない」
ツカサさんは、他のエルフ族に目もくれず。
アスハさんを犯人だと、断言した。
でも……。そもそも彼は、どこで彼女の名前を知ったんだ?
「エルフを気絶させるほどの電気を放つには。強力な魔力が必要だ」
「に、人間には不可能ですな……」
「ユウにもないよね?」
ルシェ様。今は僕をからかっている場合じゃないでしょ……。
でも人族に無理なのは、確かだ。
「それにお前なら。被害者に警戒されずに、近づけるだろ?」
「ううぅ……。それはそうですけど……」
「このアリバイ工作を作れるのは。和平発表の時間を知っていたエルフに限られる」
つまり会場を警備していた、エルフって事だな。
「暗殺未遂の矢を発射するには、メイ液を生成する必要がある。可能なのはエルフ族だけだ」
つまりこの時点で、魔物も容疑者から外れたってことだよな?
でもエルフ族の騎士なら、他にも居る。何故アスハさんを名指し?
いや。それ以前に。矢が放たれた時、アスハさんが居た位置は……。
「お前はまず、会場で矢を発射してアリバイを作り……」
「それは不可能です」
僕はツカサさんの推理を遮った。
「ツカサさん。貴方自身も推理したはずだ。矢はステージの上で放たれたと」
「ふん。それがなんだ?」
「でもアスハさんは、矢が放たれた時。ステージ下の警備をしていたのですよ!」
僕の指摘に鼻で笑いながら、ツカサさんは眼鏡を調節した。
「そんなの、そこの女が嘘をついているだけだろ!」
「僕もルシェ様も。ステージ上で彼女を見ていませんし。他の騎士に聞けば分かりますよ?」
彼女のアリバイは、僕達が保証する。
そもそも、彼女はステージに登ることなんて、絶対に不可能だったんだ。
「あの場は魔物と人族の和平交渉の場です。当然ステージを警備していたのは。魔界と人界の騎士です」
「……!?」
魔王様と人界の代表が居る訳だからね。
万が一エルフ族に暗殺者なんか居たら困る。
だからお互い、信頼できる従者しかステージの警備に回していないはずだ。
「だからアスハさんに矢を飛ばすことは……。絶対に不可能なんです!」
「ぐがああああ! ま、まさか。この俺が……!?」
ツカサさんは頭を揺らした。その影響で眼鏡を落としそうになる。
必死にキャッチして、再び耳に掛ける。
「でも、ユウ。魔物と人族に被害者を気絶させられない。エルフに矢を放てないなら……」
ルシェ様もあることに気付いたようだ。
「この事件、誰にも起こせないことになっちゃうよ?」
そうなんだ。それがこの事件を複雑にさせている。
当然この場に居ないドワーフにも、犯行は引き押せない。
全ての種族が、犯行を起こせないということになる。