第1話 事件発生
僕とルシェ様は、魔界と人界の国境にたどり着いた。
彼女の転移魔法のおかげで、僅か十秒。
この間一瞬たりとも、気が休める暇はない。
国境は大きな山で挟まれている。
山を越えると人界の村。緑に囲まれた、ルト村があるらしい。
一方の魔界側は、荒れ果てている。
地面が茶色に枯れて、自然物らしいものはない。
国境の衛兵に、毎日支給される食料。
魔界は太陽が届かぬ場所にあるため。緑が育たない。
「ルシェ様、良いですか? お忍びですからね?」
「分かっているって。騒いだりしないよ」
ルシェ様は魔王の娘だ。人界と和平を進めたの魔王様。
それに反対する勢力だって、沢山居た。
国境の衛兵にも、そんな連中がわんさかいるだろう。
もしルシェ様が魔王の娘だとバレれば。
和平反対派に何をされるか分からない。
だから彼女と僕は、黒いローブで身を隠している。
「ちょっと人界側を覗くだけだから!」
「その行為が、一番不安なんですが……」
国境付近は特に警備が厳しい。
人界に向かうには、山に出来た洞窟を通るしかない。
当然、この唯一の通り道を。向こう側も警戒している。
ちょっと覗くだけで済めばいいが。
好奇心が刺激されて、次々行ってしまうと。
拘束されることだって、おかしくない。
「ほら! ユウ! 早く行こうよ!」
「はいはい……。待って下さい」
これじゃあまるで。子供をなだめる保護者になった気分だ。
奥は無邪気に走るルシェ様についていき。
洞窟の中に入った。ゴツゴツした道を歩いていく。
それにしても。荒れ果てた土地を見るたびに思う。
この向こう側に、緑が広がっているなんて。想像もできない。
僕は基本的に魔界から出ないので。外の国知らない。
「魔界の者はずっと。緑と太陽の光を求めて。侵略していたんですよね?」
「そうらしいね。作物が育たないと、飢えるから」
世間話をしている最中に、僕は気が付いた。
洞窟の中の湿気が強い。この感じ。普段からこの湿気ではなさそうだ。
魔界からは確認できなかったけど。人界側は雨のようだな。
いくら国境があるとはいえ。人界と魔界は陸続き。
魔界側は晴れていた。この天気。妙な気配がする。
降った量から察するに、局所的な大雨だ。
「ルシェ様。洞窟の外は、雲がほぼなかったですよね?」
「うん。でも洞窟に入ってから。直ぐにジメジメしたよね?」
「山が濡れた証拠なのですが。ここまで限定されて、大雨は降るものですか?」
「あり得ないことはないけど……。普通は魔界側の警備兵が気づくはずだよ」
人界側が雨だという事は。それだけ視認性や音などが、不明慮だ。
それに気が付けば、この洞窟が放置されることはない。
と言う事は。国境の警備兵が気づかないくらい。この雨は、限定的だ。
「一つだけ。この現象で見つかる答えがあるよ」
「なんでしょうか?」
「人工的に降らした大雨。これなら局所的な者が普通だよ」
人工的に雨を降らした。ルト村は農業の土地なので。
天気には敏感だろう。村人が雨にするとは思えない。
僕達が不安になりながら歩いていくと。
空気を切り裂くような、大きな音が鳴り響いた。
人界側に雷が発生したのだ。
「ルシェ様。雷雲を自在に作ることは?」
「あり得ないよ。落雷の人工的コントロールは不可能」
そうだろうな。雷をコントロール可能なら。
魔王城に雷が落ちて、停電になることはない。
でも。なんだか得体の知れない不安に、僕らは駆られた。
人工的大雨。落雷。それらが人界側にだけ起きている。
駆けだしたくなるのを堪えて、僕は警戒心を高める。
「ルシェ様! ここから幻影魔法で、ルト村の様子を見れますか?」
「既に半分ほど進んでいるから。距離的には可能だと思う……」
「直ぐに行ってください!」
僕の危機感を察したのか。ルシェ様は何も聞かず、術式を唱えた。
幻影をルト村に出現させて。その視界を自分の脳に送り込む。
「ユウにも見える様に、してあげるね」
ルシェ様は僕と手をつないだ。魔力の共有だそうだ。
少しだけドキッとするが。今はそんなこと感じている余裕もない。
僕は目を瞑って幻影が見せる風景を観察した。
人界の風景が脳へ。静かな緑で囲まれた土地。
畑が耕され、綺麗な小川が流れている。
既に雨が止んだ後なのか。黒い雲に覆われながらも、村人が外に居る。
と言うより、一カ所に集まっている。
幻影を隠しながら、村人が集まっている場所を見つめると。
教会らしきものが、炎で包まれているのが見えた。
「雷でも落ちたのかしら?」
「でも鳴ったのは、今さっきですよ? いくらなんでも、燃え広がり過ぎです」
教会は既に、全体が燃えている。
雷で火災したにしては、炎の勢いが強すぎる。
でも事前に燃えていたら。雨で消えているはず。
野次馬が集まり。燃え盛る教会を心配そうに眺めている。
それらに近づかぬよう、注意を促す衛兵達。
太陽を覆い隠され、暗い朝を。真っ赤な炎が照らしている。
まるで、わざと目立たたせたかのように……。
僕がもっと観察しようとすると。洞窟の反対側から近づく音が。
ルシェ様は魔法を中断した。僕達は目を開けて、近づく音に警戒する。
「ん? このドシドシなる、鎧の足音は……」
僕はその足音に聞き覚えがあった。
少しだけ警戒を解いて、前を見つめると。
思った通り、金髪の騎士が大慌てで洞窟を走っていた。
「ユウキ!? ルシェ!? 何故ここに……?」
「アリス様こそ。なんで国境の洞窟に?」
「丁度良かった! お前達を呼べるか、打診に来たのです!」
アリス様が僕達に用? 物凄く嫌な予感がした。
「詳しい話はあとです! ついて着てください!」
アリス様は僕達に背を向けると。来た道を戻っていく。
僕とルシェ様はうなずき合った後、彼女の後を追いかけた。
詳しくは分からないが。人界側で、良くない事が起きた。
「何があったんですか?」
僕達はアリス様に追いついた。隣を走りながら、事情を聴く。
「母が……。我が母である、ワンダが……」
「ワンダさん? 彼女に何かあったんですか?」
ワンダさん。かつて僕の母と国際裁判を繰り広げた人物。
その後の顛末は聞かされていないが。ルト村に残ったらしい。
ルネティックさんと共に、十二年前の事件を追っていたはずだ。
「母が教会で……。亡くなっていたんです!」
「ええ!? っていうか! あの炎の中、誰か教会に入ったのですか!?」
「父……。騎士長が鬼気迫る表情で、走りました」
ルナティックさんも無茶をする。
「そこで死体が運ばれてきました……。全身焦げていましたが。母で間違いないです」
全身が焦げていた? 雷が落ちたのはついさっきなのに?
「誰かに殺された可能性が高いんです! だからお前を……」
「何故僕を?」
「お前ならこの謎を解けるかと。それに父が名指しで、ユウキを呼ぶ様にと」
ルナティックさんが僕を? 後は任せろと言っていたのに?
やっぱりこの状況、何か変だ。
「ところでアリス様。人界守護隊である聖騎士が。魔物を国に入れて良いのですか?」
「許可と村人への説明は済んでいます! 非常事態なので、気にしない!」
「妙に手回しが良いな……」
僕は走りながら、嫌な事を考えていた。
十二年前の事件。その首謀者は人界の中に居る。
被害者のワンダさんは、独自に十二年前の事件を追っていた。
十二年前の関係者が、次々と逮捕されていった。
主謀者は相当焦っているはずだ。
まさか……。今回も首謀者が関わっているのか?
「洞窟を抜けます! 足元注意!」
アリス様に事前に言われたおかげで。僕は段差で転ばずに住む。
洞窟を抜けた先は、別世界の様に広がっていた。
枯れた土地などない。綺麗な緑で囲まれた森だ。
村は少し離れているが。ここからでも燃えている教会は見る事が出来た。
想像通り。少し前に大雨が降った形跡が残されている。
雨で濡れた土の香りと。草木の香りに混じって。油の様な匂いが、鼻を刺激する。
「油……?」
僕は匂いが気になりながらも。アリス様の後を追って。
ルト村へと走った。




