プロローグ 魔王城での一休み
あの慌ただしい事件の日々から、一週間後。
僕は久しぶりに、探偵事務所に戻ってきた。
事務所と言っても、魔王城の一室を借りているだけだが。
ここは僕の寝室も兼ねている。そのため、質素なベッドや、デスクもある。
誇りの被らない本がぎっしり詰まれた、本棚。
この中には魔界で起きた事件の、捜査資料が挟まれている。
本棚に初めて。魔界以外の事件が、仕舞われることとなる。
僕が広げているのは、人界事件のファイルだ。
ルト村で起きた事件。かつてツカサが起こした、殺し屋騒動だ。
「事件が起きたのは、十三年前。コン家没落事件の一年前か……」
黒幕はこの時、ツカサとコンタクトを取った。
その人脈を利用して、元老院と呼ばれる上位議会に接触。
人界から徐々に、他の国にまで勢力を伸ばした。
正直な所。捜査ファイルを読んだだけでは。
僕は死神がツカサだと気付かなかっただろう。
手がかりが少なすぎる。流石プロの殺し屋だ。
「ルト村の騎士か……」
ドワーフ大統領は言った。主謀者はルト村出身の騎士だと。
その者がこの時の事件を解決し。ツカサを脅迫した。
そこから十二年前の、コン家没落事件に繋がることとなる。
敵が人界の騎士である以上。僕に手出しは難しい。
和平が結ばれたとはいえ。魔界の魔物が人界を歩くと目立つ。
まだまだ偏見は消えていない。人界に居るだけで、通報されそうだ。
「ルナティックさんは、"俺に任せて置け"と言っていたけど……」
正直な話、ジッとしているのは性が合わない。
だからせめてと思い。当時の事件ファイルを借りたのだが。
さっぱり何も分からない。主謀者への手がかりがなさ過ぎる。
当時捜査を担当していたのは、聖騎士団だった。
ついでに村の衛兵も補佐に入っていたらしいけど……。
余りにも容疑者が多すぎる。
「十二年前の首謀者だけじゃない。もう一人の死神も……」
アスハさんとマホさんの事件。裏で手を引いていたのは。
もう一人の死神だ。僕は船の事件で、彼女と接触している。
死神を名乗ったのは、ツカサを動揺させるためだろう。
でも分からない事が、一つだけある。
何故もう一人の死神は。アスハさんの師匠を殺害したのだろうか?
あの方は、十二年前の事件と無関係だったはずだ。
「ホソさんが言う事を聞いたのも謎だよな……」
それに第二の殺人現場で起きた。魔王様の部屋での荒れ具合。
アレは犯人による、偽装工作ではなかった。
ならば一体誰が、何のために事件をややこしくしたのだろうか?
「ユウ。朝から詰め込み過ぎだよ。それじゃあ、休みにならないよ」
ルシェ様が苦笑いをしながら、コーヒーを入れていた。
客人用のソファーに座り。マグカップを机の上に置く。
「折角探偵業をお休みしているんだから。偶には気分転換してみたら?」
「休む気にはなれませんよ。気になって仕方がない」
事件の首謀者まで、あと一歩まで来ている。
それなのに。敵が人界に居るせいで。
僕自身に手出しできない。歯がゆい思いをしている。
「魔物も人間も。脳はリラックスが必要なの」
「はい?」
「リラックスする時。脳の全てが繋がり、閃きが起こる」
ルシェ様は、脳科学の事を話しているのだろう。
僕は専門知識はからっきしなので。
聞いたことのない話だった。
「思いつめても、答えは出ないよ。リラックスしたら、何が思いつくかも」
「リラックスですか……。う~ん。難しいなぁ……」
「ユウみたいに働き詰めの魔物には。休むという事を、覚える事が大事」
確かにここ数日間。それより前から。
僕は探偵業を休んだ事がない。これぞ仕事魔物って感じだった。
ルシェ様の言う通り、少し休むことが大事なのかもしれない。
「休みは一週間あるのだから。少し旅に出るのも良いかもよ」
「僕はインドア派なので。外に出るのは、苦手なんですけど……」
「旅は好奇心を刺激し、運動にもなる! とても脳に良い事なんだよ!」
妙に脳科学に詳しいな。ルシェ様もインドア派だろうに。
とは言え、彼女の言う通り。ここで思いつめても仕方がない。
少しは気分転換でもしてみるか……。
「それで。どこか行くアテはあるんですか?」
「人界との国境付近!」
「本気で言っていますか?」
僕は少々呆れた。和平が結ばれたとはいえ。
まだお互いの警戒心は薄れていない。
国境付近なんて、常に戦場だったから。ピリピリしているだろう。
屈強な兵士に囲まれて。正直休める気がしない。
でもルシェ様には、何か考えがあるようだった。
「ルト村って。辺境の地で。国境のすぐ傍にあるらしいよ」
「え? ルシェ様……。まさか!」
「ちらっと覗くくらいは出来るでしょ?」
なるほど。何かおかしいとは思っていたが。
旅に出るのは建前。僕の心中を察してくれたのか。
本当に、この魔物には敵わない。
「しかし国境付近に向かうとなると。三日はかかりますね」
当然ここから国境までは、距離が離れている。
戦時中の国同士で。魔王城はこちらの本拠地だ。
近くにあるはずがない。長旅は覚悟しないと。
「座標は分かっているから。私の転移魔法で、数秒あれば着くよ」
「ああ。そう言えばエルフの国から、ドワーフの国の時も……」
一日で移動できたのは、魔王様の転移魔法のおかげだ。
魔法がなければ、双子塔にたどり着くことすらできなかっただろう。
転移魔法は上級術式だから。かなり魔力を要するらしいけど。
「ルシェ様も、使えたんですね?」
「当然! 私だって、魔王一族なんだから!」
無邪気っぷりを見ると、忘れているが。
彼女は魔王の娘なのだ。僕の助手と言う役職は、合わない。
「ちなみに。転移魔法の属性は?」
「好奇心旺盛だね~。電気属性だよ」
何故転移する魔法が、電気属性なんだ?
電磁波を飛ばすからなのか?
「他にも幻影を飛ばして。幻影の視界をジャックする魔法とかあるんだから!」
「ああ。そう言えば。以前猫探しの時に、使ってもらいましたね」
魔界の猫は気配に敏感だから。
気配のない幻影で、探すこととなった。
幻影魔法は闇属性。魔界の者にはお手の物なのだ。
「そう言えば。魔王城は四六時中雷が降っていますが。これはどんな原理で?」
聞いた話によれば、雰囲気づくりらしい。
でも偶に魔王城に落ちて。停電騒動が起きる。
「魔道装置で、気体を摩擦させているの。その衝撃で、原子中の電子を飛ばして……」
魔道装置と言えば。魔法を自動で放ってくれる装置の事だ。
「電子で雲を常に帯電させているんだよ」
「なるほど……。静電気の様に、雷を発生させていると」
「うん。でもこの方法だと、極所的だからね。狭い範囲しか、落雷は起こせないよ」
雰囲気づくりの割に、凝った仕掛けをしているんだなぁ。
雷の落ちる場所は、コントロール出来ないみたいだけど。
雷を意図的に作り出すのに、電気属性は必要ないのか……。
「さあ! 時間もないんだし! さっさと準備をする!」
「はいはい……。ちょっと覗くだけですよ?」
ルシェ様が勢い付けば。ガンガン捜査しそうだ。
流石に人界でそれはマズイ。
「また事件が起きてなければ良いですけど……」




