第1話 ドワーフの屋敷
僕達は街から少し離れた屋敷に、招かれていた。
もっとも招かれたのは、魔王様だけで。
僕達はただの付き人なのだけど。
初めて来る、広い場所は基本的ルシェ様の苦手な場所だ。
街並みに感心していた彼女も、すっかり黙り込んだ。
「なんでこう……。偉い者の屋敷は、威圧感が凄いのかなぁ……」
「多分、威圧感を感じているの。ルシェ様だけです」
彼女の家、魔王城も大概広しい、偉い者の家だ。
僕は魔王城に威圧感を感じた事など、一度もない。
この屋敷も、よくある屋敷と言った印象だ。
二階建てなので、そこまで大きくはなく。
一階には救護室と客室、食堂などがある。
どの部屋が何か、分かり易いように色付きの看板で書かれている。
「どの屋敷もこうだと、迷わずに済むんですけどね……」
「ユウは散々、魔王城で迷っていたもんね」
何で知っているんだろう? 僕とルシェ様が出会った時は。
彼女は心を閉ざしていて、殆ど部屋から出ていなかったはずだけど……。
「魔王様は、食堂で待っているんでしたよね?」
「うん。ドワーフが自慢の料理を振るってくれるそうだよ」
ルシェ様は不安そうだ。何せエルフの国では。
同じ売れ込みで、美味しいとは言い難い料理が出てきたからな。
エルフにとっては美味しくても、魔物とは舌が違うのだ。
「屋敷にはどんな者がいるのかな?」
「さあ? これは幸いと、商談を進める気だから。案外人界人も……」
そこまで言いかけて、僕はある事に気が付いた。
同時に近づいて来る、やたら金属音のする足音にも。
「ルシェ様、僕ちょっとトレイに……」
行こうとした所で、彼女が廊下の角から出てきた。
僕は溜息を吐いて、目を合わせる。
「ああ! お前達! また合いましたね」
「遅かったか……」
僕は再びアリス様と、遭遇してしまった。
まともな人ではあるんだけど、少々うるさい。
「お前、またしても私と会ってガッカリしましたね」
「はい。だってアリス様、物騒だし。直ぐ剣で切ってくるし……。んぎゃあ!」
僕はアリス様の素振りで、斬られた。
「ほら! それ!」
「今のはお前が悪い!」
「真実を口にするのが、探偵の仕事ですから」
この一撃ちょこちょこ食らうのだ。正直痛い。
この人とずっと一緒だと思うと、ゾッとするな。
部下の人は無事なのだろうか? 案外歩く道に屍が出来たりして。
「アリス様! 騎士長閣下が、食堂に集まる様にとの事です!」
もう一人の人間騎士が、報告にやってきた。
あの人は確か。双子塔事件の時に会った、ヒラさんだった気がする。
あの時はミスをしていて怒られたのだけど。意外と良いコンビだったな。
「分かりました。直ぐに向かいましょう」
「行き先一緒かぁ……」
「露骨に肩を落とすんじゃありません! 私だって傷つきます!」
僕は体が傷ついたけどね。なんて、彼女に構っている時間はない。
アリス様がルナティックさんに呼ばれたなら。
そろそろ商談が始まる時間だ。
魔王様を待たせるわけにはいかない。
僕達は同時に食堂に向かった。
「ようこそ、ご足労頂きありがとうございます」
食堂に入ると、いきなり執事っぽいドワーフに迎えられた。
白髭を生やしていて、黒いスーツで身にまとった巨体。
丁寧な物腰と年配の見た目とは裏腹に、筋肉はドワーフっぽく上部そうだ。
「どうぞ。コーヒーをお取りください」
「あ。どうも」
お盆に乗せられたマグカップを、僕は手に取った。
実はコーヒーは大好きだ。飲むとリラックスできる。
軽く香りをかいでみると、中々の代物だった。
「座席は決まっております故、自分の名前が書いた席に座ってください」
執事の言う通り、僕達はネームプレートのある座席に座った。
僕の席はと言うと……。アリス様とルシェ様の間である。
ルシェ様は良いけど、アリス様の隣かぁ……。
「よう。坊主。ドワーフの街並み見学は終わったか?」
アリス様の隣の席には、ルナティックさんが座っていた。
目の前には呼ばれたのか、ソウヤさんの姿もある。
「はい。エルフの時も思いましたけど。魔界とは随分違うんですね」
魔界は集落を作って、生活するスタイルだ。
どちらかと言うと、自然物を利用して生きる事が多い。
だがドワーフは自分達で作ったもので、街を形成している。
「国が違えば文化も違う。文化が違えば、それが街に出る。勉強になったろ?」
「はい。探偵として、とても」
文化が違えば見た目にも、影響が出てくる。
その人がどんな文化を歩んできたのか、観察すれば分かるようになる。
そのためにも、色んな文化に触れてみると言う事が大事だ。
そんな事を考えていると、料理が運ばれてきた。
物凄い油の乗った、ステーキ肉だ。
「そう言えば、魔王様。双子塔事件の時、何故現場に居たのですか?」
僕はすっかり聞きそびれた事を、今聞き込んでみた。
「深い理由はないよ。ユウガが死んだ場所を、調べてみたかっただけだ」
「でもなんで煙突から?」
「ルナティック殿とは、内密に話したかったからね。他の者に悟られず」
結果それが犯行に利用されたのだから、笑えない話だ。
僕は心を落ち着かせるために、コーヒーを飲んだ。
ん? 苦味に少し違和感があるような……。
コーヒーが持つ苦味とは、少し違う味がした。
これがドワーフの独特な味覚なのだろうか。
ステーキもちょっと、脂っこすぎるし。
「魔王殿、人界最高騎士殿、お味の方は?」
上座に座っている、いかにも上品なドワーフが語り掛けてきた。
他のドワーフよりも大柄で、貴族が着るような服を着用。
若いのかヒゲの類は生えておらず、シワの数も少ない。
「少々こってり過ぎるが、かなりの美味だね」
「へ! 魔王にはこの味は濃すぎるか。俺にはピッタリですぜ」
「ドワーフ大統領。今日はわざわざお呼びいただきありがとうございます」
あのドワーフ。この国の大統領だったのか。
国のトップが直々に、魔王様達を招待するなんて。
よっぽど商談に命を懸けているようだな。流石商売の国。
「うぅ……」
「ルシェ様? どうかなされましたか?」
隣に座っているルシェ様の表情が、青ざめている。
頭を回しながら、目が半分閉じている。
「ちょっと、気分が悪くなっちゃった……」
「それなら救護室で休んではいかかでしょうか?」
大統領がルシェ様の以上に気付ていてくれたようだ。
「救護室は渡り廊下を真っすぐ歩いてすぐ。二つ部屋がありますが、赤い看板が救護室です」
「すいません……。折角お呼びいただいたのに……」
「いえいえ。客人の体調管理も、我々の仕事ですから」
ドワーフ大統領、かなり紳士的な態度だなぁ。
貧困街出身と言う事もあり、苦労も多そうだ。
「ではお言葉に甘えさせていただきます」
「連れ添いましょうか?」
「一人で大丈夫……。ユウはここでお父様のサポートをお願い……」
僕は心配だったが、そう言われたら残るしかない。
魔王様は優しいお方だ。変なものを買わされないように注意しなければ。
僕達はドワーフ一族と商談の話を続けた。
商品に変なものは出なかったが。そこは商売人。
貿易に有利になる条件を提示してきたり、政治面で攻めてきた。
僕は魔王様に自分の意見を聞いてもらい、サポートを行った。
「それではそろそろ、お開きにしましょうか。今日はお集り頂きありがとうございます」
最後にドワーフ大統領が、一本締めで終わらせた。
商談の話もあったので、結構長い事食堂で拘束されたな。
僕も疲れたのか、頭がボーっとし始めた。
「大丈夫ですか? お前も随分としんどそうですけど……」
僕の顔色が悪かったのか、アリス様が心配してきた。
少々頭が働かない以外は、特に異常はないのだけど。
「お前も救護室で休んだらどうです?」
「別にちょっと疲れただけですけど……」
「そうは見えないので、提案しているのです」
そんなに体調が悪そうなのか……。
僕は彼女の言葉に従って、救護室で休むことにした。
そこにはルシェ様も居るはずだ。彼女の容態も確かめた方が良いな。
僕は歩き始めると、体がふらついた。
自分では思っている以上に疲れているようだ。
確かにこれは、休んだ方が良いかもしれない。
「確か赤い看板だったな……」
僕は重たい足を何とか動かして、救護室へ向かった。
赤い看板に青い文字で救護室と書かれている。
僕は扉を開けて、中に入った。
救護室には休憩用のベッドが三つほど置いてある。
凄く頭がボーっとする。周囲の視界がぼやけてきた。
「あれ……? ルシェ様……?」
僕はその場に居るはずの、ルシェ様の姿がない事に気が付いた。
でもその理由は考えられなかった。
僕は倒れる様にベッドに横たわり、そのまま意識を失ったのだから。




