第3話 捜査中盤~現場の状況~
被害者が溺死した現場の、捜査が続く。
僕は被害者の情報を、ホソさんから与えられた。
被害者はエルフ族の衛兵長。『チイ・アリーノ』。
死因は溺死。死亡推定時刻は、午後の一時。
人界代表に向けて、矢が放たれたのと同時刻だ。
もし誰かに殺されたのだとしたら。
殺害時刻と暗殺未遂の時刻が、同じ時間になる。
暗殺未遂と溺死は関係ないのか?
「とにかく。チイさんが、他殺かどうか調べてみよう」
被害者の死体は、捜査のために運ばれた。
この場にはないが、捜査資料がある。
被害者は首筋に、新しく出来た焦げ跡があったとのことだ。
焦げ跡か……。でも湖の周りを見ても。
炎の残留魔力は残っていない。
じゃあこの焦げ跡はなんだ?
「ユウ! 見て! 湖に!」
ルシェ様が湖を指した。僕は人差し指の先を見つめる。
そこには丸太が浮かんでいる。
「ん? あれって……」
「私達が川を渡るときに使った丸太だね」
そうなのだ。僕達は迂回する時、あの丸太を橋代わりにした。
エルフ族の騎士、"アスハさんの提案"で。
彼女は僕たちの道案内をしてくれた。
あの時。僕達の目の前で、雷が発生した。
不運にも橋が焼け焦げたせいで。僕達は迂回を余儀なくされた。
あの時、魔法は誰も使っていないし。天気の仕業と判断されたな。
「うん! これ、あの時の丸太だよ! だって……」
ルシェ様が魔法で、丸太を回収してくれた。
僕は魔力がこれっぽちもないので、助かった。
「ユキが擦りむいた後が、あるもんね」
ユキ。この場には居ないが、僕の幼馴染だ。
彼女も今回の和平交渉に同行していた。
確かに。迂回する時に、彼女は足元を崩して、丸太と擦れた。
あの時居たメンバーを思い出すと。
僕と、魔王一族。ユキと兜をかぶった暗黒騎士二人。
それとアスハさんだけだったはずだ。
「それにしても、この丸太。なんで浮かんでるんだ?」
僕と暗黒騎士が、二人係でも丸太を運ぶ羽目となった。
あの時、丸太は結構な重みがあったはずだけど……。
川に落とすなって、念入りに言われたからね。
「この丸太。もう少し調べた方が良いな」
「よいしょっと! これ軽いね。私だけでも、持ち上げられるよ」
「やっぱり。僕が運んだ時より、軽くなっていたんですね」
僕は丸太の断面を、調べた。
すると断面が開き、丸太の中が丸見えになる。
中は空洞だ。"今は"何も入っていないが。
小柄なエルフ族なら、入れそうだ。
被害者も小柄だ。丁度この中に入れそうなくらいね。
でもこの中に押し込められると。手足は自由に動かせないな。
「う~ん。妙だね。なんでユウ達が、流れないよう細心の注意を払ったのに……」
ルシェ様は頭を悩ませていた。
僕達は全員が渡りきるため、絶対に丸太を動かすなと言われた。
だからちょっとの振動じゃ、動かない位置に置いたはずだ。
でもこの丸太。移動したうえ、流されているんだよな。
しかもあの時は。中身が空洞の割に、重かった。
「誰かが動かしたのかな? でもそんな時間、ないと思うけど……」
この丸太で渡ったのは。さっき言ったメンバーだけだ。
つまり丸太が川に架かっていると知っているのも。
「でも丸太は転がりますから。何かの拍子でバランスを崩すこともあります」
そう。何かきっかけがあれば。丸太を動かせる。
それこそ遠隔でもね。
「どうやら。他殺の証拠が集まってきたみたいだな」
「え? そうなの?」
「まだ可能性の段階ですけどね……」
僕の捜査がひと段落着いた頃。
ツカサさんは、まだ騎士団にぶつぶつ言っている。
あの人は人界の代表であって、魔界の騎士団とは関連がないはずだけど。
「何度も言わせるな! これは他殺だ! さっさと被害者を解剖しろ!」
「解剖?」
またしても聞きなれない単語に、僕は引っかかった。
「遺体を医学的に弄って、色々調べる事だね」
ルシェ様がまた、解説をしてくれる。
これも人族が編み出した、捜査方法なのだろうか?
「当然調べられた遺体は、無茶苦茶になるから。遺族の事を考えると……」
「事件性がないなら、避けた方が良いってことか……」
しかもここはエルフの国で、被害者もエルフ族だ。
人族に権限はない。解剖するのは、難しいだろう。
それにしても、あの人はさっきから他殺に拘っているな。
事件の関係者であることは、間違いないんだけど。
まだこちらの手の内は明かさないでおこう。
「愚民共が! 俺が指揮すれば、全てうまくいくのだ!」
「推理を間違えた、貴方が言いますか?」
ホソさんは嫌味を言い返しているけど。
本当に、ツカサさんは推理を間違っていたのか?
そもそも。彼が口にしているのは、"推理"なのか?
「行きましょうか、ルシェ様。ここで調べることは終わりました」
「そうだね。あの人の態度は、ちょっとイラつくし」
知的生命が相手に高圧的態度を執る理由は二つ。
相手を見下している時か。相手に敵意がある時か。
前者の場合は自分が優れているという、自負がある時だ。
でもツカサさんは、そのどちらでもないと僕は思う。
まるでわざと僕達の反感を買って。
自分の意見を、否定させようとしているような……。
「次はどこを捜査するの?」
「一度会場に戻りましょう。アスハさんも、そこに居るはずだし」
ツカサさんが強引に移動を始めたせいで。
彼女の話を聞くのが遅れてしまった。
現時点でアスハさんはかなり怪しいけど……。
彼女、会場の警備はステージの下だったはず。
だったら暗殺未遂事件も起こせないし。
会場の警備をしていたなら。被害者死亡時にアリバイがある。
「うぅ……。それにしても、行ったり来たりは、骨が折れるね」
「まあ……。三十分以上かかりますからね……」
僕達は川沿いの道を歩きながら、愚痴をこぼした。
「まあ、川の音でも聞いて、気持ちを落ち着けよう」
「エルフが死んでいるんですけどね……」
僕が苦笑いをしていると。あるものを見つけた。
少し薄くなっているが、水属性の残留魔力だ。
川のずっと脇にあったから、来るときに気付かなかった。
それに脇のすぐそばにある道。
僕達が迂回時に通った道じゃないか?
「なるほど。水魔法か」
どうやら徐々にだけど。証拠同士が繋がり始めたな。
……。僕の予想通りなら。焼かれた橋のすぐそばに……。
僕は駆けだして、崖の上へ一気に登った。
想像通り! 焼かれた橋の近くに。
何かを打ち付けた跡がある!
「そうだ。僕はとんでもない思い違いをしていた」
僕は橋の反対側を見た。悪魔族は目が良いので。
視力には自信がある。反対側は魔界側。
つまり、僕達が来た方向なのだ。
あの時、誰も魔法を使わなかったから疑わなかったけど。
事前に仕込まれていたとしたら? 残留魔力が残っているはずだ!
「あった……! 電気の残留魔力」
未知の隅っこに隠されていて、薄まっているけど。
電気を操る魔法が、使われた形跡が残されていた。
橋が焼かれる雷発生時は、誰も魔法を使わなかったけど。
雷発生前には、誰かが魔法を使ったんだ。
人族は魔法が仕えたとしても。大きな魔力はない。
大きな雷を発生させるのは、魔物かエルフ族だけだ。
「どうやら。段々と真実に近づいてきたようだな」