第2話 捜査序盤~殺エルフ事件?~
「殺エルフ事件? どういう言う事?」
僕は状況が理解できていないルシェ様に、説明をする。
「暗殺未遂後、エルフ族の衛兵長が溺死しましたよね?」
暗殺未遂の印象に塗りつぶされているが。
衛兵がさりげなく、この情報を持ってきた。
「うん。捜査に手が回っていないから、まだ死因以外分からないはずだけど」
「魔王様達はこう考えたはずだ。"そのエルフは殺された"と」
「え? ええ!?」
最近のルシェ様は、表情豊かだ。目を丸くしながら、口を開きっぱなしにしている。
「更にこの暗殺未遂は、犯人の罠だという事を彼らは見抜いたんだ」
「あ! そうか! この騒動が起きたせいで、溺死したエルフさんには、人員が……」
「うん。犯人はその隙に。湖へ向かって、証拠隠滅を図ろうとしたんじゃないかな?」
まだ殺害方法は不明だけど。
川のある崖下から、ステージのある崖上に登るのは容易ではない。
その逆もしかり。犯人は時間稼ぎがしたかったんだ。
「でも。実際にエルフの溺死現場には。魔界騎士団が捜査を始めているはずだよ」
「そっか。ユウが捜査を始めてから、みんな納得して撤収したもんね」
以前魔王城で大きな事件を解決したこともあって。
衛兵からある程度の信頼を得ている。
「捜査は隠密に行われているはずだよ。ノコノコやってくる犯人を、捕らえるために」
「なるほど! だから偽物の暗殺に気付いても、みんな知らんぷりな訳かぁ!」
僕の推理に魔王様は涼しい顔をしていた。
拍手をしながら、微笑みかける。
「大正解だよ。他の衛兵は気づいていないがね」
「まあ、演技だと犯人に不信感を与えかねませんし」
僕だけがステージ上の捜査を任されたのも。
周囲の騎士団には悟られないためだろう。
「だけど君を読んだのは。我が騎士団を撤収させるだけが目的じゃない」
「え?」
「これで合格かね? 人界代表剣士、ツカサ殿」
魔王様は人族に護衛されている、人界代表へ声をかけた。
護衛達が左右に別れて、道を譲る。
人界代表。この和平交渉を、人界の主から代行を頼まれた存在。
僕は息を飲み込んで、彼の姿を見た。まず長身の男性だ。
彼は金髪の髪の毛を首元まで垂らし、眼鏡をかけている。
青い着物を着て、腰に剣を携えている。
「なるほど。どうやら共同捜査をする価値はありそうだな」
人界代表は剣を構えて、僕につきつけた。
「我は人界守護隊。聖騎士団三番隊隊長、ツカサ・オレット卿なり!」
「この作戦は彼が立てたんだよ。直ぐに矢の異変に気が付いてね」
まあ狙われた当人だし。違和感に気付いても、不思議じゃないけど。
魔王様が僕を呼べと言ったのは、事件発生から僅かな時間後だ。
彼はその一瞬で、これだけの作戦を立てたというのか……。
「まあこの程度の謎。解けなければ、探偵を名乗る資格なんぞないがな」
顔を上向きにして、見下す様に見てくるツカサさん。
こんなに上から目線されたのは、初めてかもしれない。
「もっとも罠なんぞかけずとも。死亡推定時刻を調べれば、容疑者は絞れたがな」
「はい? 死亡推定時間?」
僕は初めて聞くワードに、首を傾げた。
ルシェ様が、僕の耳元に顔を近づける。
「人界の科学捜査。死体の状況から、死んだ時間を割り出せるらしいの」
「人界にそんな技術が……。ルシェ様、よくご存じで」
「最近は外交とかにも、参加していたから。その都合でね」
なんで外交で死亡推定時刻なんて、話をするんだよ……。
誰か死んだのか?
「ふん、まあ良い。お前は使えそうだ。特別に、殺エルフ現場の捜査に、同行させてやろう」
「それはありがとうございます」
「だが忘れるな。事件の真相を見抜くのは。この俺だという事を」
凄い自信家で上から目線なんだな……。清々しいほどに。
僕はテストを終えたことで、魔王様とツカサさんを連れて。
暗殺未遂現場から、殺エルフ現場に向かう事になった。
道中には落雷の影響で、無残にも焼け焦げた橋がある。
これが谷を乗り越える唯一の道なので。
反対側に渡るには、崖を下って川を渡ったうえ。更に上る必要がある。
来るときは大変だったなぁっと思いながら。
僕が風景を観察していると。吊り橋の近くにある茂みが光った気がした。
僕は気になり、光った箇所へ向かう。そこにはペットボトルが置いてあった。
「なんだこれ? なんでこんなものが?」
僕が気になって、ペットボトルを調べていると。
「おい。早くしろ。俺を待たせるな」
ツカサさんに急かされて、慌てて崖下に向かう道に向かった。
気になったので、ペットボトルはカバンの中に入れておいた。
十五分ほどかけて、崖下に下りる。登るときはニ十分はかかる。
「来るときはこの川を、丸太を橋代わりにして渡ったんでしたね」
「ああ。生意気なエルフの小娘の、提案でな」
ツカサさん。どうやら魔物だけじゃなく。
全ての存在を見下しているようだ。
それにしても、エルフの国に渡る途中。
本来なら衛兵長が迎えに来る予定だったらしいんだよなぁ。
でも実際に来たのは"アスハ"って名前の、騎士だった。
「後で彼女にも、話を聞いた方が良いかも……」
「聞きたいなら勝手にしろ。俺は構わん」
「一々貴方の許可が要りますか? ここはエルフの国でしょ?」
僕の返しが図星を得たのか、ツカサさんは舌打ちをした。
僕達は"川の流れに沿って"湖まで向かう。
川と湖は繋がっているのだ。五分ほど歩いて、死体発見現場へ。
「おい、愚民共。怪しい奴は来たか?」
ぐ、愚民って……。ツカサさん、いくらなんでもあんまりだろ……。
この場を指揮していた、魔界の騎士団は僕の知っている魔物だった。
暗黒騎士なのに、鎧をまとわず、細マッチョな体型を見せつける人物。
ホソマッチョスさんだ。最近、暗黒騎士隊長に任命されたらしい。
魔王城で起きた事件で、彼には色々お世話になったな。
「いえ。貴方に言われて待機しておりましたが。その間、誰もここを訪れていませんでしたよ」
「なに?」
流石ホソさんだ。愚民呼ばわりに、全く動じていない。
逆にツカサさんは推理が外れて、少し動揺している。
「貴方の勘は外れたようですな」
「ちぃ……」
「それから人界騎士に協力して調べてもらった、死亡推定時刻なのですが……」
ホソさんはそこで、言いにくそうに言葉に詰まった。
被害者が死んだ時間に、何か問題でもあったのだろうか?
「歯切れが悪いな。とっとと教えろ!」
「死亡推定時刻は、午後の一時。つまり……。暗殺未遂騒動が起きた時刻と、同時刻なのです」
「な、なにぃ!?」
ツカサさんは大声を上げて。腰を仰け反った。
白目を剥きながら、歯をむき出しにしている。
「つまり暗殺未遂と、被害者死亡は関連性がないのです」
「バカな! あの騒動は犯人の、罠のはず!」
「人界代表剣士殿の推理は、先ほどから全て外れているのですよ」
被害者死亡と暗殺未遂は、無関係。
本当にそう言い切れるのだろうか?
僕達はまだ、大きな見落としをしているような気がする。
「そもそも被害者は、本当に殺害されたのですかな?」
「貴様! この俺の推理が間違っているというのか!?」
「はい。衛兵長は橋から足でも滑らせて、川に落ちただけではないですか?」
? ツカサさん。一瞬だけ僕へ、視線を向けたような。
気になる態度だけど……。今は僕の意見を述べよう。
「ホソさん。被害者は死亡時刻よりずっと前に、行方不明になっていたんです」
「そうですね。まだ事件性がないと断言するのは、早計過ぎますね」
「徹底的に調べましょう。この事件の真相を掴むために」