第1話 捜査開始 ~暗殺未遂現場~
僕達は現場の捜査を始めた。調べるべきはステージだろう。
現場保存のために、矢が突き刺さったままだ。
騎士団の話によれば、現場は一切触れられていないらしい。
周囲で捜査を続ける騎士団もいるけど。
魔王様の計らいで僕が、調べても良いようになっている。
それにしても。人界代表殺害未遂とあって。
人界側とエルフの騎士団は、総力を挙げているな。
これ、エルフの衛兵長の方に、手が回っているのか?
「この矢。随分と深く、ステージに突き刺さっていますね」
矢が半分ほど、ステージを貫通している。
それだけ強い力で放たれたという事になるのだろう。
「それに角度から見て。傍聴側から放たれた事になるけど……」
事件が起きてから、直ぐに持ち物検査が行われた。
矢を放つ道具を、即座に捨てられるわけがない。
でも傍聴人の中に、道具を持った者は存在しなかった。
逆に言えば。ステージを警備していた騎士は。
持ち物検査が遅れていただろうから。
証拠を隠滅する時間がわずかにあったってことだよな。
「矢に妙な穴が開いている事も気になる」
矢の中には細いもの程度なら、入りそうな穴が開いている。
と言うより、空洞が出来ているような形だ。
こんな矢は見たことがない。きっとこれが、仕掛けの一部だろう。
他に気になる部分は。ステージ上に、やけに残留魔力が多い事だろう。
演出とかあるらしいので。その影響もあるんだけど。
事件に魔法が使われても、誤魔化せるって事だよな。
「使われたのは、炎と水、それと風魔法か……」
「水魔法は風船噴射に、使われたんだろうね」
「風船噴射ですか。そんなイベントありましたね」
意図は全く不明だが。風船が空高く飛び上がる演出があった。
風船は真っすぐ、風の影響を受けずに飛び立った。
「アレはメイ液を、水魔法で作り出したかららしいよ」
「メイ液?」
「うん! 無味無臭、無色で。常温に触れたら一気に気化する液体だよ!」
気化か。液体から気体に代わると、物体は膨張する。
その時発生する、圧力で風船を飛ばしたんだな。
「私にもメイ液は作られないけど。魔力の高いエルフ族なら、お手のものらしいよ」
エルフ族は魔力が高い種族だ。その上羽根を生やして空も飛べる。
体が軽い為、風の影響を受けやすく。
自由自在に空を飛べるって程でもないらしいが。
「じゃあさ。メイ液さえ作れれば。矢を飛ばせるわけですね」
「え? 可能だけど……。メイ液の圧力は凄いから。気化したら直ぐに飛んじゃうよ」
風船が真っすぐ飛ぶほどの勢いだ。
気化した瞬間、一気に膨れ上がるのだろう。
「矢を飛ばすにしても、しっかり狙って魔法を放つ必要があるし……」
ルシェ様は傍聴席側を見た。
そちらには一切、魔法が使われた形跡がない。
「残留魔力がないから、生成もされていないみたいだよ」
「傍聴席側ではね……」
「え? どういう事?」
傍聴席側でメイ液を作るのは不可能でも。
ステージ側なら、こっそり作ることも可能だろう。
この事件。矢がどこから飛んできたのか。争点になりそうだな。
それに矢が下向きに刺さっているのも、不自然だ。
ステージは傍聴席よりも、高めの位置にある。
「やっぱりステージ上で、矢は放たれたんだ」
「うん。その可能性は高いけど……。でもだったら、なんでこんなに大きく狙いを外したんだろう?」
矢は魔王様にも人界代表にも当たらなかった。
ステージに立っていた者が犯人なら。
至近距離で大きく狙いを外した事になる。
「犯人の狙いは、暗殺じゃなかったのかもしれませんね」
「暗殺じゃない? だったら狙いはなんだろう?」
「例えばですけど。こっちに捜査の人員を割かせるとか」
実際の所。暗殺未遂騒ぎのせいで。
死んだエルフの衛兵長が、殺されたのか事故か、自殺かも。
まだハッキリとした情報がないみたいだ。
「どうやらもう片方の事件も、しっかり調べた方が良さそうですね」
「うん。でもその前に。一度お父様から話を聞いてみない?」
魔王様からか……。確かにステージに立っていた彼なら。
目撃している可能性があるんだよなぁ。
それにこれだけの騎士団が揃っていながら。僕を呼び出した理由も気になる。
人界、魔界、エルフのエリートが揃った場所だ。
只の探偵に過ぎない僕に、一体何の用だろうか?
「そうですね。一度、情報整理も兼ねて、魔王様の話を聞いてみましょう」
僕は魔王様に報告も兼ねて、話を聞きに向かった。
魔王様は強さ自信があるのか。僅かな護衛だけを連れている。
ステージ脇で待機しながら、僕の捜査を見つめていた。
灰色の肌。漆黒の鎧を着こみ、赤い瞳。
逆方向の角が生えており、身長分くらいの赤い羽根が生えている。
とてつもなく大きく。それでいて威圧感のある風貌だ。
畏怖を抱きかねないお姿だが。中身は温厚な魔物だ。
少なくとも、血と殺戮を嫌うような存在である。
だから僕も、気兼ねなく話を聞くことができた。
「やあ。捜査は順調かね?」
「まあ、ぼちぼちです」
あの矢からいくつか、気になる事が発覚した。
魔王様にそれを聞いてみよう。
「少しお話聞かせていただいても、宜しいでしょうか?」
「構わないけど。私が知っている情報は、僅かだよ」
「矢が飛んできたとき。ステージではどんな反応でしたか?」
僕は敢えて曖昧な聞き方をした。
魔王様は少し考えてから、僕に目線を向ける。
「当然パニック状態だったね。急に傍聴席から矢が飛んできたのだから」
まあそうだろうな。パニックだったのは、僕も知っている。
でも魔王様は今、あからさまな嘘を吐いた。
僕を試しているのだろう。だったら、彼の真意を全て当ててみせよう。
「魔王様、わざわざ僕を指名したのは、何故です?」
「君には実績があったからね。それとも何か不満かね?」
「この現場、エルフや人族に比べて。やけに魔物の兵士が少ないですよね?」
魔王様が狙われたかもしれないのに、魔物達は捜査に消極的だ。
和平には当然、大勢の護衛を連れ来た。
現場に居る人数と、数が合わなすぎるのだ。
「それに貴方は"傍聴席から矢が飛んできた"と証言しました」
「それがどうしたのかね?」
「実際に矢は、ステージ上から放たれたのですよ」
矢の空洞に、メイ液を入れて気化させれば。
道具を使わずに矢を、飛ばすことができる。
中身が空洞なので、当然矢は普通より軽いはずだ。
「でもステージ上に居た者達が。誰もそれに気づかないのは、変ですよね?」
「ふむ。確かに変だね。でも本当に、ステージ上から放たれたのか?」
「間違いないです。"下向き"に、"深く"刺さっていましたし」
つまり矢は、上方向至近距離から、ステージに刺さったという事になる。
「ステージの上からじゃないと。下向きに矢は刺せませんよ」
「なるほど。確かに私は、ステージ上から放たれたのに気付いたよ」
魔王様は口角を半分だけ上げた。
「しかしそれが何かね? どこからだろうが、我々が狙われたのは事実だ」
「作戦だったんですね?」
僕の問いかけに魔王様は、目線を逸らした。
右上方向へ赤い瞳を向けている。これは嘘をつく前兆だ。
知的生命体は嘘をつく時、右上を見る癖があるからね。
「この矢は明らかに、貴方達に向けられたものじゃない」
もし魔王様や人界代表が狙われたのなら。
下方向じゃなく、真っすぐ放っているはずだから。
犯人は最初から、矢を外すつもりで放ったんだ。
「全ては暗殺未遂の騒ぎを、大きくするためですか?」
「見事だ。僅かな証拠から、我々の作戦まで、気が付くとは」
「ええっと……。ユウ、どういう事?」
まだ気づいていないルシェ様。
狙いを外したわざとらしい、矢の一撃。
暗殺未遂と同時に、溺死していたエルフの謎。
魔物の騎士団が、暗殺未遂現場に少ない理由。
僕がここに名だしで呼ばれた訳。
全ては魔王様が考えた、作戦の一部だったんだ。
「これは暗殺未遂事件じゃなく。殺エルフ事件だったんだよ」