エピローグ 始まりの終わり
「全ては十二年前。あの事件から始まった……」
気絶から立ち直った後。アスハさんは素直に犯行を認めた。
そのうえで、自分の動機を語り始めてくれた。
十二年前。彼女の父に何があったのかを。
「コン家没落事件。聞いた事ありませんか?」
「な、なに!?」
魔物に姓はつかない。着くのは人間とエルフの貴族だけ。
コン家ってことは、コンが苗字のはずだ。多分エルフ族の貴族のはず。
なのに……。何故か魔王様が動揺した様子を見せた。
「十二年前。エルフの政治家が殺害されました」
エルフ族は魔界や人界と違って、民主制だから。
王族じゃなく、政治家たちが国家の舵取りをしているんだったな。
「被害者はもう一人。それは魔界から、訪れた使者」
「え? ってことは。魔物が殺されたってことですか?」
「ええ。あの時は魔王様。貴方も捜査していましたね」
魔王様も捜査に参加していた。だから、反応したんだな。
「エルフの騎士団は。犯人として、ケー・コンと言うエルフを逮捕したわ」
動機を語るアスハさんの声は。震えていた。
そこには様々な感情が、宿っている。
怒り、悲しみ、悔しさ。十二年前、彼女に何があったんだ?
「でも、あれは冤罪。私の父は、不正な証拠に気付き、告発したわ」
「ああ。覚えているよ。あの時、私と"ユウガ"も。必死で食らいつた」
「その節はお世話になりました。魔王様」
アスハさんは穏やかな笑みを、魔王様に向けた。
「貴方とユウガさんには感謝しています。同時に、申し訳なくも……」
「ユウガは不正が行われた証拠を見つけたんだ」
「でも訴えは却下された。圧力がかかったようにね」
実際圧力がかかったのだろう。
不正の証拠が逮捕の決め手になるなんて。
普通の捜査ならあり得ない。だから冤罪だと確信しているのか。
「父とユウガさんは。それから二年かけて、必死で事件を追いました」
「だがユウガと……。コノ・ワガミ―さんは……」
魔王様は俯きながら、目を瞑った。
アスハさんも、悔しそうに拳を握っている。
「殺されたのよ。口封じのために!」
この言葉と共に、アスハさんはツカサさんを睨んだ。
彼は涼しい表情で、指を鳴らしている。
「この悪魔によってね!」
「なっ!?」
ツカサさんがアスハさんの、父親を殺した?
どういうことなのだろうか?
「そして。殺しの依頼をしたのが……。チイ・アリーノよ」
「ひ、被害者だって!?」
「あのエルフは。私を監視するために近づいたのよ! 事件を追わないために!」
刃が鉄くずになった剣を、アスハさんは強く握りしめた。
歯を食いしばりながら、腕を振るわせている。
「信じていたのに……! あの人を本気で師だと! でも裏切られた!」
自分に捜査のイロハを教えてくれた、師匠が。
実は父親殺害の依頼者だった。これが動機。
裏切られた怒りと、父親を殺された復讐心が。彼女を凶行に走らせたんだ。
「あのエルフは父を手に掛けながら。平然とした態度で私と接した……!」
剣を投げ捨てて、目を大きく開くアスハさん。
澄んでいた瞳に、濁りが宿る。
「許せなかった! だから! この手で殺してやったの!」
感情が爆発するほど、彼女は殺意を抱いていた。
証拠を捏造し、殺しまで平然とやる相手だ。
告発じゃ、絶対に追い詰められなかったのだろう。
「アスハさんはどうやって。真実を知ったんですか?」
「教えてもらったのよ。全てを知る、"死神"からね」
死神だって?
「一連のトリックも。死神が考えてくれたのよ」
「じゃ、じゃあ! その死神が黒幕って事ですか!?」
「ええ。でも。私は正体を言う気はないよ。約束だから……」
師匠の裏切りを信じる程の存在だ。
きっとアスハさんと"近い間柄"にあった者。
発狂時の謝罪は、黒幕に向けてのものだったのか。
「見事だったわ、ユウキ。私達、もっと速く会っていれば……」
「アスハさん……」
「良い? ツカサに騙されてはダメよ! コイツは剣士の皮を被った、悪魔なんだから!」
アスハさんを連行する、エルフの騎士団が到着した。
動機もトリックも明かされた。これで事件のは解決だ。
多くの謎を残しながら……。
「さて。事件も終わった事だし。僕はお暇させてもらおうかな?」
ツカサさんが帰ろうと、僕らに背を向けた。
「待ちなさい! 貴方もこの事件の共犯者よ! アスハさんと一緒に連行されるでしょ!」
ルシェ様が怒り交じりに、叫ぶと。
ツカサさんは体を半分だけ、僕らに振り向かせた。
「あれ? 言わなかったけ? 僕は暗黒騎士の振りをして、丸太を運んだだけだよ?」
「で、でも! 貴方は丸太の置く場所を調整したり。犯人のアリバイを作ったでしょ!」
「それはユウキ君の推理だよ。だって、僕は……」
ツカサさんは両手を広げて、邪悪な笑みを僕らに向けた。
ルシェ様や魔王様ですら、悪意に満ちた表情に怯む。
「丸太に被害者が居たなんて知らなかったんだからね!」
嘘だ。ツカサさんは、全て知ったうえでアスハさんを支援したはずだ。
彼女に悟られる事すらなく。一方的共犯関係を結んだんだ。
「それとも。僕が丸太に被害者が居たと知っていた。そんな証明出来るの?」
「それは……。出来ません……」
あの時。丸太を使うと言い出したのは、アスハさんだった。
ツカサさんは、運ぶ時に挙手しただけ。
彼はこの展開を想定したうえで。丸太を自分から言いださなかったんだ。
その時被害者を殺す意図があったかなんて。
彼の心の中の感情なんて。証明しようがない!
「人界代表剣士殿は、ステージ上で偽装工作をしている。その事件に関してはどうお考えで?」
「暗黒騎士さん。あの事件の名前。もう一度、ユウキ君に聞いてみなよ」
「"人界代表剣士"暗殺未遂事件です……」
そう。矢の角度や刺さった位置から。
狙われたのは人界代表のツカサさん。
現在の騎士団調査ではそうなっているんだ。
「犯人が僕だとしても。これって自殺未遂だよね! 自殺で起訴出来る?」
「うぐっ! でも殺エルフ犯に協力しています! それは罪になるのでは?」
「おいおい。勝手にみんなが、殺エルフと関係があると思い込んだだけじゃないか!」
あの事件は殺エルフ事件とは、無関係だったんだ。
犯人も動機も意図も違うからね。
アスハさんがツカサさんを憎んでいる以上。共犯関係は成立しない。
「だが捜査に余計な混乱を招いた。これは捜査妨害にあたらないか?」
「魔王も妙な事を言い出すね。捜査の指揮を執っていたのは僕だし」
これがツカサさんの、最後に仕掛けられた罠。
「僕は最初に指摘したじゃないか。アスハが犯人だって」
そうなんだ。彼は真っ先に犯人を名指ししている。
捜査の指揮を執ったうえで、犯人を当てている。
だから捜査妨害に当たらないんだ。
「さてと! ユウキ君に最後の問題。僕を起訴出来るかな?」
湖はエルフの国の領域に当たる。
そこで被害者が死んだのなら。当然エルフの国で裁かれる。
エルフの国は民主制。裁きを下すには、正当な裁判が行われる。だから……。
「出来ません」
「そっか! 安心したよ! 何か証拠を出してくるのかと思った!」
彼を起訴することは、民主主義のエルフの国では不可能。
だって起訴するほどの証拠がないのだから。
王政や魔界だったら、まだやりようがあったんだけど……。
「でも最後に言っておきます。これで終わったなんて考えないように」
アスハさんは僕にヒントを出してくれた。
この男を裁く最大のヒントを。十年前。
彼女の父と魔王様の側近を殺害したのは、彼だと。
「その瞳。アイツと似てて、退屈しないね」
ツカサさんは完全に背を向けて、歩き出した。
今はまだ、彼を止めることは出来ない。
「時間があったら、また遊んでやるよ。"ユウガの息子"、ユウキ君」
恐るべき悪魔は、その言葉を現場に残して去った。
アスハさんに協力した意図を隠したまま……。
僕と彼女の父を殺害した、疑惑を残したまま……。
こうして。多くの謎を残したまま、"最初"の事件は解決した。
僕達はこの時、巨大な闇同士の争いに巻き込まれたんだ。
復讐者の死神。狂った悪魔。この二つの争いに。
そして僕らは次の事件で。アスハさんが諭した死神と接触する。
魔界の政権を崩壊しかねなかった。あの恐るべき事件。
"双子塔殺人事件"で、僕らは大陸を包む闇に直面したんだ。




