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32.ヘレナ

王都のプレンティス公爵邸は、大騒ぎになった。


「夜に帰る」と言ったダニエラは帰ってこず、プレンティス公爵領にも来ていないという。「事故では」と王都からプレンティス公爵領までの道をくまなく探したが、ダニエラを乗せた馬車が事故を起こしたような痕跡もなかった。


ダニエラは、消えてしまった。


1日過ぎ、2日過ぎ、3日が過ぎ、ノアの目の下にできたクマは、消えるどころかますます濃くなっていく。ジンジンと重い目に手をあてながら、「閣下、お食事を」という使用人の言葉を聞き流す。


「食ってられるか」


(ダニエラ…どこにいるんだ…!)


馬車の轍を追おうにも、轍の数が多すぎてかき消されてしまっている。プレンティス公爵領にいた盗賊仲間たちは全国各地に散らばり、ダニエラと「古い友人」の情報を探し回った。


アーサーも心配して、王太子直下の精鋭部隊を貸すと申し出た。


「アーサー、ありがとう」

「兄上のためですから。大丈夫、きっと見つかりますよ」


アーサーの執務室で捜索範囲や人員配置を相談する二人に、シャルロットはいかにも「ダニエラを心配する旧友」という顔で溶け込んでいた。


捜索範囲が「今ダニエラがいるはずの場所」から大きく離れていることを確認してから、シャルロットは何気なくその場にあった新聞に手を伸ばした。


ページをめくって思わず、小さく「嘘…ダニー…」とつぶやく。


「ロッテ…?」

「ダニエラがどうかしたのか!?」


ノアがシャルロットから新聞を奪う。シャルロットが見ていたのは「フロリン船籍の船が、海賊に襲われてトリエ沖で沈没した」という記事だった。


「これがダニーと関係あるのか?」

「…っ」


シャルロットは答えない。


「おい!何を知ってる!?」

「こんな…こんなつもりじゃなかったの…」


シャルロットの手は震えている。


アーサーは苦しそうに聞いた。


「ダニーをこの…沈んだ船に…乗せたのか?」


シャルロットはガクガクと頷いた。ノアは、全身から血が引いていくのを感じた。


「信じて!殺すつもりはなかった!ただ遠い所へ行ってほしかっただけなの。アーサーから離れてほしかっただけなの!」

「お前…っ!」


ノアがシャルロットの首を絞めた。アーサーが何とか二人を引き離す。シャルロットはせき込みながら弁明した。


「船長も腕利きだし、航路も海賊がめったに出ないルートを選ばせたわ!安全にパティルエまで届けて、私の従兄に引き渡すはずだったの!こんなことになるなんて…こんな…ごめんなさい…ダニエラが死ぬなんて…」


アーサーは怒りが収まらないノアを侍従に任せ、新聞を手に取る。


(私の…私のせいだ…!私が諦めきれなかったから…ダニー…!)


混乱しながら、アーサーはもう一度新聞を見る。沈みゆく船が挿絵になっている。アーサーが違和感を覚えた。


(船が襲われたのはトリエ沖。確かにシャルロットの言う通り、このエリアにはめったに海賊は出ない。トリエは海上警備にかなり力を入れているからな)


「トリエ…」


アーサーはつぶやいた。


「トリエには…フィリクスがいる」


その言葉に、ノアもシャルロットもはっとした。


「フィリクスが…ダニエラを取り返しに来たというの!?でもどうやってダニエラが船に乗っていることを知ったの?私はお忍びでダニエラを誘ったのよ?」

「フィリクスはああ見えて、優秀な外務官僚だった。外務省の諜報部とも仕事していたし…コネを使ったんだろう。ブロスを去ってから、ずっとダニエラを監視させていた可能性もある」


ソファに押さえ付けられていたノアは立ち上がった。ダニエラが生きているかもしれないなら、座ってはいられない。


「トリエへ行く。ダニエラを連れて帰る」


アーサーは頷いた。


「私は行けませんが…船を用意します。ノックスとエイデンを連れて行ってください。私の部下の中でも特に優秀ですから。外務省諜報部にも圧力をかけて、情報を提供させましょう」


ーーー

2カ月後、ノアはトリエの小さな海辺の村にいた。


トリエについてフィリクスが住んでいたはずのブロス領事館へ出向くと、そこは焼け野原だった。領事館の職員は「不審火で」「フィリクス様は焼死されました」「優しい方だったのに」とさめざめと泣く。


しかしノアもアーサーの部下も信じなかった。


「奴は死を偽装して、どこかで生きてる…ダニエラと一緒に」


フィリクスが頼りそうな「ブロス王国と通じている情報屋」を片っ端からあたり、フィリクスが「平民のラグナル」の身分を手に入れて、「北部のさびれた漁村」に引っ越したことを突き止めた。


「候補になる村は3つだ。手分けしよう。できるだけ早くダニエラを見つけたい」

「はい」

「くれぐれもダニエラに怪我させるなよ」

「承知しております」


ノアがベアニー村で「ラグナルはいるか」と聞くと、村人たちは立派な服を着たノアを不審がりながらも、「岬にある小さな小屋に住んでるよ」と教えてくれた。


「そこには、フィ…ラグナル以外も住んでるのか?」

「そりゃあ可愛らしい奥さんがいるよ」

「べっぴんだし、気立ても良くてね」


ノアの血が湧きたった。


(ダニエラ…!)


肺から血が出そうになるくらい走って、岬の先にある小さな小屋を目指す。小屋の横に、洗濯をしている女性が小さく見える。ピンと伸びた姿勢で、ノアにはわかった。


「ダニエラ…!ダニエラ…」


涙混じりのノアの声に、女性が振り返る。


朝日に照らされたダニエラがノアを見つめる。時間が止まったかのようだった。


生きていた。早くこの腕に抱きしめたい。


ノアは必死に走って、その勢いのままにダニエラを抱きしめようとした。


「ああ、ダニエラ…」


しかし次の瞬間、ダニエラはノアを突き飛ばす。


「おやめください!立派な旦那様!」

「ダニエラ?」

「お人違いです。私の名前はヘレナです」

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