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31.シャルロットの失恋

王宮の夜。


アーサーは小さく「ふっ」と息を吐いてから、シャルロットと一緒に使っている寝室に入る。いつもなら起きて待っているシャルロットだが、今日はもうベッドに入っているようだ。


「ロッテ?寝たのか?」


大きなベッドに近づくと、茶色の髪が見え、薔薇の香りがした。


「ダニー…?」


(いや、そんなはずは…私は何を口走っているんだ)


アーサーは失言したと気づいて、口を押さえた。


シャルロットがパッと振り返り、ベッドの上に身体を起こした。シャルロットが、ダニエラの髪色のかつらをかぶって、寝ていたのだった。


シャルロットは微笑を浮かべていたが、目は笑っていない。真っ直ぐにアーサーを射抜いていた。


アーサーは目を逸らし、声を詰まらせた。そして無理して冗談めかす。


「びっくりするじゃないか。やめてくれ」


シャルロットは、笑わなかった。


「アーサー、あなたダニーのことが好きなんでしょう」


アーサーは答えられなかった。沈黙が、残酷な答えとなって部屋を満たす。


「気づいてたの。貴族学園時代から…ダニーがフィリクスの愛人になったあとも…今も…ずっとアーサーはダニーのことが好きだって」

 

シャルロットのすみれ色の目が潤んでいる。


「私がなぜダニーって呼び始めたか知ってる?アーサーがダニーのことを、優しくダニエラって呼ぶのが嫌だったからよ」

「ロッテ…」

「私がなぜダニーを侍女にスカウトしたかわかる?監視するためよ。見えないところであなたと浮気しないように。浮気したらすぐに殺せるように」

「ロッテ…頼む…」

「ずっと盗賊団と一緒にいればよかったのに。フィリクスに囲われたままだったらよかったのに。プレンティス公爵の愛を信じられないまま狂ってしまえばよかったのに…!どうしてなの…あの子は何回も何回も立ち直って…!平民に落ちた男爵令嬢のくせに…!」

「シャルロット、やめてくれ…!」

「やめないわ!」


シャルロットは、かつらをつけたまま、ベッドを降り、ゆっくりとアーサーと向き合った。そして直立不動の夫に抱きつく。普段のシャルロットの香水とは違う、安っぽい薔薇の香りが強くなった。


(ダニーの香り…)


そう感じながら茶色の髪にあごをつけた瞬間、アーサーの下半身が反応する。


シャルロットは「今日はこのまましましょう。ね?ダニーを演じてあげる。あなたのヒロインを」と誘った。


「ロッテ…頼む、やめてくれ…」

「私と離婚したくはないでしょう?フロリンとブロスの連合王国をつくらなきゃ」


「さ」とシャルロットはアーサーの手を引いて、アーサーはシャルロットのすみれ色の目に宿る狂気に戦慄した。


ーーー

ダニエラのもとに、シャルロットからの手紙が届いた。


「何かしら…」


手紙には「ブロス王室の堅苦しさに嫌気がさしている。アーサーも変にまじめで、外出をなかなか許してくれない。お忍びで外出したいから付き合ってほしい。誰にも内緒で」とあった。


「王太子妃殿下も大変ね」と、ダニエラは承諾の手紙を出す。数日後、シャルロットが用意した商家風の馬車がプレンティス公爵邸の前に停まった。


ダニエラは使用人たちに「古い友人にプレンティス公爵領を案内する。夜には戻る」と告げて、自分の護衛は連れずに馬車に乗り込んだ。


「付き合ってくれてありがとう、ダニー」

「いいえ。ご一緒させていただいて光栄ですわ。ところで今日はどちらへ?」

「港へ行きたいの。海を見てフロリンに思いを馳せたいわ」


寂しそうな表情を浮かべたシャルロットを見て、ダニエラは「もう本当に幼い時から、異国で暮らしてきたのだもの。故郷が懐かしくなるのも当然よね」と納得する。


「それはいいですわね」

「よかった」


港ではちょうど、フロリン船籍の商船が出航を待っているところだった。


「大きな船ですわね」

「そうね。フロリンの商船でもトップクラスじゃないかしら」


「ちょっとでいいから、乗せてくれない?」とシャルロットは船長に頼んだ。船長はお忍びでやってきた王太子妃に驚くこともなく、ダニエラとシャルロット、そしてシャルロットの護衛たちを船に案内した。


(シャルロット様にこんな護衛がいたかしら…?いえ、王太子妃になられて、護衛を変えたのかもしれないわね。王太子殿下は抜かりない方だから)


「甲板が広くて気持ちいいわね」

「そうですわね」


「ところで船員の部屋はどうなっているの?」とシャルロットが船長に聞いた。


「この下にあります」

「見たいわ」

「承知いたしました」


船長はトントントンと階段を下っていく。


「こちらです」

「あら、一人用なの?」

「はい。一等航海士以上は個室です」

「長旅でも快適そうね」

「ええ」


「ちょうどよかったわ」とシャルロットが言うのと同時に、船長はダニエラの背中を押して船室に押し込んだ。


ダニエラは船室の床に転がる。


「何をするのですか!?」と言い終わる前に、ドアが閉まり、外からカギがかかる音がした。


「出して!出してください!王太子妃殿下!シャルロット様!助けてください!」


ダニエラは必死に、ドアの向こうにいるシャルロットに呼びかける。


シャルロットの穏やかな声がした。


「ごめんね、ダニー。でもこうするしかないの」

「…どうして?どうしてですか、妃殿下」

「あなたのせいで私がどれだけ惨めな思いをしているか、あなたにはわからないでしょう。アーサーから離れてちょうだい、永遠に」

「殿下…お願いです…」

「安心して、殺しはしないから。向こうでの生活も保障するわ」


ドアの向こうから人の気配が消え、船が動き出したことを悟って、ダニエラは絶望した。

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