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3.王子様は助けてくれない

5月のその日、ダニエラはローガンとともに突然呼び出しを受け、生徒会室の扉の前に立っていた。


(何事かしら)


「失礼いたします」


中に入ると、アーサーはダニエラを見て一瞬だけ悲しそうな顔をした。すぐにいつもの厳しい表情に戻り、ゆっくりと机の上にあった書面をもちあげ、顔の前にかかげる。


(殿下のあの表情…嫌な予感がするわ…)


アーサーは落ち着いた声で書面を読み上げる。その手がかすかに震えていた。


「第二代オールデン男爵フィリップ・オールデンは、5月13日、オールデン男爵位および領地オナーズコートを失ったことが確認された」


ダニエラとローガンは息をのみ、顔を見合わせた。沈黙が数秒続いた後、アーサーが決意したように口を開いた。


「ダニエラ・ヘレナ・オールデンおよびローガン・ラッセル・オールデン。貴族身分を喪失した者として、貴族学園からの退学を命じる」


(そんな…)


ダニエラの横で、ローガンがぶるぶると震え出す。ダニエラの腕も小さくカタカタと震えて、抑えようとしても止まらない。


「オールデン男爵は、爵位と領地を担保に借金をしていた。しかし期日までに返済がなかったため、爵位と領地を失うことになった」


事務的で冷たい声。


ダニエラにはわかっていた。アーサーは、王族として、生徒会長として、規則に忠実でなければならない立場なのだと。


だからこそ、彼にすがるのは恥だった。それでも、ダニエラはその場に跪いた。アーサーの事務的な口調にほんの少し滲んでいた、「優しさ」と「苦しさ」に期待して。


彼なら…完璧なヒーロー然とした彼なら、路頭に迷いそうなあわれな姉弟ふたりを助けてくれるかもしれない。


「王太子殿下、どうか…卒業までの1ヶ月だけでも、在籍を認めていただけませんか。せめて弟だけでも…このままでは、弟は中等部すら卒業できないままです。そんな状態で世の中に出たら…」


アーサーの赤い瞳が一瞬だけ揺れた。だがすぐに、その眼差しは王太子としての厳しいものに戻った。


「前例を作るわけにはいかない」


ダニエラは、床についている膝とつま先と手のひらから、全身の血が抜けていくような感覚に襲われた。


「生徒会メンバーだからといって、君を特別扱いするわけにはいかない。わかるね」


(ああ、そう…私はおとぎ話のヒロインなんかじゃない。特別な能力もなく、病気の母に全身全霊で尽くせるほど高潔でもない。そんな人間が、王子様に助けてもらえるはずなんてないんだわ)


ダニエラはすっと立ち上がった。


「…わかります。うろたえて王太子殿下に特例を願ってしまったこと、恥じ入っております」


ほんの数日前まで目の前にあった明るい未来がガラガラと音を立てて崩れていくなか、ダニエラは生徒会室を辞した。


ダニエラとローガンが学園の門をくぐったとき、「ダニー!」と大きな声がした。


シャルロットが最新流行の美しいドレスをつまみ、足首を見せて息を切らしながら走ってくる。豪華なアクセサリーが彼女の動きに合わせて揺れる。


「ダニー!どういうことなの!?」

「…王女殿下、あなたともあろうお方が足首を見せて走ってはなりません」

「今はそんなことどうでもいいでしょ?退学って本当なの!?だって、わたしたち、約束したじゃない! わたしの侍女になってくれるって言ったでしょ?ここを卒業しないと私の侍女にはなれないわ!」


「嘘だと言って」と、シャルロットの美しいすみれ色の瞳から、涙が零れ落ちる。自分のために声をあげて泣いているシャルロットを優しく支えながらも、ダニエラの心は冷めていた。


(さすが王女殿下、きれいな泣き顔ね。私はこんな風に泣けないわ。きっと一生無理)


「アーサーが圧力をかければどうとでもなるのに!どうしてなの!?」


シャルロットが芝居がかった様子で声をあげて泣いているので、教室の窓から「なんだなんだ」とクラスメイト達が顔を出す。呆然とした表情のフィリクスもいる。


オールデン家の二人が退学することは、学園中に広まったことだろう。


(まるで見世物ね)


「王太子であらせられるからこそ、私たちを特別扱いはできないのです」


頑張っていれば、報われると信じていた。正しくあれば、誰かが見ていてくれると信じていた。けれど現実の王子様は、とるに足らない男爵家の姉弟に手を差し伸べてくれることはない。


「帰りましょう」


ダニエラはうつろな表情でローガンに言った。


ーーー

そのころ、生徒会室に残ったアーサーは表情を歪め、拳で机を叩いていた。


「くそっ…」


ダニエラは優秀な秘書だった。


シャルロットの好きなピーチティーを辺鄙な土地から仕入れ、シャルロットには「王太子殿下が王女殿下のために遠方から取り寄せたのですよ」と伝えて、アーサーの手柄にしてくれた。折に触れ、真面目過ぎてシャルロットの機嫌をとってやれない自分をサポートしてくれていたのだ。


成績優秀なのに驕らずでしゃばらず、それでいて必要なときには控えめながらも論理立った意見を述べる。そんな彼女が好きだった。


シャルロットともうまく付き合っていたから、将来はシャルロット付きの侍女になって、ずっとアーサーとシャルロットのそばにいてくれるはずだった。


それで良かった。それが良かった。


「君を失うなんて…」


それでも特別扱いはできない。彼女を特別扱いすれば、自分のダニエラへの想いが知られてしまうかもしれない。


(それはダメだ)


シャルロットはいずれフロリン女王として即位する。ブロス国王になる自分とフロリン女王になるシャルロットが結婚すれば、ブロスとフロリンは連合王国になり、平和が訪れる。それはブロス王国としての悲願だった。


(ダニーへの想いを知られて、万一にもシャルロットとの結婚がなくなってはいけない。私は…私は王太子として正しいことをしたんだ)

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