21.友人だから
宮殿に華やかな音楽が響き渡る。王宮の庭園では収穫祭のパーティーが開かれていた。色とりどりの衣装と宝石が揺れ、笑い声とワインをついだグラスの音が交錯する中、アーサーは会場を見守っていた。
その視線の先には、フィリクスに寄り添うダニエラの姿があった。
フィリクスは「ユージェニーが使用人の不注意で顔に火傷をしたので、今後は社交に出られないかもしれない」と周囲に説明している。ダニエラはその隣で、泣きそうな顔をしていた。
「アーサー殿下、何を見ておられるの?」
さきほどまで貴婦人たちと談笑していたシャルロットが、彼の隣に立つ。半年後に、アーサーとシャルロットは結婚式を挙げる。
シャルロットはアーサーの視線を追った。
「ダニーを見てらしたの?」
「少し気になったんだ」
「そうですわよね」
シャルロットの言葉は何気なかったが、アーサーはピクリと反応した。
「友人としてだ」
「もちろん、わかってますわ。私も気になりますもの。ダニーほどの人が愛人として囲われて、能力を発揮することもなく日々を過ごしているなんて、国の損失でもあるわ」
「その通りだ」
「しかも相手はあの甘えたのフィリクスですのよ?それならアーサー様の愛人になってくれたほうがマシですわ」
アーサーはドキッとしながらも苦笑した。愛人など、気位の高い彼女が許すはずはない。
「めったなことを言うものではないよ、ロッテ」
「ロッテ」と呼ばれて、シャルロットは満足そうに顔を赤らめた。
ダニエラがまだ貴族学園にいたころ、アーサーに「王女殿下を愛称でお呼びになってはいかがですか。愛情表現になります」と提案してくれたのだ。当時は気恥ずかしくてできなかったが、最近ようやく呼び始めるようになった。
「私は愛人など作る気はないし」
「ええ、そうですわよね。アーサー様はまじめですもの」
シャルロットと話しながら、アーサーはまだダニエラを見ていた。
「まだダニーが気になりますか?」
アーサーは誤魔化すように笑った。
「少し…彼女が無理をしているように見えてね」
シャルロットはしばし黙り、アーサーの表情を観察する。
「本当に、友人として、心配してるだけですわよね?」
「同級生として、生徒会を支えてくれた仲間として、心配しているだけだ。それ以上でもそれ以下でもないよ」
シャルロットはアーサーの腕に手を回した。アーサーは反射的に、シャルロットが腕を組みやすいように姿勢を整える。
「じゃあ直接話に行きましょう。ここから見てあれこれ言っていても、ダニーには伝わりませんわ。私も久々にダニーと話したいですし」
「ああ、そうしよう」
アーサーとシャルロットが連れ立って歩くと、自然に道が開いた。「素敵なお二人ね」というひそひそ声が充満していく。
理知的で男らしいアーサーと天真爛漫なシャルロットの組み合わせは、未来の国王夫妻であることを差し引いても、目をひいた。
「フィリクスにダニー、ご機嫌よう」
ダニエラは完璧なマナーで礼をした。
「未来の王と王妃にご挨拶申し上げます」
「久しぶりだね」
「はい」
(お二人に会うのは、貴族学園を退学した日以来だもの。もう1年半になるかしら)
フィリクスは、少し面倒くさそうに「やあアーサー」と挨拶する。二人は従兄弟だから、王太子と臣下とはいえ、気安い関係なのだ。
「ダニー、素敵なドレスね。ダニーによく似合うわ」
「ありがとうございます。フィリクス様が用意してくださいました。いつも私好みのドレスを贈ってくださるのです」
そしてフィリクスにそっと寄り添って彼を見上げる。フィリクスは満足そうに微笑んだ。
(ああ…吐きそうだわ。私はいつまでこんなことを続けるのかしら)
フィリクスの顔から視線を外してうつむいたダニエラの顔が、ほんの少しだけ曇ったのをアーサーは見逃さなかった。
(やっぱり…彼女は無理をしている)
「フィリクス、ちょっといいか?」
「なんだ?」
アーサーはフィリクスだけを、会場から少し離れた東屋へ誘う。
「アーサー、なんだよ?」
「ダニーに無理をさせてないか?」
フィリクスはアーサーの表情を伺って、ニヤッと笑った。
「お前には関係ないさ」
「しかし…」
「指くわえて見てろよ。昔からそうだったみたいに」
アーサーの顔色がさっと変わった。
「フィリクス、お前…」
「知ってるさ、お前がダニーに惚れてるってことは。国のためにフロリンの王女と結婚しないといけないから、ずっと抑え込んできたんだろ。連合王国樹立は国王陛下の悲願だもんな」
「…っ」
「お前はダニーに何をしてやった?何もしてないだろ。俺は違う。野盗の群れから救い出して、いい暮らしをさせてやってるんだ」
フィリクスはアーサーの肩をポンと叩きながら、「ダニーのことは俺に任せろ」と笑った。




