表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/34

18.別離

「じゃ、一週間ほど留守にするから。大きな動きはするなよ」

「わかってるって」

「新婚旅行、楽しんで」

「新婚じゃねぇって!」

「おいおい照れるなよ、ノア」


二人が旅行に出発する朝。二人が支度を整え、仲間たちから見送りを受けているときだった。


地鳴りのようなひづめの音が響いた。


見張りが声を張り上げる。


「騎士団だ!!」


大きな馬に乗り美しい制服を着た騎士たちが、アジトになだれ込む。


(どういうこと…?)


ダニエラは、現実をすぐに受け止められず、ただ茫然と目の前の光景を眺めていた。


テントが踏み荒らされ、仲間たちが怒りの声を上げる。男も女も武器をとり、子どもたちは泣きわめきながら逃げ惑う。


ダニエラははっとした。


「シエラ!エマ!こっちへ!」

「ダニエラ先生!」


ダニエラは駆け寄ってきた子どもたちを抱きしめて、自分のうしろに隠した。「大丈夫…大丈夫よ」と自分と子どもたちに言い聞かせながら。


(この子たちを逃がさなきゃ)


どこかに子どもたちを逃がせるルートがないか、周囲を見回す。


剣を抜いているノアと目が合った。


「お前も子どもと一緒に逃げろ!」


その瞬間、ダニエラの胸に強い感情が沸き上がった。


(嫌…嫌よ、私はあなたといたい)


それでも冷静に考えれば、子どもたちだけで森の中を逃げるのは危険すぎる。無事に逃げ切れたとしても、子どもたちだけで生きてはいけないだろう。


ダニエラの目から涙が溢れた。


これが自分たちの別れになる…そんな予感がしたのだ。


ノアはダニエラに向かって「愛してる」と、口の形だけで伝えた。ダニエラは「私も」と返す。


(愛してる…)


涙を拭いて、子どもたちに向き直る。できるだけ普段通りの声で。


「みんな、あっちの方角には騎士がいないわ。あそこから走って逃げるの。はぐれないように、一人にならないように。いいわね?」


子どもたちは素直にうなずき、ダニエラと手をつないだ。騎士団の目を盗んで森に入り、一気に駆け出す。生まれたときから森で過ごしている子どもたちが、ダニエラを先導する。


早く、できるだけ遠くに。


「待て!」


鋭い声が響き、ダニエラの腕が後ろに引っ張られた。


「っ…!」

「ダニエラ先生!」


ダニエラが捕まったのを見て、子どもたちが一斉に足を止める。


「みんなは逃げて!振り返らずに逃げなさい!」


「無駄だよ、包囲してあるから。逃げて捕まるより、僕たちと一緒に来たほうがいい」と、落ち着いた、聞きなれた声がした。


「フィリクス様…?」

「そう。僕だよ」

「どうして…どうしてここに…」

「どうしてって?君を迎えに来たんだ。約束したろ?用意が整ったら迎えに行くって。こんなところで盗賊と一緒にいるなんて、君らしくないよ」


ダニエラはフィリクスを睨んで「私らしいって何ですか?」と問おうとしたが、フィリクスの様子がおかしいことに気づく。何かにとりつかれているかのように、尋常ではない雰囲気をまとっている。


まるでダニエラの母のようだ。


ダニエラは本能的に「彼に逆らうのはまずい」と理解した。


「君を探すためにさ…すごく苦労したんだよ。上司を説き伏せて捜索団を組織して…盗賊団から追い出されたとか言う女にも話を聞いて、ようやくアジトの場所がわかってね…」


(リズさん…!)


「でも君に会えて苦労が報われた。さあ、僕らの家に帰ろう。あ、もう僕は公爵だよ。この盗賊団壊滅は起きな手柄になるから、君が望む通り外務省にも入れそうだ」


(私はそんなこと望んでない…!あなたには何も望んでない…!)


「ああ、愛人になる君のために、屋敷も用意したよ。君の好みに合わせてこじんまりとした屋敷をね。でも質素ってわけじゃないよ。内装には僕なりに気をつかったつもりだ。きっと気に入ってくれると思う」


フィリクスは「乗って」とダニエラを自分の馬に乗せた。ダニエラの後ろに自分が乗り、ぴったりと身体を寄せてくる。ダニエラは気分が悪くて身震いした。


それでも、今ここで彼に逆らうわけにはいかない。盗賊団の命を握っているのは彼だからだ。


「フィリクス様、子どもたちと盗賊団のみなさんを…」

「ん?」

「大人は殺さないで…子どもたちは保護してくださいませんか」

「どうしようかな?ダニー次第だね」

「私…次第…?」

「そ。リズとかいう馬鹿な女に、君が義賊ノアと恋仲だって聞いたんだけど、そんなの嘘だよね?そんなの、僕に対する裏切りだよね?」

「…!」

「君が僕を裏切っていないなら、君に免じて盗賊団の皆殺しはなしにしてもいい」


フィリクスはダニエラの耳に息を吹き込むように話し、ダニエラはまた身震いした。


フィリクスは子どもたちが着いてきやすいようにだろう、ゆっくりと馬を歩かせてアジトまで戻ると、優雅な仕草でダニエラを馬から下ろした。


アジトではノアをはじめとする盗賊団のメンバーが、縄につながれ座らせている。地面に倒れているメンバーも何人かいる。殺されたか、瀕死なのだろう。


「ノアさん…」

「ダニエラ…」


視線をかわす二人を見たフィリクスの中で、なにかがぷつりと切れた。


「ダニー、やっぱり僕を裏切ってたのか?」

「フィリクス様…!ノアさんは…」

「気安く他の男の名前を呼ぶな!」


ダニエラはビクッとして動きを止めた。


「ダニー、君は僕と一緒に帰るんだ。僕たちの家に。そしてここであったことはすべて忘れろ。ノアに出会う前の君に戻れ。そうすればノアも子どもも殺さない」


ノアは歯を食いしばり、「ふざけんな」と吐き捨てる。


「ふざけてなどいないよ。どうする、ダニー?」


ダニエラは目を閉じてカタカタと頷いた。フィリクスは満足げに笑って、ダニエラの唇にねっとりとキスをした。


何かが壊れていく音が、ダニエラの胸の奥で静かに響いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ