17.守ってくれる人
薔薇の香りがするノアのマントを布団代わりにして眠ったダニエラは、雲間から差し込む朝日で目を覚ました。
(久しぶりにぐっすり眠った気がする)
「眠れたか」
「はい。とてもすっきりしています」
「そうか」
ノアは少しためらいながらダニエラの手をとった。ダニエラもためらいながらノアの手を握り返す。
「何があったのか、全部話してほしい」
「…」
「頼む。全部信じて、助けるから」
(…言っても、いいの?)
「…リズさんが私を突き落としたんです」
ノアは静かにうなずいた。
「わかった。もう大丈夫だ」
その日、ノアがアジトに戻ったあとでリズの姿はアジトから消えた。「リズどこ行った?」と聞く者もいたが、誰も追おうとはしなかった。
その夜、ノアはダニエラを自分のテントに呼んで静かに言った。
「リズはもうここには帰ってこない」
「…よかったんですか。彼女は家族のような存在でしょう」
「ああ。だがお前を傷つける奴を、俺は許さない」
「どうしてそこまで…」
ノアは諦めたように微笑んだ。
「好きだから」
ダニエラは驚いた顔をした。
「たぶん…たぶん嬉しいんですが、信じられません」
(ノアさんが私のことを好きだと言ってくれるのも…嬉しいと感じる自分の気持ちも…なんだか夢みたいで)
「わかってる」
ダニエラはまた驚いた顔をした。
「わかってる。お前は自分を…愛される資格がないと思ってる。でも違う。愛されるのに資格なんていらない。現に俺はお前のことが好きで…雨の中、危険な獣だらけの森を探し回るくらい好きなんだから」
「…」
「俺にお前が救えるかはわからない。でも辛いときはそばにいて、支えてやりたい。俺にできることなら、っていう条件はつけずにな。お前を助けられるなら泥の中をはいずり回ってでも助けるよ」
「だから」とノアが差し出した手を、ダニエラはそっと取った。
「ありがとうございます」
「その…恋人らしいことはゆっくりでいいから」
「…はい」
「でも俺はお前に、お前が望むことは何でもしてやりたい。今、何かやりたいことはあるか?」
ダニエラは少し考えて言った。
「どこか…行ったことのない場所へ行きたいです。誰も私のことを知らない場所へ」
「そうか。じゃあ次の仕事が終わったら旅行へ行こう」
ノアはさっそくガイドブックや旅行かばんを買ってきた。ダニエラと一緒に街へ行き、旅行用のドレスも注文した。
「楽しみだな」
「はい」
(ダニエラはどう思っているか知らないが、新婚旅行みたいだ)
そう思うとノアの耳は赤くなった。同時にうっすらとした不安が心にかかる。
「誰も私のことを知らない場所へ行きたい」といったダニエラが、旅行先で消えてしまうような気がしたのだ。
「ダニエラ」
「はい」
「いや…ああ、ブーツも作るか?」
「必要でしょうか?」
「歩きやすさを考えると、あったほうがいいと思うぞ」
「…でも、そんなに負担をおかけしては」
「いいんだ。俺が買ってやりたいんだから。ちょうどあそこに靴屋がある。寄って行こう」
靴屋に向かって歩き出したノアの背中を見て、ダニエラは不安になった。
(こんな幸せが、長く続くはずないと思わない?ねえ、ダニエラ。母親を見捨てて弟をほったらかしにしているあなたが、幸せになれると思う?)
ダニエラは頭の中に響く声を振り払うように、首を振る。そして自分に言い聞かせた。
「大丈夫よ、ダニエラ。大丈夫」