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16.癒しの力

ダニエラのところに、リズがやってきた。


「私さ…許してもらえないかもしれないけど、ダニエラさんに今までのこと謝りたくて」

「リズさん…」


ダニエラはほっと笑った。


「怒っていませんし、仲良くしてくださったら嬉しいです」

「よかった!お詫びに、私の秘密の場所を教えてあげる。この時期はきれいな花がたくさん咲くの。蜜が甘くて、子どもたちも好きなんだ。一緒に摘みに行こうよ。子どもたちにあげたら喜ぶから」

「ええ、ぜひ」

「じゃあ行こ」


リズはダニエラの手をぐいぐいと引く。


二人が手を繋いで並んで歩く様子を見て、マーサたちは「ついにリズが折れたんだね」と、顔を見合わせてほほ笑んだ。


「ここだよ」


リズがダニエラを連れてきたのは、崖の上だった。


「花は…?」

「ないよ」

「え…」

「私やっぱりあんたがうざい。ノアに特別扱いされてるのに気づかないふりして。それでノアの気をひいてるんでしょ。さすが貴族らしく、回りくどいよね」


「うざすぎる。だから消えて」と、リズはダニエラを崖から突き落とした。


リズは自分のやったことに身震いしてから急いでアジトに戻ると、「仲直りして一緒に花を摘みに行ったら、ダニエラが足を滑らせて谷に落ちた」とさめざめ泣いた。


「ダニエラ…!」


ノアは顔色を変えて飛び出す。リズはうつむきながらぺろりと舌を出した。


(もうあの女は死んでるよ)


そのころダニエラは、潰れた茂みの中で目を覚ました。


「ああ…茂みがクッションになってくれたのね…」


そこへポツポツと雨が降ってくる。


(運がいいのだか、悪いのだか…)


クッションがあったとはいえ、全身を打撲している。痛む全身を引きずって這うように進み、小さな洞窟で雨をしのいだ。


ダニエラはふっと笑う。


(私はこんな状況でも生きようとするのね。もう諦めればいいのに)


「寒い…」


雨に濡れた身体で震えながら、ダニエラは雨が止むのを待った。気づけば夜になっていた。


「止んだわね」


ダニエラは立ち上がって歩き出そうとして、全身の痛みに呻く。


そのときオオカミの唸り声が聞こえて、ダニエラはビクッとした。暗闇に金色の目が光っている。一頭ではない。


声を出さないように、傷みに耐えながら這うようにして武器には頼りない枝を何とか拾い、しっかりと手に握る。オオカミたちはじりじりと距離をつめてくる。


(ああ、ここで死ぬ…)


そのときだった。


「...エラッ…!」


遠くから声がした。


(ノアさん…?)


ダニエラは痛みをこらえながら力の限り叫ぶ。


「ノアさんっ!?」

「…ダニエラ…!?どこだ!?」

「ここ、ここです!オオカミがいます!助けてください!」


森をかき分けて必死の形相のノアがあらわれたとき、ダニエラは「彼は本当にヒーローだ」と感じた。


ノアは一瞬でオオカミの群れを蹴散らし、ダニエラを抱きしめる。


「ダニエラ!よかった…」

「あの…痛い…です…」

「すまん。崖から落ちたんだろ。傷を見せろ、全部だ」

「えっ…いえ…あの…」

「恥ずかしがってる場合か。女の裸には慣れてる」

「でも…」

「ひどい怪我があれば、早く診ないと手遅れになる。医者だと思え」


ダニエラはためらいながら、ノアに背を向けて服を脱ぐ。ノアはダニエラの背中をランタンで照らし、息をのんだ。


今日の転落でできた打撲傷や擦過傷だけではない。


背中全体に古傷が無数にある。火傷、鞭の跡、そしてフォークや小さなナイフで刺したような跡もあった。ダニエラがどんな仕打ちを受けてきたのか、察するには十分だった。


(くそ、くそっ…こんな…)


「待ってろ、楽にしてやる」

「楽にするって、どうやって…?」


ノアがダニエラの背中に手をかざして神経を集中すると、傷と痛みがみるみる消えた。古傷も消えて、美しい白い背中と腕になっていく。


「古い傷…前にもあるのか?」

「…あの…ええと…大丈夫です」

「あるのかないのか聞いてんだ」

「…あります」

「触らないし見ないから、そのまま前向いてろ」


ノアは背中側からダニエラを真綿に包んで抱えるようにして、ダニエラの胸や腹に手をかざす。またみるみると古傷が消えた。


「これは…まさか…!」


驚いて振り返ったダニエラに、ノアは慌てて「前向いてろって!」と怒鳴り、目を手で覆う。耳と頬が赤い。


ダニエラも「ごめんなさい」と赤い顔をして、慌ててまた前を向いた。そして静かに聞いた。


「癒しの力…なんですか?」


ノアは黙っていた。けれど、その沈黙がすべてを物語っていた。王太子アーサーすらもたない王家の力を、ノアがもっている。二人の髪色と目の色が同じなのも、そういう理由だったのだ。


「あなたは、王家の…」

「俺はもう、そっちの世界の人間じゃねえ。誰に何を言われても戻る気はねえよ」


ノアは自分が国王と王宮で下働きをしていた母の間に生まれた子だと打ち明けた。ノアを妊娠した母は王宮を辞し、ノアを生んで母子2人でひっそりと暮らしていたが、王妃にノアの存在を知られ、毒を賜った。


「そのとき、おふくろは身辺整理のために1日猶予が欲しいと言ったんだ。それでどうしたと思う?」

「…」

「俺と同じくらいの年の黒髪の子どもを攫ってきて、王宮の奴に渡された毒を飲ませて殺したんだよ。俺の身代わりにするために」

「なんてこと…!」

「だよな。おふくろは、俺のために、悪魔になって死んだ。俺には、王家や貴族どもとは関わるなと言い残して」


ダニエラは目を伏せた。


「わかったろ。俺は王家の人間になるつもりはない。だから力のことは誰にも言うな」

「はい」


ノアはマントを脱いでダニエラにかけた。


「この時間は魔獣が出るから、移動するのは危険だ。番しててやるから寝ろ」

「でもノアさんだけ番するのは…」

「盗賊は夜行性なんだよ。ぐだぐだ言わずに寝ろ」

「…はい」


10分もせずに寝入ってしまったダニエラの寝顔を、ノアは優しさと悲しみと怒りが入り混じった赤い瞳で見つめていた。頬にかかる彼女の髪を、そっと横に流してやる。


「これからは俺が…守ってやるからな」

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