15.頼れない
祭りが終わってから、リズのダニエラに対する態度はますます陰険さを増していった。
ノアや男たちが「仕事」でいない夜、ダニエラが残した食事に入っている虫に仰天したマーサが、代わりの食事を持ってきてくれた。
「リズがやったのかもしれないね。ダニエラ先生、びっくりしたろう。大丈夫かい?」
「ええ。マーサさん、本当にありがとうございます」
「いいんだよ。また何かあったら、私に言いな」
「ありがとうございます」
それでも、ダニエラは気づかれない限り黙って耐えた。
(リズさんはここの古参。彼女と仲違いするようなことになれば、私はここを追い出されるかもしれない。ここを離れたくない。家に戻りたくない)
ある朝、ダニエラが指から血を流しながら外で洗濯しているのを、ノアが見つけた。
「おい!ケガしてんじゃねぇか」
「洗濯物に針が混ざってしまっていたようで。でも大丈夫です」
「大丈夫じゃねぇよ。お前、最近ずっと様子おかしい。飯もあんまり食ってねえし。何かあったか?」
ダニエラは黙って首を振る。
「頼む、助けを求めてくれ。頼ってくれ」
その言葉に、ダニエラの肩がかすかに震える。
「できません…」
「どうして」
「助けを求めて、助けてもらえたことがないから…」
ぽつりと落ちる言葉に、ノアは息をのんだ。そういえば牢でも彼女はそう言っていた。
ノアはためらいながら、血を流す彼女の指先をそっと包もうとする。観覧車で彼女がそうしてくれたように。だがダニエラは手を引っ込めた。
(人に与えるだけ与えて…与えられることには慣れてないのか)
「俺は違う。お前に助けを求められたら助ける」
ダニエラはノアの赤い目を見た。射すくめるような目ではなく、優しい目だった。
(そうかもしれない。でも…話して信じてもらえなかったら?ノアさんがリズさんの味方をしたら?だって古くからいるここのみんなは、家族みたいなものだもの。リズさんもノアさんの妹みたいなもの…)
ダニエラはそっと首を振って、慣れた手つきで自分の指を止血した。指に小さな布を巻き、テキパキと洗濯物を干し始める。ノアは彼女のほとんどの指に布が巻かれていることに気づいた。
「ダニエラ…!」
「本当に大丈夫ですから。ここにおいてくださるだけで、本当にありがたく思っています」
「大丈夫です」と繰り返すダニエラに、ノアは「ちっ」と舌打ちして立ち去った。マーサがノアに駆け寄り、「リズだよ」と告げる。
「ダニエラ先生に嫌がらせをしているのは、たぶんリズだよ」
「なんだって?」
「あの子はあんたに惚れてる…それにちょっと…性格があれだろ」
「そういうことか」
「私からもダニエラ先生に”何かあったら言って”とは言ったんだけど…遠慮がちでねぇ。リズにもそれとなく注意したんだけど、聞きゃあしないし」
「ノアからリズに何とか言っとくれ。ダニエラ先生がいなくなったら、子どもたちが大泣きしちまう」とマーサは頼んだ。
ノアは険しい表情で、リズのテントに声をかける。
「リズ、いるか?」
テントの入り口がぱっと開いた。
「ノア!どしたの?」
「話がある。入っていいか?」
「もちろん、いいよ」
リズは嬉しそうにノアを招き入れた。まだ洗濯物をしているダニエラを、勝ち誇ったように見ながら。
「リズ、ダニエラと喧嘩してるのか?」
リズの顔が曇った。
「してないよ」
「じゃあ、ダニエラに嫌がらせしてるのか?」
リズの顔はますます曇る
「…してないよっ」
「じゃあ、ダニエラと仲良くしてやってくれ」
「どうして?」
「ここにはダニエラと同い年くらいの女がリズしかいないだろ。マーサに頼んではいるが、ダニエラも急にここへ来て戸惑うことが多いと思うから…仲良くしてやってくれ」
リズは歯噛みする。
「嫌だって言ったら?」
「それならそれで構わない。ただダニエラにちょっかいかけるようなことはするな」
ノアは立ち上がった。
「リズ、警告だぞ。最初にも言ったろ。ダニエラに手を出す奴は許さないと。お前は妹みたいな存在だが、ダニエラを傷つけるなら容赦しない」
リズはぎゅっとこぶしを握り締めて「わかったよ」と答えた。