13.祭りの夜
アジトの周りでは、古いランタンがゆらゆらと揺れていた。小さな花の飾り、小さく切った布を連ねたガーランド、子どもたちのはしゃぐ声。
義賊たちのアジトにも、花祭りがやってきていた。
「こっち、手伝ってくれる?」
「あ、あの布、結んでくれない?」
「ねえ、この飾りもうかなりボロボロなんだけど」
「虫に喰われてない?」
「ボロボロすぎて、むしろ花びらみたい」
「それはポジティブすぎでしょ。笑える」
ダニエラは女たちの見よう見まねで手を動かしながらも、どこか不思議な気持ちで祭りの準備を眺めていた。花祭りはブロスの一大イベントだが、ダニエラには家族と花祭りを祝った記憶がない。
その時、聞こえてきたのはリズの刺すような声だった。
「お貴族様だもの、こんなみすぼらしい花祭りは嫌よね? 飾りもボロばっかりで」
飾りつけをしていた女たちは作業を止め、ちらりとダニエラに視線を集める。ダニエラは静かに微笑んだ。
「嫌だなんて、思っていません。ただ新鮮なんです。私には花祭りを家族と祝った記憶がないものですから」
「えっ…」
「父はほとんど家にいませんでしたし、母はその…療養していたものですから。花祭りに出かけたこともないし、家に飾りつけをしたこともありませんでした。だからこうやって花祭りをお祝いできて嬉しいです」
リズが口をつぐむ一方、周囲の女性たちの顔色が変わった。
「ダニエラ先生、貴族の出なんだろ?それなのに花祭りも知らないなんて…」
「それって、かなり…」
「かわいそうじゃない?」
「私たちで、今年の花祭り、楽しい思い出にしてあげよっか。アジトでだけだけど」
「いつもうちのわんぱく坊主が、ダニエラ先生にお世話になってるからねぇ」
「そうそう、うちの子も先生のおかげで字が読めるようになったんだよ」
「うちの子は自分の名前が書けるよ」
女たちの声がぽつぽつと集まり、笑顔とともに作業が再開した。リズはなにか言いたげにダニエラを睨んだが、「もうやめなよ」と女たちから小突かれて、視線を外すしかなかった。
ーーー
夕方。飾りつけの作業がひと段落して、ダニエラがひとりベンチに腰かけてランタンを眺めていると、ノアがやってきた。春寒夕、ノアはそっとダニエラに毛布をかけてやる。
「ありがとうございます」
「疲れたのか?」
「いいえ。飾りが綺麗だと思って眺めていました。こんなことをしたのは初めてで」
「聞いたよ。祭りにも行ったことないんだってな。王都育ちのくせに」
「…はい、お恥ずかしながら」
ノアはダニエラに気づかれないように、一瞬呼吸を整えた。声が上ずったりかすれたりしないように。
「一緒に行くか?」
「…どこにですか?」
「王都の花祭りだよ!屋台は出るし、演奏もあるし、移動遊園地も来る。一回くらいは行ってみたいだろ?」
ダニエラの目が、ほんの少し期待に輝いて、また消えた。
「でもあなたは指名手配されているのでは…」
「変装すりゃいい」
「…」
「行くのか、行かないのか?」
「い…行きます」
「決まりだな」
ノアはしゃれた女性用のフード付きマントを差し出した。
「これ着てろ」
「ありがとうございます」
白に金糸で百合の刺繍が入ったマントが、ダニエラによく似合う。
(素敵…それにとっても軽い)
「このマント…とても高価なのではないですか?」と、ダニエラは心配そうにノアを見上げて聞いた。
その顔を見てノアは「…ちくしょう、やっぱり似合うな」と小さくつぶやいた。
「…今、何と?」
「何でもねぇ。さ、行くぞ。フード被れ」
「…はい」
夜の王都は、まるで別世界のようだった。灯りが並ぶ屋台、陽気な音楽、行き交う笑い声…
花祭りの中心地にやってきたダニエラは、その華やかさに目を見張った。
「すごいですね。とっても華やかです。人も多くて…あっ」
ノアは黒いマントのフードを深くかぶり直しながら、人波に押されて離れそうになったダニエラの手を軽く引いた。
「はぐれんな」
「はい…」
目にするものすべてが新鮮で、ダニエラはノアの隣で無邪気な笑顔を浮かべた。そんな彼女の表情に、ノアはつい目を奪われてしまう。
けれど…
(ほんとに来たことなかったんだな)
そう思うと、彼女がこれまで歩んできた人生に思いをはせてしまい、胸が苦しくなる。
そのときダニエラの目に留まったのは、移動遊園地の、空高くそびえる大きな観覧車だった。
(大きい…高い…)
「あー…観覧車に乗りたいのか?」
「…いえ、大丈夫です」
「正直に言えよ。乗りたいのかって!」
「…あの…はい、乗りたいです」
ノアは受付係に料金を払って、ダニエラを手招きした。
「来い」
「はい!」
観覧車のゴンドラが動き出す。街の灯りがだんだん眼下に遠ざかり、春の夜風がそっと二人の間を抜けていった。ダニエラは景色に魅了される。
(素敵。まるで苦しいことでいっぱいの世界から離れて、天国に近づくみたい)
「こんな高いところ、初めてです」
ノアから返事がない。見ると、彼は目をつぶって冷や汗をかいている。呼吸も苦しそうだ。
「ノアさん!?大丈夫ですか?具合が悪いのですか?」
「何でもない…ただ苦手なだけだ…」
「苦手…?もしかして、高いところが…?」
「ちっ、誰にも言うなよ」
ばつの悪そうに睨んでくるノアを見て、ダニエラは思わず吹き出してしまう。
「笑うな」
「ふっ…ごめんなさい。意外だったものですから。みんなから恐れられている盗賊なのに」
「誰にでも苦手なもんくらいあんだろ」
膝に置かれたノアの手は小さくカタカタと震えていて、ダニエラはそっと彼の手に自分の手を添えた。
「少し安心するでしょう?」
「…まあな」
(くそ、心臓に悪くてそれどころじゃねぇよ)