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命を救った婚約者に婚約破棄された令嬢は 幼馴染の王子に溺愛されていた


「ソフィア、すまない僕は真実の愛を見つけてしまったのだ。

君が僕の命を救ってくれたことは、感謝している。

けれど、君に女性としての魅力を感じないんだ。

僕は、結婚は愛する人としたい。

どうか、この婚約を破棄することを許してくれ」


私の婚約者である、バージル オールドストーン公爵令息は、よりにもよって王宮で開催された舞踏会で婚約破棄を告げた。

その隣には、美しいお人形の様な女性が寄り添って私を見て鼻で笑っていた。


今夜はエスコートもしてくれなかったので予感はあったが、何も王宮で、しかも国王陛下の御前でやらかすことないでしょう、頭沸いてるの?


国王陛下は、いきなりの見せ物に侮蔑の視線で婚約破棄を告げたバージルを見ていた。


私はこのルーミス王国の中でも魔術に長けた家門ブルーミング侯爵家の令嬢、ソフィア ブルーミング。

幼い五歳の頃、一つ年上のバージルと王家の意向で婚約をした。


バージルは原因不明の病に冒されており長くは生きられないだろうと言われていた。


ブルーミング侯爵家は長きに渡る魔術研究により様々な功績を上げてきた。

現当主である父侯爵も齢十三にして、再構築不可能と言われていた古代結界を修復した実績がある。

なので、私も期待されていたのだろう。

王家の血を継ぐオールドストーン公爵家の嫡子バージルの病を癒すことを。


そして苦節十年、ようやくやり遂げることができた。

原因不明とされていたその病を調べ、魔力流失症という病を発見し、さらにはその特効薬を開発したのである。その薬によってバージルは健康体となった。


国内外に同じ病で苦しむ患者がおり、私の開発した薬は国内のみならず各国でも役立てられるようになった。



そしてまもなく結婚かと思われた今夜、婚約破棄されてしまったのである。


別にバージルを愛していたわけじゃない。


そりゃあ、幼馴染としての情はあったし、病気で起き上がれず苦しむ様子を見れば何とかしてあげたいと思うでしょ。我が侯爵家の血なのよ。困難であればあるほど挑みたくなる。


それで十年・・・無駄だったとは言わない。だって私の開発した薬で病が癒えた人がいるのだから。


女性としての魅力を感じない・・・か。


確かに私は長年研究に没頭するあまり手入れも行き届かず、令嬢という言葉とはかけ離れた容姿になってしまった。

痩せぎすで、髪にも艶はなく、顔色の悪さは化粧で隠し、手先の荒れ具合は使用人よりも酷い有様だった。




私は泣きたくなった。

婚約破棄はいいよ、別にね。

でもこんな大勢の人の前で行う必要なくない?

私、ただの晒し者だよね。


もう今後、結婚は無理だろうなぁ。

まぁ、それはそれで侯爵家跡取りのお兄様なら、領地の片隅で研究くらいさせてくれるでしょう。人目につかない暮らしをすれば、こんな醜聞すぐに忘れられるだろう・・・。


だけどさぁ・・・。


「ソフィア、返事を」


空気も読まないバージルは私の返事を促す。


正直口を開くのも億劫だ。

私は、国王陛下を見た。

元はといえば陛下がお膳立てした婚約である。

私が勝手に破棄を承諾することは憚られた。


「バージル オールドストーン。訊ねる相手を間違えておるぞ!

そなたとソフィア嬢の婚約は我が王家の意向によるもの。

改めたいのならば、私に申し出るべきであろう!」


国王陛下の不機嫌な声でバージルは、この時初めて自分の過ちに気がついたようだ。

彼は蒼白な顔で、伯父である国王陛下に謝罪した。


「国王陛下、申し訳ございません。

せっかく整えていただいた縁談ではございますが、僕・・・私も健康を取り戻し陛下のお役に立てるようになりました。ですので格下の侯爵家ではなく同等の公爵家の彼女と縁を結びたく思います。

どうかお許し下さいませ」


「・・・・・・」

陛下は言葉も出ないようだった。


ああ、バージル、よくも歴史ある我が侯爵家を格下呼ばわりしたわね。

私の後ろに控えているお父様とお母様、お兄様から殺気を感じるわ。


「オールドストーン公爵はおるか!」

国王が王弟である公爵を呼ぶ。


「は、御前に」

公爵は兄王の前で跪き頭を垂れた。


「お前はどうするべきだと思うか?」

その言葉を受けた公爵は、真っ青な顔で答える。


「バージルは後継から外します。国王陛下の意向に逆らい、恩人であるソフィア ブルーミング侯爵令嬢に恥をかかせたのです。お詫びの言葉もございません」


公爵は顔を上げることなく息子であるバージルを横目で睨みつけている。


「そ、そんな・・・」

そのオールドストーン公爵の言葉を聞き、バージルの隣にいたお人形の様な女性ロンダリング公爵令嬢はそっと離れていった。


国王陛下は、ソフィアに向き直る。

「ソフィア嬢、甥の不始末どうか許してほしい。君の人生の多くの時間を捧げてくれたのに・・・本当に申し訳ない」


「陛下、陛下の謝罪は必要ありません。私は、この十年の研究時間を無駄だとは思いません。

オールドストーン公爵令息の病のみならず、同じ病気で苦しむ人々も救えたのですから。

こちらこそ陛下に取り持っていただいたご縁、ご意向に添えなくて申し訳ありません。

私が研究に没頭するあまり、容姿に構えなくなったのも婚約破棄を申し出られた原因でしょう」


私は、悲しげな表情をしていたのだろう。

いつの間にか隣に並んだ兄のレンブラントが肩を抱き、頭を撫でてくれた。

慰めてくれているのかしら、髪が乱れるとさらに見られた容姿でなくなるからやめてほしい・・・。


「ソフィア嬢、君にはもっと相応しい男が現れるだろう。

今日はもう帰って休みなさい。

後日、王家の茶会に招待しよう」


国王に促され、ブルーミング侯爵家は舞踏会を辞した。


「よかったのよ。あんな男と結婚しなくて!」

お母様は、怒髪天だった。

父と兄も同様だったらしく、すごい勢いで頷き同意していた。

「だけどソフィア、あなたももう少し身綺麗になさい。陛下に招待されたお茶会までに我が家総出でソフィアを磨き上げますよ!」


「それがいい」

お父様も同調し、さらにお兄様も口を出す。


「ソフィアは可愛いよ。俺も、協力するから。流行りのドレスやアクセサリーに詳しい友人がいてね」


それ、友人じゃなくて彼女じゃぁ・・・。


まあ。コト身嗜みとオシャレに関しては、私は無知だから任せるしかないわよね。




翌日から、怒涛のスケジュールが組まれた。


食事も栄養価の高いものを決められた分量食べさせられた。


元々少食なので、何回かに分けて食べる。


そして、風呂でも、風呂上がりでも肌のお手入れと称しメイド達に触りまくられた。


ほんの数日でも変化は如実に現れた。


鶏ガラのようだった腕に少し肉がついてきた。まぁ、お腹周りにもついたけど・・・。


肌と髪の触り心地は素晴らしかった。肌はふわふわ滑らか、髪は珍しくもない茶髪だが輝く艶を放っていた。


さらに、お兄様が連れてきたアンスベルト侯爵令嬢のセンスは素晴らしかった。


とにかく色彩のセンスが抜群で、私に似合う色をピックアップしてくれた。

初めて知ったんだけどブルーといっても薄い色から濃い色まで何色もあるのね。

私の好みも取り入れてくれた。


デザインも彼女が私に似合うであろう候補を出した中から選ばせてくれる。

最終決定権を委ねてもらえるだけで自分で選んだ感がある。


宝飾品に関しては、お母様が選んだ中からアンスベルト侯爵令嬢が選んだドレスに合う令嬢向きの華奢な物を選んでくれた。


だけど何故だろう、宝飾品の石・・・どれも同じ色だった。


この時は気づかなかったのだ。


アンスベルト侯爵令嬢が選んだ二色と宝飾品の石の色が決まっていたのには理由があったことを・・・。





陛下にお誘いいただいたお茶会の日がやってきた。


我がブルーミング家が総出で呼ばれていた。


とても清々しい天気で、庭園でバラを見ながらの茶会となった。


会場となったバラ園の中の東屋には陛下がおり、出迎えてくれた。


「よく来てくれた。舞踏会ではすまなかったな。おおー、ソフィア嬢見違えたぞ!」


陛下は私を見るなり大袈裟に褒めて下さった。

我が家族は満足げに頷く。


「本日はお招きに与り恐悦至極に存じます」


お父様が、家族を代表して挨拶をする。



陛下は、堅苦しいのは無しでと、私達に座るよう勧めてくれた。

陛下と向かい合うように我が家の四人が座る。


まもなくお茶が用意されていくが、陛下の隣に一つのティーカップが置かれた。

私が不思議そうな顔をしていると、陛下がおっしゃった。


「もう一人来るのだ」


「もう一人でございますか?」


私が聞くと、ニコニコ笑った。





「遅れてしまい、申し訳ありません」


爽やかな声が聞こえた。

声の方を見ると、第二王子殿下だった。


私達は慌てて立ちあがろうとすると、陛下に制された。


「遅かったではないか、マクシミリアン、何をしておった」


「ソフィア嬢がいらっしゃるとの事でしたので、花束をお渡ししたく用意をしておりました」


そういうとマクシミリアン殿下は私の隣に来て、花束を差し出してくれた。


男性に花束をもらうというのは私の人生で初めてのことでドキドキしてしまった。


「あ、ありが・・・とう・・・ございます・・・」


胸がいっぱいで口が思うように言葉を発してくれない。


男の人とか花束とか免疫ない生活だったからなぁ。

元婚約者は病弱でベッドの上の住人だったからカウントしない。


「今日は、ソフィア嬢が来ると聞いて会えるのを楽しみにしていたんです」


マクシミリアン殿下が爽やかな笑顔と声で私の心臓に追い討ちをかけてくる。


「マックス、妹は傷心の身なんだ。あまりグイグイくるなよ」


お兄様はマクシミリアン殿下の側近、幼馴染で友人だ。


私も婚約前に何度か、お兄様と一緒にマクシミリアン殿下にお会いしたことがある。


はっきりは覚えていないけれど、恐れ多いことに絵本を読んでいただいたり、庭で転んで足を挫いた時おんぶしていただいたこともあった。


今思い出しても赤面ものだ。



「悲しい失恋は、新しい恋をすれば忘れられる。

叶うならその新しい恋の相手が私であれば嬉しいな。ソフィア嬢」


「えっ?」


殿下のセリフに、私の頭は砂糖で埋められたかのように真っ白くなった。


反応できなくなった私に代わり、レンブラントお兄様が対応する。


「マックス! ソフィアはバージルに恋してた訳じゃない!

一途に思っていたのは研究対象としてだ!

だから恋愛に免疫はない。

いきなりの甘いセリフは糖分過多で思考停止に陥るから、隠し味程度からにしてやってくれ」


さすがお兄様、私のことわかってるぅ。

周囲の親達は呆気に取られている。


「えっ、ソフィアは恋をしていたんじゃないの? あんなに会いに行っていたのは・・・」


「研究対象を観察することは必要ですわ。お母様」


みんな私がバージルに恋していると思っていたのね。


研究バカ仲間のお父様はわかっているかと思ったけど、私のかいかぶりだったみたい。


見抜いていたのはお兄様だけか。


「まぁ、ともかくソフィア嬢よ、マクシミリアンとの婚約を考えてはくれぬか?」


「マクシミリアン殿下との婚約ですか?

殿下でしたら、美しいご令嬢方から引く手数多ですから選び放題なのでは?」


「マクシミリアンはな、幼い頃からソフィア嬢に懸想しておったのだ。

それに気づかずバージルと婚約させてしまった。

こやつは諦めの悪い男で今でも根に持っておる」


「当たり前です。でも、今の気分は晴々としております。

なんといってもソフィア嬢がフリーな上に私の色を纏ってお茶会に来てくれたのですから」


あ・・・。

謀られた。


マクシミリアン殿下の髪色は金髪、瞳は美しいサファイアブルー。

アンスベルト侯爵令嬢が私に似合うと選んでくれた色は・・・金色とブルー。

そして宝石はサファイアのみ、全て殿下の色だ。


私は横に座る家族を睨んだ。

扇で隠したお母様の口元、横から見た私はしてやったりと笑みを浮かべているのが見えた。


「ソフィア嬢、この後二人で庭園を散策しませんか?」


コノアト フタリデ・・・テイエンヲ サンサク


いきなり二人でって・・・どうしよぉ〜。

文字通り頭を抱える私・・・。


またもお兄様が助け舟を出してくれた。


「いきなり二人にはさせられない。

ソフィアは本当に恋愛に免疫がないからね。

マックスがソフィアに対して無礼な振る舞いをしてもいけないし。

ソフィアがマックスに慣れるまで同席させてもらう」


私は場もわきまえず、隣に座るお兄様に抱きついてしまった。

お兄様は頭を撫でてくれた。




親達を残し、私はお兄様とマクシミリアン殿下とバラ園を散策する。


「ソフィア嬢、覚えていますか? あの木の下で絵本を読みましたよね」


「その前にマックスがソフィアに毛虫を放り投げて泣かせたよな。

その詫びに絵本を読んでやったんじゃないか。

美化したとこだけ話すんじゃない」


「レンブラント〜。お前だってわかるだろ!

好きな子に意地悪してしまう、いたいけな少年の気持ちが」


「わからないね。大事な可愛い妹を泣かせるやつは王子であっても許さないと思ってたし」


「あの〜」


「なんだい、ソフィア嬢」


「子供の頃、マクシミリアン殿下に背負われた記憶があるのですけど・・・」


「あれはマックスが、カエルをけしかけて驚いたソフィアが転んで足を挫いたんだ。

ソフィアは私に手を伸ばしたのにマックスが負ぶされと命令口調で言うから仕方なく・・・」


「レンブラント〜」


くすくす。

思わず笑ってしまった。


この二人は本当に仲がいいのね。


「本当に、僕はソフィア嬢が好きだったんだ。

だから、バージルと婚約したときはショックで・・・親しく言葉を交わせなくなって、長い間遠くで見つめるしかできなくて、でも君はバージルの為に研究をしていて・・・諦めなくちゃって思ってて、でも諦めきれなかったんだ」


支離滅裂だけど、マクシミリアン殿下の気持ちが伝わってきた。

ふと、お茶会でのドレスの色のやり取りを聞いてみる。


「私の今日のドレスと宝飾品に関しては、殿下の差金ですか?」


殿下が、私の目を見て頷く。


「うん。僕の色を纏った君を見たくて、レンブラントに頼んだ」


お兄様も認めた。

「それで、アンスベルト侯爵令嬢に協力してもらうことにしたんだが、彼女経由で母上にもバレてしまってね」


「なるほど」


「・・・嫌だった?」


「いえ、そんなことはありません。

私は着るものにこだわりがなかったので何色でも構いませんでしたから。

アンスベルト侯爵令嬢のセンスは素晴らしくて、また一緒にドレスを作っていただきたいです」


「じゃぁ、今度は金色のドレスを・・・」


とマクシミリアン殿下が言いかけたところでお兄様が遮る。


「ない!ソフィアはそんなド派手な色は着ない着させない!

ソフィアは愛らしいから今度はパステル系の淡い色のドレスにしような」


お兄様の私に対するイメージは十歳ほどで止まっているらしい・・・。


「いえ、公式の場に出る時の為に一、二着は作るつもりですが金色も淡い色も無しで。

人前に出るのは控えたいですし・・・」


「この前の舞踏会が原因だね」


「ええ・・・愛情があったわけではなくても人前で婚約破棄はトラウマです。

今日は頑張って出てきましたが、しばらく人が集まる場所は遠慮したいと思っています」


私が俯くと、誰かが私を抱きしめた。


お兄様かと思って顔を上げると、王子の爽やかな顔が憂いを含んで私を見下ろしていた。


「えっ、あ、あの・・・離してください・・・」


「いやだ」


「えっ」


「あの舞踏会には公務があって出られなかったんだ。

もし出ていたならすぐに君を攫ったのに・・・。

一緒にいられなくてすまなかった・・・」


そんな、マクシミリアン殿下の存在も私の中になかった時のことを謝られても・・・。


「しばらく人前に出たくないなら出なくてもいい。

僕が会いに行ってもいいかい?ソフィア嬢に僕のことを知ってもらいたいんだ。

ソフィア嬢のことも知りたい。

会えない時間が長かったから、お互いの事を知った上で、将来の婚約を考えてほしいんだ」


真剣な顔のマクシミリアン殿下に見つめられ、私は頬に熱が帯びるのを感じた。

その視線から逃れるように俯く。


「わかりました。お友達からでよろしければ・・・」


そう、つぶやくように伝えると、私を抱きしめる腕に力が込められた。


「ありがとう」







それから、マクシミリアン殿下はブルーミング侯爵邸に日参した。


今日も向かい合ってソファに座りお茶をしている。


花や薬草、可愛いお菓子、よくまぁ毎日用意できるものだ。しかもどれも私の好みの物。

私が、そのことを話すと、マクシミリアン殿下は気まずそうに視線を逸らした後、ぽつりと口にする。


「実は、君が研究室に籠っている時、レンブラントを訪ねる口実でたまに侯爵邸に来て様子を見ていたんだ。

あまりお菓子を食べてはいなかったみたいだけど、可愛いお菓子に表情をほころばせたり、珍しい薬草に興奮していたり、行き詰まった時に花の香りで癒されていたり。

だから君の心を動かした物を思い出しながら用意しているんだ。

その時間が楽しいんだ」


マクシミリアン殿下は頬を染め照れた表情を見せた。


なにこれ! すっごくかわいい!

男の人にかわいいなんて褒め言葉じゃないかもしれないけど、すっごい破壊力!

私のことを思ってくれている彼の言葉に、心が震えた。

心を射止められるというのはこういうことなの?


言葉を発しない私を見て、殿下が不安を口にした。


「ごめん。やっぱり、気持ち悪いよね。ストーカーみたいだよね」


「そんなことありません。

私が知らない間も、研究しているときも見守っていてくれたんですね。

私、婚約破棄の後もう自分を必要としてくれる人は現れないと、お兄様に頼んで領地の片隅で研究して暮らしていこうと思っていました。

マクシミリアン殿下、ありがとうございます。

こんな私のことを思ってくれて。

必要としてくれて」


私は言葉を発しながら知らず涙を流していた。


マクシミリアン殿下は、立ち上がり、私の隣に来て座ると優しく抱きしめてくれ、頬を伝う涙を拭ってくれた。


「君にとっては婚約破棄は辛い出来事だったね。

だけど僕にとっては僥倖だったんだ。

君と共に未来を生きていけるかもしれないってね。

君と親しくできなくなった十年を思えば、今の幸せは何物にも変え難い。

君が領地で研究したいなら僕はついて行くよ。

隣に居られるなら他になにもいらない」


「ありがとうございます。

私もマクシミリアン殿下が好きです。

あなたの隣に居られるなら領地でなくてもいい。

ずっと一緒にいたいです」


私は喜びで涙が止まらなくなった。


マクシミリアン殿下が私を抱きしめる腕の力は強くなり、私の涙が止まるまでずっと寄り添ってくれた。


やがて、私とマクシミリアン殿下の婚約が整い、婚約発表の舞踏会が開かれることになった。


第二王子の婚約とのことで国中の貴族が招待された。

あの、バージルも・・・。





マクシミリアン殿下にエスコートされ会場入りする。

マクシミリアン殿下のエスコートはとても優しく導いてくれた。


会場の、一段高い場所で立ち止まる。

会場に溜息が漏れた。

まぁ、マクシミリアン殿下は素敵ですものね。隣の私がこんなですみません。



国王陛下が、マクシミリアン殿下と私の婚約について話し始めた時だった。


「その婚約待った!!」


とバージルが声を張り上げ近づいてくる。


マクシミリアン殿下が私をその背に庇うようにバージルとの間に立った。


「無礼者! 国王陛下のお声を遮るとはなんたる不敬!」


マクシミリアン殿下がバージルを叱りつける。


「私とソフィアの婚約はまだ正式に破棄されていないだろう!

なぜ殿下と婚約できるんだ」


えっ? どういうこと?


と思っていると、バージルがさらに言い募る。


「ソフィア、君婚約破棄の書類にサインしたかい?していないだろう。

僕もだ。だから我々の婚約はまだ継続している!」


確かにサインはしていない。

でも、婚約した時もサインしていなかったし、王命による家同士の婚約だったから父親のサインで良かったのでは?

私は首を傾げる。


「でもオールドストーン公爵令息様、以前夜会で婚約破棄されましたよね。

証人は大勢います。

王命による婚約でしたから、陛下が了承されれば私たちの書類など必要ないかと、実際婚約を交わした五歳の時も私はサインしておりませんもの」


「ソフィア・・・もう名前で呼んでくれないのか」


「もう婚約者ではございませんもの。

オールドストーン公爵令息様も、私のことは家名でお呼びください」


「なんで、なんで。君が戻ってきてくれないと、僕は将来公爵になれない・・・。

せっかく健康になったのに・・・」


「私があなたの婚約者になることは未来永劫ございませんが、もし婚約者に戻れたとしてもあなたは公爵家の後は継げません」


「なぜ?」


バージルは意味がわからないと、キョトンとして訊ねる。


「それも、婚約破棄同様、オールドストーン公爵自身が後継から外すと公言されたからです。

公の場での発言ですから、あの場にいた人たちは、あなたが後継から外されたことを知る証人です。

公の場の発言とはそのくらい重みのあることなのです」


「そんな・・・」


バージルはその場に膝をつく。

衛兵たちが彼を会場の外に連れ出していった。




しばらくその場はざわざわしていた。


国王が咳払いをする。

それを合図に会場に静寂が訪れた。


「改めて、第二王子マクシミリアンとブルーミング侯爵家令嬢ソフィア嬢の婚約をここに発表する。

婚姻式は半年後、挙行する」


わぁ・・・と歓声と拍手では会場は包まれた。


私たちは多くの祝福の言葉をもらった。




私達はファーストダンスを踊った。

会場はで二人だけで踊るのは注目を浴びるので緊張した。


「ソフィ、僕だけを見て」


「マックス・・・」


彼の幸せそうな微笑みを見て、私の顔も綻ぶ。

ダンスの時間は、幸福な刻に様変わりした。





半年後、結婚式が執り行われた。


結婚式の時、私は婚約破棄された頃の痩せぎすが信じられないくらいに、美しく磨きあげられていた。


もちろんそれは私の功績ではなく、家族や使用人のおかげだ。


忘れてはならないのは、ドレスを作る際に頼りにしていたアンスベルト侯爵令嬢が、義姉になることだ。

実は、アンスベルト侯爵令嬢は、王太子妃の打診もあったのだが、国民の税金で好きなドレスを作るのは気が引けると辞退した。

彼女自身、私の兄のレンブラントが好みの顔だったらしく、自分でデザインした衣装を夫婦で纏って社交界を席巻するのだとレンブラントに逆プロポーズしたらしい。


お母様が大喜びだった。

もちろんお兄様もまんざらでもないようで、お顔が緩んでいた。





そんなこんながありつつ、私と第二王子マクシミリアンことマックスは結婚した。


結婚しても私は魔術研究を継続し、夫となったマックスは第一王子が立太子したのに伴い補佐となるべく政務に励んでいる。


私達は、ひとつだけ約束をしている。

どんなに忙しくても、週に一度だけは食事を共にしようと。

その約束だけは生涯守り続けた。


マックスが言っていた、婚約破棄は僥倖だったという言葉・・・。


あの時は辛かったけど、あの出来事があったからマックスと結婚できて今の幸せがある。


今なら私も言える。



ーーー私にとって、婚約破棄は僥倖だった。





読んでいただきありがとうございました。

他の作品も読んでいただけたら嬉しいです。


⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘


その後のバージル


バージルに代わり、彼の弟がオールドストーン公爵家を継いだ。

元々バージルは大人になるまで生きられないだろうと思われ、弟に継がせるため相応の教育をしていた。

弟は幼い頃から、病床に臥せる兄を思いやるやさしい子供だった。

なので後継になれなかった兄に、何かやってみたいことはないかと訊いたところ旅をして様々な景色を観てみたいと言われ、護衛を付けて自由に旅をさせた。

バージルが旅先で描いた絵の数々が大変素晴らしく、弟の協力を得て個展を開く。

彼は画家として名を成し、売れた絵の代金で、貧しく病気で苦しむ子供達のための療養所を運営するようになる。やがてそこで出会った女性と結婚。公爵家の籍から抜け平民となったが幸せな結婚生活を送る。弟公爵は兄を生涯見守った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] バージルによくある過剰なざまあ描写がなくて良かった。 今までの命を削る戦いから解放されて、口の上手い根性悪な貴族に唆される程度には貴族世界の教育もされていない、箱の中の令息。年齢よりも教育…
[気になる点] 面白く最後まで読みましたが最後が蛇足でした。 バージル反省もなにもしてないクズなのに、優しい弟のすねをかじって大成功って…… 主人公にひどいことをしたし償いもしないけれども、弟を助ける…
[一言] 最後のバージルsideがめっちゃ良かった 後味が良く(*´∇`) 良い1日を過ごせそう♪ 素敵なお話をありがとうございました
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