夏の扉
今日も一日頑張った。
ジリジリと肌を焼く日差しの下、グチグチと文句を言いながらもキッチリと仕事をこなしてきた。
「ハァ…今日も暑かった〜。」
汗でベタベタになり肌にひっつく服を何とか脱ぎながら言う。
……シャー
扉の向こうではたった今出したシャワーが温度を落ち着かせようと水とお湯の間を行き来している。
……ガチャ。
ポチャン……シュワシュワ…
この間ちょっと奮発して買った入浴剤。
入れた途端、いつものお風呂が一気に爽やかに華やかになる。
ふわっと漂うマリンノート。
白い浴槽がブルーハワイのシロップみたいな水色に染まる。
温度の落ち着いたシャワーでサッと汗を流して戦闘用の仮面を脱ぐ。
……カッコよく言ったが要はメイク落としだ。
「いい香り〜…色もキレイ。ご褒美ご褒美!」
……チャポン。
「はぁ〜………最高。」
ズルズルと身体がお湯に沈んでいく。
フワフワと浮くような感覚を少し感じながら筋肉が緩んでいく。
この瞬間が最高に気持ちいいのだ。
突然思いついた。
小さい頃によくやっていたやつ。
湯船に浮かぶように水面から顔だけ出して天井を見る。
おかしな格好だろうが関係ない。
だってここには私しかいないから。
シーンとした中に自分の鼓動だけが響く。
冷静に考えたら異様な光景だが完全にお湯に潜ってしまうのはあまり好きではなかった。…そう。私は結構怖がりなのだ。
静かに目を閉じる。
フゥーと自分の吐く息遣いだけが耳に届くと私の意識は夏の扉を開いた。
何処までも何処までも広がる青く澄んだ空。
綿菓子の様なふわふわの入道雲。
空と同じくらい透き通る美しい海。
今、私はどこか南国の海で漂いながら空と海の狭間で青に溶けていく…
このまま自分がなくなってしまいそうな感覚にハッと目を開ける。
そこは中2の夏、妄想とともにプールで感じた青臭い匂いがした。……気がした。
「そういえばこんな事考えてたっけ。昔。」
よく分からないタイムトラベルをいい大人になって湯船で体感するなんて。
体を起こしながら言う。
「…よっぽど疲れてるな。今日は早く寝よ。」
湯船から上がり体を洗う。
ちなみに私は髪から洗う派だ。
……まぁ、そんな事はいいか。
ふわふわになったボディソープの泡が、さっき幻でみた入道雲に一瞬見えた気がしてフッと笑えた。
汗やら疲れやら不満を泡と一緒に流して今日の肩の荷を下ろす。
キレイに流れていく泡が名残惜しそうに排水溝の所でクルクル回っていた。
再び湯船に浸かろうと足を上げた時、波立つお湯に反射した光の中にまた常夏の海を見た気がした。
キラキラ……
ユラユラ……
今年の夏休みは海だな。うん。
…奮発して南に行こう。