第9話 後輩にデートに誘われてしまった件について
「センパイ、大丈夫。なんか疲れてない?」
俺たちは一緒に帰っている。いつものルートだけど、こいつと一緒にいるとなんだか新鮮だ。
「ああ、大丈夫だ。いろいろあって混乱しているんだと思う」
推しが幼馴染の後輩。これだけでもう日常が非日常に変わっている。緊張しない方が無理がある。
「だよね、わたしもなんだかドキドキしてる」
「今日は配信するのか?」
「うん、ゲーム配信するつもりだけど?」
「そっか、楽しみにしてるな」
「うん、ありがとっ」
秋なのになぜか暑そうに顔をパタパタと手で仰ぐしずかは、いつもの様子で少しだけ安心した。
「それにしても、みすずの担当ちさと先生だろ。あの人、アニメになったラノベを担当していた絵師さんだろ?」
「うん、ちさとママはすごいんだよ。いつも優しくて、私のお願いも全部詰めてイラストを描いてくれるの」
ママとは、Vチューバー用語だ。自分の担当絵師さんのことを、女性ならママ、男性ならパパ(パッパ)と呼び、敬うのだ。
みすずの担当絵師は、業界でも神絵師と呼ばれている超売れっ子だった。
運営側からもみすずにはかなり期待されているのがよくわかる。
「ねぇ、センパイ? ボディーガードのお礼をしたいんだけど……」
「いや、いいよ。気にしなくて」
「それはダメだよ。センパイが私のためにせっかく時間を使ってくれるんだから、ちゃんとお礼しなくちゃダメなのっ!!」
かなり必死で食いつくしずか。
「お、おう?」
「よかった。じゃあ、今週の土曜日とかどうかな? ちょうどその日は収録もないし、夜にコラボ配信だから時間あるんだ!!」
「そうだな」
俺はしずかの必死な説得に圧倒されてしまい頷くことしかできなかった。
「よかった。じゃあ、センパイ、家についたから今日はこれくらいで! また明日ね」
手を振りながら、しずかは家の中に消えていく。顔が真っ赤に見えたが、熱とか出してないよな。
「じゃあ、俺も帰るか」
そう思いながら家の玄関に向かうが……
「きいぃ」と黒塗りの車が俺の前に止まった。運転席からサングラスをかけて黒いスーツの男が顔を出す。思わず過激派のストーカーかと思い身構えるが、運転手の顔を俺はよく知っていた。顔見知りではない。一方的に俺が知っているだけだ。
「やぁ、キミが噂のみすず君のセンパイだね。うちの社員がいつもお世話になっているね。どうだい、お茶でも飲まない?」
「佐藤《SATOO》CEO?」
クリスタル・クリエイトの最高経営責任者が、朗らかな笑顔で笑っている。
まさか、後輩よりも先にCEOとデートするとは思っていなかった。
※
『お礼を口実に、デートに誘ってることくらい察してよ。センパイのバーカ。誘い方、強引じゃなかったかな? 楽しみだな、デート……」