第36話 小さい頃の思い出ASMR
『ねぇ、センパイ……おぼえていますか?』
約束の木の下で、後輩と俺は向き合う。今日は卒業式の日だ。最後に話をしたいからと、みすずは俺をここに呼びだした。
『忘れちゃってるかな』
そう言うと少しだけ悲しそうな顔をする。
どうしたんだよ、いつも俺のことを元気にからかっているのは、お前じゃないか。どうして、こんな特別な日に、そんな特別な顔するんだよ……これじゃあ、まるで……
『ずっと一緒だったから。明日から先輩は卒業して、遠くに行ってしまう……今日しかないんですよ。だから、私は素直になります』
決心を固めたみすずの表情は、いつものように屈託のない笑顔で笑う。
その笑顔にはいつもとは違って、優しさ以上に力強さがこもっている。
『小さいころに、私達……結婚の約束しましたよね? おままごとで……タンポポで作った指輪を交換して……変だと思われるかもしれないけど。それでも、私にとっては、あのおままごとは一生の思い出で。そして、夢でした』
ふたりしかいない木の下は、風に包まれて、草木がたなびく。その様子が、まるで俺たちが積み重ねた歴史の重みのようなものに思えた。
『センパイ……私と結婚を前提に、お付き合いしてください。重いと思われるかもしれない。痛いと思われるかもしれない。でも、私にとって、あなたはそれ以上の存在なんです。15年以上一緒にいて、センパイのことを思う気持ちは止められないんです。たぶん、これからも……だから、私はあなたが欲しい。あなたが最初で最後でありたい。私で良ければ、センパイの人生全部ください』
そして、みすずはいつもはあまり見せない女性的な仕草を見せて、俺の顔に近づいた。
※
「うわ、夢か……」
目を覚ますと、変な汗が一気に出てきているのを感じる。いったい、なんという夢を見てしまったんだ。もう、存在しないASMRを勝手に妄想して、完璧に夢の中で再現するなんて、いろんな意味で終わっている。
そう思った瞬間、さらに恥ずかしくなって足をバタバタさせる。
「そういえば、昔、約束したよな。おままごとで、結婚の約束……」
ずっと一緒だったから、そういう約束は腐るほどしてきた。お互いの結婚という事実の重みをよく知らないからできた気軽な約束。
「しずかは、おぼえているのかな?」
言ってから後悔する。なんで、そんな気持ち悪い言葉を言ってしまったんだと。
早く着替えないと。しずかが来てしまう。
今日も後輩と過ごせる幸せな1日が始まった。




