第34話 特別な夜
センパイと家の前で、バイバイして、私は部屋に戻る。一緒に買ったお菓子の袋と一緒に。今日は、彼とたくさん話すことができた。それがどうしようもなく嬉しい。一人で盛り上がってしまって、センパイを誘惑するかのように、ASMRの練習にも付き合ってもらった。センパイは、かなり動揺していたから、効果は間違いなくあったはず。
よかった。ただ、夜にコンビニに一緒に行くだけで、どうしてこんなに気持ちが燃え上がってしまうんだろう?
一樹お兄ちゃんと一緒に秘密を共有し、デート?を重ねていることが信じられない。それもお兄ちゃんが、私のファンなんて、もう運命としか思えない。
どうしよう。いつもの何気ない登下校が特別なものになって、たまに、ふたりだけでお出かけすることが当たり前になりつつある。
「一樹お兄ちゃん、大好き」
実はさっきのASMR台本は、少しだけ自分を重ねていた。中学に上がっても仲が良い私たちは、周囲からよくからかわれていた。お兄ちゃんは優しいから、笑ってごまかしていたけど……
思春期にそんなことを言われたら、絶対に戸惑う。私だってそうだったからわかる。もう、人前でお兄ちゃんなんて呼べない。そう決心した私は、お兄ちゃんのことをセンパイと呼ぶことにした。それがフツウだったから。
でも、呼び方は変えることができたけど、敬語とため口が混ざってしまうのは、私たちのちょっとだけ複雑な関係を象徴している。全部、敬語で話すほど、私たちの関係は遠くない。それを誰かに伝えたいんだと思う。だから、私は……センパイの前では変なしゃべり方になってしまう。
あの時の自分に戻れたら……たぶん、私は彼のことを「一樹お兄ちゃん」と呼び続けるように自分自身にアドバイスしようと思う。
恋愛感情には、波があるって、まりかさんが言っていた。「好きだと強く自覚する時もあれば、あれ違うのかなと疑う時もある」って。
でも、私にとっては、もうそういう段階は終わっている。私にとって、彼は横にずっといることが当たり前の人。もう、家族に近いような不思議な関係。だから、「横にいるのは、なんか違う」なんて絶対に思わない。むしろ、もっと一緒にいて欲しいという気持ちがどんどん強くなっていく。
「絶対に、私のことを好きって言わせるよ。センパイ? それとも、お兄ちゃん?」
2つ壁を越えた先にいるはずの彼に向かって、私は宣言する。
この気持ちは絶対に届けてみせる。私は力強く頷いた。




