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第32話 ASMRの練習

『センパイ、横に行ってもいいですか? こんな風に一緒に寝るのって、久しぶりですね。いつ以来かな。小学校の時のお泊り以来かな?』


 布団に潜り込む音が響く。吐息が近づいてくる。


『ねぇ、センパイ? 私と一緒に眠れなくて、寂しかったですか? 久しぶりに、私の体温を感じて、ドキドキしますか? 今日は、大サービスですよ。今日のことは二人だけの秘密ですからね。誰かに言っちゃ、やだよ?』


 そう言いつつ、俺の背中をゆっくりとみすずは、なでる。衣擦れの音が布団の中から聞こえてくる。


『ごめんね。中学生になってから、周りにいろいろ言われるのが嫌になっちゃって、センパイにツンツンしちゃった。怒ってない? ホントは、小さい頃みたいに先輩の後ろに付いて行きたかったんだよ。今だってそうだもん。仲直りするまで、ずっとずっと後悔してた。なんであんなこと言っちゃったんだろうって。センパイが遠くに行っちゃったから、やっと自分の気持ちを実感できたんだ。馬鹿だよね、わたし。でも、間に合ってよかった。センパイが誰かのものになっちゃうなんて……耐えられない』


 みすずはゆっくりと背中に抱きついてくる。俺の頭には少しだけ柔らかいものと、その奥からの心音がかすかに聞こえてくる。


『こうしていると、生きててよかったと思えるんだよね。センパイの体、あったかい。こうしていると、ホントにドキドキしちゃう。止められなくなっちゃいそう。センパイ、今日だけは私のことだけを見ていてくださいね。他の事、考えちゃダメだよ。こっちむいて。久しぶりの、ふたりだけの、夜なんだから、センパイの顔、ゆっくり見たいよ。焦らさないでぇ』


 ここで、俺の我慢は限界に達した。


 ※


「うわあわあああああぁぁぁぁぁああああああああ」


「ちょっと、センパイ!! 練習中に冷静にならないでください。こっちだって、死にたくなっちゃう」


「だめだ。さすがに、生のASMRは、高校生男子には刺激が強すぎる。眠れなくなっちゃうよ」


「この前の焼き肉屋さんで死ぬほど恥ずかしい目にあったじゃないですか」


「それは、あえてお互いに言わないようにしていただろ」


「でも、やっぱり先輩と一緒に作るASMRの評判はいいんですよ。ね、お願いです。帰るまで、私の台本読みに付き合ってください」


 コンビニからの帰り道。俺たちはアイスと飲み物が入った袋を持って、ゆっくりと帰っていた。地獄企画のようなものだが、なぜかふたりだけなら心地よい。そんな不思議な空間を俺たちは堪能していた。

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