第22話 眠れない後輩
「それじゃあ、みんな今日もありがとう。乙すがわ~」
センパイとのお出かけから帰ってきて、私は1時間のASMR配信をおこなった。
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『ねぇ、センパイ? キス、しよっか?』
『いいんだよ、キス以上のことだって……センパイになら、全部、あげる』
『ずっと、私……したかったんですよ? どうして、気づいてくれないんですか。センパイ』
『なんか、一つの夢が叶っちゃいました。私のファーストキスの責任は取ってくださいね』
『えっ、どうやって取ればいいかって?』
『なら、もう一つの夢を叶えてもらおうかな?』
『もう一つの夢? 素敵な人のお嫁さんになることかな? 幸せにしてくださいね、あなた』
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さっきの個室で演じたASMRの完全版を私は皆に披露した。エゴサの反応は上々。『今日の配信、助かるっ!!』『なんか色気っぽいのが増したよな』『色気、マシマシチョモランマ』『というか、今日の配信「エっ」すぎた』。
私の妄想が詰まった台本の評判が褒められて嬉しい。
私がいまここにいるのは、ファンの皆のおかげ。だから、配信のクオリティを必死に上げている。半歩でもいいから、前に進み続ける。
「エゴサは、ここまで! センパイ、もう寝たかな?」
たぶん、さっきの配信を見て、もだえている時間かもしれない。そうだといいな。きっとそうだよね。なぜか、おかしくなる。私、センパイのこと好きすぎる。
もし、あそこで日和らずに、完全版を演じきっていたら、キスできたかもしれない。私のバカ。どうして、いつも最後の最後で折れてしまう自分を変えたい。
もし、こんなウジウジしていて、センパイを他の女の子に取られてしまったらどうしよう。それを少し考えただけで、胸が焦げる。
「センパイが他の人と付き合うなんて、やだ。もう、遊べなくなっちゃうのもやだ」
少しだけ情緒不安定になりつつあるのを自覚する。配信業は自分との戦いでもある。雑談配信やゲーム実況の時も画面の中にはたくさんの仲間がいる。でも、現実世界で配信と向き合うのは、自分だけ。配信者は常に孤独。生身と技術だけで、世界中の人たちを楽しませないといけない。
「皆がいるから……そして、センパイ……お兄ちゃんがいてくれるから頑張れたんだよ?」
さっきまでずっと一緒だったから、横にいると彼がいいるのが当たり前になってしまった。私は弱くなってしまった。でも、そんな弱さを自覚するのが、なぜか幸せ。
「早く会いたいな」
私は先輩のことを考えながら、夜の外を眺めた。まだ、彼の部屋には灯りがともっている。
「大好きだよ、一樹お兄ちゃん?」
彼がいないときは、こんなに素直なのになと思いながら、私は彼の部屋を眺め続けた。




