第20話 キスしよっか?
「はっ!?」
俺は突然の提案に仰天し、大声を出してしまう。個室焼肉、カワイイ後輩、今までの思い出……すべてが重なってこの一室はロマンス空間へ早変わりしている。
「キスはいや?」
後輩は、俺の耳元に近づいてささやくように言う。まさか、いつも聞きながらドキドキする内容をリアルで聞けるなんて夢のようだ。いや、これは欲求不満がたまったせいで見ている夢なのではないか!?
そんなバカな考えも耳元にかかるしずかの吐息によって、簡単に流されてしまう。
「嫌じゃないけど……」
「なら、いいじゃないですかぁ」
「でもさ、覚悟とかいろいろと……」
「センパイは、私のこと、嫌い?」
「いや……」
「私、センパイと……お兄ちゃんとのデートでこんなにドキドキしているのに。お兄ちゃんはドキドキしてないの?」
正直に言おう。めっちゃドキドキしている。だって、相手はプロクラスのASMRガチ勢。どんなシチュエーションで、どのタイミングで、どんな言葉を発すればいいか、完璧に計算されている。みすずのあだ名に"マジシャンオブASMR"とか"ASMRの精密機械"とかがあるが、一介の男子高校生の理性なんて簡単に吹き飛ばされる。
「あっ……」
「すごく熱くなっているね、お兄ちゃん?」
「なにがだよ……」
俺が苦し紛れにそう言うと、また耳元に近づいてきた。
「女の子にそんな恥ずかしいこと、言わせないでくださいよ」
ちなみに、俺は推しには一切触れていない。断じて言う。「イエス、推し活。ノータッチ」が信条だからな。
「おいっ、さすがに怒るぞ」
「お兄ちゃんは、女の子に恥をかかせるの?」
「ぐっ」
小首をかしげて、俺を見つめる後輩に正直、信条はぐらつき続けている。
「私、お兄ちゃんのためならなんだってできるよ? キス以上のことも……」
そうやって俺の右手を両手で包む。
「……」
「ふふ、冗談ですよ~新しいASMR台本の先行実演で……えっ、ちょっと、センパイ??」
俺の理性は限界だった。しずかの細い肩をつかみ、覚悟を固める。
「待って、ちょっと、冗談ですって……あっ……」
※
私が冗談だとネタ晴らししたのに、センパイは私の肩を力強くつかむ。これは少しからかい過ぎてしまったのかもしれない。男の人の力は強い。あんなにいつも優しいセンパイの手が少しだけ痛い。
冗談という言葉が、伝わっていない。怖い。ここで目をつぶってしまったらどうなってしまうんだろう。冷静にそう考える自分がいた。
私はゆっくりと目を閉じる。
※
『お客様、大変申し訳ございません。こちらはお食事を楽しんでいただく場所になりますので……』
夢の時間は終わりを告げる。




