第19話 幼少期の思い出
俺たちは肉も食べ終えて、歓談タイムに入る。
あとはデザートの杏仁豆腐を食べるくらいだ。しずかは、小さい頃を思い出しているのか、少しだけ口数が少なくなっていて、物憂げな雰囲気だ。ちょっと影がある美少女。しずかってこんなに魅力的なんだなと思うとドキリとする。
「私たちが小学生の時だけど……わたし、よく声のことでクラスメイトにからかわれていたじゃないですか。アニメ声とか萌え声とか……たぶん、同級生からすれば、ただのイジリだったのかもしれない。でも、私にとってはそれが苦痛だった。やっぱり、どうしても自分の声がコンプレックスになっちゃうんですよね」
実際、しずかの声はカワイイ。ASMRと相性が良い聞き心地が柔らかい癒される声をしている。みすずの声の柔らかさや間隔に魅了されている人がネット上で数十万人いる。
「でも、しずかの声って、それだけ特別なんだと思う。何もしなくても周囲から目立つくらいの才能ってそれだけでもすごいと思う」
「そうだね。あの時も《《一樹お兄ちゃん》》はそう言ってくれたんだよ。もしかしたら、おぼえていないかもしれないけど……『俺は、しずかの声、好きだぞ。かわいいし聞いてて落ち着く。イジられるのは大変かもしれないけど、それだけ目立つ才能を持っているんだ。自信をもて』ってさ。あの時は、本当に嬉しかったな。自分の居場所を見つけた気がした」
「俺、そんなこと言ったっけ?」
「言ったよ! 一樹お兄ちゃんはおぼえていない言葉だと思ってたけどね。センパイにとっては、当たり前の言葉が、私にとっては特別な言葉だったんだ。ありがと」
そう言ってうるんだ目で俺を見つめる。感情が高まると、しずかは俺のことを昔のように呼んでくれる。
「でも、よかったよ」
「えっ?」
「だって、そうだろ。俺の何気ない言葉がさ、しずかを救って、コンプレックスを才能に変えることができたんだからな。たくさんの人が、みすずの声に魅了されている。その未来につなげることができたことを俺は誇りに思うよ」
ひとりのファンとしても、みすずがこの世に生まれるかどうかの境界線に立ち会えたことを神様に感謝する。
「もう、ばーか。でも、今の私がここにいるのは、お兄ちゃんのおかげだよ。本当に先輩のおかげ……」
後輩は恥ずかしそうに笑った。
もしかしたら、ここで見ることはできなかったかもしれない。しずかは、目をつぶって深呼吸して続けた。
「ねぇ、センパイ……キス、しよっか?」