第10話 京都に来たらみんな買うよね??
いや、驚いたな。
まさか旅行先でミラ様に会うとは思わなかった。
優等生ぶっているが、プライドが高く、本性は苛烈。
一言で表せば『猫被りお嬢様』。
それがミラ様の性格評として適当だろう。
なお、口がめちゃくちゃ悪い。
ルイは俺にこそ辛辣な言葉を並べ立てていたが、それはヒナタちゃんあってのこと。
本来の彼女はクールなだけで口が悪いわけじゃない。
そもそもヒナタちゃん以外には口数自体多い方じゃないからな。
同様に、ミラ様に対しても口数は多い方じゃなかった。
というか、あんまり興味なさそう。
『ヒナか、ヒナ以外か』とか平然と考えてるからな、あの子。
他の人間になら褒めちぎられようとも顔色ひとつ変えやしないことだろう。
そんなルイに噛み付くミラ様の方が、比べられないくらい口が悪い。
普通に「クソ」だの「カス」だのスラム街出身かと疑うレベル。
悪口ボキャブラリーが貧困すぎて「死ね」しかなかったルイ(可愛い)とは大違いだ。
華族のミラ様がどこでそんな言葉を覚えてきたのかは未だ謎に包まれている……。
第十支部副支部長のメイド服と並ぶ、『わたゆめ』七不思議の一つだった。
……まあ、言動はアレだが、意外と情に厚くて慈悲深い面も持っている。
普段、口が悪く人を見下していそうでいて肝心なところでは優しいのだ。
ほぼほぼヤンキー子犬理論。
とても華族のお嬢様に対する人物評とは思えないが、まあ、そんな感じである。
ド庶民のヒナルイペアに対しても、異動当初から絡みにいくのだが……アレはどう見ても嫉妬だ。
ちょっと目を離した隙に長年のライバルを横から掻っ攫われて嫉妬しているようにしか見えない。
ルイはモテるからね。全く、女たらしめ。
もう一ヶ月もする頃にはミラ様は桜邑に異動してくるだろうから、ヒナルイとのドタバタ劇も繰り広げられることだろう。
推しの敵サイドにいる俺は残念ながら、それを見られないが……。
戦うミラ様の姿を最前線で見ることをできるのだし、それで良しとしましょう。
その場合、あの厄介な天稟にどうやって対処すべきか。
一対一ならそれなりに……、
「もう。新幹線の中なんだから仕舞っておきなさいよ」
「はーい」
仮想敵相手にどう立ち振る舞うか、想像しながら棒を見ていると隣に座るクシナに注意される。
俺の手にあるのは、黒檀製の六角形の棒だ。
長さは三十センチくらい。
京都に来たからには木刀を買って帰るしかねえ!と土産物屋さんに突入しようとした俺の首根っこを掴んで「これで我慢しなさい」とクシナが渡してきた棒だった。
『おいおい、こんな子供騙しで俺が喜ぶとでも』
『それツクモが作った秘密道具よ』
『やったああああああ!!』
というやり取りがあったとか、なかったとか。
クリスマスプレゼントもらったアメリカの子供くらい喜んじゃったよね。
この六角棍(棒だとカッコ悪いのでそう呼ぶ)は、ツクモが天稟の実験に使ったものだそうだ。
付与されているのは《伸縮》の天稟。
あの〈玩具屋〉はどうやら如意棒を作りたかったらしい。
しかしながら、同じ物体に天稟は一つしか《付与》できなかったため断念したとのこと。
製作者曰く「伸びるけど強度が……木だし……」だそうである。
そんなわけで工房の一角で放置されていたところを、出発前にクシナが発見してもらってきたらしい。
俺が木刀を欲しがることを見越してじゃないよね?と聞いたら、すごく綺麗な笑顔を向けられました。
強度は俺には関係ないし、腕輪と合わせてポンコツ秘密道具ながら使い道はあるだろう。
なぜ俺の周りにはポンコツばかり集まるのだろうか……。
一瞬浮かび上がった類友という恐ろしい言葉を振り払い、ため息をつくのだった。
♢♢♢♢♢
岡山駅を乗り継いで、俺たちがやってきたのは出雲──ではなく一つ手前の松江駅だった。
ここから出雲に向かうとちょうど中間くらいの場所に目的の場所がある。
多分、三時間くらいかかるだろうが歩きで行くつもりだ。
散歩がてら話をするのはお互いに好きなので全く苦ではない。
それに、もう一つ目的があったから。
「クシナ」
「ん?」
湖の近くなので、五月にしては風が涼しい。
そんな空気を心地良さそうに吸っていた幼馴染が、こちらを見る。
「俺も、ちょっと寄り道していいかな」
それだけで彼女には通じたようだった。
真剣な表情でただ頷く。
無理に話さないでいい、などとは言わなかった。
ちょっと大変だがスーツケースを引きながら、宍道湖のほとりを歩いていく。
俺たちがいるのは南側だが、その対岸は少し様相が違っていた。
見渡すかぎり続いているのは、白い建物群。
ビルにすれば三階建てくらいの高さだが、それが延々と続いている様子は少し薄寒さを感じさせる。
あれも京都の街並みと同じで前世の日本とは違う、天稟があるこの世界ならではの構造物だ。
それを指差して、俺はクシナに問う。
「あれ、なんだと思う?」
「……研究所、かしら」
「さすが」
正確には、【循守の白天秤】の研究機関。
そこまで分かれば、何の研究場所なのかも自ずと察せられるだろう。
「天稟の、研究所なのね」
「そのとおり」
このまま説明せずとも勘の良いクシナなら察していくのだろうが、あえて口で説明する。
「普通、天秤の研究所といえば京都に多いよな」
「ええ。京都の第二支部はその警備の役割が大きいものね」
ゆえにアレだけの大きな面積を保有している。
もちろん京都だけではないのだが、天秤の研究所は近畿や四国地方に多い傾向にあった。
水が豊富なのが理由などと言われていたりするが、その真偽は定かではない。
「そんな中、島根にある研究所はどういう立ち位置かと言えば」
「マイナーな研究をしている、弾かれ者……?」
「そう」
この世界でマイナーと言えば、それは即ち、
「男性の天稟と代償について研究する場所だよ。それと……」
もう一度、白亜の研究所群を見る。
「俺が昔、世話になった場所でもある」
通り過ぎていく風が少し肌寒く感じられた。
 




