第7話 止まぬ残響
灰色の空から落ちる雨粒がアスファルトを打った。
雨は静かに、しんしんと降りしきる。
水溜まりに波紋が生まれるたび、自分の視界が揺れたように錯覚する。
──雨は嫌いだ。
ふと、視線を前へ向けると、白銀の髪を揺らして少女が振り返った。
いや、少女ではない。
瞳の奥には成熟した輝きを宿している。
その真紅の眼が淡々とこちらを穿つ。
「雨剣隊員」
名を呼ばれてはじめて、ルイは自分が呆けていたことに気づいた。
その機微をも見透かしているのだろう。
眼前の女性──夜乙女リンネは、やはり淡々と言葉を放った。
「なぜ最近、キミと傍陽隊員が二人組で行動させてもらえないか、分かっているよね?」
第十支部最強と名高い天使の問いに、ルイは俯く。
「……はい」
濡れた地面ばかりの視界に、リンネの黒い軍服がなびく。
白を組織の色とする【循守の白天秤】にあって、自由に隊服の色を選べていることが、彼女の特別性を際立たせていた。
それほどの力があるということだ。
けれど、ルイが彼女に頭が上がらないのには他にも理由があった。
「最近のキミたちは、調子が良くない」
リンネは粛々と、ルイとヒナタが離されている理由を告げる。
「正確に言うなら、表面的には調子が良い。二人とも九割方の事件で犯人をおさえている。しかし、傍陽隊員は〈刹那〉の部下を取り逃しつづけ、検挙率100%を誇っていたはずのキミはその数を落とし続けている」
言葉が止み、ルイは伺うようにリンネを見た。
彼女は無表情だったが、その瞳にこちらを責める色合いはない。
「いまなら、キミたちが完全に崩れる前に立て直せる。できることがあれば何でも言って欲しい」
そこにあるのは純粋な心配と、
「頼りない元・指南役だけどね」
あるいは自責の色ばかりだった。
──今からおよそ一年半前。
雨剣ルイは天翼の守護者候補生として、養成学校の中等部に通っていた。
成績は養成学校史上最高。
座学、戦闘訓練ともに学年一位を譲ったことは一度としてない。
天稟である《念動力》の評価値に至っては、制圧能力、機動力、射程範囲、精密性、持続力全てがS評価という規格外ぶり。
そして何よりも特別視されたのは──その美貌だった。
平和の象徴として、そして偶像として。
英雄には、華が必要だ。
天翼の守護者に最も必要な才能は”華”である、という者も少なくない。
その意味で、見る者全てを魅きつける美貌は、彼女の武器だった。
──本人が、それをどう感じているかは別にして。
美貌という圧倒的な才を持つルイだったが、彼女は才には頼らなかった。
座学も、戦闘能力も、天稟も。
全ては彼女の積み重ねた圧倒的な努力に裏打ちされたものだった。
ゆえに彼女は養成学校では”秀才”として扱われた。
そして、それに追い縋る”天才”が──傍陽ヒナタ。
今の時代、憧れの職業である天翼の守護者を志す者など掃いて捨てるほどにいる。
志望者たちの多くは、7歳で天稟に目覚めた時から夢に向かって能力を鍛える者がほとんどだ。
誕生日の遅い早いですら明確な差になる、とすら言われている。
そんな彼女らよりも3年も遅く天稟を発現させていながら、軽々と自分たちを超えていくヒナタを”天才”と呼び特別視した。
”秀才”と”天才”。
これが養成学校におけるルイとヒナタの立ち位置。
──その二人が、ペアを組んでいた。
彼女たちが歴代最高のコンビと呼ばれたのは当然だった。
本来は高等部で行われるはずのインターンに、中等部生である彼女たちが参加することになった時も、異例ながら納得と共に受け入れられた。
「キミたちが、歴代最高のコンビだね」
その時にルイとヒナタの指導係として抜擢されたのが、夜乙女リンネだった。
彼女も高等部を卒業したばかりではあったが、高等部時代から現場で活躍し、名を馳せていた。
次代の最強とも謳われており、この三人を組ませることでメディアの話題をさらう意図も大いにあっただろう。
──結果として、そのインターンは各所で話題をさらうこととなる。
歴代最高の”秀才”が追い詰めた犯人を殺害した、という形で。
「イサナさんは多分、キミと傍陽隊員に、英雄になってほしいんだと思う」
夜乙女リンネが、ぽつりと言った。
「…………」
雨剣ルイは、言葉を返さない。
しんしんと、雨は降り続く。
軒先から雨粒が滴り落ちる。
ぴちょん、ぴちょん、と刻まれる音が、あの日を忘れさせてくれない。
濡れる建物、足元の水溜まり。
鈍色のそれらが、どうにも赤黒く見えてしかたない。
──雨剣ルイは、雨が嫌いだ。
♦︎♢♦︎♢♦︎
伝えられる範囲で親友のことを伝えた後。
隣家に帰っていくイブキを見送ったヒナタは、ドアに背を預けた。
そして、息をつき、
「──って、なに良い感じになっちゃってるんですか、わたし!?」
いい感じ、とは当然「おにいさん」こと指宿イブキとの関係を指している。
頬を抑えながら、先ほどのイブキとの話を思い返す。
「だ、だって、お兄さんにはクシナちゃんが……」
でも、アレはどう考えてもそういうセリフだ。
雰囲気に流されて、どういうつもりか詳しく聞きそびれたのはヒナタ渾身の大失敗である。
こうして冷静に振り返れば、問題しかない。
それどころか、他の問題すら浮き彫りになってくる。
「そもそもお兄さん、クシナちゃんにはバイトのことなんて説明して──」
そして、ソレを浮き彫りにしてしまった。
「ぁ、え……? クシナちゃんって、お兄さんが【救世の契り】入ってること、知ってるの……?」
自分で口にしたそれは疑問の体を取っていたが、ヒナタは確信していた。
クシナが、それを知らぬはずはない、と。




