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推しの敵になったので【四章連載中】  作者: 土岐丘しゅろ
第四章 義翼のフィロソフィー
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第13話 エンカウント


 地上300m。

 そこよりも高い建造物が少ない夜空に、雨剣(うつるぎ)ルイは浮遊していた。


「冷えるわね……」


 春も半ばに差し掛かっているとはいえ、高所は地上に比べて肌寒い。

 マントの裾を引き寄せ、それでも監視(・・)は怠らない。


 眼下に広がる街並みは、地にあって星空のように瞬いていた。


 昼間に比べると半減するが、それでも桜邑(おうら)の夜間人口は30万人をゆうに超える。

 都市中央部ほどではないが、街の裾野に至るまで人々の暮らしの営みは光を放っている。


 ルイはこの光景が嫌いではなかった。


「ワタシ一人でしか見られないのが残念ね」


 胸元のポケットに忍ばせた携帯に向かって語りかける。


「アナタがワタシよりも体重を落としてくれたら連れてこられるかもしれないのだけど」

『わ、わたしは別に太ってないからね!? ルイちゃんが痩せすぎなだけだから!』


 携帯が点灯し、通話の向こう側の相棒──ヒナタが泡を食ったように訂正する。


『ていうか、生き物(わたし)は浮かせられないんだから、何かに乗せて運ぶ気だよね!? 落ちたら終わりなんて、わたしヤダよ!?』

「軽い鳥籠みたいなものを作ってそこにヒナを入れれば……」

『わたしは地上で羽を広げるので結構です!』


 クスリと笑うルイ。

 和やかな会話だが、いつものイヤーカフではなく携帯越しに行われているのは、二人の行動が支部を介さない独断によるものだからだ。


 その上、任務外で勝手に隊服まで着ている。

 見つかれば大目玉は確実だろう。

 謹慎と減給くらいは覚悟しなければならない。


 それほどまでして二人が決行しているのは作戦(2)だ。


 ヒナタが聞き込みによって知り得た「事件時にはブレーカーが落ちる」という情報。

 ある程度の範囲を伴うそれは、空から見ていれば一目瞭然であるはず。


 ──『だからルイちゃん見ててよ!』

 ──『嘘でしょ……』

 ──『朝まで通話しよ?』

 ──『素晴らしい作戦ね』


 という極めて短いやりとりを経て実行に至っている。

 ルイの代償アンブラが、いくら使おうがデメリットなしの『魅了』でなければ叶わなかったであろう。


 ズバリ、作戦名は『空から見てれば電気が消えた場所わかるよね!』作戦。

 ちなみに(1)は『あらかじめ寝ておけば良いんだよ!』作戦である。


 正直、どうかと思う作戦名だがルイは黙っておいた。

 ヒナタがショックを受けるのは可哀想なので。


 そんなこんなでルイは『空から(略』作戦に付き合っている。

 しかし、これが功を奏すかどうかは半々くらいだろう。


 監視範囲は事件が起こった周辺に絞っているとはいえ広大。

 ルイが見落とす可能性はある。


 その上、ブレーカーが落ちた瞬間に発見できたとしても、タイミングは支部と同時だ。

 そこから先は相棒の”速さ”に任せるしかないが……。


 始めてしまった以上、やり切るしかない。


「はあ……」


 通話に乗らない程度にため息をつく。


 もちろんルイだって誰かが、しかも仲間が亡くなるのは嫌だ。

 それはとても悲しいことだ。


 だが、自分ならそれが止められるなどと自惚れることもできない。

 脳裏に過ぎるのは、一月ほど経ても忘れられない〈刹那セツナ〉に対しての完敗。そして……”彼”への敗北。


 彼らに手心を加えてもらったからこそ、自分はここにいる。

 次も死なない保証などどこにもない。


 もちろんヒナタだってそれは知っているはず。

 けれど、それを知っていて彼女に止まる気はないのだ。


 それが、彼女が羽ばたくことを決意した理由だから。


 だから自分は相棒を独りにさせるわけにはいかない。

 それだけが、ルイが夜空を羽ばたく理由である。


 ……願くばこのまま何事もなく、別の天翼の守護者(エクスシア)たちが無事に捕まえてくれればいい。


 ──そんなルイの願いはほんの数時間後に裏切られる。


「……っ! 来た!」

『どこっ!?』


 幸か不幸か睨んだ通り。

 その暗闇は前の事件からそれほど離れていない市街区に(あらわ)れた。


「場所は──」


 伝えながら、片翼の天使は墜ちるように飛翔する。


 ──その流星は、はるか遠方にいる男の眼にも捉えられていた。




 ♢♢♢♢♢




 電気の落ちた路地裏。

 頼りにできるのは月の光だけ。


 そんな一歩間違えば足を引っ掛けて転んでしまいそうな路地裏を、尋常でなく速い足音が駆け抜ける。


(もうすぐ、暗闇の中央)


 息切れ一つしていないヒナタは戦闘の只中と思しき場所に足を踏み入れていた。

 悪い視界の中、わずかでも異変を見逃すまいと警戒を走らせる。


 そのうち、妙な感覚に陥った。


(いくらなんでも静かすぎない?)


 電気が消えたから雑音が立ちにくい。それは分かる。

 しかし、もうそろそろ事件の中心部だ。


 障害発生から僅か五分と経っていない。

 仮に劣勢だとしても天翼の守護者(エクスシア)がそれほど早くやられるとは考えられない。

 多少の戦闘音が聞こえるのが普通だろう。


 と、微かな脳内アラートに揺れそうになった意識を、一気に掴むものが現れた。


 ──鬼の顔である。


「きゃあああ!?」


 十字路の曲がり角から、鬼がこちらを覗き込んでいる。


 もつれそうになる足をどうにか落ち着かせて停止。

 慌てて構えると、鬼の顔から鈴を転がしたような笑い声が響いた。


「あっははははは! 良いリアクションだね、天使ちゃん!」

「……は?」


 呆然とそれを見ると、鬼──否、鬼のお面を被った少女が姿をぴょんと跳ねて十字路に姿を見せる。


 無地の黒いコートが揺れ、その中に着ている黒いセーラー服の赤リボンも揺れた。


「いやはや、とんでもなく速い足音が聞こえるから何かと思って覗き込んでみれば、これはこれは可愛い天使ちゃんじゃないか」


 電灯の消えたこの異常事態の中、朗らかとすら言える立ち居振る舞い。

 どう考えても怪しい。

 加えて、腰に提げた日本刀。


「あなたは……ここ最近の事件の犯人ですか?」

「ん? 天翼の守護者(エクスシア)殺しのこと? そうだとも、身共(みども)だよ!」

「……っ!!」


 みども、というのがおそらく自身を指す単語なのは彼女が自身を人差し指で差す仕草をしたことで分かった。

 同時に、警戒のレベルを数段引き上げる。

 一挙手一投足を見逃さないよう注視して──違和感。


 黒装束でわかりにくいが、彼女の衣服に汚れはない。

 それどころか乱れの一つも見られない。


 そこから推測できるのは──。


(今日は、まだ被害者は出ていない!)


 ふっと全身に気力が満ちる。

 その予測を裏付けるように鬼面の少女が言った。


「それにしても早かったねー、貴殿」


 肩を左右に揺らして喋る姿は背格好に見合う少女のそれだ。

 ヒナタは油断すると抜けそうになる気を引き締めながら答える。


「ええ、それはわたしたちが考案した作戦『あらかじめ寝ておけば良いんだよ!』と『空から見てれば電気が消えた場所わかるよね!』のおかげです」


 ちょっと誇らしげだった。

 だが、鬼面の少女は一瞬きょとんとしてから、


「ええ、何その作戦名……正直どうかと思うよ……」

「へ!?」


 ドン引きした声音が本気具合を伝えてくる。


「あと作戦内容もなんか、ゴリ押しだね……それ作戦って言わないんじゃないかな……」

「へえ!?」


 挙句、作戦名から作戦内容がバレバレだし……という小声。

 しかし、ヒナタの耳には届いていない。


「……もう怒りました!」


 ヒナタは肩を震わせながら、眉尻を吊り上げる。

 向かい合う少女は、肩をすくめて、


「これ身共が悪いのかな?」


 相変わらずドン引きした様子。


 ──その弛緩した空気を壊すように、ズルリと音が鳴った。


 発生源は鬼面の少女の真横。

 曲がり角から少女の下半身ほどの高さの黒い影が倒れた。

 どしゃりという鈍い音と同時に、黒い飛沫が飛び散る。


「…………え?」

「うわっ、あぶなっ。汚れるじゃないか」

「────」


 倒れ込んできたのは、人だった。

 見覚えのある隊服は、おそらく白。


「えくす、しあ?」

「ん?」


 少女が首を傾げる。

 それから「思いついた!」と言うように手を打った。


「ああ、そうそう。コレ、今日の獲物だった(・・・)んだ」

「……あ、ああ」

「でももう終わったから、身共(みども)は帰るねー」


 目を見開き、固まるヒナタの前で少女はひらひらと手を振った。

 

 ヒナタの視界が白く染まる。

 それは紛れもなく──憤怒によるものだった。



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― 新着の感想 ―
怒りに呑まれたら戦いにおいて弱いって言われてるからねぇ…… 急いでくれぇ……君の最愛のひとりがピンチだぞ
邪悪!わからせの準備をしろ!地獄の獄卒共は拷問の準備だ!
天使の間引き!?
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