表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
推しの敵になったので【四章完結!】  作者: 土岐丘しゅろ
第四章 義翼のフィロソフィー
134/159

第10話 解けぬ結び目


 お兄さんを見送るわたし(・・・)

 その横で、リンネ先輩が呟くように言った。


傍陽(そえひ)隊員……彼はキミの、その……」


 先輩にしては切れ味の悪い言葉。

 それを聞いて、まあ確かに聞きづらいことかと苦笑がこぼれた。


 血のつながった兄妹には見えないだろうし、かと言って友人だとも思えないだろう。……そして、恋人だとも。

 わたしはからっと笑って見せる。


「昔から仲良くしてくれている、お隣の家のお兄さんなんです」

「ん、幼馴染みたいなことかな」

「まあ、たぶん……」

「そうか」


 どこか安心したような声音のリンネ先輩。

 ……考えてみれば、自分の後輩が素性の知れない年上のお兄さんと二人で会っていたら心配もするかな。


「大丈夫ですよ、先輩。すごく……いい人なので」

「そ、そうなんだね。いや、それは何より」

「?」


 なんだかよく分からない返しをされて首を傾げるわたし。

 先輩は軽く咳払いをして、


「それより、行こうか」


 空気と表情を引き締めた。

 規制線の傍まで近づいたところで、彼女はわたしの方へ振り返る。


「既に被害者の遺体は移動してある。でも、それなりに血痕は残ってるよ」


 わたしに凄惨な現場を見せたくないという先輩の心遣いだとすぐに分かった。

 しかし、わたしは頷く。


「今更ですよ」

「……そうだったね」


 実地研修インターンの時から──いや、それよりもずっと前から覚悟はできている。

 リンネ先輩は規制線を軽く飛び越えて歩きながら、わたしに語り始めた。


「見つかったのは早朝。けれど、捜索は昨日の深夜から始まっていた。──彼女の通信が途絶えた時から」

「……え?」


 手短に伝えられる情報の中でも、事件の詳細が脳裏に浮かぶ。

 通信が途絶えた。それが意味するところは、


天翼の守護者(エクスシア)、なんですか?」

「そうだ」


 肯定されてほしくない疑問に首肯される。

 思わず眉をひそめた。


「彼女は昨日の夜遅い時間の哨戒班でね。突如、通信が切れてしまったので異常事態と判断した司令部が捜索命令を出していたんだ。だが、結果は──」


 そこで現場に到着する。


「これは……」


 そこには大量の血痕が残されていた。

 一目見て息を呑むほど、大量の血が流れたことが見てとれた。


 しばらく沈黙していたリンネ先輩が軍帽に軽く触れる。


「遺体は肩から腰下に向かって真っ二つだったそうだ」

「……っ、ひどい……」

「ああ」


 そんな残酷な……と眩暈がしそうになるのと同時に、そんなことができるのだろうかとも思う。


天翼の守護者(エクスシア)相手に、そんなこと……」

「ああ、下手人はかなりの強敵だろうね。それに」

「それに?」

「……被害者の子はここ最近の実績がとても良い子だったんだ」

「上り調子だったってことですか?」

「うん」

「そんな方が、被害者に……」


 知れば知るほど、今までにない強力な相手だということになる。


「個人的に妙だと思っているのは事件当時の状況だね」


 先輩は表情を険しくした。


「被害者が襲われた時、通信に問題が生じた。けれど、ここ一帯に通信障害が起こったりなどはしていないらしい」

「ということは、ピンポイントで天翼の守護者(エクスシア)を?」

「そうなるね。そんな精密な障害を起こすなんて、普通に考えるなら相手の天稟ルクスによるものと見るべきだろう。だが……」


 先輩は一度言葉を切って、血痕の中央部を横目で見た。


「遺体の状況が問題だ。ボクも直接見たわけではないけれど、切断面まで恐ろしく滑らかだったそうなんだ」

「う……」

「それがただの技術によるものだとはボクには思えなくてね。それが天稟ルクスによるものだとすれば、最低でも二人以上の人間が絡んでいる。ひょっとしたら敵は想像よりも大きいかもしれない」


 そこでわたしの頭によぎる可能性。

 それは、またしてもそうでなければいいと思ってしまうような事実。


「……【救世の契り(ネガ・メサイア)】のような、ですか?」

「その可能性も充分に高いと思う」

「そう、ですよね」


 それは本当に、考えたくない可能性だった。

 気持ちの落ち着かせ場所がわからずに、ふと視界を彷徨わせた先に変なものを見つけた。


「リンネ先輩、あれ……」

「ん? ……ああ」


 わたしたちはその傍に近づいた。

 先輩はそれを見下ろして、


これ(・・)が今のところ唯一はっきりしている手がかりだ」


 それは天翼の守護者(エクスシア)肩掛け(マント)だった。

 乾いた血で赤茶色に染まったそれは、斜めに両断され──。


()()()()()()()()()()()()()()……?」


 布は両方の断面部を糸で縫い合わせられていた。

 丁寧な、かがり縫いだった。




 ♢♢♢♢♢




 わたしはそのまま家へと帰らず支部へと向かう。

 エントランスを抜けてロッカールームに入り、天翼の守護者(エクスシア)の隊服に着替える。


 ブローチを使用した隊服への着替えは、万が一悪用されると困るので緊急時以外は禁止されている。だから、こうしてわざわざ着替えなきゃいけない。

 私服への換装は認められているので、ルイちゃんなんかは見回り業務の後にそのまま行きたいところまで飛んでいって私服に着替える、なんて裏技を使っているらしい。


 ……そういえばルイちゃん、最近急に色んな私服を買うようになったよなぁ。

 昔は「オシャレなんて時間の無駄」って感じだったのに。

 やっぱり高校生にもなると、そういう感性の部分も変わってくるのかな。

 ……ルイちゃんってすごくセンスがいいから、ちょっと羨ましい。わたし、ああいう服似合わないもんな〜。


 なんて、取り留めもなく考えながら着替えを終え。

 わたしはロッカールームを後にして上階へ向かう。


 すると、さっきまで脳内で着せ替え人形になっていた相棒がベンチに腰掛けて待っていた。

 あんなにオシャレだと褒めちぎった後だと言うのに、当人はパーカーにショートパンツとラフな格好をしている。


「デート、どうだった?」

「すごく楽しかったよ。でも……」

「は? うまくいかなかったの? ……あの男やっぱり首を落とした方が」

「いやいや、そうじゃなくって」


 途端に目のハイライトを消すルイちゃんに、慌てて手を振って否定する。


「デートの後で、事件に出くわしちゃって」

「事件?」

「うん、実は──」


 わかっている範囲で事件のあらましを伝える。

 ルイちゃんは真剣な表情で最後まで聞いてくれた。


「そうだったの。……災難だったわね、せっかくのデート終わりに」

「ううん。デート自体は本当に楽しかったし、こっちも放っておきたくないんだ。だから──」


 わたしは上を指差す。


「捜査班に、入れてもらえませんかって交渉しに行こうと思って」




 ♢♢♢♢♢




「ダメに決まってるでしょ」


 わたし(と横に並ぶルイちゃん)の嘆願を聞いて、その上司──副支部長・信藤イサナさんは冷たく首を振った。

 琥珀色の瞳はいつになく真面目な色を湛えている。


「君たちはまだ未成年なんだ。高校を卒業するまではこちらの許可した範囲しか任務参加は許さないって契約になっているよね」


 そう言われることは分かっていた。

 リンネ先輩からも「普段の巡回中も警戒を強めてもらうために現場を見せた。でも事件捜査自体に関わらせるつもりはないよ」ときっぱり言われてしまっている。

 だからこそ、わたしはわざわざこうして現状の最高権限を持つ副支部長と話をしにきたのだ。


「……納得、できません」


 わたしの憧れた天翼の守護者(エクスシア)が、狙われているんだ。

 目の前で亡くなった現場を見せられて、のうのうと我関せずで生きていくなんてできない。


 イサナさんはため息をつく。


「いーかい。巡回ルートの把握、通信の遮断、短時間での実行……今回の事件からはかなりの計画性が感じられる。単なる私怨が動機の事件じゃあない可能性が高い。つまり」

「再発の可能性が高い?」


 ルイちゃんがイサナさんの言葉を引き継ぐ。

 副支部長は頷いて、


「そ。しかも、最悪の場合は天翼の守護者(エクスシア)が無差別に狙われているパターンだね。その可能性も充分にあるよ」

「なら、やっぱり人は多い方が──」

「ああ。しかしね、実際に捜査に動員するのは一定以上の実績を持つものだけだ。なにせ今回の被害者は上り調子だった子だからね、彼女を超える者でないと意味がない」


 それから、と言ってイサナさんは言葉を切った。


「君たちの本分は学生だ──なんて舐めたことを言うつもりはないよ。君たちの本分は学生であり、天翼の守護者(エクスシア)でもある。けどね、本分だからこそ、どちらも両立させなければならない」


 それで話はおしまいだというように、イサナさんはデスクの書類に向き直った。


「……はい」


 肩を落として踵を返すわたしの背中に、小さく声が聞こえた。


「君たちには期待してるよ。でも──今ではないんだ。ごめんね」




 ♢♢♢♢♢




 とぼとぼと支部を歩くわたしの後ろを、ルイちゃんが心配そうについてきてくれているのが分かる。


「ヒナ……」

「うん。分かった」

「え?」


 わたしはパッとルイちゃんの方を振り向く。


「両立させればいいんだよ!」

「…………はあ。ヒナならそう言うと思ったわ」


 わたしの大事なパートナーは呆れたように、でも少しだけ微笑む。


「ヒナがやりたいなら、そうしましょう」

「──うん!」


 さて、それじゃあ……と考え始めた時、ルイちゃんが足を止めていることに気づく。

 彼女の視線は通路の向こう側に向けられていた。

 そこには何人かの天翼の守護者(エクスシア)がまばらに歩いているだけだ。


「どうしたの? ルイちゃん」


 訊くと、視線を切って首を振る。


「いえ、少し見覚えがある気がしただけ」

「え、ルイちゃんが人の顔を覚えてるなんて珍しいね」

「最近はそんなことないわよ」


 澄まし顔で髪を払うルイちゃん。

 ……昔そこらへんのおじさんとアイドルを見間違えてなかったかな。


「それで、どうするの?」

「うーん。知っているかもしれない人に、一度聞き込みしてみようかなって」


 わたしは窓の外の街並みを流し見た。



【教えてツクモちゃん!】

Q.この世界ってこんなしっかり人が死んでいくの?

A.む、何を当たり前のことを言っておるのだ? さては兄様、ちゃんと小学校に行ってなかったんだな! 義務教育ろせという奴だ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
義務教育ろせは義務教育loseってことね! 肩口からバッサリ可哀想だね…
世界が厳しすぎる…… これを日曜朝から放送してたの!?
教えてツクモちゃん!? 大丈夫? クシナちゃんの方が良くない? ツクモちゃんなら可愛いからいいか(錯乱)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ