第9話 絡み合う糸
天翼の守護者には制服はあれど、ある程度の自由が認められている。
どんな色を差し色として使うかであったり、スカートかパンツかであったりだ。
それは平和の象徴として、各々の個性を目立たせるためのルールでもある。
つまり、強い・話題になる天翼の守護者ほど、許された裁量は大きいということだ。
その分、固有のグッズも増える。
そんな理屈でカスタムされた制服(実物)のトルソーや、彼女らの代名詞とも言える武器などがズラッと並べられた展示室。
支部の公開可能な設備の再現部屋。
それらを鑑賞して通りつつ──わたしとお兄さんの”デート”は終わった。
「楽しかった、ヒナタちゃん?」
「はい、とっても」
その言葉に嘘はない。
胸の奥に残る微熱に反して、楽しく過ごせた……ように思う。
どこかぼんやりとした心地のまま、並んで歩く帰り道。
物悲しくなるような夕暮れ時の景色が歩調に合わせて流れていく。
ふと景色に違和感を覚える。
「……あれ?」
「ん?」
わたしの目に留めたものを追って、お兄さんも足を止める。
二対の視線が向けられた先には、今日だけで何度も目にした白い制服が行き交っていた。
【循守の白天秤】の隊服だ。
普段は二人一組で担当場所を持っている天翼の守護者が、見る限りでも複数人、忙しなく行ったり来たりを繰り返している。
わたしとお兄さんは思わずといった感じで顔を見合わせた。
「何かあったのかな?」
「たぶん、そうだと思います……それで、その」
わたしが言い淀むと、お兄さんは微笑んで頷く。
「ヒナタちゃんがしたいようにしていいよ。俺も、許される範囲で一緒に行くから」
……ああ、もう。こういう時にそういうの、いいですから。
「あ、りがとうございますっ」
ちょっとだけぎこちなくお礼を言って、天翼の守護者の出入りが激しい場所──路地裏の方へと歩みを進める。
ひょこっと覗いてみると、奥の方には規制線が張られ、その手前でキャスターさんやカメラマンさんといった報道関係の人たちがてんやわんやしているのが見えた。
「やっぱり、事件みたいです」
「うん。天翼の守護者が出てきてるってことは、天稟絡みかな」
「たぶん、そうだと思います。でも……」
「でも?」
わたしは少し首を傾げる。
「普通は、規制線を敷いたりする段階では天翼の守護者は出てこないはずなんですけど」
現場検証が済んでいないような事件現場発見早期では、まだ警察の管轄のはずだ。
それが、すでに天翼の守護者まで動員されているとなると。
「結構、大きな事件ってことかな」
「それか、天稟使用が一目瞭然な場合とかもですね。特に強力な能力だったのかもしれません」
「なるほどね」
わたしたちが二人で話し合っていると、
「──キミたち、ここにはあまり近づかないで……って、あれ?」
背後から声をかけられる。
驚いて振り向くわたし。
驚いたのは、警告の声がよく耳に馴染んだものだったからだ。
そして、わたしが振り向くと同時に向こうも驚いたように言葉を止めた。
「先輩っ!」
白い制服の天翼の守護者が行動する中にあって、ただ一人黒い制服、そして黒の軍帽を被った異色の天使。
わたしとそれほど変わらない身長で、大きな弓とフリントロック式の長銃を背に負った支部のエース。
肩までの銀髪を揺らす、夜乙女リンネさん。
彼女は警告のためか漂わせていた緊張感を霧散させて、きょとんとする。
「傍陽隊員じゃないか、それと………………は?」
それから、わたしの隣に立つお兄さんを見て目を丸くした。
♢♢♢♢♢
突然だが俺は死ぬ。
なぜなら今日の分の蘇生は使い果たしたからである。
いや違う、それは遠因だ。
直接の原因はいま目の前に降臨されている天使が振り撒く浄化の光。
悪の帰還者には進むべき道も線路も用意されていないのである。
すなわちここが終点。成仏するしかないってワケ。
仕方がない。
彼女はこの街最強の天使と名高き戦乙女。
──リンネ先輩だああああああああああああああああああああああああ(ここから15分続くので割愛)
あの! 第十支部最強の天使ですよ!!!!
原作でも主人公のヒナ×ルイペアの牽引役!!!
どうにもならない局面でだけ「なら、こっちはボクが受け持とう」とスマートにカバーしつつ、ヒナ×ルイペアの戦いが終わる頃には自分の相手を片付けているという最強ムーブで魅せてくれる頼れる先輩!!!!
そして、あの超強力な天稟。
それに対して原作でもずっと伏せられている代償。
特に後者はなんなのかと散々考察が飛び交っていましたね……。
そのミステリアスな一面がまた読者の心を惹くんだよなぁ……。
はあ……非常に良い……。
え、どうしよ。こんなところで急に会えると思わなくて完全に言語野が停止しきっている……! 脳内だとこんなにオタク語りが流暢なのになぁ……。
と、俺が振り返ったきり呆然とした間抜けヅラの彫刻と化している間……なぜか向こうのリンネ先輩(あっ、これはファンからの呼び名です。「先生」派もいたけど、俺は断然「先輩」派)も固まったままこちらを見ていた。
「…………?」
ようやく俺が困惑の表現として瞬きを繰り返すと、リンネ先輩もぴくりと華奢な肩を揺らした。
彼女は美しくも可愛らしさも感じさせる紅玉の瞳をまたたかせると、軍帽のツバを少し下げる。
「…………っ!?」
お、俺なんかに見られたくなかったかな……(大ダメージ)
撃沈して石化している俺に、彼女は小さく微笑みを浮かべた。
「失礼。夜乙女リンネです。こんな形だけど、お隣の彼女の同僚をやってます」
自分の黒の軍服をヒラリと揺らして挨拶してくれる支部最強。
よ、よかった、それほど警戒はされてない……っぽい?
「あっ……んんっ、ヒ──傍陽さんと小さい頃から仲良くさせてもらってる、指宿イブキと申します」
慌てて咳払いをして名乗る。
俺はすっかり緊張したまま、
「それに、夜乙女さんのことも当然、存じ上げてますよ! いつもこの街をありがとうございます……って何を市民代表みたいな面してるんだって感じですが」
なんか変な挨拶しちゃった……!
若干後悔していると、くすりとリンネ先輩が笑う。
「いえ、こちらこそ。面白い人だね、傍陽隊員」
「む……むぅ〜?」
彼女は自然にヒナタちゃんにボールを投げ返す。
それに対して、お隣の妹分は奇妙な表情をしていた。
目を細めて「むむむ」と言いながら(かわいい)俺とリンネ先輩を見比べている。
「……どしたの、ヒナタちゃん」
「む、いえ、なんでもありません」
そうは言いつつ釈然としない様子。
そんな彼女に配慮したのかリンネさんは少し距離をとって、
「ごめんね、邪魔をしてしまって。でも傍陽隊員、今日は非番なんだから、私服で現場に近づいちゃダメだろう?」
「あう、すみません。……ただ」
言って、彼女は俺を見た。
頷いて返す。
「気にしないでいいよ、ヒナタちゃん。もう予定自体は終わった、帰り道なんだから」
「……! すみません。それと、ありがとうございます」
ヒナタちゃんは微笑んで、鞄から腕章──非番でも天翼の守護者であることを示す証を取り出した。
リンネ先輩がきょとんとした表情で俺たちを見る。
「いいのかい?」
「はい」
同時に頷き、俺はヒナタちゃんを煩わせないように踵を返した。
「それじゃあまたね! 夜乙女さんも機会があれば、いつか」
「はい! また!」
「……ええ。また、いつか」
軽く挨拶を交わすして、駅への道を歩き出す。
彼女たちはすぐに情報の共有を始めたようだった。
歩きながら苦笑する。
やっぱ俺の周り女性が多すぎるよな……。明日大学行ったらまたレオンにでもダル絡みしに行くかぁ。俺の心の安寧だよ、先輩は。
そういえば"先輩"ってヒナタちゃんのリンネ先輩への呼び方と同じだな。不思議な偶然もあるもんだね。




