第6話 少し先の話
その後、何冊か本を借りてきたルイと一悶着ありつつ──。
「それで、で、で、デートの結果報告はいつすれば?」
帰りがけ。
本が入ったおしゃれな肩掛けカバンを片手に立ち上がろうとしたルイを呼び止める。
彼女はきょとんという表情をした。
ポケットからスマホを出し、
「そんなの普通にすればいいじゃない……って、ああ。まだ連絡先交換してなかったわね」
「あー、いや実はですね」
何と伝えようものかと悩みつつ、結局はストレートに伝えることにする。
「俺、電子機器、というか電子画面? を見るのがちょっと苦手でさ」
「電子画面を?」
「まあ、むかし色々あってねー……最近はちょっとマシになったんだけど」
遠くのテレビ画面とかだったら視界に入っても目を背けたくなるほどではなくなったし……。
そんな変わった理由を宣う俺に対して、ルイは揶揄うでもなく、おとがいに手を当てて頷く。
「そう。まあ、人には色々あるものね」
……こういうところが好きなんだよな。
共感しすぎるわけでもなく、当たり前のように人の痛みを許容してしまうところ。
ぶっちゃけヒナタちゃんは天才すぎるし、ミラ様も生まれ持ったものが違う。
二人も優しいし否定はしないだろうけど──今のミラ様からは目を背けながら──気にしすぎちゃったり、根本的に無理解だったりする。
ルイはあくまで秀才であるがゆえ、等身大の人間として『わたゆめ』でも描かれている。
だから『雨剣ルイ』は「ルイ」で呼び捨てなのだ。
当初はファンの間でも「ルイ様」とか呼ばれてたんだけどね。
話が進んでいくにつれ「様」が取れて「ルイ」とか「ルイちゃん」に落ち着いて行ったんだよね。
俺は「ちゃん」付けだとヒナタちゃんと被るので、前者で呼ぶことの方が多かった。
もちろんそれは、ある種の敬意ゆえに──。
で、『御子柴ミラ』のとあるエピソード以降、「様」は彼女に正式に移行することになる……というのは、また別の話。
なんて、小さな感動を噛み締めているオタクが目の前にいるとは思いもよらないだろうルイが、ふと首を傾げた。
「え、ならアナタ、音楽とか聴かないの?」
「あー。結構聴くよ、ラジオとかで」
「────っ」
答えた瞬間、ルイがぴんっと背筋を伸ばして俺をじっと見た。
……え、なにその反応?
「どうかした……?」
「──え、ええ。いえ、なんでもないわ」
明らかに何でもなくなさそうな反応に今度は俺が首を傾げる番だった。
ルイは伏し目がちに、
「……そう、ラジオ、好きなの」
ぽつり、と呟いて首にかけられた青いヘッドフォンを撫でた。
ルイはしばらく黙ってから、
「会う曜日、決めておく?」
「……へ?」
「ほら、これからヒナの話をするのに、いちいち電話で連絡するのも大変でしょ?」
俺はまあ、と頷く。
「家族でもないのに天翼の守護者の寮に電話かけるのも、なんか怪しい感じだしね」
「一度や二度ならともかく、まあ、そうね」
それから、覗き込むようにクスリと笑うルイ。
「アナタ、そういう配慮ができる人間だったのね」
「どういう印象!?」
「めんどくさいオタク」
「ブーメランだぞ」
自分を棚に上げる強火オタクに白けた目を向けると、彼女は肩をすくめて席を立つ。
「それで、いつにする?」
「あー、そうだな。今日みたいに空いてる時がいいから……日曜日の朝とか?」
「じゃあ、そうしましょう。その時間はお年寄りで意外と混んでるけど、ここみたいに端っこの方なら空いてると思うわ」
「ほかに空いてる時間とかあったりするの?」
歩きながら、ルイは視線を上に向ける。
「昔は小学校が早く終わった日の午後とかはかなり空いてたわね。最近はちょっと分からない」
「そっか、じゃあその辺も追々」
「ん。あ、それと土曜の午後が閉館が早まったらしいから、それで混んだり空いたりに違いが出るかも」
「へえ〜」
そんな取り止めもない会話をしながら、俺たちはのんびりと図書館を後にした。
♢♢♢♢♢
そして、のんびりしていられるのはここまでである。
だって、そのあとすぐにヒナタちゃんの家にで、デートのお誘いにいくことになっちゃったから……。
「はあ……腹括るかぁ」
事故なのでノーカウントとさせていただき脳の奥深くに仕舞い込んだヒナタちゃんのファーストキスの件と同じだ。
今回は調査、ヒナタちゃんが俺の知っている『傍陽ヒナタ』と同じなのかを知るための。
……正直、ヒナタちゃんが原作と違うからって俺がオタクを辞めるなんてことはない。
たしかに俺は『傍陽ヒナタ』のオタクだが、この世界が『わたゆめ』に基づいた現実世界であることも実感している。
だから俺のこの推しへの気持ちは『ヒナタ』に対してのものであり、また「ヒナタちゃん」に対してのものでもある。
それはルイやミラ様に対しても同じ。
……いや、最近のミラ様に関しては『推しのミラ様』ってより「危なっかしくてハラハラしながら見守るミラさん」になりつつあるけど。
二つの気持ちがあるからって俺の中でどちらかが軽くなるわけではないのだ。
だから問題は、単純に俺の推し活の話に留まらない。
これは原作『私の視た夢』の今後の展開にも関わることだ。
俺はこれまで推したちが『わたゆめ』本編の有り様から外れないように、できるだけの努力してきた。
まあ「推しを間近で見たい!」という俺の最初のわがままによってズレが生じ始めたのは確かだ。
所詮は本編のエピソードにかませ犬が一人増えるだけ、と思っていたのに結果的に結構ズレてしまった。
それでも自分のやりたいことをやり通すと決め、その分の帳尻合わせには奔走してきたつもりだ。
百年祭では、本来ぶつかり合うことがなかったはずのヒナタちゃんと〈剛鬼〉の戦いに介入し、ヒナタちゃんが取り返しのつかない傷を追ってしまうことを防げた。
……いや、その取り返しのつかない初めてを奪ってしまった件についてはここでは少し端に置かせていただいて。
支部見学会では、原作とは異なる問題を抱えていたルイの悩みを払う手伝いをして、原作一章で捕まるはずだった〈誘宵〉も(ヒナタちゃんが)ケリをつけた。
ここまでで、原作二章の〈剛鬼〉戦までにこなしていなければいけないイベントは終わらせたはずだった。
支部見学会のあと「これで全部元通りだな!」って指差し確認した記憶があるし……。
そして、俺がそういう風に立ち回ってきたのは当然理由がある。
それは”このあとに控えるイベント”に差し障りを出さないようにするためである。
具体的には──支部対抗闘技大会。
この国全土の支部の新人同士が競い合う大会である。
新人のみなのは天翼の守護者の本分は治安維持だからだ。
隊員のほとんどは変わらずそちらに裂かれ、配属から3年以内のひよっこ達が平和の象徴として活躍するのである。
テレビで『今日の天翼の守護者』コーナーに”新人枠”が用意されているのは、ここで活躍しそうな新人達を取り上げ、大会に注目させる狙いもあったりする。
……のだが、ここ数年、第十支部の戦績は芳しくない。
数年前に現・第十支部最強の夜乙女リンネが無双しすぎて出禁を食らって以降、なかなか結果を残せずにいるのだ。
それを面白くなく思っていた第十支部長が目をつけたのが、我らがヒナタちゃんとルイと……最近うちにいるミラ様。
……ま、まあ、ミラ様は最終的に試合には出ないから、そっちは問題ないんだ。ウン。
とにかくこれが今から2ヶ月くらい後、ヒナタちゃんたちが夏休みに入ってすぐに開催される。
原作でも大人気の闘技大会編の導入である。
その大会を経て支部間の派閥争いだったり、メサイアや第三陣営の介入だったりと問題は大きくなっていく。
──そこまでは、原作からズレてしまってはいけないのだ。
急に訪れた俺からのデートのお誘いに、眩しいくらいの笑顔で頷いてくれたヒナタちゃんを見て心停止しかけながら、俺は誓いを新たにしたのだった。




